hg30 RA・KU・GA・KIについて
三月十一日。あの災害から八年の時が過ぎ去った。平成の世もそろそろ終わりを迎えるが、何もかもすべてが解決したわけではない。むしろまだまだこれからだ。そう言えば順当に行くと平成最後の取組は白鵬対鶴竜になるのだが、ちゃんと皆勤出来るのだろうか。お願い鶴竜頑張って。
今日は天気が良くなかったけど、日に日に光が強くなってきて本当の春が訪れつつある。春が来たと無邪気に言っていられる幸福を感謝しつつ、渡海雄と悠宇は今日もまた通学路を歩きながら足元にある小さな宝石を眺めていた。
「人によっては春が来るイコール花粉症の季節だって事で憂鬱になるみたいだけど、それをよく分からないでいられるのは本当に幸せだよね」
「花粉症ってものが正直よく分かってないんだけど、マスクかけて大変そうよね」
「要はアレルギー反応で、花粉そのものよりも排気ガスとか大気汚染が実は良くないんだって話もあったりするけど、そうであっても大量に振りまかれる花粉がトリガーになるのは間違いないみたいだし」
「私もいつか発症したりするのかな」
「まあそれならその時だよ。今はそうじゃないんだから、ただ暖かくなりつつあるのを喜んでいければ。それで今回はいささか唐突になるけど諸星のソロアルバムについて語りたいと思う」
「はあ。何で今のタイミングで?」
「ちょっと改めて聴いてみたから。タイトルは『RA・KU・GA・KI』。そのタイトルの通りに落書きされた壁の上に座ってポーズを撮ったジャケット写真はなかなか男前に写っている。また発売されたのは一九九四年の九月で、大沢と佐藤寛之が脱退した直後となっている」
「まだSUPER 5の曲も出す前かな」
「そうだね。『Melody Five』が十月発売だから。そしてその十月には諸星がこのアルバムを引っさげてのコンサートツアーを敢行していたりする」
「もはや団結も何もあったもんじゃないわね」
「実際諸星もこの辺が史上最低の一年だったって言い方してるしね。元々自分も脱退する予定だったけどレコード会社との契約がどうこうで果たせず、という話もあったけど、本来SUPER 5なんてありえないしソロ活動にしてもこういう形でやる予定はなかっただろうし。このアルバム、プロデューサーとか含めたスタッフは光GENJIとまるで同じで、楽曲提供者も光GENJI後期からSUPER 5期によく見る名前がずらりと並んでいるからね。諸星からすると何も変わってないって思いはあったかも知れない」
「それで肝心の内容は、まず一曲目は『GO IT ALONE』。作詞松井五郎、作曲井上ヨシマサ、編曲井上日徳」
「いきなり外国人によるラップが挿入されつつパーカッションポコポコと鳴り響いてて光GENJIではこういう感じにはならないなといういい意味での差別化には成功している。全体的に重たいロックサウンドが貫かれているけど、五分近くしたところでいきなりテンポアップするのも意表ついてて面白い。しかし結構長くて、一発目にして六分以上という大曲となっているけど、相応の気合を感じられる」
「次はタイトルチューンでもある『RA・KU・GA・KI』。作詞松井五郎、作曲秋元薫、編曲米光亮」
「最初はピアノ基調のシンプルなサウンドから、一番終わったあたりでロックサウンドが出てきて最終的にはなかなかの盛り上がりを見せるバラード。歌詞自体は『俺の手にSay Goodbye』と同じような路線だなって感じはある。ああいう不器用な男の別れ歌っていう」
「次は『Thank you and forever…』。作詞RA・KU・GAKi、作曲太田美知彦、編曲椎名和夫。作詞誰?」
「とりあえず諸星本人って事でいいんじゃない? それで楽曲だけど、これはこのアルバムの中でも上の方じゃないかな。イントロのギターとかいかにも臭い感じでとても良い。J-WALKでもこういうのあったなあ。『許されざる愛』だったかな。こういう西洋風演歌って感じのサウンドはねえ、嫌いじゃないしむしろ好きだよ。ガツンとした歌い方で男っぽい別れのバラードってまとめると前曲と早くも被ってる部分なきにしもあらすだけど、こっちのほうがよりギター色が強いかな。弾いてるのはFENCE OF DEFENSEの北島健二らしい」
「次は『CRAZY ON YOU』。作詞原真弓、作曲大門一也、編曲小西貴雄」
「出だしで外国人コーラス部隊とも絡んだ何か英語の台詞みたいなのを延々語っててどうなるんだろうってなるけど、一分ぐらいしてようやく九十年代っぽいチャカチャカと跳ねたリズムの打ち込みサウンドが展開される。ここまではロックロックで暑苦しいぐらいだったけど、大門作曲に小西編曲という『SPEEDY AGE』系ラインの作家によるダンスサウンドが程よくアクセントとなっている」
「次は『あの日のこと』。作詞RA・KU・GAKi、作曲編曲太田美知彦」
「出だしはキーボード基調から途中で力強いロックサウンドが入ってくるバラード。なんかこの説明だけだとまたこのパターンかってなりそうだけど、実際聴いててまたこのパターンかよってなるのは本当のところ。歌詞もやっぱり別れてるし。それぞれを単独で聴いてみたらそれなりにいいんだけど、まとめて聴くとちょっと辛いものがある」
「次は『Be Happy!』。作詞原真弓、作曲水島康貴、編曲井上日徳」
「タイトル同様に軽快なサウンドが特徴の曲。ギターはギターでもざっくりしたアコースティックギターを基調にパーカッションもポコポコと鳴り響くシンプルなサウンドが、諸星の歌唱も含めて重たくなりがちなこのアルバムの中ではありがたい存在。曲自体は冷静に考えるとそうでもないんだけどね、毛色が違うってだけで。まあ悪くはないよ」
「次は『ジャガイモRock'n Roll』。作詞RA・KU・GAKi、作曲谷本新、編曲井上日徳。何このタイトル」
「歌詞も大概だから大丈夫。曲自体はハーモニカが鳴り響くなどいかにもざっくりとしたアメリカンな世界観で覆われている。というかこのアルバム自体がアメリカンロックサウンドをベースにしてるしそれ自体はトピックスでもないか。いや、歌詞が完全にアメリカ人視点なのは新味かも。実際ビデオ撮影でアメリカにも行ったみたいだしその体験を反映、みたいな部分もあるのかもしれない。意図的にちょっとコミカルな描写も入っているんだけど、別にそれはいいかな」
「次は『彷徨』。作詞松井五郎、作曲秋元薫、編曲新川博」
「新川まで出てきたよ。光GENJI本体ではこの頃ほとんど絡みなくなってたのに。とは言えキラキラした繊細なキーボードサウンドが独特の浮遊感を醸し出している。イメージ的には陽炎揺らめく、荒野に伸びる果てしない一本道をひたすら歩いていくような、カラリと乾いたアメリカンなニュアンスは変わらないままでありながら今までの泥臭いロックサウンドとは違った色を出しているのはさすがの仕事。それと間奏の外国人によるコーラスがなかなか格好良い。このアルバムにおけるコーラス部隊は光GENJIでおなじみだった曵田鈴木コンビではなくてジョーンズさん、ジョンソンさん、セクストンさんという外国人が起用されていて、それがうおりハードで本格的な雰囲気を醸し出している」
「次は『Song for you』。作詞RA・KU・GAKi、作曲都志見隆、編曲太田美知彦」
「というわけで事実上これがこのアルバムのラストソングとなる。タイトルからも何となく察する事が出来るかと思うけど、諸星からファンのみんなへのメッセージという体裁の歌詞をキーボード主体にそこまで主張してこないギターも絡んだシンプルなサウンドに乗せて切々と歌う。まあいいんじゃないの。でも個人的にはいかにもベタ過ぎてあんまり乗れなかった」
「そして一応もう一曲は『Lonely WOLF』。作詞松井五郎、作曲水政創史郎、編曲諸星和己。えっ本人編曲!?」
「ソロデビュー曲をアコースティックギター一本かき鳴らしつつ歌ってるものだし、そこまで高度な理論を駆使しているわけではない。とは言え一つの音楽的自己主張の萌芽でもあるだろうし、その流れを押し止める手はなかったろうね。一番歌ったあたりで終わるし、いかにもボーナストラックっぽい存在となっている」
「これで全十曲か。全体的にロック色の強いアルバムになっているわね」
「ソロシングルもそういう感じだったし、この頃の諸星のルックス含めた成長度合いからするとこういうサウンドになるのは自然。ただこのアルバムに関しては世界観の統一という観点ではよくやってるけど、逆に同じような曲が続いてワンパターンって印象にもなるから難しいものだよね」
「特にバラードは混ざりがちだったわ」
「それでいて数も多いからね。いや、個々の曲は決して悪くないんだよ。その中で個人的にはこれはいいなってなったのが『Thank you and forever…』『彷徨』あたりだけど、全体的に及第点以上のものは出せている。ただバラエティに乏しいのはやっぱり弱点で、それで言うと赤坂のソロアルバムはなかなかバランス良かったと思うよ。勢いのある『Day Off』から始まっていかにも九十年代らしいリズムの楽曲やバラードにしても迫真のものから消え入りそうなものまでバリエーションがあって、そして極めつけの怪曲『Left Alone』だって全体の流れからすると予定調和ではいかないアクセントとなっていて面白い」
「要は同じような色ばっかり集めるのが調和ではないんだよって事なのかな」
「一つの世界観を徹底した格好良さってのもあるけど、重たすぎて機動力に欠ける楽曲が並んでいると通して聴くと胃もたれしてしまうからね。今まででこの感覚になったのはJAYWALKが九十五年に出したベストアルバムの『何も言えなくて… -THE BEST OF JAYWALK-』あたり。他のアルバムはそうでもなかったけどこのベストはしんどかった」
「そんなに?」
「本来この人達はそこまでワンパターンな楽曲ばっかり作ってるわけでもないんだけど、このアルバムはそれこそ『何も言えなくて…夏』とその二番煎じとまでは言わないけど『それっぽい曲で』みたいな意図がありそうなシングル、そしてガツンとした応援歌路線の楽曲を集めてて、なまじボーカルに歌唱力があって説得力抜群なのも相まって重たい重たい。実は初めてJ-WALK聴いたアルバムがこれだからあんまり悪くは言いたくないんだけどね、『その胸のヒーロー』『RELAX』『君にいて欲しい』とか、この辺全部印象ごっちゃになってその後オリジナルアルバム買ってようやく区別出来るようになったぐらいだから。それとしんどいって言うとTM Revolutionのベストアルバムも、サウンドと歌声に確固たる世界がある証明とは言え結構げんなりした」
「確かにあのテンションが続くとしんどそうね」
「今までこのアルバムをあんまり聴いてこなかったのもこのげんなり感があったから。でも改めて曲を聴くといやいや悪くないぞこれはって気付けた。それは自分の中でも進歩したと言えるし、そうやってもっと自分の枠を広げていきたいんだよ。せっかくの春だからね、新たな目標を持って生きてみたいじゃない」
「そうね春だもんね」
こんな事を語っていると敵襲を告げる合図が光ったので二人は周りを気にして、誰もいないところに隠れると素早く戦闘モードに移行した。
「ふはははは、俺はグラゲ軍攻撃部隊のボブキャット男だ。この辺境の汚れた惑星で一仕事終わらせてやろうか」
カナダ南部からアメリカを経てメキシコの北部までの地域に生息する山猫の仲間の姿を模した侵略者が春の山に出現した。草花が芽吹くのなら良いがこういった迷惑な存在も出てくると困るものだ。そして対抗する力は間もなく出現した。
「出たなグラゲ軍! お前たちの思い通りにはさせないぞ」
「春だからおかしい人が出てくるのはよくあるけど、迷惑はかけないでほしいな」
「ふん、これが俺の相手か。せいぜい死んでもらうとするかな。行け、雑兵ども」
スギ花粉のようにバクバクと出現するメカニカルな雑兵を渡海雄と悠宇は次々と破壊していき、ついに出てきた分はすべて壊し尽くした。
「よし、これで雑兵は片付いたみたいだ。後はお前だけだボブキャット男」
「花粉で涙を流す人だって減らさなきゃいけないのに侵略で涙を流させないでよ」
「惜しいものだ。グラゲに下れば歓喜の涙を流せるものを。だがそれを分からぬ愚か者はやはり滅びるしかないな」
そう言うとボブキャット男は懐から取り出したスイッチを押して巨大化した。やはり戦うしかないか。二人は覚悟を決めて合体してその暴力に対抗した。
「メガロボット!!」
「メガロボット!!」
野性的なスタイルのボブキャットロボットのしなやかな動きに苦戦する悠宇だったが、春の日差しを受けて高まるガッツが最悪を防いだ。高い集中力で決定打を許さず、逆にカウンターで形勢逆転に成功した。
「よし、今よとみお君!」
「さすがゆうちゃん! そしてランサーニードルでとどめだ!」
一瞬のタイミングを逃さず、渡海雄は黒いボタンを押した。胸から腹部にかけて並んだ発射口から放たれたニードルによってボブキャットロボットは無残にも蜂の巣となった。
「ううむ、さすがに強い。ここまで手こずってるだけあるな。仕方ないから撤退としようか」
機体が爆散する寸前に作動した脱出装置によってボブキャット男は本拠地へと戻っていった。これからもっと暖かくなってくれば、もっと色々な花が咲いて世界はより華やかに彩られていくだろう。
今回のまとめ
・花粉症の体質じゃなくて本当に良かった
・久々に聴いてみると思ったより悪くなかったアルバム
・でもやっぱり特にバラードがワンパターン気味なのは確か
・歌声が強すぎるともういいよってなりがち