小惑星
陸上自衛隊の空挺部隊に所属し、エースと呼ばれている虎田豪一郎は政府からの密命を受けて一人、習志野から南郷宇宙研究所へと赴いた。なぜ自分がここに呼ばれたかの詳細は知らされていなかった。ただ「文字通りの意味で命を捨ててくれ」とだけ伝えられた。しかし確かな筋からの命令なので虎田は素直に従った。
六月の丘は雨に濡れて景色もくすんでいるが、豪雨に撃たれながらも行軍を続けた日々と比べて屋根に守られた現状は何と快適かと思い至る事さえなく平然と傘を広げて、出入口まで歩いた。骨っぽい輪郭と冷めた目つき、そしておでこから左の眉毛にかけての傷が平和な街に少しだけ馴染んでいなかった。
「虎田曹長! ご無沙汰しております!」
「むうっ、君は柴原大輝士長ではないか! 確か君は中東へ派遣されていたはずだが?」
「はい。つい先日までは中東における平和維持活動に従事しておりましたが政府からの命を受けて本日帰還しました」
柴原大輝は重量挙げのオリンピック日本代表にも選出された経験のある力自慢で、来年のオリンピックも出場確実と言われながら自衛官としての生き方を全うして自ら中東派遣を志願したほどの男であった。
顔に染み付いた日焼けの濃い肌色はまさに砂塵の中で己に課せられた任務を完璧にこなした証拠と言えるだろう。そしてそれ以上に顔の下半分ほぼ全体を覆い尽くすヒゲが中東における任務に忠実であった事を如実に示していた。彫りの深い顔つきと合わせてまるで中東で生まれ育った人間であるかのように、実に自然であった。
「剃る時間すらない日程でしたので、見苦しい姿でいささか恐縮ではありますが」
「いや、いい。柴原士長はヒゲが似合って良いな」
「ありがとうございます」
虎田と柴原が研究所内部で待っていると間もなく一人の女性が現れた。彼女は冬季戦技教育隊所属、弱冠二十歳にしてバイアスロン日本選手権に優勝した多胡忍である。小柄だが非常に鍛え抜かれた、しなやかでタフな肉体を持っている。自衛隊員の中においても特別屈強な虎田や柴原と比べるとやはりこじんまりとしているが、その小さな体から発散されるオーラは二人にも引けは取らない。
「虎田曹長でありますか!? そして柴原士長も。確か中東に……」
「本日付けでそれは終わって、今は内容不明の新たなる任務を授かっております。それは多胡三曹と同じものであると認識しておりますが」
「ふむ。確かに私もその任務でここまで来た。他にはいないのか?」
「それすらも分からん。ともかく、もうしばらく待ってみよう」
「了解であります虎田曹長」
三人の自衛官は身じろぎせずに待った。十分ほど後、扉が開いたので別の隊員が来たのかと思ったらひょろりとした白衣が入ってきた。虎田らは素早く立ち上がって敬礼をした。
「皆様、よくぞお越しいただきました。私が南郷宇宙研究所の所長を勤めております、南郷準之助です」
「お目にかかれて光栄であります南郷所長。ところで集められたのは我々で間違いないのですか?」
「ええ。招集がかかったのは虎田豪一郎曹長、多胡忍三曹、柴原大輝士長の三名で間違いありません。そうでしょう?」
「はい、そうです。虎田曹長以下よく来てくれました」
「あ、あなたは……!」
南郷所長の背中から現れたのは防衛省を飛び越えてこの国のトップと言える男であった。その彼が直々に任務を与えるとなると、さすがに虎田らの表情も引き締まった。
「虎田曹長は、グラゲ星人をご存知でしょうか?」
「はい! 無論存じております。確か宇宙の彼方より訪れた侵略者であると」
日本を統べる男の問いかけにはっきりとした口調で答える虎田。その答えを聞いた男はため息を付きながら頷いた。
「情報としては概ねその通りだ。そして今、奴らの進行を食い止めている少年と少女がいる」
「それも存じております。まったく不甲斐ない話であります。本職たる我々が何も出来ず子供たちに何もかもを託さざるを得ないとは」
「そこだよ、虎田曹長! 今、ネイさんの協力もあって新たなるバトルスーツが完成したのだ」
「ほ、本当ですか?」
「こんなところで嘘をつくはずないだろう。そこで虎田曹長以下三名に告げる。そのスーツを身に纏い、二人を援護してやってほしい」
虎田は、いや、虎田だけではない。ここにいる全員はその血潮がたぎり今や沸騰寸前まで高まっている事をはっきりと自覚していた。この世に数多ある職業の中からあえて自衛隊を選んだのはこの世界のため。となると、導き出される答えはもはや自明であった。
「承知いたしました! この虎田豪一郎、命を捨てて任務に殉じましょう!」
「中東から呼び戻された意味がようやく分かりました。なるほど確かにこれは全地球的問題ですな。無論、引き受けましょう」
「望むところです。拒否する理由がまったく見当たりませんしね」
虎田に続いて柴原と多胡も一瞬のためらいさえ見せずに返事をした。
「君たちの協力、心より感謝している。では、詳しいことはネイ博士、お願いします」
「はい」
炎のように鮮やかでまったくくすんでいない赤髪をくゆらせて現れたネイの姿に五人は思わず息を呑んだ。なるほど噂には聞いていたが彼女こそがまさしく異星人。実際にいると言ってもどこか遠くの話であるかのように実感がなかった今までとは違って、その地球人にはない髪の色は「これはまさしく文明の異なる人種だ」と一瞬で思わせる存在感があった。
「私の作ったエメラルド・アイズ。今グラゲ軍と戦っているあの二着のスーツはそもそも他星侵略のために作られたものであって、グラゲ星の超科学が用いられている。例えば山中教授が殷周時代にタイムスリップしたとして現地でiPS細胞の培養は出来ないだろうが、地球とグラゲ星の科学力は現状そのぐらいの差があるのだ。ゆえに、エメラルド・アイズそのものを地球で制作する事は不可能と言える。しかし今の地球の科学力全てを用いて同じようなスーツを作ってみた。それがこれだ」
左右の壁がくるりと回転すると、そこには黒光りした物々しいパワードスーツが五着並んでいた。渡海雄や悠宇が使っているスーツはもっとスリムだがあれはそもそもジウォック星という星で使われていた技術で、ストレジウムという金属を繊維状に加工した素材を軸に作られている。このストレジウムを精製する技術は当然地球にないため、液体素材で代用されている。
また、両腕に装備されている機銃や腰のナイフなど、武器を携行しているのも違いである。基本腕力強化だけでどうにかなるエメラルド・アイズとは違ってパワー増加がそれほどでもないのでこれらの武器でカバーするために取り付けられているのだ。
「名付けて、アステロイダーズ!」
「アステロイダーズ?」
この名前を聞いた虎田の脳裏にはバリー・ボンズやロジャー・クレメンス、ホセ・カンセコと言ったかつてのメジャーリーガーの雄姿が浮かんでしまった。そう言えば今年の初めにあったメジャー殿堂入りの投票において足切りされたラファエル・パルメイロという何もしなければ偉大でいられたはずの元メジャーリーガーの忘れられっぷりは自業自得とはいえ悲哀を感じさせた。
そう言えばボンズは成績良かったのにホームランバカスカ打つだけのマーク・マグワイアやサミー・ソーサばかりが注目を集める現状に嫌気が差して自分も薬を使うようになったらしい。虚栄心の代償に名誉を永遠に捨て去る生き方は愚かだったと外からなら簡単に言えるが、自分がもしそうだったらどのような行動に出たかと思うとそんなに簡単ではないものだ。マグワイアとソーサも今では薬物選手と認識されているが当時の熱狂は凄かったし、ああなりたいと思うのは決して不自然な感情ではない。まっとうなやり方ならなお良かったのだが。
現役選手で一番その手の話題が熱いのはアレックス・ロドリゲスか。ライアン・ブラウンの見苦しさも酷かったがやはりスターとしての格が違うと言えよう。去年全休したのに今年はよっぽど強力かつ見つかりにくい新薬を手に入れたのか活躍している。薬で底上げされた成績によって得た大型契約が切れるのが再来年。それと同時に引退を余儀なくされる公算も高いがどうなってしまうのだろうか。
薬物はスターをペテン師に変える。使用という真実を隠しながらさも実力だけでここまで来たかのように振る舞い、いざばれると政治家のようにノーコメントと話題そらしに勤しんだり「知らなかった」などと見え透いた嘘をついたり「みんなやってるから」と全体に責任を転嫁したり。最終的に謝罪しても口先だけ、弁護士の入れ知恵としか見られないのは当たり前だ。そういう浅ましい光景は素晴らしいプレーヤーであったからこそなおのこと見るに堪えない。でも今回の件が彼らと関係あるはずないのですぐに頭を切り替えた。
「エメラルド・アイズという惑星には及ばないが惑星を取り巻く小惑星、アステロイドぐらいのものは作れたと自負している。二人をある程度は支援出来る、それだけの力はあると思うので守ってやってくれないか」
「任務了解しました」
そうなるとは知っていたとは言え、明快な返事にネイはいささか安堵していた。渡海雄と悠宇に出会って以来、彼女の心は「本来戦ってはいけない少年少女に地球の命運を託してしまった」という罪悪感に苛まれていた。今ようやく本来戦うべき人物に装備が行き渡った。
ただ、これでもう戦う必要がなくなったわけではない。と言うのも、はっきり言って地球上の技術を駆使したところでそのパワーには限界があって、雑兵一体ぐらいは束になって殴ればどうにか倒せるはずだが攻撃部隊のリーダー相手となると心許ない戦力にしかならないと知っているからだ。
スパロボ的に言うとリュウ、ハヤト、セイラの三人がかりでようやくザク一体と戦える第3次のジムレベルの戦力が増加した程度でしかないのだ。当然ゲッターロボGぐらい強い渡海雄と悠宇にはなおもエースとして働いてもらわなければならない。
それでも、少しでも負担を取り除く事が出来れば。その一心で開発を続けていたのだ。そしてその痛ましい心は虎田らにもよく分かっていた。
「それでネイ博士、山川君と明星ちゃんは今どこに?」
「うむ、今さっき下校時間になったからそろそろ来るはずだ」
「下校時間、ですか……」
「戦いに身を窶してそれが二人の全てになってほしくない」
「だから学校にも通わせると? 危険ではありませんかね?」
「それに関してはセキュリティ対策は万全だ。二十重の電波ガードにケアのためのダミーも備えているからな。それに……」
ネイは虎田にそっと近づいて、誰にも聞かれぬよう耳打ちした。
「すでにこの研究所内にスパイが入り込んでいるのは判明している。そしてそのスパイには意図的に間違った情報をリークしており、ブランウワイスもそれに欺かれているようだ」
「なるほど、今はそのスパイを泳がせているのですね」
「そういう事だ。彼らとて私達が幼気な子供を戦闘にこき使う非人道的な鬼畜だとは思っていない。全く皮肉な話だが、状況は利用せねばならない。まったく、私の無能も時には役に立つものだ」
ネイの自嘲するような虚しい言葉を笑える者は、少なくともこの場には一人たりともいるはずがなかった。
「本来先頭に立って戦うべき時に支援が精一杯の私達には及びますまい。ネイ博士、あなたほどこの深い愛の心を持って地球に貢献した人物はそういないのですから」
「そう言ってくれると多少は心が安らぐ。むっ、二人が到着したようだ」




