第6話 甘いお菓子と来訪者②
……しまった、私は二時間の軽い睡眠を予定していたのに……
気づけばお昼頃だった。
テトルフは私を起こそうとしていたらしいが、全く起きる気配がなかったので、とりあえず手軽に食べられるサンドイッチや飲み物をテーブルに用意してくれたらしい。
自室の朝食を食べ終え、私は身支度を整えるためにテトルフを部屋から追い出す。
「………着替えや髪のセットでしたら手取り足取りお手伝いしますのに…」
「しなくていい」
「まあ、お嬢様の服はあの服一つですからね。
近い内に買い物に行きましょう」
扉越しに会話をする。
あの服とは、制服のことだ。
たしかに私は制服以外持っていない。
寝るときもこの服だった。
……不潔だから、明日買いにいきたい…
身支度を済まし、私は部屋の隅に置かれた手提げバッグを見る。
彼はハルトから私が中庭へ行くという情報を聞いたのか、このバッグにレジャーシートや水筒などを入れてくれたらしい。
…………ピクニックか、と突っ込みをしたいが耐える。
「準備は終わりましたか?
そろそろお客様が来てしまいますよ?」
「……あ、うん、今行く」
手提げバッグに手に取り、部屋を出る。
その際マフィンを全部入れたので、配る準備も万端だ。
部屋を出ると、にっこりと笑っているテトルフが私を待っていた。
「なんだか、アスカお嬢様からとても甘い匂いがしますね?」
「……知っているくせに」
「おや、バレてしまいましたか」
……バレるバレない以前に、部屋に入った時点でマフィンが目に入っているはずだ。
呆れた表情でテトルフを見つめると、彼は私に手を差し出してきた。
寄越せ、ということだろうか?
「もうヒントを教えてくれるの?」
「マフィンは後で頂きます。
今のオレは、中庭へご案内するために手を繋ごうという意味です」
「…………え?」
テトルフは笑みを崩さず、手を差し出したまま動かない。
どうやら、手を繋ぐまで動く気が無いようだ。
仕方がないので、私は手を繋ぐことにした。
繋いだ途端、執事は一層満足そうに微笑んだが――――見なかったことにする。
「それでは行きましょうか。
お客様の用事が終わりましたらオレが迎えに行きますね」
「……ありがとう」
「はい、どういたしまして」
この執事は手を繋ぐのが好きなのだろうか。
正直あまり慣れないが、より情報を得るためには大人しく従う方がいい。
* * * * *
さて。
今日の天気の話題などの他愛もない話をしている間に、中庭へ着いた。
中庭は普通の芝生。
所々に大きな木があり、丁度良い日陰ができている。
辺りを見渡すと、奥の方にうっすらとビニールハウスが見えた。
テトルフは手を離し、私の持っていた手提げバッグからレジャーシートを取り出すと素早く芝生に設置し始める。
私はビニールハウスが気になったので、テトルフに聞いてみることにした。
「ねえ、あの奥にあるビニールハウスって……」
「……アレですか?
アレはナツ様が一生懸命栽培している薔薇園ですよ」
「ナツが?」
「はい。
ナツ様がどうしても薔薇園を作りたいと言うことで、自ら専用のビニールハウスを設計したのです」
「……へー…」
レジャーシートを設置しながら、テトルフは答える。
それにしても、すごく意外だ。
薔薇園と聞いて真っ先に目の前の執事を思い浮かべたが、ナツだったとは……
「なんか意外だね」
「はい、やはり人は外見だけでは分からないでしょう?
ああ見えて、ナツ様はロマンチストですから」
「……たしかに外見だけでは分からないね」
「そうです。
ナツ様に近づきたいのであれば、あの薔薇園についての話題が無難だと……はい、終わりました」
テトルフがレジャーシートを設置し終え、私を手招きする。
恐らく座れという意味だと思うので、私はレジャーシートの上に座った。
すぐ真後ろは大きな木だ。
………木陰が心地良い。
その木の後ろには、客間と思われる部屋が見えた。
つまり、私はここに隠れながら、中の様子を伺え……ということだろうか?
「……これで大丈夫ですね。
それでは、オレはお客様をお迎えしなくてはならないので失礼します」
「またね、テトルフ」
にっこりと微笑んだテトルフは、私に一礼をしてからこの場を歩き去った。
……さて、お客さんはいつ来るのだろう?
とりあえず、暇なのでマフィンの味見をしてみよう。
先ほどハルトに一つ渡し、これからテトルフやジョーカー達に渡すとしても五つ余る。
……一つくらい、味見したって良いはずだ。
バッグから水筒とマフィンの包みを一つ取り出す。
包装を開けると、ふわんとした甘い香りがした。
次に水筒の中を見てみる。
中は、冷たい紅茶のようだ。
ミントのような爽やかな香りが鼻をくすぐる。
「――――美味しそう」
ハルトの鬼のような指導のお蔭だが……それでもやはり良い出来だ。
うん、今度は一人で作ってみよう。
それで上手にできたのであれば、もう少し自信が持てる。
「いただきますっ」
まずは一口。
…美味しい……すごく美味しい…!!!!
あんな朝早くから起こされて作った甲斐がある。
頬を緩ませながらパクパクとマフィンを食べていると、ふと後ろ客間の方が騒がしいことに気づいた。
慎重に木から顔を覗かせると、知らないおじさんとジョーカーが見えた。
……多分、あれがお客様だろう。
イメージとしては、いかにもな金持ち。
頭がツルツルだ。
そして横から見ても分かるくらい体格が良い。
そのおじさんの後ろにはサングラスをかけた、遠くからでもよく分かるほどの怖い雰囲気の白いスーツの男がいた。
「怖そう……」
「「だよねー!!」」
「っ!!?」
客間の方を見ながら呟くと、背後から息のあった声が相づちを打ったので、慌てて振り向く。
そこにいたのは、全く同じ顔の美少年が二人いた。
……双子だろうか?
「え、あなたたちは一体……」
「僕はねー、ライム!!」
「僕はねー、ユウム!!」
「「僕達は双子だよー!!!!」」
言われなくても分かりますとも。
ライムとユウムと名乗った双子は、キラキラと目を輝かせながら私を見つめる。
いや、私の食べているマフィンを見つめている。
キラキラ、キラキラと。
子供特有の純粋で汚れのない目で私を見つめ続ける。
「………食べたいの?」
私が双子に問うと、彼等は同時にぱあって笑った。
……可愛い。
「おねーさんくれるの?」
「くれるの? くれるの?」
「う、うん、まだあるからあげる」
「「やったあっ!!おねーさん大好き!!!!」」
「わっ…!!」
ガバッと勢いよく双子に飛び付かれ、寄りかかっていた木に頭をぶつける。
だが、双子はお構い無しに私に頬擦りをしている。
……子供とは、無邪気なもの。
可愛すぎるっ……!!
擦り寄る双子に頬を緩ませながら、バッグに手を伸ばしてマフィンを二つ取る。
そして双子に渡すと、私に抱きついたままマフィンの包みを破り、幸せそうに頬張る。
……両サイドからの甘い匂い……
今日はこの香りばかり嗅いでいるから、少し目眩がするのは内緒だ。
「おねーさん!!美味しい!!」
「ふわふわで美味しいよ!!おねーさん!!!!」
「うん、ありがとう」
あっという間にマフィンを平らげた双子は、私にお礼を言う。
……どちらがライムで、どちらがユウムなのかが分からない。
じっと両サイドの双子を見比べていると、その視線に気づいた双子が「あ!!」と同時に叫ぶ。
「そうだ!!
僕達、おねーさんの名前を聞いてない!!」
「名前、名前!!
おねーさんの名前を教えて!!」
「私? 私は、波川飛鳥って名前で……」
「「アスカおねーさんって可愛い名前だねー!!」」
……実に仲良しな双子だ。
そういえば、彼等は何故ここにいるのだろうか?
……まさか……
「ライムとユウムって、どうしてここに居るの?」
「僕達?」
「僕達はねー」
「「ボスの付き添いだよー!!」」
「ボ、ボス?」
あの金持ちなおじさんが恐らくボスだろう。
しかし、何のボスなのかは分からない。
嫌な予感しかしない…
「ね、ねえ、ボスってあそこの……あれ?居ない?」
客間の方へ視線を向けたが、既にあのおじさんは居ない。
それを見た双子が、私に抱きつくのをやめて立ち上がる。
「大変大変!!
ボスが帰っちゃう!!!!」
「急ごう急ごう!!
またね、おねーさん!!!!」
そのまま双子はものすごい速さで、この場から走り去った。
その後、私を迎えに来たテトルフに問い詰めたところ、先ほどのおじさんは《マフィア》のボスだということがわかった。
つまり、あの双子はマフィアの関係者。
……子供は恐ろしい。
さらに私が恐ろしいと感じたのは、マフィアが去った一時間後の事だ。
なんと、あのおじさんは暗殺されてしまい……
代わりにあの双子が、マフィアのボスになったという話。
――――そのニュースを聞いた私は、何故か胸騒ぎが消えなかった…………
...to be continued...
ということで、双子が参戦します!!
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