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am16 CWC記念 TOKYO WONDER BOYSについて

 師走も深まり、風もめっきり冬になった。電気こたつがあって良かったと渡海雄も悠宇も心の底から日本人が生み出した文明の知恵に頭を下げる思いであった。


「ふああ、指が冷えたわあ。ところでとみお君は見た? 昨日のクラブワールドカップ」


「うん、見たよ。でもねえ、怪我人出すぎぃ!」


「交代三人全員負傷だから勝ったけど負けみたいなものよ。雨もざんざか降ってて心躍る試合では決してなかったわ。ところでとみお君は『TOKYO WONDER BOYS』って知ってる?」


「知らない。何それ?」


「ふふふ、それはね、漫画よ。去年ワールドカップがあったじゃない」


「あれ、ワールドカップって去年の事だったっけ。もう大昔の印象だよ」


「そうね。その印象に準ずるとこの漫画も大昔になるのかしらね。掲載誌は週刊少年ジャンプで、作者は原作が下山健人、作画が伊達恒大。伊達は新人、下山はアニメや特撮の脚本家としてそれなりに知られた人物だけどこれが酷くてね、去年の三月に始まって五月には早くも連載終了となったの。最終回掲載号が発売されたのがワールドカップのメンバー発表当日だったと記憶しているわ。全十話で終わるのは五年ぶりの出来事だったけど、今となってはその内容を覚えている人も少ないでしょうね」


「へえ、どんなお話なの?」


「舞台はJ2をイメージしたリーグで、SA西ヶ丘というあんまり強くないクラブに樋本究児と南條壱丸という二人の高校生が入団して旋風を巻き起こす、はずがあっという間に終わったからそこまでは行かなかったの。コミックスは全一巻」


「これがねえ。絵は結構達者に見えるけど」


「そうね。一部動きが硬かったりたまに変な表情させるのが不快だったりするけど、基本的には綺麗な絵を描いてると思うわ。となると問題はお話で、大雑把に言うと三つの難点があったの。まず一つ目はギャグが多い割につまらない。もう一つは登場人物全員不快。最後に舞台となるJリーグを馬鹿にしているかのような描写」


「むう、それどれも致命的欠陥じゃないの?」


「そうでないと十話で打ち切りになんてならないわ。まあギャグに関しては感性でもあるし、少なくとも私は笑えなかったけどこれで面白いなって思った人も、多分、きっと、おそらくは、何人かはいる……、はず。ただなまじ絵が上手いだけに不快な顔が本当に不快だったのはきつかったわ。まあ嫌だった事を延々言い続けるのも気が滅入るからここまでにして、今回は設定について考えてみようと思うの」


「設定?」


「そう。だって珍しくJリーグっぽいものを舞台とした作品なんだから色々見てあげないと不憫でしょう。まずはSA西ヶ丘というクラブについて。そもそもSAが何の略か不明な時点できついんだけど、ユニフォームのカラーが青と赤でFC東京と被ってるのもどうかと思うわ。ただ日本はカス世界で戦う事こそ正義という作中の価値観からするとモデルはあくまでバルセロナであって、同じく東京に本拠地を置くFC東京なんて眼中になかったんでしょうね」


「またそんな悪意に満ちた」


「作品が悪意の塊だしそりゃあ解釈もそうなるわ。さてそんな西ヶ丘だけど、設定を見ると二〇〇二年の日韓ワールドカップの後に生まれたとなってるわ。そして二〇〇六年には早くも一部昇格を決めているの。クラブとして始動したのが二〇〇三年からだとして、かなりのスピード出世よね」


「出来てから四年でJ2を通過したのか。永大産業や藤和不動産みたいなものかな?」


「制度が未整備だったその頃じゃないんだから。ただ土台のないところから生まれた真新しいクラブが急成長なんて無理なもので、永大は名古屋相互銀行があったし、藤和も東洋工業から選手や首脳陣を加えたからこその結果よ。西ヶ丘に関しても影も形もないところから新クラブを作ったのではなく、例えばJFLあたりに元々あったクラブがプロ化を念頭に組織改編したと考えるのが自然じゃないかしら。普通にやってたら東京都リーグの下の方からになって、四年じゃ順調でもやっと関東進出って程度でしょうし」


「まあそれもそうだねえ。しかも東京だとチーム数も多くて突破するの大変そうだし」


「それで当時のJFL参加チームを見ると、程良さそうなのが佐川急便東京。ここは東京フリエというフリューゲルスのOBが多く在籍したクラブの流れも汲んでいるの。大阪にも佐川のチームがあって実際は二〇〇六年に両者が合併したけど、こっちの世界では二〇〇二年あたりに東京はプロを目指す、アマチュアでやりたければ大阪へという離合集散の流れがあったんじゃないかしら」


「はははっ、歴史を大胆に改変していくねえ」


「まあ仮にそうだとしてって事よ。二〇〇三年はJFLとして、最低でも三年以内に様々な条件をクリアしてJ2昇格、ここもやっぱり在籍最高三年で昇格したわけよね。二〇〇六年に昇格したんだから。で、その際活躍したのが天河歩士って選手。南條にとっても、実は樋本にとっても憧れだった選手で、二人が小学生の頃に昇格を決めたけど一部で戦う事なく海外移籍。戦力不足の西ヶ丘は即降格して以来七年二部リーグにいるの。このシーズンも二十二チーム中十四位、負けたらプレーオフ進出が厳しくなるという状況で作中では崖っぷちと何度も表現されているわ」


「ふうむ。でもJ2降格もある今となってはまだ悪くないかなって思ったりして」


「確かに十月の時点で昇格の可能性が残されてて、逆に降格の可能性は作中で一切触れられていないからおそらくないと考えていいかと思うと、それなら本当はそんな悪くないんだけど作中では最低辺みたいな扱いでね。とにかくそれで天河は裏切り者だ嘘つきだみたいに樋本は思ってて、でも南條はそれは間違ってるみたいに言ってる雰囲気だけど、反論としては弱くてやっぱり裏切り者だって事は否定しきれてないし。どうもこの漫画はそういうシーンが多くて、樋本が西ヶ丘をクソクラブ呼ばわりするのに南條が反発して『ダメクラブに訂正しろ』とか、ギャグシーンとして描かれてるけどまったく笑えないし、結局駄目な事は否定してないし」


「それは厳しいねえ。ところで天河選手は今どこにいるの?」


「不明よ。年齢、現役なのか引退してるのか、現役だとしたら今も海外でプレーしてるのか国内復帰したのか、全部不明。樋本の同級生も『天河は西ヶ丘を裏切った』という印象を持っているけど、ただ海外に行っただけならそうはならないでしょう。だから国内他クラブにあっさり舞い戻った槙野状態か移籍した途端古巣の悪口連発した柳本状態かなと思ったけど、それならそれで言及あるはずだし。ただ彼の名前、歩士の士って字は十一と分解出来るでしょう。南條壱丸は十、樋本究児は九でそれぞれのポジションとも繋がっていると考えると天河が後々復帰する展開を考えていた可能性はあるわ」


「絵に描いた餅だねえ」


「他に名前の出たチームメイトで言うと服部雄三郎が三番。浜屋義次が二番、はさすがにこじつけが過ぎるかしらね。この服部ってのが編集者をもじった名前で、その服部さんはこの漫画が大失敗した責任からか直後に編集部から去っていったわ」


「それはまたお気の毒に」


「こんな漫画を通す人間にはふさわしい結末よ。ところでこの服部や浜屋の選手としての特徴は正直よく分からないわ。作中ではオタクだのケチだの薄っぺらいキャラ付けがなされているだけで、ただエルゴラッソの選手名鑑なんかだとそういうパーソナルな部分への言及が多かったりするのは確かだからそこはちゃんと分析したのかなって思ったり。ただそういう名鑑でもちゃんと選手のプレースタイルを絡めた文章にしてるけど、本作だとネタ部分だけしか触れられてない上に中盤の選手などは名前すら不明という適当っぷり」


「それにしても『坊やだからさ』とかガンダムの有名な台詞をもじった発言を連発するアニメオタクキャラってのも果てしなく陳腐だね」


「そういうしょうもない選手が揃った西ヶ丘は普段の練習もやる気なしで、主役コンビが加入した事で初めて居残り練習を始める体たらく。そりゃあ弱いわ。西ヶ丘の魂と称されるキャプテンの清越も負けたら終わりという試合の前半先制されただけで意気消沈してとんでもなく消極的になる弱々しさだし。また選手だけじゃなくてフロントもかなり腐っていると推察するわ」


「へえ、それは何で?」


「そんな選手しか集めてないから、ってだけで断罪するのはさすがに安直すぎるか。まず地元からも見放されてるって設定だけど、それは弱いからってだけじゃなくて営業が上手く行ってないからだと思うの。今でこそ弱体の西ヶ丘だけど創立直後は驚異的な勢いでJ1昇格まで漕ぎ着けた昇り龍だったわけよね。しかも東京だからマスコミがごった返して相当注目を集めた時期もあったはず。ここでうぬぼれて地元に根付くという地道な作業を怠ったものと見たわ」


「ううん、そうなのかなあ」


「作中では世界の大きさに対して地元の弱小って部分を強調するためか天河在籍当時から馬鹿にされるような存在だったみたいに描かれてるんだけどね、だとしてもその頃は成績的な意味で地元民を失望させる要素はないように見えるからやっぱり地元への働きかけが弱かったとしか思えないわ。また西ヶ丘はシーズン当初強力なツートップがいたけど『ルイジーニョは大阪に獲られたしルーキーの琴浦は東京Vに電撃移籍した』と語られているわ。ブラジル人はともかくルーキーを、しかも東京Vは六話にある二部の順位表にも三位として登場していて間違いなく二部所属のいわば昇格を狙うライバルなわけで、そこに移籍ってそうあるものじゃないでしょ」


「確かに。どんな契約してたんだろうね」


「元々強豪だっただけにフィクション中のヴェルディをモチーフとしたチームは金持ちである確率が高いので、多分作中においてはマネーゲームに屈したものと思うけど、せっかく活躍したルーキーを半年でライバルに引き渡すフロントが怠慢かつ無能なのは間違いないわ。彼らが消えた今の西ヶ丘は佐藤雪太という性格悪い雑魚がスタメンだけど、『最近ようやくスタメン取れるようになってきた』ってのも実力でのし上がったわけじゃなくて主力が引き抜かれた結果の繰り上がりだと思うと嫌に整合性が取れてるわ。もう一人の鴻ノ木とかいうのもやる気のない選手で、そんなのを使うしかなくなったせいでチームは目下四連敗中。今の監督は最近就任したばかりって事だけど、せっかく整備したツートップをみすみすよそに奪われた挙句詰め腹を切らされて解任されたと思しき前監督には同情しちゃうわ」


「それはまたお気の毒に。でも佐藤って背番号七とかなんだね」


「無駄に背番号はいいわね。はっ、ま、まさか。『夜の柳ヶ瀬』のカサノヴァ7で知られるようにイタリア語で七はセッテだけどこれは雪太と音が似ている。だから佐藤もそのうち改心して中盤のドリブラーとして覚醒展開があったなんて事も!?」


「いやあ、それはさすがに苦しいこじつけじゃない?」


「まあ死んだ子の年を数えるようなものだけどね。で、新監督がFWの新戦力として南條加入をフロントに要請したところ実績がないという不明瞭な理由で却下され、超高校級FWとして名が知られてJ1の強豪も触手を伸ばす樋本と一緒じゃないと認められないというのも無茶な話よ。監督が実力を認めたならさっさと加入で良いものを。しかも南條と樋本は知り合いでも何でもないのに。そう言えば南條も設定に謎が多く、元々西ヶ丘のジュニアチームにいたらしいけどいつ辞めたのか、中学時代世代別代表に選出されて試合出場したほどの選手なのに完全に無名みたいな扱いなのはなぜか、一般的には無名だとしても元々西ヶ丘の選手で実力とチーム愛は分かってるだろうに妙な条件が付いた理由は、など興味は尽きないけど結局説明がなかったわ」


「案外原作の人も考えてなかったりしてね」


「それは、そうかもね。ともかく、作中では六位に位置する山形に勝ったところで連載終了したわ。この山形もフィールドプレーヤーとキーパーのユニフォームデザインが同じという雑さ。基本上手い作画もところどころまずい部分があって、二話は南條が樋本の高校に殴り込みって展開だったけど雑誌掲載時は最後のシュートが入ったのか外れたのかさえ不明という有様だったの。それが単行本ではボールが確実にネット内に入ってるよう修正されているわ。と言うか去年からずっと探してたのに、古本とかじゃない普通の本屋さんでも全然見つからなかったコミックスを今年の十月に東京でようやく見つけた時は、でも別に嬉しくならなかったわ。出来が悪い漫画だって知ってたから。一度は無視して書店から出たけど、でもどうせ見つけた珍しい本だからと確保したのがこれ。本当に貴重な、でも価値のない本よ」


「酷いまとめ方になったね」


「仕方ないわ。大体作中の価値観とは相容れない部分が多すぎるもの。今は貧乏弱小な西ヶ丘も強くなればリーグ制覇してアジアへ進み、ACLも制覇すればクラブワールドカップで世界と戦えると、これが日本におけるサッカークラブの最終目標みたいに語られてるわけよ。でも実際サンフレッチェがクラブワールドカップに出たけどどう? これはこれで面白くはあるけどどちらかと言うとエキシビジョン的な空気と言うか祭りの後と言うか、正直な話毎週ごとのリーグ戦のほうが楽しかったし、Jリーグの仲間たちに勝って日本一になった時のほうがよっぽど嬉しかったでしょう?」


「うん、それは確かに」


「なぜか。それは私達がサンフレッチェを恒常的に愛しているからよ。たまにしかない代表戦や世界大会よりいつもそこにあるクラブチームを愛する人もいる。この作者はそうじゃなかった。そもそもJリーグのそれもJ2って、はっきり言ってニッチな舞台設定だからね。『設定がマニアック過ぎてついていけないな』ってなる読者も多いレベルでね。だからこそあえてそれを舞台にしたからには何か熱いものがあるからだろうと期待したものよ。でも一話の冒頭において日本でプレーする事は『サッカー選手として死を意味する』などという、このテーマに興味を持つタイプの人間百人中百人が共感しないモノローグを炸裂させたの。しかも作中では樋本のクラスメイトや山形の選手など登場人物全員がそれを肯定し、最終回でも『その考えに変わりはない』と駄目押しする始末。つまりこれが作者の主張だと認識せざるを得ないわ」


「そこまで徹底するのも逆に凄いね」


「この漫画から伝わってくるのは『Jリーグなんて取るに足らないつまらない存在で、ましてやJ2なんてレベルが低すぎて存在意義がない』って作者の主張のみよ。いえ、本当はもっと何かあったはずなんだけど、その何かがまったく伝わってこないもの。そんなふざけた価値観と下らないギャグで構成された漫画が長く続くはずもなく、読者の良識もあって無事に短期打ち切りと相成ったの。ゲームで例えると酷いバグなどもなく仕様通りに完成した結果クソゲーになったプロゴルファー猿のような、ストロングスタイルの漫画と言えるわ」


「そんな漫画が良く連載出来たものだね」


「漫画に限らずアニメでも小説でも大体そうだけど、大事なのはキャラクターよ。実際今までネチネチ述べてきたような細かい部分が雑であっても登場人物の誰か一人にでも魅力があれば、絵も綺麗だし可能性はあったと思うわ。だってプロの脚本家がこんなの出すなんて思わないじゃない。せめて題材となったサッカーに対して、舞台となったJリーグに対して誠意を持って接してさえいれば……!」


「悲しい話だね」


「そうね。でももう悲しい話は終わり。随分暗くなってきたし、そろそろ帰りましょうか」


「うん。それじゃ、お邪魔しました」


 冬至に近づきつつあるだけあって暗くなるのが早い夕暮れであった。


 その後二〇一七年に作画担当の伊達が単独で復帰してきた。その「クロスアカウント」だが、これは駄目だ。顔芸や共感出来ない登場人物など想像以上に本作の悪徳を受け継いでいた。原作の作画の責任、実際はどのぐらいの割合だったのか今となっては知る由もないが、原作者だけが悪いとは言い切れなくなったのは間違いないだろう。ただ原作者が悪いのは間違いないけど。

今回のまとめ

・今回は妄想多いけど悪意をフラットに解釈しようとするとこうもなる

・テーマが貴重だっただけにどうしてこんな内容になったのかと悲しい

・極端なパースつけたり絵はそれなりに頑張っていたが不快な顔芸は不要

・台詞の一つ一つに舌打ちしてしまうほど濃密な原作の出来が凄まじい

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