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sw12 国立国会図書館の新サービスについて

 五月も二十日を過ぎていよいよ春を超えて夏が着実に近付いてきた。というわけで部屋の延長コードにはこたつのスイッチの代わりにアースノーマットが刺さっている。


「しかしまあ、とんでもないサービスが始まったわね!」


「何の話?」


「そんなの言うまでもないでしょ。五月十九日からスタートした個人向けデジタル化資料送信サービスよ! いわく『国立国会図書館のデジタル化資料のうち、絶版等の理由で入手が困難なものを、インターネットを通じてご自身の端末(パソコン、タブレット)等でご覧いただける』との事で、しばらくは眠れない夜が続きそうね」


「それは確かに凄まじいサービスだねえ! 具体的にはどんなものが閲覧可能なの?」


「基本的には古い本ばかりだけど、現状ではとりあえず野球やサッカーのネタを漁っているわ。オフィシャルベースボールガイドブックや各年に刊行されたスポーツ年鑑などオフィシャルなものもあるので、特にサッカーのネタに関してはこういうスポーツ年鑑が命綱みたいな部分もあるから色々楽しませてもらっているわ。日本リーグですら情報が少ないのにましてやその発足前となるとねえ」


「田辺製薬が強かった時代とかか」


「あの頃の選手は全関学だの中大クラブだの色々なところに所属しててお疲れ様よね。その後全盛を迎えた古河の強さも、例えば東西対抗戦に出場した顔ぶれを見ると西軍は大学生八幡東洋日本ダンロップ等バラけてるのに、東軍は大半古河でついでに大学生数名って感じなのがその勢力を物語っているわ。しかも全国都市対抗サッカー選手権大会に至っては社会人野球の都市対抗と同じく補強選手制度があったみたいで、古河ベースに二宮寛、北口晃といった三菱の選手も参加しててそりゃ強いわという盤石チームに仕上がっていた」


「そこからリーグ戦開始時にはちょっと落ち着いたと」


「人間いつまでも若いままではいられないからね。すでに完成していたって事は後は落ちるのみ。逆に東洋は後ろの人材はすでに揃っていたけど前線がもう一歩だったところに六十五年、大学から一気に人材が加入したという図式もはっきり見える。それと名相銀、六十二年の都市対抗で抽選勝利を連発して準優勝にこぎつけていたけどそこから日本リーグまでに相当メンバーが入れ替わってるみたいでほとんど知らない選手だったのが印象的だった。ついでに教員チームの大会が毎年埼玉教員と京都紫光クラブなのも」


「一部の地域のみ盛んという姿は昔ほど顕著かな」


「また同じような年鑑でも出版社が結構色々で。選手名がちゃんとフルネームで出るし。でも古いものは古いなりに味わいがあるわ。外国人のカタカナ表記とか。それと古いものほどサッカーとラグビーが同じ蹴球という枠で括られてて(ア)(ラ)で辛うじて判別する有様だけど、昭和一桁の時代に蹴球とラグビーに分離する事となるけど太平洋戦争に突入するとラグビーは闘球と表記されるようになり、他の競技もカタカナが消滅していく。ついでに大会の中止も増加しまくる」


「しかし卓球庭球排球籠球あたりはまだしもゴルフを打球だのハンドボールを送球だの言われてもねえ。スピードスケートを氷上の速度競技ってのも違和感ありまくり」


「サッカーのゴールキーパーやラグビーのフルバックに対する殿あるいは門という表記も噴飯物。そして広告に関しても徐々に銃後だの移動演芸だのきな臭い単語が増えて、それまで基本的に一番人気の野球が先頭だったものが武道に成り代わった十八年には『戦時下の生活必需品はそごう』だの『ラジオで結ぶ大東亜』だのキャッチーなフレーズが続出するに至るけど、最終ページにヤバさの総本山とばかりにヒロポンの広告が掲載されてたのはパンチありすぎてヒャッって声が出たわ」


「今と違いすぎるからこそ逆に興味深い、と言える時代がいつまでも続くといいよね」


「本当にね。そして戦後、最大の変化と言えばプロ野球の隆盛にありと断言しても良いぐらい扱いが良くなったわ。昭和三年のものだと宝塚協会に関しては野球の欄の最後だし、昭和十八年における職業野球も後ろには軟式しかないという末席だったけど、それが先頭にプロ野球だったりするからね」


「いい時代になったよね」


「まったくね。昭和二十三年版には国民リーグのデータも掲載されていて必見。そういう民主主義の風を受けた野球ブームの中で野球がメインの雑誌も数多く生まれたけど、例えば『熱球』という雑誌がある。刊行が巨人社って何事かと思ったけど、そもそも巨人の後援会が出した巨人と野球ニュースを扱う雑誌と見るのが正しそう。そしてこの熱球は今に続く沢村賞を制定した事でも知られているけど、第一回の受賞者が当時南海の別所だった」


「一応そこは身贔屓せず選んでるんだね」


「まあ数年後強奪するんだけどね。受賞理由は『澤村投手がオーバースローの剛球投手である点を重視』して別所と御園生が候補に上がったけど『巨躯から投げ込む速球は澤村投手を彷彿とさせるものがある』だとか。なおこの年のMVPは若林忠志だったけど、投手としてのタイプが違うから候補にはならなかったみたい」


「そして巨人直系の雑誌が作った賞だから当然リーグ分裂の際はセリーグに行った」


「でもそんな経緯は忘れられ、パリーグも最優秀投手というタイトルを作ったものの数年で適当に打ち捨てられたのも忘れられ『沢村賞の対象がセリーグだけなのはおかしい』みたいな流れになって、反論すべき側も過去を忘れてるから受け入れられ、時代の変化で投手に求められる役割が変わったから受賞条件も色々変わって、それでも沢村賞という存在は生き続けている。偉い事よね。熱球の編集部もこんなに続くとは思ってなかったでしょうね」


「制定した甲斐があったってものだね」


「それと一際印象的だったのが『東光少年』。これは野球メインではなく吉川英治西條八十らの読み物、田河水泡や杉浦茂の漫画などが掲載されている総合的な少年雑誌だけど、博識なおじさんが少年に昔の名選手のエピソードなどを語るサトウハチローの連載小説『少年野球夜話』など野球ネタも豊富。しかも川上哲治が顧問を務めていたそうで、そういうスタンスだからか五十年四月号の『特別読物二大リーグの新陣営』ではセリーグ贔屓が過ぎたなかなか異様な文章が現出している」


「それはどんな感じで?」


「一応記事の形としては先にセリーグ後にパリーグの両論併記になってるけど、毎日新聞記者によるパ側の比較的冷静な筆致に対して読売新聞記者によるセ側は我こそ正義の熱量がスパークしてて、とにかくそこが頭に残りまくるのよね。分裂の経緯に関して、毎日加盟に反対した立場の考えがやけに具体的に語られてたり、その後の引き抜き合戦も赤嶺一派に関しては『松竹は大分プラス』程度のさらっとした扱いなのに毎日の集団引き抜きに関しては『阪神の力を弱くしてそして大人気のある巨人阪神戦をつまらない試合にしようとしました』となる」


「かなりバイアスかかってるね」


「以降でも阪神は選手補充に成功してむしろ強くなった、パリーグこそ阪急東急大映から有力選手が抜けたから魅力が落ちた……と留まるところを知らない身贔屓記述が延々と続く。別当の穴は河西で埋まるし本堂長谷川はピークの過ぎた選手、土井垣も元気すぎて若手が萎縮してたからいなくなるのはプラスかも知れない等」


「ここまで行くとポジティブなファンの妄想みたいだ」


「まあ内心無理筋なのは承知してる節も見え隠れするんだけどね。海野十三の小説が作者急逝後もしばらく掲載され無事完結したり、読者ページのカットに新潟の寺田博雄さんが起用されてたり東光少年、侮れないわ。そして五十年代以降の人気が定着した中で出されたプロ野球を題材とする本もその一部が読めるわ。著者は三原鶴岡水原らユニフォーム組、龍二惣太郎の両鈴木や中澤不二雄ら偉い人、大和球士や竹中半平といった評論家ファン筋まで様々だけど『プロ野球三国志』『背番号への愛着』あたりの名著が簡単に読めるようになったのは素晴らしいわ」


「大体五十年代から六十年代に書かれたものばかりか」


「それゆえに取り上げられる題材は概ね決まっている。創設の流れ、戦火に散った名選手、戦後の復活、赤嶺旋風、シールズ来訪、リーグ分裂の混乱……。同じ話題に対して立場の違う人達がそれぞれの角度から語る。中には思い違いや意図的な嘘もあるでしょうね。そういうのも含めて比較検討する事で理解は深まっていくものじゃないかしら。後は『阪神タイガース三十年史』『中日ドラゴンズ三十年史』なんてのもあった。中日の方は東光少年的な面白さがあっておすすめ」


「どういうところで激情ほとばしるの?」


「例えば赤嶺旋風。その気になれば選手除名だって出来たのに温情ゆえにそうしなかった、選手達は球団に感謝しているのではないかなどと書き連ねつつ『名古屋を背景にして、活躍したほうがしあわせであり、実力をいっそう発揮できたであろうにと、くいを残したに違いない』と気持ちを勝手に推測。もっともこれを読むのは殆どが中日ファンだし『赤嶺の失敗は、ドラゴンズの本拠都市名古屋の実力を知ることができなかったことだ』なんて言葉の引用に彼らの愛郷心は大いに満たされたでしょうね」


「まさに中日の中日による中日のための一冊か」


「また別所引き抜きなど巨人の強奪に対して『常識では判断できないような、非紳士的強引さ』『白を黒といいくるめて、なお恥としない巨人軍のやり方』と辛辣なのはさすが商売敵。なお自分達が起こした長谷川良平引き抜き騒動は一行たりとも記載なくプロアマ間断絶の原因となった柳川事件も『アマチュア球界と紛争を起こすようなことも起こった』程度の記述で終わらせてるけど、ある程度偏りがあったほうが読み物としては面白いものよ。資料性は阪神のほうが遥かに上だけどね」


「歴史の記述にも色々なスタンスがあるよね」


「正しければ正しいってわけでもないしね。というわけで今のカープについても少し語るわ。順位に関しては上下が分離しつつある中で上をキープ出来てるのでまずはよし。マクブルームはコンスタントだし小園も復調してきた。中村末包堂林あたりの使い分けも悪くない。先発もよくやってる。勝ちパターンのリリーフは怪しいけど、トレードや新外国人補強も含めてまだ打てる手はあるので頑張って探し当ててほしいわね」


「昨日は矢崎森浦で無失点だったけど、これとていつまで続くやら特に矢崎。そして巨人戦みたいな采配された日には、この首脳陣にどこまで期待していいのかという疑念さえも浮かんじゃうよね」


「信じましょう。とにかく次の荒波は交流戦よ。去年はコロナで酷かったけど、逆にあれ以下はないと思うから、まずは五割目標でファイト。それとサンフレッチェ、今のサッカーは相当良いわ。藤井満田はもはやストロングポイントだし、ベンカリファとジュニオールサントスの両立でパワーも出てきた。シュートを枠内に決めるとか守備に関しても細かい修正部分はあれど、これが出来るなら文句なしよ」


「気付いたら上には川崎鹿島マリノスしかいないところまで浮上してるしね。凄いよ」


「とは言え上との差は大きく下は詰まっているのでこの順位も砂上の楼閣に等しい。本番はこれからよ。ついでに大相撲の大関陣不甲斐なさすぎ。何あれ」


「貴景勝だけ千秋楽で辛うじて勝ち越したけど、特に正代は誤審で星を拾いながら十敗は酷すぎるよね」


「明らかに万全じゃない照ノ富士が終わってみれば横綱の責務を果たし抜いただけに一層情けないわ。この大関陣をぶち抜いていくような若手が出るといいんだけど。今のところ霧馬山を贔屓している」


「へえ、どの辺が良いと思う?」


「名前の字面と響き、かな。浮かんでくる情景が結構渋い感じじゃない。思えば鶴竜も何だか良い名前だなと思って贔屓にしてたら横綱まで上り詰めたし、彼の薫陶を受けた霧馬山も出世したらいいなって思ってるの」


 このような事を語っていると敵襲を告げるサイレンが鳴り響いたので二人はすぐ話題を中断し戦闘モードに移行した。


挿絵(By みてみん)


「ふはははは、私はグラゲ軍攻撃部隊のマレーヤマアラシ女だ。この住むに値しない惑星を改造してやるのだ」


 背中に鋭い針のような体毛を持つ特徴的な姿で知られる動物の姿を模した侵略者が緑深まる山中に出現した。でもハリネズミやハリモグラとは全然違うが、これも収斂進化の典型と言えよう。しかしいずれにせよ勝手に侵略されたら困るので、地球は素早く返事をよこした。


「出たなグラゲ軍。お前達の思い通りにはさせないぞ」


「これからやる事はいくらでもあるのに滅ぼされるなんてまっぴらよ」


「ほう、これが噂に名高い愚物どもか。早速死んでもらおう。行け、雑兵ども」


 マレーヤマアラシ女の非情な命令にただ従うだけの黒い殺戮マシーンを、二人は次々と撃破していって残る敵は指揮官一人だけとなった。


「これで雑兵は尽きたようだな。後はお前だけだマレーヤマアラシ女」


「まだまだ過ごしやすい時期なのに勝手に潰されても困るわ」


「この環境が過ごしやすいなんて気色悪い奴らだな。やはり殲滅しかない」


 そう言うとマレーヤマアラシ女は懐から取り出したスイッチを押して巨大化した。やはり戦うしかないようだ。二人は覚悟を決めて合体した。


「メガロボット!!」

「メガロボット!!」


 蒼天の遥か彼方で、明日の空の色を決める運命の一戦が人知れず繰り広げられている。マレーヤマアラシロボットが身をかがめて棘付きボールとなり突撃してきたのを悠宇がどうにか回避すると、一瞬の隙を見計らってカウンターを入れた。


「よし、今よとみお君!」


「分かった。ここはエメラルドビームで一気に勝負だ!」


 わずかなタイミングを逃さず、渡海雄は緑色のボタンを叩いた。瞳から溢れ出す勇気を具現化したエメラルド色の炎が敵を焼き尽くす。


「くっ、やるな。ここまでか!」


 機体が爆散する寸前に作動した脱出装置によってマレーヤマアラシ女は彼女が本来いるべき場所へと戻っていった。時は過ぎ行く。五月が終われば六月になる。そんな地球のルールに従いながらまた一つ光り輝くものをこの世界に見いだしていたい二人であった。

今回のまとめ

・押し潰されそうなほどの情報の宝庫なので使わない手はない

・文章にせよ何にせよスタンスが明確なほうが面白いと再確認

・スポーツ以外のネタもあるけどそれは別の機会に語りたい

・今のサンフレッチェは結果も内容も伴っていて非常に良好

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