pr08 国民リーグと大映参入について
七月はひたすら天気が悪かった。八月はひたすら暑かった。そして迎えた九月は、いきなり台風二連撃とこれまた波乱の予感十分。
夏を意味する積乱雲がようやくほどけて、空の青にもその白が混じって爽やかな秋の空色になりつつあるのは大変よろしいが嵐は勘弁。
「というわけで先月はプロ野球、正式な組織名で言うと日本野球連盟は戦後復興を果たしましたよって話だったけど、それを見てじゃあ俺達も加えてくれと立ち上がった人間も多かった。でもそれは軒並み拒否された」
「へえ拒否するんだ」
「まず現時点でも明らかに戦力が足りてない球団がある中でこれ以上増やすのは厳しいって苦しさもあるし、一球団だけ増やすと端数が出るって事情もあるし、戦後プロ野球はあらゆる面において窮乏している中どうにか維持したり作り上げたりした八球団でスタートして、それが成功したからって後追いで手を挙げるような連中を簡単に入れるのはどうかって考えもあったみたい。せっかくの既得権益、あっさり渡すのはもったいないとね」
「セネタースとかゴールドスターみたいな連中をホイホイ加入させた組織とは思えない発想だね」
「それはそれこれはこれよ。とにかく加入を目指した中に宇高勲という人物がいた。彼は戦後に自動車のクラクションを作って大いに金を稼いだと言う。そしてこの宇高、巨人から藤本英雄を引き抜くなど派手な札束攻勢を仕掛けたもののやはり拒否という答えは同じだった」
「クラクション製造とかそんなニッチそうな会社でも球団持てるものなのか」
「今より選手少ないし設備なんかも金がかかるものじゃなかったからね。それに宇高だって橋本三郎と同じかそれより上の信頼度はあるでしょ」
「確かにそれもそうか」
「とは言え現時点では八球団という形を崩す気はなく、しかしいずれアメリカと同じ二リーグ制にすべきと考える人もいて、そんな考えの持ち主でもあった鈴木龍二という当時の日本野球連盟の会長が宇高に『新リーグを作ったらどううか』と提案した。冷静に考えると単なる厄介払いじゃないのとか思ったりもするけど、ともかく宇高はそれに応じた。それは既存のプロ野球とは関係ない独立リーグで、名付けて国民野球連盟、通称国民リーグ。なお藤本は宇高との契約こそ解除となったもののそもそも一度この話に乗ったのは巨人と金銭面での縺れがあったからで、結局中部日本へ移籍する事となった」
「巨人でさえ金銭の問題を抱えているんだから大変だね」
「ともあれリーグ戦を成立させるためには複数のチームを作る必要がある。それで宇高はまずグリーンバーグというチームを仲間に加えた。このグリーンバーグ、以前触れた河野安通志の形見である東京カッブスが大元の母体としてあって、それに戦後故郷の広島に戻った元プロ野球選手が多数所属していた鯉城園というチームから元阪神の捕手門前眞佐人、元金鯱のショート濃人渉ら有力選手が大量に加わっていた。そして監督は石本秀一を招聘」
「広島なんて原爆落とされて大変だったろうに、野に下った野球人がこんなにも多くいたんだね」
「むしろ文字通り壊滅した広島だからこそかもね。復興のためには野球なんかやってる余裕はないって。それでもやっぱり根本的に野球で生きてきた人間だから、それを捨てた地道な生き方なんて難しいじゃない。それで戦力が整ったグリーンバーグだけど、親会社が駄目になったから新しいスポンサーを探して茨城県を本拠地にする結城ブレーブスとして国民リーグに加入した。それと宇高のチームである宇高レッドソックス、早めにチームの体裁を整えたこの二チームで各地を巡業したものの日本野球連盟の圧力によって後楽園などでは興業が出来なかったと言うわ。元々そういう部分は融通するって話だったけどいきなり反故にされた」
「まるで安倍が禅譲するって信じてたのにあっさり梯子を外された岸田みたいだね」
「でも宇高は岸田ほど不甲斐ない人物じゃないので、唐崎クラウンと大塚アスレチックスの二チームを新たに加えた。まあ四球団もあれば立派にリーグ戦やれるでしょ。唐崎はサイダーを作る企業が親会社となり元阪急の笠松実投手が監督兼任で、元南海で俊足強肩の木村勉らが在籍していた。大塚は傘の骨を作る会社が親会社となって監督には三宅大輔を招聘、選手は元イーグルスで前年は巨人にいたショートの名手山田潔など」
「結構元プロも参加してるんだね」
「そこは頑張って金を払ったみたいだから。それで夏季からこの四チームでリーグ戦を開始したけど常にドサ回りなので固定したファンの獲得に失敗、八百長を持ちかける輩を跳ね除けようとするも手打ちと称した宴会で毒殺されかける、地方の興行師から金を持ち逃げされる、国税局から『プロ野球なんて道楽にうつつを抜かしてるからにはさぞかし金持ってるんだろ』と言わんばかりに追徴課税を食らうなど様々な問題が立ちふさがった」
「ひええ、いきなり八方塞がりか」
「それと単純に野球の質も怪しいものだったと言われてるしね。秋季リーグのMVPに山田潔が選ばれてるけど、確かに彼はかなり面白い成績を残してる異能の名手だけど根本的にはNPB通算打率が一割台で華やかな舞台とはほぼ無縁だった。そういう選手がMVPってなると国民リーグがどれほどのレベルであったかと察するに余りあるでしょう」
「ある程度は打撃でも派手な活躍見せないとMVPにまではならないよね普通」
「その上に最初新リーグ作ろうと提案した鈴木も一見協力者ぶりながらも内心では潰さなければいけないと決意していたそうで、濃人を引き抜こうとしたりあの手この手で国民リーグを揺さぶった。結果、リーグ設立者の宇高は本業が危なくなったのでリーグの会長を大塚アスレチックスのオーナーである大塚幸之助に譲った。大塚も意地を見せて大下弘ら大物の引き抜きに奔走するもやっぱり潰されて、結局四十七年の一年だけで解散に至った。しかし同時期、国民リーグ以外でも数多くの問題が噴出していた。それをどういう順番で言えばいいのかちょっと悩むけど、とりあえず大映球団から行きましょうか」
「それはどういう存在なの?」
「まず大映ってのは映画会社で、戦時中の企業統合が映画界でも行われた際に松竹と東宝が生き残る予定だったんだけど当局に賄賂を渡すなど上手く交渉して第三の映画会社である大日本映画製作として誕生した。だから元々大日本帝国寄りの会社で、そういうのは戦後に大体潰されたけど大映はここでも巧みに立ち回って存続した。そんな大映の社長である永田雅一という人物が、映画の本場であるアメリカでは球団持ってる人が尊敬されるからじゃあ自分も球団持とうと考えた」
「本当に新規参入希望者多いんだね」
「それだけプロ野球に勢いがあった証明でもあるからね。それで大映、選手はどう確保するかってところで、ちょうど中部日本で赤嶺旋風と称される騒動が巻き起こっていた。つまり戦時中の一番苦しい局面で球団を守り通した赤嶺昌志と親会社の中日新聞が対立。そして四十七年末に赤嶺は解任された。中日新聞からすると目の上の瘤を除けて万々歳と思いきや、彼を慕う選手十数名も一斉に退団してしまったの。しかも元ホームラン王の古川清蔵、加藤正二、金山次郎、岩本章、後のタイトルホルダー小鶴誠、野口正明、三塁手の三村勲、ガッツあふれる捕手の藤原鉄之助など主力がごっそりと」
「なんとまあ無茶苦茶な」
「赤嶺を慕う選手からすると中日新聞は一番苦しい戦時中に球団を放り投げたくせに戦後のこのこ戻ってきてあまつさえ勝手に監督を据えるなど人事にも介入する身勝手な連中にしか見えなかったはず。それで戦前を知る選手と戦後に中日新聞主導で加わった選手との仲は最悪で、チーム内は常にギスギスしていたらしい。なお藤本英雄もそんなゴタゴタにすっかり嫌気が差して一年で巨人に復帰した」
「かなりわだかまりありそうなのに一年であっさり戻るのか」
「まあ双方の球団と本人が納得してたらそれでいいんじゃないの。ともあれこの赤嶺とともに退団した選手達を大映が引き取って、大映球団として国民リーグと九州巡業を行うなど実績を積みつつ日本野球連盟に加盟申請したけどやっぱり拒否された」
「そこは一貫してるのね」
「しかしこの程度で諦める永田ではない。グループのボスである五島慶太が公職追放された余波でごたついていた東急フライヤーズと強引に合体して急映フライヤーズとなり、大映球団の主力大半もこの急映に移籍した。また残された国民リーグについても、案の定経営が苦しかった橋本三郎率いる金星スターズを大塚が買収して、門前や山田など一部有力選手は金星に引き取られた。またそれによって選手が膨れ上がった両チームは急映チックフライヤーズと金星リトルスターズという、いわば二軍チームを発足させてオープン戦を組んだりアマチュアと戦ったりと、一軍とは別に活動させた。この金星リトルスターズの監督には石本が就いている」
「それにしても最終的に騒動を起こした連中は全部NPBで回収出来たわけか」
「一応はね。まあ当然この程度で全部が丸く収まるはずもなく、無理やりくっついた急映はやっぱり無理があったって事で一年で分離して元の東急に戻り、永田は結局経営が苦しかった大塚からチームを買収して大映スターズとなった。それに伴い小鶴、金山、三村、加藤、野口らが再び集団移籍したけど、逆に金星を作り支えた坪内道典は西沢道夫とともに中日へ、内藤幸三や武智修は阪急へ移籍した。永田や赤嶺一派と交わるのを嫌がったためとも言われている。このように次なる波乱の要素はそこかしこに充満していた」
「それでも人気が高まる一方だったってのも凄い話だよね」
「戦後民主主義を味方につけていたからね。ああ、それとそんな四十八年の順位だけどね、南海が二度目の優勝を果たした。ここは親会社がケチなので国民リーグ発足の際には選手ほぼ全員が声をかけられたと評判だけど、チームとしては山本一人監督を中心にまとまっていた。大下以来ホームランが称賛され、本来鋭いライナー性の打球が持ち味の川上哲治さえもホームラン狙いに走る時代にあって守備走塁重視の野球を貫き通した信念の勝利と言える。二位は巨人。藤本や青田昇など他球団に流出していた主力を呼び戻し、彼らがしっかり活躍したにも関わらず覇権を逃した事からある一つの決断を下すに至ったと思われる」
「その決意とは?」
「それはまた後に語るとして、前年ダイナマイト打線と称される強力打線で優勝した阪神は、更に別当薫という慶大卒の見た目からしてエリート臭プンプンな強打者の獲得に成功するなど盤石かと思われた。果たして別当は評判通りの実力を発揮するも、試合中に骨折して離脱するとチーム成績もガタ落ちして最終的には二位からも十ゲーム以上離された三位に終わった。若林監督は少数精鋭主義と称して山口政信ら成績の落ちたベテランをクビにするなど新たな手法に走ったけど、この結果では懐疑的な声が高まるのは避けられない。こうして阪神も内部に問題を抱えつつあった」
「前年優勝してもすぐにこうなってしまうんだね」
「特にこの時代だし、プライドが高い人も多いしね。四位は阪急、五位は急映。選手は強力だけどチームとしてまとまるのに時間がかかったかシーズン序盤は下位低迷し、監督交代した夏場から浮上したものの結局一年で大映組は去っていくという。六位には太陽が『野球は点を取るスポーツだから』『野球選手が太っててはいけない』との田村オーナーの思いつきで名称変更した大陽、七位金星で最下位は案の定主力がごっそり抜けた中日」
「まあそうなるよね。それにしても大陽への改名、凄いセンスだね」
「永田にせよ田村にせよこういう脊髄反射で場を振り回すワンマンオーナーは昭和の遺物として眺めてるだけなら微笑ましいけど、実際は当時からしても迷惑がられてた部分はあるからね。とにかく色々なゴタゴタを抱えつつも戦後というカオスな時代に寄り添って爆走してきたプロ野球。そしてついに運命の四十九年を迎える。この年こそ今のプロ野球の道筋を形作ったと言える重要な瞬間で、それなりに気合入れてこなさないとね」
このような事を語っていると敵襲を告げるサイレンの音が鳴り響いたので、二人は素早く変身してこのポイントへと馳せ参じた。
「ふはははは、私はグラゲ軍攻撃部隊のプーズー男だ。この汚染極まりない星を正義で洗い流してくれよう」
チリで二番目に大きいチロエ島にのみ生息し、一メートルにも満たない体長という鹿の仲間の中でも最小の動物の姿を模した侵略者が草原に出現した。現実のプーズーは人間によって生息域を脅かされているが、その逆は認められるものでもない。だから地球からの抵抗はすぐさま出現した。
「出たなグラゲ軍。お前達の思い通りにはさせないぞ!」
「ようやく多少は過ごしやすくなったと思ったら侵略。そういうのは困るからやめてほしいわ」
「ふっ、何を意味不明な。とにかく君達には死んでもらう。行け、雑兵ども」
ただ指示に従うだけのメカニカルな刺客を、二人は冷静さと情熱を保ちながら撃破して、残る敵は一人となった。
「これで雑兵は去ったようだな。後はお前だけだプーズー男」
「ようやく夏も終わったんだし、本当はもっと穏やかに生きるべきだと思わない?」
「まったく思わんな。君達を打ち破るのが私の責務なのだから」
そう言うとプーズー男は懐から取り出したスイッチを押して巨大化した。やはり戦うしかないか。覚悟を決めた二人は合体してそれに対抗した。
「メガロボット!!」
「メガロボット!!」
台風が九州を通り抜けようとする中で誰にも知られないまま行われている激戦。しかしそれでいいのだ。ただでさえ日本がや世界が大変な中で実は更に危機が迫っているなどと知ればこの地球に一体どれほどの混乱が生じるか。
抑えられるものならば抑えていく。それが自分達の責務と知っているからこそこの厳しい戦いもやっていけるのだ。そして戦いは悠宇が持ち前の反射神経を駆使して敵の動きを止めた。
「よし、今よとみお君」
「分かった。ここはレインボービームで勝負をかける!」
ほんの一瞬生じた隙を見逃さず、渡海雄は白いボタンを押した。胸から放たれた七色の波長が敵を貫いた時、地球の勝利が確定した。
「むうっ、さすがに強いな。撤退するしかないとは」
機体が爆散する寸前に作動した脱出装置によってプーズー男は本来いるべき場所へと帰っていった。そして渡海雄と悠宇も二人が本来いるべき場所、暖かな家庭へと帰っていった。
今回のまとめ
・灼熱の熱気を乗り越えたからこそ秋空の爽やかさが身に染みる
・チーム名も所属選手も変わりまくるカオスこそまさに戦後
・でも太陽を大陽に変更するような珍センスは正直かなり好き
・国民リーグは面白い試みだったが時期尚早だったのが惜しい




