hg10 BEST FRIENDSについて
五月の終わりあたりからかなり暑い日が続いている。調べてみると去年は五月の終わりには九州から東海にかけて梅雨入りが発表されていたようだが今年とはえらい違いだ。渡海雄は緑と白の横縞が爽やかなポロシャツを着て登校していた。
「おはよう、ゆうちゃん。いやあ、やっぱり六月って夏だよねえ」
「本当に。でもそのうち梅雨入りするはずだから、そうなると多少は涼しくなるのかしらね」
「でもじめっともするんだろうね。このところ蚊も多く見かけるようになったし、気をつけていかないとね。という事で『BEST FRIENDS』。これは一九九二年の三月に発売された、タイトルからも予想できるように今まで発売されたシングルを歌い直しなどせずに集めた正真正銘のベストアルバムなんだ。しかも二枚組。だけど二枚目はマイナス・リードヴォーカル・カラオケなのでこれは割愛。別にCDでカラオケしないしね。ソロパートなんかは割と光GENJIの歌声が排除されてるのにサビではそうでもなかったり、ちょっと不思議なミックス」
「ジャケットは上下ジーンズで、派手なアップリケに目を背ければ比較的カジュアルな雰囲気じゃない」
「これが通常盤で、初回限定盤は原色全開のスーツを着たジャケット。上着はメンバーのイメージカラーだね。また限定盤はセンター赤坂だけど通常盤は諸星といった違いもあるよ。ルックスは全体的にそつがないね。みんなよく決まってるよ」
「そして肝心の楽曲は、まず初期のシングルは『ふりかえって…Tomorrow』があったし、それに『Cool Summer』収録の『荒野のメガロポリス』『PLEASE』も割愛すると、『Little Birthday』からになるわね。作詞飛鳥涼、作曲は飛鳥と佐藤準が連名で編曲佐藤準。共作って感じ?」
「でもむしろこの曲が一番飛鳥的なメロディーに思える。全体的には飛鳥が作ったけど佐藤が一部補足的な作曲って感じなのかな。また飛鳥にとってはこれが最後の提供曲になる。ミディアムテンポで優しく爽やかな雰囲気の曲。歌詞も独自の比喩がちりばめられているけど、つまり単純に『誕生日おめでとう』って事じゃなくて新生と言うのかな、今までの自分を振り切る、みたいな」
「キラキラした音が素敵な曲じゃない。五月発売だけに季節も今ぐらいのイメージだし」
「でもオリコンでは初めて一位を逃したんだよねえ。シングルとしてはちょっと地味だったのかなあ。いい曲だけど。テレビ番組で披露されたバージョンの間奏のキーボードの音色もいいよ」
「そしてカップリングは『なななのなの時間割』。作詞松岡康二、作曲近藤達郎」
「松岡はCMのディレクターで近藤もリゲインとかコマーシャルソングで知られる人。だからこの曲もクリスピーナというお菓子のCMありきで、これ単体としてどうこう言える性質の曲じゃないね。ちなみにCMに出演したのはGENJIの五人で、この曲も五人で歌われている」
「コミカルな台詞なんかもあって、ギャグみたいな曲ね」
「個人的な好みからも外れるし、シングル曲との噛み合わせも良くない。ジャケットはGENJIは赤、光は白のトレーナーにポケットを裏返したような袋が付いているという衣装で、カラフルだけど落ち着いてる、でもやっぱり奇抜なデザインだよ。でもこれはまだまし。次の、八月に発売された『CO CO RO』のジャケットなんてこれだよ」
「おおっ、いかにも昔のアイドルって感じの短パンにノースリーブ! 九十年代にもなって何でこんなデザインに?」
「『荒野のメガロポリス』と『Little Birthday』はシリアスなタッチの曲だけど、その一方で『やはり光GENJIは明るいイメージじゃないと』って判断もあったんでしょ。それで『CO CO RO』は今まで以上に陽気さを前面に出した曲となってるんだ」
「ふうん。なお作詞森浩美、作曲馬飼野康二、編曲船山基紀、コーラス編曲椎名和夫」
「船山は七十年代から業界で活躍し、八十年代にはシンセを多用した編曲を特徴として今でもジャニーズの楽曲に携わってる大御所だけど、光GENJIはこの一曲しか担当していない。最初聴いた時は『初期のSMAPみたいな曲だな』って思ったけど、実際は少年隊のボツ曲が回ってきたらしい。そういう意味で汎用的ジャニーズ曲と言えるけど光GENJIとしては異色な雰囲気でもある」
「歌詞も曲もあけっぴろげで陰りがない、ひたすら明るく元気な曲ね」
「サンバのリズムを導入したサウンドに、間奏のコーラスとかサビで短いソロ歌唱を連ねる部分なんかは非常にキャッチー。個人的にはダサいなあって気持ちはあるけどファンから求められていたのはこの底なしに明るい姿だったみたいで、オリコンでも無事一位を奪還したんだ」
「それは良かったわね。カップリングは『みつめていたい』。作詞作曲大江千里、編曲佐藤準」
「一気に耳を楽曲世界へ引っ張る勢いがあるイントロが印象的な曲。歌詞もとにかくポジティブで希望に溢れている。そして大江はこれが最後の提供曲。翌年には自身最大の売り上げを誇る『格好悪いふられ方』をリリースするけど、ただでさえ聞き苦しかった歌声がさらにズタボロになっていつしか第一線からフェードアウト。その後音楽留学を経てジャズピアニストやったりしてる。とにかく活動を続けてるのはいい事だよ」
「本当にね。次は十一月発売の『笑ってよ』。作詞三浦徳子、作曲編曲馬飼野康二」
「このジャケットも凄いよ。光GENJIシングル史上最悪の衣装。絵の具遊びをした後の幼稚園児みたいな汚い色合いのTシャツに干からびたミミズのようなものがくっついてる。下半身はピンク地に黒い水玉模様が入った七分丈のスパッツにピンクのソックスと、言葉にするだけで気分が悪くなる代物でおぞましい。ブラスが印象的なラテン調の曲にアダルトな色恋沙汰を連想させる歌詞で楽曲自体は急激に大人びたのに、何でジャケットはこうなっちゃったか。こんな格好で笑ってるところを写真に撮られながら現状犯罪者が一人しかいないんだからモラル高いよ」
「どういう皮肉よ。そしてカップリングは『水彩画』。作詞真名杏樹、作曲都志見隆、編曲米光亮」
「明るいメロディーに乗る歌詞は少女漫画みたいだし間奏がまたこっ恥ずかしくてねえ、大好きな曲だよ。カップリングでは二番目に好き。こういうのを衒いなく歌ってこその光GENJIだよ。アダルト路線に足を踏み入れた『笑ってよ』のカップリングとしてはギャップありすぎるけど、光の二人はとっくに成人だけど赤坂や佐藤敦啓は高校生って年齢構成の幅広さもあるし、大人っぽさと子供っぽさの両面を攻めたのがこのシングル、ってところかな」
「それでちゃんと一位になったんだから見事なものじゃない。次は一九九一年の二月に発売、宇宙服みたいな銀色の衣装が印象的な『風の中の少年』。作詞秋谷銀四郎、作曲山口美央子、編曲米光亮」
「タイトルは好きだし、曲自体も激しさがあって格好良い。ただいきなりヒュルヒュルとか言い出す歌詞は脱力もの。この曲だけの参加となる秋谷の歌詞は単語単語のインパクトはあるけど全体的には何とも。友達から恋人に変わる瞬間のとめどない情熱って感じなんだろうけど。また個人的に作曲の山口をこの曲で強く印象付けられた。独特のうねりがあって強烈な個性を感じたけど、彼女が作曲した他の曲や本人の歌唱を聴くたびに『相当シングルとして合わせて来たんだな』って認識に変わった。なおオリコンでは小田和正の最大ヒット曲に阻まれて初登場二位。以降一位は取れなくなった」
「一つの夏の終わりか。曲は力強さを取り戻してて良いけど、古いと見られたのかな。カップリングは『TVの中のHERO』。作詞森浩美、作曲和泉常寛、編曲佐藤準」
「サビのドラムは印象的だけど、それ以外は薄い。歌詞は、正直今となっては時代遅れと言うか、ある意味ピーターパン系ファンタジー路線よりも夢見てる感じ。それと妙なのは、このシングルだけミュージシャン表記がアルファベットじゃなくて漢字なんだ。一体どういう心境の変化なのか」
「別にアルファベットじゃないといけないって決まりもないし、どうでもいいでしょ。次は『奇跡の女神』。作詞夏目純、作曲NOBODY、編曲米光亮」
「イントロや間奏で鳴り響く鐘の音が印象的。テンポはそんなに速くないけどNOBODY作曲だけにややロック調で、それでいて爽やかさもある。冒頭の児童コーラス不要と思う事もあったけど、シングルとしては抑え目なメロディーだから景気付けにインパクトある出だしをって意図だったのかな。それとジャケットの写真をこう、横に使うのも初めてだよね」
「黄色いバックに白い服が爽やかそうでいいんじゃない。カップリングは『もっと近づきたい』。作詞西岡千恵子、作曲編曲佐藤準」
「音からしてもかなりクールで大人びた曲。最初はどうって事ない曲だと思ってたけど、何度か聴いているうちにじわじわと良さに気付いていった。そうなると飾りっけのないシンプルなイントロにもクールな視線を感じてグッと来るようになってくるんだから不思議なものだよ。歌詞とか完全に色恋沙汰だけど、二番Aメロの表現なんかは最高。真夏になると意味もなく口ずさみたくなる。とにかく、こういう曲調もこなせるようになったって成長を見る曲だね」
「さて、次の『WINNING RUN』は『VICTORY』でやったから、次は最後の曲である『GROWING UP』ね。十一月発売で、深い青のバックと顔の線がやけによく見える写真が印象的。作詞三井拓、作曲松本俊明、編曲鷺巣詩郎。何だかあまり見ない名前が多いわね」
「三井は森浩美の変名って噂を聞いたことあるけど、少なくとも光GENJIで三井名義はこの曲だけ。松本はMISIAなんかに提供してる作曲家で、これともう一曲だけ。鷺巣も『Heartの地球儀』とこれだけだから、ちょっと珍しい面子による曲だよね。それとドラム渡嘉敷祐一ベース岡沢章ギター芳野藤丸シンセサイザーオペレーター松武秀樹という面子も、いずれも有名なスタジオミュージシャンだけど光GENJIとしては珍しい顔ぶれとなっている」
「ふうん。それで実際の曲はどうなの?」
「一言で言うと地味。流麗なストリングスに包まれた優しい雰囲気は新味だけど、風のように通り過ぎて行くからパワー不足にも映る。歌詞はタイトル通り『君と僕、一緒に成長していこう』みたいな路線だけど、やりすぎなぐらいの爽やかさがアナクロかつちょっと気持ち悪い。それと英語詞の書き方が最初大文字で他は小文字、最後にはピリオドを打つという文法通りになってるのが何だか律儀でちょっとかわいい。なお振り付けは後にtrfに参加するSAMらによるダンスグループMEGA-MIXが担当してて、ヴォーグ採り入れてる感じとか赤坂ソロパートにおける光のクネクネした動きとか、アナクロな楽曲の割に斬新な挙動が不思議な感覚」
「かわいいって、ねえ。ただこれで五分を大きく超えてるのね。爽やか一辺倒だからそんな長い印象ないけど。カップリングは『若さのゆくえ』。作詞吉澤久美子、作曲山口美央子、編曲米光亮」
「これはねえ、一筋縄ではいかない曲だよ。派手なイントロから曲自体はミディアムテンポだけど独特の哀愁が漂ってて、奇妙な味がある。歌詞も出だしはどこかクールで俯瞰的な印象だけど、繊細なBメロではそれに合わせるように青臭い事言い出したり、サビではいきなり大時代的な表現が出てきたりして不思議な感覚。少なくとも言えるのは、他にこんな曲はないって事だよ」
「これで一九九一年までは総括した事になるのね」
「そうだね。まずあんまり言わなかったけど売上のほうは右肩下がりとしか言い様のない状態で『笑ってよ』が最後のオリコン一位。『GROWING UP』に至っては最高五位まで落ち込んでる」
「むう、落ちる時はあっという間ね」
「悪い曲が続いたってわけじゃないけどグループとしての勢いが落ちていたのは厳然たる事実であって、その上で楽曲のインパクトという点においても初期を凌ぐものではないし、きっぱり大人のグループに変貌するにはまだ時間が足りずと、なかなか難しい時期だったと思うよ。それに時代も変わっていってたから。ブームの後ってのは必要以上にださく見られるのが常だけど彼らもまさにそれで、しかも八十年代、昭和の終わりというはっきりした区切りもあったからねえ」
「この時点でもう過去の人みたいに見られてたの? とにかく年齢的にも時代的にも変わっていかないといけないけどあんまり変わりすぎると迷走と見られるでしょうし、変わらなさすぎるとマンネリに陥るしってジレンマね」
「それを打破するための飛鳥再起用だったんだけどね。楽曲としては最高の大名曲を連発したけどカオスに溢れた九十年代という未来をあまりにも正確に予知しすぎて他のスタッフはとてもついていけなかった。だから次は『CO CO RO』となった。その時はそれで間違いじゃなかったんだろうけど、保守的になりすぎた感もある。『WINNING RUN』とか決定的な楽曲だけど、これを知ってるのはファンだけという現実が悲しいよね」
このような事を朝っぱらから語っていると敵襲の警報を知らせる光が小さくなった仮面の目から発されたので、二人はこっそりと教室から消えて人類を守るヒーローに変身した。
「ふはは、俺はグラゲ軍攻撃部隊のヤコウチュウ男だ! この星の色はあまりにも醜い。はやく正しく美しい色に染め上げる事こそが俺の使命だ」
夜には青白い幻想的な輝きを見せるという夜光虫は夏の海によく似合う。最近湘南海岸にも現れたらしいが実際の夜光虫もあんまり害がないようだ。しかしこのヤコウチュウ男は違う。地球における害悪となりそうなこのグラゲ星からの刺客を追って、まもなく二人の戦士も出現した。
「またも現れたなグラゲ軍! お前たちの使命は永久に果たされないぞ!」
「昼の夜光虫なんて単なる赤潮なんだから、悪いけど排除させてもらうわよ」
「ふん、そうやすやすと排除できるかな? いや、むしろ貴様らこそ排除される側なのだ。雑兵ども、かかれ!」
波打ち際に迫る雑兵を撃破する激しい爆発音が失せると、そこには元の波音だけが静かに鳴り響いていた。
「これで雑兵は片付いたな。後はお前だけだ、ヤコウチュウ男!」
「もうこれ以上戦う必然性もないわ。早く宇宙という海の彼方へ失せなさい」
「俺に与えられた使命を果たすまでは戦いをやめる事はない。さあ来い、最後の勝負だ!」
そう言うとヤコウチュウ男は懐に隠し持っていたスイッチを押して巨大化した。夜光虫はいわゆるプランクトンであり、何とも言えない袋のようなものが見る見る巨大化する様は壮観であった。しかし見とれているわけにはいかない。渡海雄と悠宇も合体して対抗した。
「メガロボット!!」
「メガロボット!!」
潮風がマシン全体を軽くなでた時、お互いがお互いに向けて進撃を開始した。取っ組み合いになるかとおもったが悠宇が素早くヤコウチュウロボットの胴体をえぐるようなパンチを繰り出してバランスを崩した。
「よし、今がチャンスだな。サンダーボールでとどめだ!」
その隙を見逃さず、渡海雄は黄色のボタンを押した。その瞬間に右手首から発生する電気のボールがヤコウチュウロボットの機体を包んだと同時に、バチバチと凄まじい火花が飛び散った。
「くっ、このダメージではもはや機体を破棄するしかないか」
全身がショートしたヤコウチュウロボットが爆散して海の藻屑と消える寸前に作動した脱出装置によってヤコウチュウ男は宇宙へと去っていった。今日もやはり暑い一日だった。しかし午後には分厚い雲が空を覆い、十八時になると雨さえも降りだした。予報によると明日の天気は雨で、梅雨の気配も刻一刻と迫っている。
今回のまとめ
・ファン以外の認知度低いシングルが続くけど曲が悪いわけじゃない
・ただ歌唱力含めた初期の異様な勢いが薄れているのは事実
・今となっては半端なベストアルバムだけど初期曲をまとめるには便利かも
・「笑ってよ」のジャケットの衣装は笑えないほど酷い