rm01 セリーグの概況と広島投手陣について
地球を守るために戦う事を決めた渡海雄と悠宇だが彼らとて本来の使命、すなわち学校へ行って勉強する事を怠ってはならない。最初に出会ったのは日曜日、翌日からは早速登校せねばならないがその間にグラゲ軍が攻めてきたら大変なのでネイは二人に小さなキーホルダーのような仮面を渡した。これがあればいつでも変身できるようになるとの事である。
「おはようゆうちゃん!」
「ああ、おはようとみお君って、あっ……」
初めて出会った時と同じ、朗らかな声に振り向いた悠宇の成熟したオリーブの実よりも黒々とした瞳に映ったのはそれまでと違う渡海雄の姿であった。
「髪、切ったんだ」
「うん。最初からそのつもりだったし。似合う?」
「そうね。男らしくて、爽やかで、前よりずっといいし、とっても似合ってると思うわ」
「良かった。でもきっとそう言ってくれると思ってたよ。これでもう女の子に間違われる事もなくなったはず。ところで、ゆうちゃん今日はなんか嬉しそうだけど何かあったの?」
「ふふふっ、そりゃあもうね。昨日はカープが勝ったから」
「ふうん、ゆうちゃんってカープファンなんだ」
「そうよ。まず親がそうだし、それに影響されて私もって形で」
「そうだったんだ。じゃあ今はどんな感じ? 正直僕はあんまり詳しくないから色々と教えてほしいな」
「まあ今は何位だからどうと論じても正直あんまり意味ないわ。だって現状セリーグの三位から六位はかなりの混戦となっていてどこが抜け出すかなんてとても推理できないほどにごちゃついているもの」
「そうなんだ。確か首位が巨人で二位が阪神だったよね。ここはどうなの?」
「その二つはそのまま一位と二位でフィニッシュでしょ普通に考えて。まあ可能性としては混戦中のどこかが派手に抜け出して調子を大幅に落とした巨人か阪神を追い抜くという線も絶対にないとは言い切れないわ。でもまあそんな歴史的な所業が起こるとは思えないし、当分は上二つと下四つに分離した戦いが続くでしょうね」
「で、カープは下四つの位置にいるの?」
「現状はそうよ。まあ勝率とかで言うと例年と大して変わらないし、DeNAはむしろいつも以上に好調な戦いを繰り広げている中に今年は中日とヤクルトが参戦してきたという印象ね。まああくまでも一カープファンはこう見たってものだし、そこのファンからするとこれから私が話す内容は的外れな発言連発でしょうけど」
「ところでその二つは何でいまいちなの?」
「まずヤクルトは怪我人が多すぎる上に本来やってくれないといけない主力なのに不調な選手がやけに多いのでチームとしてギリギリと言うか、去年までも怪我人は多かったけどどうにか乗り切ってこられたものが今年ついに尽きた感じはするわね」
「怪我人かあ」
「これ以降、選手は敬称略で行くわね。まず投手陣では安定感のある館山が今季絶望。去年はリリーフとして頑張った日高や平井も同じく。抑えのバーネットも登録抹消、佐藤由規は一昨年から離脱中。野手だってバレンティンが一時期いなかったり、正捕手相川もそうだったしショートの川端も最近ようやく上がってきたばかり。松井って若手大砲や投手からコンバートの高井雄平は今季絶望ね。それに畠山、田中浩康、宮本あたりも本来の実力からするとまったく物足りない数字よ」
「いっぱい名前が出てきたけど、とりあえずまずい状態なんだよね。そんなので大丈夫なの?」
「大丈夫じゃないから今の位置に甘んじているのよ。ルーキーの小川や石山って投手はオールスター出場するし、三年目の山田とか若い選手が頑張ってるけどさすがにここまでマイナスが多いと低迷しても仕方ないわ。ただ怪我から復帰したバレンティンは凄まじい勢いでホームランを打ちまくって現在トップだし、今年戻って来られるような怪我人は基本的に戻ってきたようだからこれからが大事よ」
「自社の商品だけじゃ健康は保てないって事なのかな。じゃあ中日は?」
「中日の場合もやっぱり今年だけの問題と言うよりここ数年でたまってきたものがついに目に見える形で噴出してきたように思えるわ。ここ数年の中日は落合監督によって球団史上最強と言える時期を長らく過ごしてきたの。でも一昨年限りで退任したわ。これは球団内部の抗争の結果らしいけど、とにかく次の監督に就任したのは高木守道という人で、就任の時点でもう七十歳だったの。二十年ぐらい前にも監督を務めていたけどむしろ評判は悪いほうで、中日ファンでも『何で今更この人が?』って思うような人事だったわ」
「でも去年は二位だったよね。じゃあ良かったんじゃないの」
「監督が代わっても選手はそう入れ替わる事はないんだし、選手がしっかり頑張れば順位急落なんてそう起こらないわ。ただ野手も投手も老化が進んだみたい。誰もが皆山本昌や岩瀬のように命脈を保てるものでもないし。それと全体的に野球が荒くなった印象よ。元々それが中日のチームカラーだったから元に戻っただけって話もあるけど、広島ファンからすると試合を見ていて『中日がこっち側に来てしまった』みたいな感じはあるわね。雑だったり妙な采配したりね」
「やっぱり強い時期が長いとちょっとしたつまずきも痛く感じるものだね。じゃあ好調らしいDeNAはどんな感じなの?」
「ここはそもそも元々が酷すぎたのよ。今年は中日から移籍のブランコやベテランの中村紀洋がよく打っているわ。それに今好調なのは新外国人のモーガン。まあ打線に関してはこういった要因で良くなった印象はあるわ。でもこのチーム最大の弱点である投手陣は相変わらず厳しいの」
「投手ねえ」
「ええ。球場が狭いからってよく言われるけど、それ以前の問題として若手が台頭の気配を見せたと思ったら翌年は全然駄目ってパターンが多いから選手層がなかなか積み重ならないのよね。例えば去年、国吉と加賀美って若手投手が一軍でよく先発したけど今年の一軍登板はともにゼロ。それも当然で二軍成績を見ると防御率は国吉が五点台、怪我もあった加賀美は六点台だもの」
「そう言えば防御率ってあれは何なの?」
「防御率ってのはつまり、プロ野球は基本的に一試合九回でしょ。その間に何点ぐらい取られてるかの平均よ。例えばピッチャー私が九回完投して自責点二だったら防御率は2.00になるわ。でももし三回を自責点二で降板した場合は防御率6.00になるの。三回で二点って事は九回まで投げるとその三倍、つまり六失点する計算よ」
「なるほどねえ。それで自責点ってのは?」
「自責点ってのはまずは失点、自分が何点取られたかって数字からエラーとか投手以外のせいで生まれた点を抜いた数字よ。まあ投手本人のエラーでも自責点にならないんだけどこれは例外ね。つまり打たれたとか満塁から四死球で押し出しとか、言わば勝負に負けて失った点の事よ」
「ふうん」
「例えばピッチャー私が九回ツーアウトまで失点ゼロで抑えたものの連打を浴びて満塁のピンチを迎えたとするわね。そして次の相手打者をライトフライに打ち取ったけどライパチとみお君がポロリと落としちゃってランナー三人全員ホームインしたとするわね。この場合だと私は三失点、でも本来とみお君がフライをキャッチしていれば試合終了だったから自責点はゼロってなるわけよ。勝負に勝って試合に負けた的なアレね。投手交代なんか絡んだらもっと複雑になるけど。まあプロならとりあえず三点台までなら十分。五点台だと毎回失点してる雰囲気よ」
「それで六点台はまずいねえ。って言うか何で僕がエラーしちゃってるのよ」
「未経験者にフライキャッチは難しいわよ。とにかく、そろそろ四十路の三浦が未だにエースとして頑張っているけど、後継者が誰になるかまったく見えてこないもの。その穴を埋めるのが外国人だけど、ここって歴史的に外国人投手獲得が下手なのよね。シーズン最多勝はドミンゴの八勝、通算ではセドリックの十四勝だもの。今年も中日でいいピッチングを見せていたソトという投手を獲得したけど戦力とは言えない数字だしシーズン途中で補強したコーコランも燃えてばかり。リリーフのソーサは頑張ってるけど」
「なかなか上手く行かないものだね。それで、広島はどうなの?」
「まずは先発投手から行くわね。前田健太、バリントン、大竹、野村はまず戦力としてかなり優秀ね。でもそれ以外となるとかなり心許ないわ。中崎、武内、篠田、中村恭平なんて名前を挙げるだけで力なく首を横に振りたくなる面子でしょう。この中では中崎と中村には割と期待しているけど、客観的に見てもまだまだね」
「先発で優秀なのが四人もいるけどそんなに厳しいの?」
「長いシーズン、四人だけではまかないきれないわ。ただそんな先発よりもはるかに厳しいのがリリーフよ。まずシーズン前に期待されていたのはミコライオ、今村、福井だったけど福井は炎上続きで早々と二軍落ち。今村も去年とは安定感が段違いに悪化して、特に六月は毎試合のようにランナー二人は出すという危険極まりないピッチングに終始した挙句これまた二軍落ち。ミコライオもここ数試合は不安定だし。でも福井はともかく今村やミコライオはそれでもチームにおいては最高クラスのリリーフだから、それ以下となると……」
「誰がいるの?」
「まずは左キラーの河内ね。シーズン序盤は良かったけどここ数試合はコントロールの不安が先立つようになって今は二軍にいるわ。シーズン当初は先発だった中日から移籍の久本も左のいい投手だし、今井も相対的に悪くないわ。シーズン途中にトレードで獲得した小野も、まあそこまで数字は良くないけど必要ではあるわね。代わりに放出した青木もいてくれたらなお良かったんだけど。梅津も中途半端な立場だし、現状ブルペンを支えているのが上野と菊地原なんてもう玉音放送ものよ。他のチームも酷いからこんなのでも持ちこたえているように見えるけど、ここをどうにかしない限り確実に下落するわ。今村の復調、それに福井も頑張ってくれるといいんだけど」
「よく分からないけど、他に誰かやってくれそうな人っていないの?」
「この惨状、いたらもうとっくに一軍に呼ばれているはずよ。結局二軍で防御率がいいのは上野や菊地原、それに梅津なんだから。選手は人間だから魔法がかかったみたいに突如好成績を収めるなんて事は滅多にないものよ。それなのに二軍でさっぱりな齊藤悠葵だの岩見だの金丸だの。この辺は名前を覚える必要もなさげね。内心で期待しているのは中田廉。ついでに永川も復活するといいのに。大体リリーフなんて思いっきり投げればそれなりに格好がつくものなんだから、一人ぐらいは出てきても」
ここで二人の持っているキーホルダーの目の部分が鋭く光った。「グラゲ軍襲来。至急駆けつけよ」のサインである。
「ええっ、どうしよう。今から学校だよ」
「朝の会まで後十分以上あるわ。要はさっさと終わらせればいいのよ」
「それもそうだね。じゃあ、行こうか!」
「ええ!」
教室から二つの人影が姿を消し、敵の現れたポイントである市街地へ直行した。
「ふふふ、この私こそグラゲ軍攻撃部隊のスズメ女よ。さあ、下等人類の作ったこの汚らわしい人工物の群れを破壊するのよ」
「待て! グラゲ軍!」
「よくもこんな時間に現れてくれたわね! 一瞬でけりをつけてあげるわ!」
「ほう、貴様らがサソリ男を倒したという例の二人組か。さあ、雑兵よ行け! 奴らを血祭りに上げるのだ!」
スズメ女と言ってもやっぱり全身タイツに顔だけくちばしのついた口や羽根が生えているという奇妙な出で立ちであった。彼女の指示によって雑兵たちが二人のほうへ向かってきたのだが猛烈な勢いで返り討ちにあった。二人の「一秒たりとも無駄に出来ない」という思いが普段よりパワーを引き出しており、そのパワーにかなう雑兵は存在しなかった。
「後はお前だけだなスズメ女!」
「今ならまだ間に合うわ! あなただって帰巣本能ぐらいあるでしょう!」
「ほざくな。我らグラゲ軍の切り札を使わずして撤退などできるか!」
そう言い切ったスズメ女は懐からスイッチを取り出して巨大化した。
「やっぱりこうなっちゃうのか。今は一分一秒さえも惜しいのに。じゃあ僕らも合体だ!」
「分かったわ! それっ!」
「メガロボット!!」
「メガロボット!!」
敵に合わせて渡海雄と悠宇のシルエットも一つになり、取り囲んでいたビルたちよりもその視線は高くなった。
「一気に決めるぞ! ええい、このスイッチだ!」
渡海雄の怒号寸前の絶叫とともに緑色のスイッチがおされた。するとメガロボットの目が光ったかと思うと勢いよくビームが発射され、スズメロボットを一撃で大破せしめた。
「まさかここまでとは! 悔しいけど撤退するしかない!!」
スズメロボットの全身が噴煙に包まれる寸前、脱出装置が作動してスズメ女は本拠地へ逃げ帰る事を余儀なくされた。
「ゆうちゃん今何時!」
「八時二十九分! 今から急いだらギリギリ間に……間に合わないわ」
戦闘によって高まった興奮は急速に静まり、逆に血の気が引いたような絶望的な声で悠宇はつぶやいた。学校に到着するだけであれば仮面を被った状態で走れば間に合わないでもない。しかしこの仮面を被ったまま授業を受けるわけにはいかないので取り外すためには一度研究所に行く必要がある。つまり、絶対に間に合わない。遅刻確定。
「ゆうちゃん、辛い気持ちは僕も同じだよ。でも、間違いじゃなかったんだ。こうしないと地球は……」
「分かってる、分かってはいるけど悔しいじゃない。私、今まで遅刻なんてした事なかったのに!」
「僕だってそうさ。でも、でも仕方ないでしょ。戦いなんだから。行こうよ、ゆうちゃん。早く研究所へ。一時間目は駄目でもせめて二時間目には間に合うようにさ」
研究所にて仮面を取り外すとその中身は両方とも涙でずぶぬれになっていた。しかし南郷博士とネイは先を見通す目を持った優秀な科学者である。こんな事もあろうかとあらかじめ学校に「遅れますので」と電話をかけていたのだ。だから渡海雄と悠宇は一時間目の途中で教室に入ってきたが特に怒られはしなかった。
戦いが続く限りこのような悲劇は防ぎようがない。しかし、だからこそ渡海雄と悠宇は願うのだ。「今度からはせめて放課後に襲いに来てください」と。
今回のまとめ
・カープの状態は良いとは言えないが他球団も大概なのでチャンスはある
・リリーフが厳しいので先発には相当頑張ってもらわないと
・と言うかもうちょっと出てきてくれよリリーフ誰か
・遅刻はしないに越した事はないが気にしすぎる事もない