第28話 独り言
「お待たせ致しました、オレ特製のホットミルクです」
「……特製?」
「普通にミルクを温めただけですが、特製や特別を付けた方が素敵だと思いません?」
「まあ、確かに…………」
食事の時以外、立ち寄らない第一ホール。
私とテトルフは互いに向き合う形で椅子に座り、ホットミルクを飲む。
……ちょうど良い甘さだ。
「それで、お嬢様は何故こんな時間に散歩をしていたのです?」
そうだ、ホットミルクの美味しさに満足なんてしている暇はない。
どうしてこの時間に散歩していたのか、本当のことは言えないので言い訳を考えなくてはならないのだ。
………さて、何て言おうか?
「眠れなかったの」
「……それで、廊下へ?」
「そうだよ。
少し外の景色が見たくて……」
「部屋からでも見れたはずですよ」
「それは……その、顔を洗いに……」
「顔を洗いに行ってしまえば、一層眠れなくなりますが?」
「…………」
「……もう少し、お嬢様は嘘をつく練習をしましょう。
もしくはポーカーフェイスの練習ですね」
小さくため息をつき、苦笑いを浮かべる執事。
……私だって本当なら「部屋に男がいて寝れません」と言いたいのだが、ノエルと約束をしたので言えないのだ。
「今回は大事に至らなかったので良いですけれど、もしもこんな時間に出歩きたいと思うのであれば、オレを呼んでください」
「……そういえば、どうしてテトルフはあの時に来てくれたの?」
「実はオレには特殊なセンサーが……あればよかったのですけれど、実際は何となく呼ばれた気がして来てみたら………ですね」
「そ、そうなの?」
「えぇ、カッコ悪いですがね……しかし無事で良かった」
安心したように、テトルフは笑う。
……安心?
何故、テトルフは安心したのだろうか?
そもそもこの執事は私に……
「安心……そんな嘘はやめて」
「嘘かどうかはお嬢様の想像にお任せいたしますが……オレは…」
「《ゲームに負けてほしい》……そうだよね?」
「……!!」
テトルフが目を大きく開く。
……珍しい、本当に驚いているようだ。
その反応を見たら、ますます信じていた自分が馬鹿らしく思える。
暫くテトルフは動かなかったが、やがて何かを納得したように一度頷いて微笑む。
「厨房での会話を知っているとは……
だから、最近オレを避けていたのですね?」
「そうだよ。
あまりに遅かったから探してた」
「すぐに戻る予定だったのですが、ジョーカー様と立ち話をしてしまいまして……申し訳ございません」
「謝らないで、信じてた私が馬鹿だったんだし」
「………お嬢様?」
―――――――今、すごくイライラしている。
理由は分からない。
恐らく、これは寝不足だからだ。
その気持ちが表情に出ているのであろう……テトルフは私の顔を見ながら首を傾げていた。
「珍しいですね、お嬢様がこんなにも苛立ちを見せるだなんて……」
「テトルフのせいでしょう?」
「えぇ、オレのせいです」
「え?」
ほんのりと頬を赤らめ、嬉しそうに微笑むテトルフ。
……いや、何故そんな顔になった。
もしかして、テトルフは罵られることが好きなのだろうか?
そういえばユキの部屋に行った後、お説教をされたらしいが……
まんざらでもなかった顔をしていた気がする。
「オレのせいでお嬢様の表情は変わったのですよね?
本当なら笑ってほしいのですが、その顔も良いと思います」
「……いや、えっと…」
「きっと現時点では誰も見たことがないはず。
つまり、オレが一番最初。素敵な響きだと思いませんか?」
「…………素敵、じゃないと思うけど……」
「素敵ですよね?」
「え、だから素敵じゃ」
「素敵ですよね?」
「……素敵だね」
「ですよね、安心しました」
笑顔で脅迫をされ、渋々「素敵」と発言する。
……何が言いたいのだろうか、テトルフは。
執事は嬉しそうな表情のまま、ホットミルクを一口飲んだ。
「気分が良くなってきましたし、『独り言』を言いましょうかね……」
「独り言?」
「独り言中は相手の言葉には反応致しません」
「……はあ」
反応している、なんて突っ込んでしまいたい。
けれど、何だかテトルフの様子がおかしいのでやめることにする。
……独り言、とは何だろうか。
「オレの名前はテトルフ。
主な仕事はお屋敷の警備とアスカお嬢様のお世話………それから監視」
「っ!!?」
「少しでもおかしな行動や逃げ出す素振りを見せた時、瞬時に始末するようにとジョーカー様に命じられていました」
「…………」
「勿論、オレはジョーカー様の命令通り入浴時以外、全て監視をしていました…………半月ほどだけですがね」
「え……?」
「最初はただの《運が良い子供》、数日経てば《面白い女性》、さらに数日経てば《素敵なお嬢様》……
オレの中で毎日少しずつ、お嬢様への気持ちが変わっていきました」
つまり、最初はその気になれば始末しようとしていたが……ということだろう。
テトルフは私の顔を見ながら話続ける。
「そんなある日、オレとジョーカー様は偶然厨房で会いました。
そして《彼女はゲームオーバーになるだろう》と言われました」
「……やっぱり……」
「オレは否定しました。
しかし、ジョーカー様の意見も正しいのです……お嬢様はある重大なミスを犯しているのですから」
「ミス?」
「それにゲームにお嬢様が勝利すれば、元の世界に帰ってしまう可能性がある……というより、帰ってしまうでしょうね」
「……まあ、うん……
元の世界に戻って、親孝行がしたいから………」
「ゲームに負けた時、お嬢様はこの世界から帰れなくなる。
その時は安全な場所へ匿う予定ですので心の奥底で《負けてほしい》と思ったのです」
「帰れないってことは始末されるからだけど……安全な場所って…?」
「……まさかその会話を聞かれてしまうだなんて……オレとしたことが、うっかりでしたね……」
…………どうやら、完全に『独り言』をしているようだ。
一切、私の質問に答えていない。
しかし、どうやら私は少し勘違いをしていた様子。
理由は分からないけれど、彼はこの世界に私が居てほしいから「負けてほしい」と発言したらしい。
……安全な場所とやらは分からないけれどね。
「けれど、最初から正直者を《三人の中から選べとは誰も言っていない》のに妙な勘違いをしているお嬢様が悪いのですよね……
まあ、そんなところも可愛いのですが」
「……っ!!!??」
「…………おや、お嬢様……今のはただの独り言ですので、聞かなかったことにしてくださいね?」
目の前の執事はようやく『独り言』を終え、私に向かって小さくウインクをする。
いや、今はそんなウインクなんてどうでもいい。
それよりも、テトルフが言った言葉だ。
その言葉とは《三人の中から選べとは誰も言っていない》という所だ。
もしも本当だとしたら…………
ハルト、ナツ、ユキ、この三人以外にも正直者候補がいるってこと……!!?
...to be continued...
主人公の誤解を解き、さらに重要なヒントを教える。
……『独り言』は直接教えていることにならないからって、無理矢理すぎると思うよ、テトルフ。
これ、完全に主人公に語り掛けているよね……独り言って凄い…←