第26話 真夜中の遭遇
ノエルはウサギと人間のハーフで、しかも男。
今までその事実を知らなかった私は、ずっとノエルと同じベッドで寝ていた。
だから、今日もちゃんと寝れるんじゃないかと思っていた。
「はあ……」
無理だ。
眠れるわけがない。
そんな私の悩みも知らず、隣でノエルはぐっすりと眠っている。
じっと寝顔を見つめてみるが、やはり女の子にしか見えない。
……私が変に意識しているだけだろうか……?
「どうしよう…………」
眠れない時、何をしようか。
羊を数えたって眠れないし、このままじゃ朝になってしまいそうだ。
「………」
とりあえず、部屋を出よう。
少し歩きながら窓を覗いて、ゆっくりと空を見れば気持ちが落ち着くはず。
私はノエルを起こさないよう、慎重に部屋から出て行く。
「……………うん、綺麗……」
私の部屋から少し離れた廊下の窓の前に立ち、夜空を見上げる。
窓から見た夜空は、想像以上に綺麗だった。
……これなら、本当に気持ちが落ち着きそうだ。
「……ん……?」
じっと夜空を見ていた私だが、ふと廊下に靴の音が響いていることに気がつく。
私は立ち止まって窓を見ているのだから、私以外の誰かの音。
……こんな時間に誰だろう?
靴の音のする方を見ると、そこには―――――――
「…………っ……」
「ふふ……こんばんは、やっと二人きりになれたわね?」
ふわふわの愛らしい桃色の髪、ふんだんにレースをあしらったメイド服。
可愛らしい声や容姿とは裏腹に、私を始末そうとしている――――――ローズだ。
彼女は私を見ながら、ゆっくりと微笑んだ。
…………怖い。
「あらあら、怖がらないで……ここじゃ出来ないもの」
「…………」
「私、ずっと貴女とお話がしたかった………ふふふっ……勿論、着いてきてくれるわよね?」
ローズは微笑み続けながら、ゆっくりとした足取りで私の前に来る。
今すぐにでも逃げて、助けを呼びたい。
いくら夜遅くても、きっと誰か来てくれる……はずだ。
しかし、私の足は動かなかった。
人間、本当に恐ろしい出来事と鉢合わせた時には声すら出せない…………今はまさにそれだ。
どんなに目の前の相手が怖くて、逃げ出したいと思っていても出来ない。
――――――暫く黙り込んでしまうと、やがてローズは私の腕を掴んだ。
「ほら、誰か起きてしまう前に……早く行きましょ?」
「………どう、して……ここに………」
「使用人達のミーティングが終わった帰り、偶然貴女を見つけたの」
「………っ…離して……」
「離したら逃げてしまうでしょ?
……大丈夫、死に方は選ばせてあげる…………ねえ、どんな死に方が良いかしらっ?」
「い……嫌……!!!」
「嫌? どうして?
…………ジョーカー様が何もしなきゃ、貴女はとっくに死んでるのに?」
「…………っ……」
「まあ、貴女って馬鹿だし……ゲームにも負けてしまうだろうから、後で死ぬより今の方が楽だと思わない?」
「………そんな………」
「少なくとも、私は貴女なんてさっさと死んじゃえって思うわ………
ふふふっ……ふふふふふっ!!!!」
私の腕を掴む手に力を入れ、ローズは不気味に笑う。
今なら……小さいけれど声は出そうだ。
ローズとの会話にだって、少しだけ声が出せたのだから。
それならば一体、誰に助けを呼べばいい?
私の部屋から離れているので、私の今出せる声量ではノエルに聞こえないだろう。
それにこの辺りには、部屋がない。
……どうしたらいいの?
誰か、誰かこんな声でも届く相手は…………
《どんな仕事だろうと、放棄してでも行きますよ》
《……寂しかったら呼んでください。すぐに駆けつけます》
―――――――その時、私の脳裏にそんな言葉が響いた。
けれど、言葉の主は……私がジョーカーとしているゲームに負けてほしいと思っている相手。
もしかすると、ローズと組んでいるかもしれない。
だから、頼ってはいけない。
……頼っては、いけないのに…………
どうしても、彼がしてくれた助言や気遣いを疑えなかった。
あんなに疑っておいて、こんな時だけ届かないかもしれない助けを求めてしまうだなんて……
私は、今出せる精一杯の声を出すことにした。
「……助け、て……テトルフ……っ…!!!!」
「なっ……やめて、貴女みたいな人が……余所者が屋敷の方の名前を呼ばないで!!!!!!」
精一杯出した私の声は、あまりにも掠れていて自分の耳でも聞き取れなかった。
しかし聞こえたのであろうローズは、カッと大きく目を開きながら拳を固め、私に向かって振りかぶる。
首を絞められた時に思ったのだが、彼女はかなり強い。
だから、この一撃を食らえば……恐らく、気絶してしまうだろう。
全てがスローモーションに見え、もう駄目だと思った。
―――――――ローズの拳が、目の前で動きを止めるまでは。
「…………っ……」
「………あ………嘘……嫌、そんな……」
「――――――お嬢様に呼ばれて来てみたら……メイド長にしては、随分とはしたない行動ですね?」
ローズの拳は、彼女の横から伸びた手によって動きを止められていた。
ゆっくりと手の主を見るため、横に視線を向けると……
そこには、恐ろしいほど至極の笑みを浮かべるテトルフがいた。
...to be continued...
ローズさんが動き出し、そして絶体絶命のピンチに執事が登場。
…………ローズさん、死亡フラグ立ってますよ…!!!!