第27話 夜はまだ終わらない
……まさか、本当に来るだなんて………
にっこりと微笑む彼の姿を確認したローズは、真っ青な顔で小刻みに震えていた。
計画がバレてしまったからだろうか?
いや、少し違う気がする。
何故なら、ローズの目にテトルフの顔なんて映っていないからだ。
彼女はテトルフの顔ではなく、少し下の方を見ている。
気になったので、私も同じ場所を見ると――――――そこにはテトルフがローズを掴んでいない反対側の手、そして握りしめられた《拳銃》。
……震えている原因はそれだろう。
そしてローズは震えたまま、テトルフに声をかけた。
「テ、テトルフ様……これは、その………あのお嬢様が……」
「事情を話す前に、痣ができそうなほどの力でお嬢様を掴む手を離してくださいませんか?」
「……は、はい……」
ローズが、私の腕を離す。
それを見たテトルフは、私の肩をまるで割れ物を扱うかのようにそっと後ろから抱き寄せ、後ろへ数歩下がる。
彼女から少し距離を取ると、彼は後ろから私を抱き寄せたまま声をかけてきた。
「怖かったですよね……腕の赤み以外、どこも怪我はありませんか?」
「ない……けれど、どうして…………」
怪我はしていない。
それよりも、どうしてテトルフはここへ来たのかが気になる。
何故なら、あんなか細い声を聞き取れるわけがないからだ。
首を傾げた私に、後ろの執事は拳銃を持っていない手で私の頭を撫で始めた。
「オレを呼ぶ声が聞こえたからですよ」
「嘘……。
だって、あんなに小さい声で……」
「それは……いえ、この話は後に致しましょう。
今はお嬢様の安全を確保することが優先です」
「………ありがとう」
「どういたしまして……まだ解決はしていませんけれどね?」
「…っ……!!!!」
テトルフが撫でるのを止め、私の横から片手を突き出す。
それは空いている手ではなく、拳銃を持った手だ。
……拳銃の先端は、ローズの方を向いていた。
「さて、ローズ様…………ご自身がお嬢様に何をしたのか、理解していますか?」
「ち、違っ……テトルフ様、貴方は騙されているわ!!!!」
「……………よく分かりません。
オレは一体、何を騙されているのです?」
真後ろなので表情は見えないが、きっと執事は笑っている。
……恐ろしいほど、綺麗な笑みを浮かべているはず。
必死に抗議するローズの顔を見て、そのことを理解した。
というより、私は一体何を騙しているんだろう?
「そうよ、皆騙されている!!!
テトルフ様もジョーカー様もハルト様もユキ様もナツ様も皆皆皆皆この子に騙されているの!!!」
「質問の内容と答えが違います。
オレは貴女様に《何を》騙されているのかを質問しているのですが……」
「煩い煩い!!!!いくらジョーカー様が提案したゲームで勝負しているからって、異世界だか何だか知らない所から来た得体のしれない人がこの屋敷に住むこと自体がおかしいですわ!!!!」
「………」
「不気味でしょう!!?
こんな子はお屋敷ではなくそこ等辺の――――――ひっ!!!!???」
ローズは大声で叫んでいたが、突然の銃声によってかき消された。
銃声のせいで頭が一瞬真っ白になり、何が起こったのか分からなかったが……私はローズの肩から血が流れていることに気付く。
―――――テトルフが一発撃ち、彼女の右肩に命中したようだ。
ローズもようやく自身が撃たれたことに気づいたらしく、自身の肩から流れている血を見て悲鳴をあげた。
「きゃああああああ!!!??」
その場に崩れ落ち、肩を抑えてローズは蹲った。
……怪我した時、傷を認識するまで痛みを感じない事がある。
きっと、今のローズは私と同じように頭が真っ白になってしまい、自身が撃たれたことに気付くのが遅れたのだろう。
窓から射した月明かりが、彼女の血を不気味に照らす。
それを見て、私は息をのんだ。
「――――――質問に答えられないほど、おかしくなってしまったのですか?」
「っっ………!!!!!」
「それでは何を騙されているのかを知らないまま、お答えしましょう……
お嬢様、今更ですが目を閉じてくださいね?」
目を閉じろだなんて、遅すぎるだろう。
閉じれるわけがない。
それにそう言ったって事は…………ローズをこの場で……?
「答えは……そうですね、寧ろ騙されていたい……お嬢様の傍に居られるのであれば構いませんよ?」
「嫌…あああああっ……あああ……!!!!!」
「ですので、ご安心ください……それにもう貴女はここで……」
「やめてください!!!!本当にごめんなさい!!!!もうしない、しないから……!!!!!」
「もう遅いですよ。
この続きは来世でお語りくださいね?」
ローズがしゃがみ込んでいたため、テトルフは銃を下へ向ける。
………たしかにローズは私を……
けれど、だからって……
「では、さような―――――――」
「待って!!!!」
「…………お嬢様? 何をなさるのです?」
テトルフが発砲すると同時に、拳銃を持った執事の腕に勢いよくしがみつく。
軌道がずれ、ローズのすぐ脇に命中した。
……良かった、当たっていない。
私の行動に驚いているのか、テトルフは茫然としている。
そんな彼に対し、私は声を張り上げた。
「駄目だよ、こんな……!!!」
「し、しかし、お嬢様をこんな目に合わせた方ですよ……まさか、助けるのですか?」
「たしかに辛かったよ……けれど、まだ…………まだ私はローズのことを何も知らない!!!ローズも私のことを知らないの!!!」
「……つまり、話し合えば和解できると?」
冷たい視線を、私に向ける。
きっとテトルフは、自分を危険にさらした人間を見逃そうとするなんておかしい……と思っているのだろう。
当然だ、私もおかしいと思っている。
……しかし、ここで怯んでしまうと、この行動は無駄になってしまう。
私はゆっくりと頷いた。
「そうだよ」
「ですが…………いえ、分かりました」
「本当に……?」
「えぇ、今回の処分は保留にしますよ」
「…………そっか、良かった…」
とりあえず、これで彼女が死んでしまうことは回避できたはず。
うん、安心した。
……安心したのは良いけれど、ふと《本来の目的》が達成できていないことに気付く。
そうだ、そもそも私がこんな夜中にうろついていたのは気持ちを落ち着かせて寝るため。
――――――――こんな状況を見て、落ち着けるわけがない。
「さて………お嬢様、本来なら早急に自室へ戻って寝てほしいのですが……
こんな状況を見てしまったら無理ですよね?」
「え、うん……」
「ですので、オレがホットミルクを作りましょうか?」
「良いの?」
「勿論です。
後、こんな時間にお散歩をしていた理由も問い詰めたいですし」
「……やっぱり?」
「当然ですよ。
オレは腰を抜かしたローズ様を部屋へ運びますので、先に第一ホールで待っていてくださいね」
そう言って、テトルフはローズを支えながら歩き去ってしまった。
……さて、ノエルの事は言えないし………
テトルフに、どうやって言い訳しようかな……。
「――――――――《今回の処分》は見逃しますけれど、お嬢様の食事に毒物を混入させたことについては……見逃しませんよ?」
「……っひ……!!!!!!」
「死なない程度に………そうだ、左肩も負傷させて暫く仕事ができないようにしましょうか」
あくまでも美しく、そして残酷に。
第一ホールに待たせている少女のため、執事は銃を構えて妖艶に微笑んだ。
...to be continued...