第5話 甘いお菓子と来訪者①
―――――カシャカシャと厨房に響いているのは、ボウルと泡立て器が擦れ合う音。
時刻は午前五時。
私は寝ぼけ眼で、ただひたすらボウルの中の液体をかき混ぜている。
生クリームと砂糖が混ざった絶妙なほどの甘い香りが私の鼻を掠め、普段であれば何も感じないが…
今は眠いので何となく胸焼けがする。
手を止めて今すぐにでも寝たい気分だが、私の背後にいる『鬼』がそれを無言の威圧で阻止した。
………何故、私がこんな状況になったか……
全ての原因は《夕食》だ。
私は第一ホールと呼ばれる大きなホールへ行くと、テーブルを囲んで既にジョーカーやテトルフやハルトは食事を楽しんでいた。
ユキの姿も見えたが、彼は丁度食べ終わって自室へ戻るようで、すれ違い様に会釈をしただけ。
とりあえず、私はハルトと話すために彼の隣へ座った。
テトルフから聞いた話によると、食事の際の席や食べるタイミングは自由らしい。
ナツの姿が見えないのは、早めに食べ終えて自室へ戻ったから。
そして何より凄いと感じたのは、椅子に座ればメイドさん達が料理を次々に運んでくるというセレブシステムだ。
出された料理は想像以上に豪華で、正直一人では苦しい量だったが……ギリギリ残さず食べた。
美味しい物でも、量があるとキツい。
そして夕食の際、ジョーカーから色々なことを教えてもらった。
まず、今のこの世界は四月五日で『春』だということ。
つまり私は、来年の四月五日までに正直者を当てればいいらしい。
四季や月日の経ち方は、私のいた世界とは変わらないらしいので安心だ。
次に、この世界には魔法使い以外にマフィアやヤクザなどの組織が沢山存在するということ。
しかし、そういう組織はこちらが何もしなければ特に被害はないらしい。
さらに私に関する情報は、三兄弟全員に知られているということ。
事前に情報を入手しておかないと、正直も嘘つきも決まらないからだと言われて何となく理解した。
私はある程度役立つ情報を手に入れた後、テトルフの助言に従ってハルトにお菓子作りのことを頼んだ。
もちろんテトルフのためだなんて言っていない。
ハルトはすぐに頼みを了承し、満天の笑みで「俺とお近づきになりたいんだね☆」と言ってきた。
……正直者探しの参考としては近づきたい……けど、彼は苦手なタイプだ。
とにかく、私はハルトから近いうちにお菓子作りを教えてもらうことになった。
そこまでは良い。
彼は私に何を作るのか質問してきたので、素直にマフィンと答えるとハルトは上機嫌な声で「じゃあ朝から作ろう」と言ってきた。
その時の私は何も知らず、頷いて自室へと戻る。
まさか、ハルトのいう朝が『午前三時』だなんて…………
午前三時。
部屋の扉を激しく叩かれた音で私は目覚め、まだ寝ぼけたままの状態で一階の厨房へと連れていかれた。
そしてそこに待っていたのは、楽しい料理教室ではなく地獄のスパルタ教室だった。
ハルトは料理のことになるとやけに熱く、そして初心者だろうと容赦ない勢いで指導していく。
材料の目盛は一グラムでもずれるとやり直しになり、さらにはかき混ぜる速度や角度が違うとまたやり直し。
……これで何回目の挑戦だろう。
そんなこんなで、今の私に至る。
背後から感じる威圧感に耐えながら、必死に手を動かす。
ハルトが黙っているのは大丈夫という証。
……うん、後少しで混ぜ終わる。
「――――はい、おしまい」
「ふぅ……」
ハルトが終わりと言ったので、ようやく手を止める。
お菓子つくりとはこんなに疲れるものなのだろうか……もうやりたくない。
かき混ぜ終わったボウルの中身をじっとハルトは見つめる。
……やがて威圧はなくなり、彼の表情は朝早くなのに元気すぎるほどの笑顔に変わった。
「……よし、完っ璧!!
流石アスカちゃん!!!」
「や、やっと終わった……!!!」
「後は型に流し込んでー……
ふふん、ここは俺に任せなさい!!」
ハルトは鼻歌まじりに、ボウルの中の液体を次々に型へ流し込んでいく。
その慣れた手つきはまさにプロ顔負けだった。
そしてオーブンに型を入れ、タイマーをセットする。
「それにしても、沢山作れたね」
オーブンへ入れた型の数は二十個。
……多すぎる。
メインであるテトルフ……それからジョーカー、ハルト、ナツ、ユキ……後はメイドさん達に差し上げようか?
「……あ、そういえば今日は客が来るし、アスカちゃんの美味しいマフィンをご馳走しちゃう?」
「良いけど……
そういえば、お客さんって誰なの?」
名案とばかりにハルトが言う。
たしかにお客さんにあげればいい。
ただ、昨日から疑問だったのだが……お客さんとは誰だろう?
「んー……簡単に言うと、お金持ちかなー」
「お金持ち?」
「そーそー。
でもアスカちゃんは危ないから隠れてた方がいいかもね」
「どうして?」
「………秘密☆」
「えー…」
ここまで来て秘密だなんて、少々残念だ。
「あー、でも……その客を見れば理由が分かるかも」
「つまり、隠れてこっそり見てろってこと?」
「その通ーりっ!!!
中庭ならこっそり見れるかもね!!」
……中庭。
そういえば、テトルフは中庭か自室で待機しろと言っていた。
よし、私は中庭にいよう。
そんな話をしている最中、オーブンのタイマーが鳴った。
マフィンが焼き終わったのだろう。
ハルトはすぐさまオーブンから型を取り出す。
出来立てのお菓子独特の甘くて香ばしい匂い……
目が覚めてきたのか、先程よりは胸焼けがしない。
じっとマフィンを見つめながらハルトは竹串を取り出し、いくつかのマフィンに突き刺す。
やがて満足そうに一度頷くと、私に向かってグッと親指を突き立てた。
「パーフェクトっ!!
初めての割には良い出来だね!!!」
「そ、そう?」
………あんなスパルタを乗り越えたんだ、これで失敗だったら泣きたい。
それから二人で一つずつ丁寧にマフィンを包装し、ついに二十個分完成した。
私はその内の半分を配るようにすることにした。
余った半分は、お客さんが来たときの茶菓子やお土産として使うらしい。
「お菓子作りに付き合ってくれてありがとう、こんなに上手く作れるなんて思ってなかったよ」
「どーいたしまして!!
それじゃ、俺は後片付けをしてるからアスカちゃんはもう少し部屋で寝てていいよ!!!」
「え、手伝うよ?」
「いーや、全然平気!!
それにアスカちゃんは、眠れるときに寝ておかないと倒れちゃうしね?」
それならこんな早い時間に起こすな……と言いたい。
とりあえず、朝食までまだ二時間ほどあるようだから、大人しく部屋で寝ようと思う。
「じゃあ、ハルトの分は置いとくね?」
「ありがとー!!
また後でねー!!!!」
「うん、また後で」
テーブルの上に包装されたマフィンを一つ置き、私は自室へと向かうことにした。
「………はい、色々とごちそーさまっ☆」
厨房でせっせと後片付けをする青年の呟きは、私の耳には入らなかった。
...to be continued...
はい、あまりにも長かったので新キャラは次回ですねorz
そしてこのマフィンこそが火種となります…こうご期待!!←
ここまで読んで下さり、ありがとうございます!!
これからも頑張りますので、応援お願いしますっ