sw06 国勢調査について
九月に入った時点でこんなに秋っぽくなるのは久々な気がする。清々しい朝に渡海雄も悠宇も心が跳ねていた。
「ふっふっふ、これよこれ」
「ゆうちゃん、何その封筒は?」
「ああ、とみお君、これはね、何を隠そう国勢調査インターネット回答の利用案内よ」
「うん、まあそう書いてある通りだね。それにしてもこの赤ちゃんのマスコットキャラクターの名前、センサスくんとみらいちゃんって言うらしいけど横文字と日本人名でいまいち統一感ないね」
「その辺の雑さこそまさにお役所仕事的と言えるし、むしろ好印象。ああ、力入れてないな、適当に作ったなってほうがこういうのは逆にいいものでしょ。ところでそもそも国勢調査ってのはね、五年に一回全国で一斉に行われる統計調査よ。だから前回は二〇一〇年に行われたし次回は当然二〇二〇年ってなるはず」
「二〇二〇年かあ。東京オリンピックはまともに開催されているのかなあ。開催決定した時は喜んでみたけどその後の色々なニュースを見ていると不安が一杯なんだけど」
「夏休みの間燃え盛ってたロゴの問題とかね。スタジアムでさえ撤回されたんだからどうせ遅かれ早かれこっちもそうなるだろうと思ってたけど、いずれにせよ準備力のなさが浮き彫りになった非常に残念な事件だったわね」
「あのロゴを最初に見た時はいささかクールすぎるのではと思ったけど、デザインって第一印象ではどうなんだろうと思ったものでも何度も見てるとそれなりに慣れるものだからね。今まででこれは酷いという印象のまま変わらなかったのはブンカッキーぐらいのもので、佐野のロゴはそのレベルに達するものではないし、その時点では撤回とか考えてもみなかったよ」
「間もなくベルギーの劇場のロゴと似ていると判明して、実際かなり似てる印象だったわね。ベルギーのほうはTLを重ねてあのデザインで納得だったけど佐野はT単独であの形状ってのは怪しい部分もあり、でもシンプルなデザインだから被る事もあるだろうからうまく折衝すればと思ってたけど、何であんなゴリ押しで突っ切ろうとしたのか」
「個人的にあれれって思ったのは釈明として『実はアルファベット全部や数字のロゴも作っていた』とか言い始めた辺りから。いや、そういう問題じゃないでしょっていう。しかも明らかにクオリティが低い」
「他はいかにもありあわせの材料を無理に繋ぎ合わせて捻出しましたって感じで形状も元のアルファベットそのまんまみたいなのばっかりだったのに、ロゴに選ばれたTをモチーフにしたものだけデザイン的にもちょっと凝ってて浮いてたわね。ああ、これはその場しのぎだなあって殆どの人が感じたはず。と言うかあれで納得した人っているの?」
「あんなデザインで拡張性だの展開力がどうこうと言われてもねえ。実際あのフォントで作られた文章見たけど、かなり分かりにくかったなあ」
「3×3の九マスで様々な形を作れるって触れ込みの割に横に四マス使ってる記号もあったし、明らかに雑な仕事」
「そうこうしてるうちに他の仕事でもパクリが発覚して、雑な仕事の常習犯だと判明してしまったよね。あのBEACHの奴とかフランスパンとか」
「ベルギーのほうはそれでもフォントがどうとかコンセプトがどうとかでちょっと違うんだって弁明もある程度分からないでもなかったけどトートバッグのほうはもはや完全にパクリ。そこで佐野はあれは部下がやったと政治家みたいな事言ってたけど、あの手の言い逃れほど心象を悪くするものってないわ」
「確かに。その後も色々疑惑が出てきて、中には明らかにこじつけっぽいのもあったけどこういうのは消化に失敗するともう止まらないからね。次々と延焼していくし擁護するような意見も燃料になるだけ。言っちゃ悪いけど心象的にはすでにパクリ確定だからね」
「枠としてはドーピングしたスポーツ選手と同じようなものよね。仮に裁判に勝ったとしても悪い事した上で金で揉み消した徹底的に汚い奴と思われるだけ」
「そう言えば赤坂が最初に逮捕された時、薬使ってたとされる時期に先輩である少年隊のミュージカルに出演してたけど、その期間だけは使ってなかったみたいな事を言ってたけどこれは嘘臭いって思ったなあ。まあそれはともかく、佐野が更なる弁解として繰り出してきた例の話も奇妙だったよね」
「選考の際には違うデザインだったけど何度か手直しして今の形になったってあれね。うん。赤い丸は心臓を示しているだの全体で円を描いているとかのコンセプトをぶん投げるようなデザインだったし、何度も手直しした結果選出したロゴとは別物になってて公平さ皆無。そして何より致命的だったのはその元々のデザインが完全にパクリだった事」
「しかも佐野はそのデザイナーの展覧会に行ってたとTwitterで発言してたから知らないはずがないのに、まさかの『記憶にございません』。確かに展覧会には行ったけどそんなロゴがあったかは覚えてないという逃げの一手。いやいや、そんなわけないでしょ」
「実際覚えてないとしたらデザイナーとしてどうかしてるし、明らかに嘘よね」
「でもやっぱり佐野としても色々な利権が絡んでるから個人の意志以外のものも大きかったんだろうなあ。実際政治家レベルの逃げに徹してたのもそういう人達が入れ知恵したからなんだろうし」
「一番シンプルだったのはパクリ疑惑で出た辺りで『パクリではないけど似てたから撤回する』とかだったのかなとは思うけど、内輪以外に伝わらない弁解と偉そうなゴリ押しで突っ切ろうとしたら失敗で無様な結果に。大体ねえ、そもそも今回の問題がやたらと大きくなったのはデザインがパクリだからってだけじゃなくて、デザインそのものがまずかったからってほうがよっぽど大きかったんだから、そこをしっかり認識してくれないとね」
「弔旗だの鯨幕だの言われてたよね」
「真ん中に来てる黒の存在感が強すぎるからそう言われるのもむべなるかな。せめてもう少し華やかさがあれば。四年に一度の祭典なんだから。近年の他のオリンピックのロゴもデザイン的には正直どうかなってのはいくつかあるけど、基本的にカラフルだから『まあお祭りだしこれはこれで』とある種ごまかせる部分もあったわ。佐野のロゴはシャープで無機質な印象が異質な印象を受け、かつデザイン自体もねえ」
「そもそもTなんてアルファベットをモチーフにしたのがまずかったんじゃない? 世界中どこでも使われてるからそりゃあ似てるデザインにもなるでしょ」
「TはTEAMやTOMORROWの意味もあるとかとてつもなく陳腐な説明もなされてたけど、これは言わないほうが良かったんじゃないのってレベルのしょうもなさだったわね。いっそ平仮名や片仮名モチーフなら日本で開催される意味にもなるし類似デザインも国内止まりだったでしょうに」
「北京オリンピックは漢字をモチーフにしてるよね。中国だから漢字を用いるのはむしろ自然な事で、BEIJINGのBをモチーフとかになってたらそれこそ滑稽だよ」
「百を超えるデザインの中からあの程度のデザインが選出されたのかという失望はこれを選出した人々にも向けられ、その閉鎖的なデザイン業界の体質が改善されると凄いけどどうせなあなあで終わりそうよね。長野オリンピックのロゴをデザインした人が予め応募資格さえないようにしてたとか色々胡散臭い話も出てきたけど」
「まあ、一度こういう問題が起きた以上しばらくは厳しい目が注がれるものだから、そこでしっかりやれるかだよね。佐野の言う通り『本物が残る』って事だから」
「そうね。ところで本題の国勢調査だけど」
「ああ、そう言えばそんな話だったよね。二〇二〇年からズルズル来てしまったけど」
「今回からはインターネットを使って回答出来るようになったの。前回は東京都で試験運用してたみたいだけど今回は日本全国でそれに。だから期間中は二十四時間いつでもどこでも回答可能なわけよ」
「ここの、まずIDとパスワードが必要みたいだけど、分かるの?」
「それがこの封筒の中に入ってるのよ。アルファベットと数字がランダムに入り混じったこれをこう押すと、中に入れると。質問の中身は世帯員の数及び世帯の種類から。これは今の家に何人が暮らしているかと、家の形態よね。寮や寄宿舎、それに入院している人なんかはそこに入れる」
「ふむ。氏名および男女の別はそのまんまとして、世帯主との続き柄ってのは?」
「世帯主は、とりあえずうちの場合はお父さんになるけど、お父さんから見てどういう関係かって事よ。お父さんは世帯主又は代表者でお母さんは世帯主の配偶者。私はもちろん子となるわ」
「なるほどねえ。出生の年月はいいね。配偶者の有無は、つまり結婚してるかどうかか。国籍もとりあえず日本人として。ああ、ところでネイさんは宇宙から来たけどその場合はどう答えるんだろう」
「うーん、外国、でもないし。じゃなくて、そもそも国勢調査の対象になるの? どうしてもって事なら日本に帰化する手続きでもすればいいんじゃない? そうすれば晴れて日本人よ」
「それもなかなか怪しいけど、宇宙人とかそういう例外に関しては法整備間に合わなくても仕方ないね。次は現在の場所に住んでいる期間」
「私の場合は出生時からってなるけど、これが五年未満の場合はその時どこに住んでいたかも答える必要があるわけよね。そこは飛ばして仕事。九月二十四日から三十日までと未来を見通す事になるけど、まあ私達は幸い学生でいられるからセーフよね」
「もしインターネットで答えたけど数日後回答者本人にも思いもよらぬ何かが起きて、例えば務め人が求職者にチェンジしたら結果的に嘘ついたって事に?」
「実際に嘘ついたら罰金不可避だそうだけど、そこは修正とか出来るんから大丈夫。大体退職する際も予め話があるものだから、よっぽど急じゃないとそれはね。最後に住居の種類や建て方を入力して完了!」
「えっ、いいのここ押して?」
「大丈夫よ。まだデータは送信されてないから。ここで電話番号や住所を入力してから入力内容の確認を押して、間違いがないかを確認したら送信画面へ進む。ここで初期パスワードとは別のパスワードを二回入力すれば本当に完了よ。まあ私はそこまでは押さないけど。これは親の領分だから」
「それもそうだね。いやあ、無駄にヒヤヒヤしたよ。ゆうちゃん、親の車を勝手に動かしてるみたいな事してるんだから」
「違法ではないでしょ、別に。なおインターネットでの回答期限は九月二十日日曜日まで。今週中が勝負よ」
まあ勝負しなくても九月下旬には今まで通りの調査も出来るらしいから特に問題ではないのだが。そんな事を語り合っていると敵襲を告げるサイレンが響いたので渡海雄と悠宇は素早く変身して敵が出現したポイントへと急いだ。
「ふはははは、私はグラゲ軍攻撃部隊のギンヤンマ女だ! 任務遂行を果たせば出世もあるししっかりやらねば」
それがギンヤンマかはともかくとしてトンボがよく飛んでいていかにも秋らしくなった。風情があって良い事だがこういう悪いトンボがあぜ道に出現してしまったからには残念だが撃退せねばならない。
「出たなグラゲ軍! お前たちの野望は成就しないぞ!」
「そしてあなたの野望もね。私達だって負ける訳にはいかないから」
「ふん、出たな逆臣ネイによって作られし者ども。今日が貴様ら最期の日だ。やれ雑兵ども!」
どこからともなく出現してきた雑兵たちを二人は体よく蹴散らした。水辺の草原が黄金に色づくのはもう少し。それまでは生きねばならぬという決意に二人は満ちていたのでこの結果は必然であった。
「これで雑兵は全滅だな。後はお前だけだギンヤンマ女!」
「こんなに美しい世界をそれでも破滅させようなんて、あなた達の考えは分からないわ」
「この世界のどこに美しさがあるのかまったく不明だな。だからこうして蹴散らすのだ!」
ギンヤンマ女は懐から取り出したスイッチを押して巨大化した。すぐさま宙に浮かんだので水田が踏みにじられる事はなかった。続いて渡海雄と悠宇も合体した。
「メガロボット!!」
「メガロボット!!」
こっちもすかさず飛行モードに入り、激しい空中戦が繰り広げられた。ギンヤンマロボットのトリッキーな動きはやっかいだったが、タイミングを見計らって顔面にパンチを入れると蛇行し始めた。
「よし、今よとみお君!」
「うん。ランサーニードルで行く!」
この隙を逃さず、渡海雄は黒色のボタンを押した。腹部から射出された複数の太い棘がギンヤンマロボットに突き刺さった。
「くっ、ここまでか! 出世はまたの機会としよう」
悔しそうな表情を浮かべたらもうどうにもならない。機体が爆散する寸前に作動した脱出装置に載せられてギンヤンマ女は宇宙へと帰っていった。
それにしても郵便受け前のゴミ箱に国勢調査の封筒が結構捨てられてたけどいいのかこの扱い。
今回のまとめ
・マスコットの名前は適当であればあるほど良い
・オリンピックは最終的にどうなるのか見ものだ
・結局ださかったからあんな騒動になったんだ
・必然性もないのに嘘をつく必要なんてない




