第19話 扉越しの世界
「―――――――――遅い」
おかしい。
『すぐに戻ってきます』と言った執事は、三十分以上も帰ってこないのだ。
何かあったのだろうか?
「……まさか…」
私は、執事の置いていったジャケットを見つめる。
先程内ポケットを見た時に入っていたのは拳銃と、カプセルの薬。
拳銃は護身用だと分かるが、テトルフは元気そうだったし薬のことは謎だった。
まさか、この薬は……
「テトルフ、どこかで倒れてる…?」
そう考えるのが一番マトモだ。
そうじゃなければ、いつまで経っても彼が戻って―――――
否、帰ってこれない理由が分かる。
薬を飲み忘れ、どこかで苦しんでいるかもしれない。
「………探しに行こう」
執事は厨房へ向かっているので、その道を辿ればきっと見つけられる。
私は彼に薬を届けることを決意し、ジャケットを手に持って急ぎ足で自室から出て行った。
* * * * *
「…で、結局…厨房まで来ちゃった……」
私は今、厨房に入るための扉の前にいる。
結局、厨房への道にテトルフは居なかった。
……だとすれば、ここで倒れているのだろうか?
そう思い、私は扉に触れた。
―――――――その時。
『…………で……はい』
『……か………』
「…?」
厨房の中から、二人ほどの男性の声が聞こえた。
上手く聞き取れないが、この声には聞き覚えがある。
「…テトルフと……ジョーカー?」
そう、この二人の声だ。
こんな朝早く……ましてや厨房で、一体何を話しているのだろうか?
私は気になってしまい、そっと扉に耳を当てる。
『……現状は、ジョーカー様の仰る通り…ですね』
『残念だけれど、可能性は低い……諦める気は無いのかい?』
……やはり耳を当てた方が、先ほどよりもハッキリと聞こえる。
それにしても、これは何の話題だろう…。
『全くありません……オレは、必ずお嬢様なら分かると信じてますので』
――――――私の、話題?
それに分かるってことは、この内容……《正直者》に関してのこと……?
『…そもそも、お嬢様はまだ気づいていないだけで……』
『その《気づかない》が、命取りになるかもしれないのに?』
『…………』
テトルフの声が聴こえなくなる。
黙ってしまったようだ。
一体、私は何を気づいていないのだろうか?
『…何より、君は……僅かだけれど、彼女にはこのゲームに負けてほしいと思っているだろう?』
『……』
「………!!!??」
どういうこと…?
テトルフは、私が死ねばいいって思ってるの?
いや、まだ確定ではない……
ジョーカーは人の心が読めるみたいだけれど、テトルフは何も言っていない…だから……
『………否定はしません…』
「……っ………!!!!」
『やはり…しかし、その理由はどんなに探っても読めないな』
ジョーカーが何かを言った気がしたけれど、私はテトルフの言葉に衝撃を受けていたのでよく聞こえなかった。
……じゃあ、今まで彼がしてくれた助言は…全て、嘘?
《執事やメイド等の使用人はゲームには関係ない》って言っていたから、自由に嘘をついても良いって言っていた。
冗談まじりの変な言葉や行動は嘘なのかもしれないけど、助言や私の体調を心配してくれたのは本当だと思っている。
それが、全部…私を始末するための嘘かもしれないだなんて……
―――――信じていたのに。
「…そ、んな……」
「―――――――あの、アスカお嬢様?」
「っ!!?」
急に背後から声をかけられ、ビクッと全身が震える。
慌てて振り返ると、そこにいたのは……ローズだ。
彼女は首を傾げながら、じっと私を見つめていた。
私は慌てて、扉から離れる。
「ど、どうされました? 扉にべったりと張り付くだなんて…」
「え、う、うん……ちょっと……」
「…?」
ローズは首を傾げたままだったが、やがて何かを思いついたように体制を元に戻して私の手を掴む。
「あぁ、そうでしたわ……
私、お嬢様にお話がありましたの!!」
「話?」
「はい、とーっても大事な……ここでは言えない秘密のお話です」
何の話だろう?
私の手を掴むということは、着いてきてほしいと言うことだ。
少し考えた後、私は頷く。
「分かった。
どこなら話せるの?」
「この時間でしたら………私の部屋でなら話せます」
「じゃあ、ローズの部屋で」
「はい、分かりましたわ」
テトルフとジョーカーの会話の続きが気になったけれど、今はローズの話に集中したい。
とにかく、少しあの執事を信用するのは控えよう。
寧ろあんなことを聞いてしまったら、信用しろと言われても難しい。
そんなことを考えている私は、にっこりと笑って歩き始めるローズと一緒にこの場から去った。
『……それで、理由は?』
『――――おっと、随分話してしまいましたね。
お嬢様が待ちくたびれているので、失礼致します』
『逃げるのかい?』
『いずれ分かることですので、黙秘するだけですよ』
口元に人差し指を当てるテトルフ。
ジョーカーは眉を寄せていたが、執事は一切気にしていないようだ。
そして私が去ったのとすれ違いで、テトルフは紅茶を持って厨房から出て行った。
...to be continued...