熱情
「ふはははは、俺はグラゲ軍攻撃部隊のブラックバック男だ! この星の生命は全て蹴散らしてくれるわ!」
夏の草原に螺旋状の角を持った男が出現した。これが生えるのはオスだけで、他にも背中が黒くなるのもオスならではの特徴なのだが、黒い背中でブラックバックというわけではないらしい。
そんなブラックバック男も元はといえばグラゲ星の軍人である。特殊マスクに包まれたその素顔は窺い知れないが、エメラルド・アイズにも装備されている自動翻訳装置のお陰でコミュニケーションは取れているのでその辺はあまり気にしないのがグラゲ流だ。
だから仮に地球がグラゲ星に侵略されたとして、その時地球人類はグラゲ星スタイルの教育を受けて新たな侵略の尖兵として活動させられるのだろう。ブラックバック男など一部の兵士は全滅させるかのように言ってるがそれは兵士の心意気みたいなもので、実際は全滅させるのではなく利用する方向性がグラゲの基本となる。しかし地球は大気を改造されて地球人類が住めない星となるのは確定となる。
「そんな事はやらせないぞグラゲ軍!」
「どうせなら一生現れないでいたら良かったのに。戦うしかなくなるじゃない」
「ふん、出たなエメラルド・アイズ。ここが貴様らの墓標となるのだ。行け、雑兵ども!」
「出たな、雑兵め。でも今日はそんなに早く倒せないんだ。構ってあげられなくてごめんね」
渡海雄と悠宇はいつもの様に打って出るのではなく回避に徹した。子供特有の反射神経に肉体を追い付かせるスーツのパワーによって、敵の攻撃は大体かわした。ただ全滅させない程度にって事なので、何体かはパンチで破壊したがまだ十体ほど残っていた。
「まだかなあ、早く来ないかなあ虎田さんたち」
「気を抜いたら全滅させてしまいそうだけど今回ばっかりはね、そういう任務だから」
「どうしたエメラルド・アイズども! 我が雑兵すら倒せないようではもはや勝負は見えたか?」
「う、うるさい! お前たちなんかその気になればいくらでも」
「ふん、ならばさっさとその気になってほしいものだな」
「挑発に乗っては駄目よ! それも奴の策略かも」
「それはそうだけど……。あっ、この音は!?」
普段とは異なる戦法に戸惑う渡海雄と悠宇だったが、間もなく空の彼方からバラバラとプロペラが回転する音が響くのが確かに聞こえた。ヘリコプターに乗って彼らは現れたのだ。
「グラゲ軍の諸君に告ぐ! 君達は完全に包囲されている。無駄な抵抗はやめて宇宙に帰りなさい!」
「な、何だこの不愉快なノイズは!?」
「我々はアステロイダーズ。エメラルド・アイズの協力者だ!」
「ああ、やっと来てくれたんだ!」
「しっかし派手な登場ね。私達も次からはヘリ借りてもいいかしら」
ブラックバック男の耳には警告の言葉よりもヘリコプターの轟音のほうが強く入ってきたようだった。だがさすがにエメラルド・アイズの協力者とまで言われると無視するわけにはいかなかった。
「アステロイダーズだと? 目障りな! これでもくらえ!!」
新手の乱入にブラックバック男はいきり立っていた。そして腕に装備されているミサイルマシンガンをぶっぱなしてヘリコプターのブレード一枚一枚を的確に叩き壊した。さすがの命中率。揚力を発生させる術を失ったヘリコプターは地面に向かって落下していく。
「うわあ、脱出するしかない!」
「仕方のない奴らめ! ちょっと予定は狂ったが、行くぞ!」
「おう!」
そしてヘリコプターから三人が飛び降りた。黒光りする最新鋭のプロテクターが雨上がりの夕空に輝く。パラシュートの代わりに作動したジェット装置で空を滑りながら少しずつ落下していき、見事に着地を決めた。操縦士の方々も不時着して無事だった。
さながらロサンゼルス・オリンピックを思わせる飛行に渡海雄と悠宇は「うわあ、凄いなあ格好良いなあ」と心の底から感動していたがブラックバック男にとっては大した仕掛けと思えなかったようで、平然としていた。
「我々はアステロイダーズ!」
「それはもう聞いた!」
虎田の言葉にブラックバック男はイライラした様子で返した。ヘリコプターのプロペラ音がさらにセンサーで拡大されて耳に届いたため、彼にとってはとても耳障りな爆音となっていたからだ。宇宙では当然音が伝わらないし、大気圏内でももっと静かな乗り物が普及しているので、ヘリコプターは音撃としか思えなかったのだ。
「お前はグラゲ軍の者か?」
「それはもう言った! だがまあお前たちは聞いていなかったようだから、蛮族には教化が必要と言うしもう一度名乗り直してやろう。ありがたく思うのだな。この俺はグラゲ軍攻撃部隊のブラックバック男だ! 新しい邪魔者が出現したが蹴散らすのみよ!」
「お前たちの陰謀を食い止めるために俺達はここにいるのだ。いざ勝負!」
「ふん、仕切り直しよ。行け、雑兵ども!」
そしてまた雑兵達は二人と三人に向かって進撃を開始した。これが初陣という事で柴原や多胡は当然として虎田にも張り詰めた緊張の色が浮かぶ。
「ああ、来ますよ! 普通にやれば大丈夫だと思います!」
「とにかく先手を取るのが大事です! 頑張ってください!」
渡海雄と悠宇からの激励に軽く会釈して、アステロイダーズの三人は襲い来る雑兵の一番手前にいる一体にターゲットを合わせてアサルトライフルとサブマシンガンによる一斉射撃を敢行した。だが地球で作られた弾丸では雑兵の表面に小さな傷をつけるのがせいぜいだった。
「だ、駄目です! まるでダメージを与えられていません!」
「ならば俺に任せろ!」
「柴原士長!?」
「ぐおおっ!!!」
何事もなかったかのように直進してくる雑兵に柴原は敢然と立ち向かい、取っ組み合いを開始した。力自慢の自分ならどうにか食い止められるはずという判断だったが、パワーでも雑兵のほうが上でじわじわと押されていった。虎田がヘルプに向かったがこの強化された二人がかりでもようやく五分五分程度で、ダメージを与えるなど夢のまた夢であった。
同じ頃、渡海雄と悠宇はグラウンドの隅に生えてきた雑草を抜くように雑兵を始末していた。大体こっちは片付いたから向こうはどうだろうと目をやったところ、明らかに苦戦していたので驚いた。
「一体どれだけ強化されてるんだろうこのスーツ」
「今はそんな事考えてる場合じゃないわ! 助けないと!」
「ああ、そうだ! ならばこれだ!」
渡海雄は上着に付いているボタンの一つを引きちぎり、その表と裏にあるスイッチを押してから雑兵の群れに放り投げた。ボタンが雑兵にぶつかった瞬間派手な爆音とともに黒い煙が立ち上り、それが風に紛れた時雑兵たちはほとんどいなくなっていた。
「うわあ、初めて使ってみたけどこれは凄い威力だ」
これぞエメラルド・アイズに隠されていた秘密兵器の一つであるボタン爆弾である。この手の武器は他にもいくつか装備されているが雑兵と普通に戦う際は徒手空拳でどうにかなるので使う機会がなかった。グラゲ軍のミサイルマシンガンも同様である。なお爆発したボタンは間もなく自動的に再生された。
「多胡さん! それにみんなも大丈夫ですか?」
「ああ、どうにか死なずにすんだみたいだ。ありがとう」
「それにしてもあんな強力な武器がまだ内蔵されていたなんて知らなかったわ」
「ええ、私もびっくりしています。でもこれでやっと雑兵は除かれました。後はあのブラックバック男だけです」
振り返れば腕を組んでこちらを睨みつけるブラックバック男がいた。
「猪口才な! 何がアステロイダーズだ! どんなものかと思えば雑兵一体も満足に相手出来ぬとは。実力はてんで大した事ないではないか!」
「そんな事は、言われなくても分かっている!」
反論しようもない言葉に身を震わせながらも、虎田は声を張り上げた。しかしそれは虚勢にしかならなかった。自分達の非力、不甲斐なさを誰よりも感じていたからだ。
「まあこの星の人類がそれなりに頑張ったところでお前たち程度の兵士しか生み出せない貧弱な科学力しかないのなら、やはりグラゲ星に支配されたほうが幸せではないのかね?」
「それは違う! 勝手に攻めて来て、毒を撒き散らして、住めなくするくせにそっちのほうが幸せなんて。そんな事が、正しいはずがない!」
「ふっ、グラゲはいいものだ。汚らわしい生物はおらず常に完璧に操作された環境の中で最高の教育を受け……」
「問答無用!!」
話が長引きそうだったのを遮るように柴原が一騎打ちを仕掛けてきたが「ええい、しゃらくさい」とブラックバック男、ミサイル一撃でアステロイダーズの装備を吹っ飛ばした。
「次は貴様らだ!」
次いでミサイルを乱射して虎田と多胡を料理した。あっという間に消し炭になった。あまりにも科学の実力差が開いており、それは中の人が頑張って埋められるものではなかった。渡海雄と悠宇にもそのミサイルは飛んできたのだが直撃したところでダメージはなく、それがまた二人にとっては悲しかった。
「ああ、虎田さん……! よくも貴様!」
「多胡さんは本当は私なんかよりよっぽど強いんだから。絶対に許さないわ!」
「むう、何だこの気迫は! 雑魚を片付けただけではないか!?」
「黙れ! お前たちなんか!!」
「ぐおおっ!!」
ブラックバック男としては二人が何でこんなに怒っているのか理解不能だった。しかしその攻撃の苛烈さだけは身を持って理解できた。あまりにも早く、そして強い。パンチ一撃がやけに重く、受け切る事が出来ずに倒れ伏した。
ブラックバック男はジリジリと後退していき、もはや後一撃食らえば内蔵が潰れかねないというところまで追い詰めた。
「もはや後はないわね!」
「な、なぜだ! 一体どこにこのようなパワーが!?」
「人の逆鱗に触れたお前が悪い! 叩き潰してやる!」
「そこまでだ。心を静めろ二人とも」
憎悪に身を焦がした二人の耳に静かに、しかし確かに入ってきた弱々しい声の主は虎田だった。
「ああ、虎田さん! 虎田さん生きてたんですか!?」
「あ、当たり前だ。こんなところでは、死ねない……からな。それよりも、今の君達は……間違っている。怒りに、飲まれては……なら、ない……」
「それはそうですけど、でも……」
「心に愛を忘れた戦士は、機械だ……! お前たちは最後まで、人間として……、人間として戦い抜かねばならない。でなければ、生きる甲斐がない、そうだろう……!」
声はかすれ息は絶え絶え、しかし虎田の言葉にはそれしかないという生命感に溢れていた。今、人間として生きている。そして人間であれは必ず心と心を重ねられるはずだと訴えかけてくるようだった。
「はっ、そうだ。怒りのような感情で戦ってはならない。僕達が戦うのは虐殺するためじゃないんだから」
「確かに。ここでブラックバック男を殺しても生まれるのが怨念だとすれば、それはいけない事よ」
二人の心に渦巻いていた虎田たちを殺されたという憎悪感はすっかりと抜け去り、同じ宇宙に生きる同胞としての共感と親愛の情をブラックバック男に向けるようになった。
「やはりこれ以上戦う必要はないんだ。もうこの勝負は決着したのだから」
「ブラックバック男、あなたはもう宇宙へ帰って傷を癒やすがいいわ。命を落とす事は、私達だって望んではいないもの」
「馬鹿にするなよ! 安い同情など、こちらから願い下げだ! それに戦いはまだ終わっていない!!」
そう言うと、ブラックバック男は懐に隠し持っていたスイッチを取り出した。それを押すと物質転送装置が起動して巨大化する。グラゲの秘密兵器である。この戦い、やはり避けられないのか。しかしこれはブラックバック男を殺すための戦いではない。地球を守るための戦いだ。覚悟を決めた渡海雄と悠宇は合体してこの巨体に対抗した。
「メガロボット!!」
「メガロボット!!」
メガロボットはグラゲの決戦兵器のように元々別の場所に存在しているものを物質転送したのではなく、二人の間に生まれた友情というエネルギーが結晶化した形である。エメラルド色に輝く勇気が動力源となっている。ゆえに、メガロボットはマシンだが単なるマシンとは違って心のありようがそのまま力となるのだ。渡海雄が悠宇を、悠宇が渡海雄を理解して思いやる心がそのまま強さとなり、二人が強く結びつけばつくほどそのパワーは増していくのだ。
「出たな、メガロボット! いざ勝負!」
「本当はやりたくない戦いだけど!」
「地球のために、私達だって負けられないわ! 勝負よブラックバックロボット!!」
ブラックバックロボットの強烈なキックを持ち前の反射神経で回避するメガロボット。操縦は運動神経抜群の悠宇に任せる一方、渡海雄は常にチャンスを狙っている。そして反撃に転じた悠宇の格闘でブラックバックロボットのバランスが一瞬崩れた。そこを見逃さなかった。
「今だ! メガロソード!!」
渡海雄はすかさず赤いボタンを押した。左腕が輝いたかと思うと出現したソードを地面に這いつくばるブラックバックロボットに投げつけた。ソードはメカを貫いて地面に突き刺さった。
「ぐおおお、これがメガロボットのパワーなのか!? 残念だが脱出するしかない!!」
爆散する寸前に作動した脱出装置によってブラックバック男は宇宙へと帰っていった。グラゲ超科学は脱出装置もやたらと高性能だ。ともかく、これで戦いは終わった。
この数日後、三度目の七夕に渡海雄と悠宇は放課後、予定をキャンセルしてある巨大病院へと足を急がせた。ここには虎田、柴原、多胡の三人が入院していた。病室に向かうと、ベッド三つにそれぞれミイラが横たわっていた。包帯ぐるぐる巻きにされて誰が誰だかまるで検討がつかない状態だったのだ。
「やあ、来てくれたのかいとみお君とゆうちゃん」
「あっ……」
「虎田さんですよね? その姿……」
「ああ、そうか。確かに今の状態だと誰が誰か分からんな。だが声で何とか判別してくれ。一番奥が柴原士長でその手前が多胡三曹だ」
「やあとみお君とゆうちゃん、また会えたね」
「幸い生き長らえているのもあのスーツのお陰よね」
アステロイダーズの三人は命だけは無事だったものの全員が一年近くの療養が必要な怪我を負ってしまった。今は全身やけどと骨折などによって入院中だが、これが治れば次は厳しいリハビリが待ち構えている。
「ああ、なんて姿に……」
「私達がもっと頑張って援護していれば、こうはならなかったはずなのに」
「しょげる事はない。我々はむしろ自分の幸福を感謝しているのだから。任務を了解した時点ですでに命は捨てていたからな。ほら、遺書も書いてある」
虎田は懐から封筒を取り出したかと思うと、縦一文字に破り裂いた。クイズミリオネアみたいなアクションに小心な渡海雄は「うわあもったいない」と思ったが、実際残す意味はないものなのでもったいないも何もないのだ。
「こんなものはもう必要ない。やはり人は生きねばならぬ。どれだけかかるかは分からないがまた必ず復活してみせる。その時までは、二人ともきっと生き抜いていてくれ」
「はい! 誓います!」
「私も、必ず人間として生き抜きます!」
元気の良い二人の返事に虎田は「うむ、それで良い」と満足そうにつぶやいた。本当は笑いたかったが表情を作るのも辛い上に包帯によって視覚的にそれを伝えられないからそこは我慢した。でも心には十分伝わっていた。
「では、僕達はこれで」
「またきっと来ます」
「ああ、待ってるよ。それじゃあ」
手を振りながらドアを後にした二人を待っていたのはどす黒い雨雲だった。前途は多難。しかし雨が上がれば虹もかかるだろう。それも宇宙をつなぐ大きくて美しい虹が、いつかきっと。七月七日は七夕で、渡海雄と悠宇が出会った日でもある。新たなる出会いと別れは二人の絆をより強くした。そして戦いではなくお互いに抱き合える日が来る事を願って、また戦いの日々に駆け抜けていく。




