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hg29 山口美央子について

 もう年末も年末だ。終業式を終えてクリスマスも過ぎ去り、年賀状はポストに投げ込んだ。後は紅白見るぐらいしかイベントがないと思っていたが、ここに至って渡海雄は衝撃的ニュースを知った。本当に驚いたからおっとり刀で悠宇の家に走った。


「ゆうちゃんゆうちゃんゆうちゃんとんでもない知らせだよ! いやあ、Wikipedia見てたらね本当にびっくりした。まさか平成最後の年の瀬もそろそろ終わろうかという時まであんな重大な事実を知らずにいたなんて」


「何がどうびっくりしたの? 慌てすぎよ」


「まず今年の音楽業界でサプライズと言えば『星の王子さまプチ・プランス』のCD化だった」


「CD化だったって言い切られてもね。そもそもその曲自体知らないんだけど」


「平たく言うと世界中に存在するアニメソングの中で一番いい曲なんだよ。ちなみに二位は『見知らぬ国のトリッパー』で三位は『寂しくて眠れない』」


「説明がつんのめってるわね。まず落ち着こうか?」


「うん、そうする。で、星の王子さまだけどね、原作に関しては言うまでもなくフランスの小説家であり飛行機乗りでもあったサン=テグジュペリの代表作。それを一九七八年に日本でアニメ化したのがこの作品なんだ。ネット上でそのクオリティの低さをネタにされがちなナックがアニメーション制作を手がけているけど、それまで地味な仕事をこなしてきたナックがメジャーなタイトルに進出した形の作品なのでさすがに気合入ってる。作画とかね。それの主題歌が四十年の時を越えてようやくCDになったという事」


「そうなんだ。作詞阿久悠、作曲三木たかし、編曲長戸大幸」


「このメンバーもなかなか壮観だよね。阿久はこの時代の歌謡曲の中心。実際今回のCDも阿久がアニメ特撮その他子供向け番組などに提供した曲のコンピレーションアルバムだからね。そういうジャンルから演歌なんかまで手広く活躍した七十年代の寵児だけど、八十年代以降はドヤ顔がにじみ出てるような歌詞が増えて正直辟易する部分もあったり。三木もこの時期よく阿久と組んで、今年物故された西城秀樹への楽曲提供や『津軽海峡・冬景色』などヒットを連発していた」


「後は、調べると高校サッカーの曲もこのコンビなのね」


「あれは実はB面『きらめきの日々』のほうが好きかも。一方で長戸は当時阿久悠と同じ事務所に所属していた新進気鋭の若手で、まさにこの一九七八年にビーイングという音楽制作会社を設立して、特に九十年代にはプロデューサーとして一時代を築いた。とは言えこの人達の働きなんておまけみたいなものだよ。確かに余計な音を削ぎ落としてイントロから静謐な雰囲気に満ちていてゾクゾクさせるアレンジとかいい仕事だけどね、これの名曲たる所以はとどのつまり鈴木賢三郎の歌声に行き着くんだよ」


「ふうん、そうなんだ。どういう歌手? 名前だけ見ると古風だけど」


「録音当時は十三歳だったと言ういわゆるボーイソプラノの少年歌手で、正当な訓練を積んできた雰囲気が漂う歌唱は格調高い。それでいて楽譜をただ機械的になぞっているだけじゃなくて、例えばサビのところでちょっとはねたような歌唱になるんだけど、そこがたまらなくヒューマニズム。アニメソングは今現在も続々と作られ続けているから好きなアニメソングってのも永遠に暫定順位にしかならないんだけど、昨今の情勢を見るにちょっとこの曲の王位は揺るぐ気配なさそうだな」


「それなのに四十年もペンディングされてたのか。というかとみお君はどうやってそんな曲を知ったの? 当然CDになる前から聴いてたのよね」


「今の時代、いくらでもルートはあるからね。それとCSでもやってたし。大体見たけど、王子を演じてるのも子役で、やっぱり女が演じてるのとは違うよ。原作だけだとあっという間に終わるから色々オリジナルエピソード挟んでたけど、あれ、あんまり覚えてないぞ。そんなに酷いのはなかった証明でもあるけど、その辺の弱さもあったか実際そこまで大当たりした作品でもない。だからってスルーされすぎだったけど、今となってはもはや過去の話。ようやくひとつラインを超えたと言えるし、それは手放しに喜ばしい。この勢いで次は……、と夢は尽きない。で、ここからが本題だけどね」


「前振り長いわね」


「うん、想像以上に盛り上がった。とにかく今年の音楽業界のサプライズもう一つはね、山口美央子三十五年ぶりのニューアルバムが発売された事だよ」


「山口美央子? ああ、『風の中の少年』とか作曲したあの」


「それと『クリスマス組曲』なんかも。まあその山口美央子だよ。光GENJIがいた頃は作曲家として活躍してたけど、元々は作詞に加えてシンセサイザーを駆使しての編曲までこなすシンガーソングライターとして一九八〇年にデビューしたんだ。当時はYMOとかシンセサイザーの機械的なサウンドを全面に押し出したテクノが斬新な音楽として出てきたばっかりなのに早速そのテクノロジーを使いこなす才媛出現って事でシンセの歌姫と称され、またファーストアルバムの帯には未来の落し子とも書かれているけど、まさしくそういうイメージの楽曲を次々と作っていった」


「デビューアルバムは『夢飛行』。デビューシングルも同名となってる」


「これがまたいい曲でね。シンセサウンドとオリエンタルなメロディーがナチュラルな形で同居していて、まさに夢幻のような浮遊感が漂っている。また山口独特のうねりあるメロディーはすでに現出していて、『アラビアン・ラプソディー』『ある夜の出来事』とか、センスに溢れた歌詞のはめ込み含めて異様に頭に残る」


「歌詞に関してはここじゃあんまり言えないのが残念ね」


「それと山口の歌声に関してはダウナーと言うか割と低めの声で、特に声を張り上げたりせずに大体サラリと歌い上げてるんだけどそれがまたちょうどいいぬるま湯加減と言うか、佇まいはクールなんだけどそれでいてしっとりしてて隙間にするりと入り込んでくるような、猫みたいな可愛さがある。顔は森本稀哲みたいなのに」


「顔は関係ないでしょ。失礼な事言わないの」


「とにかく、山口美央子は音源を漁る限り可愛らしいんだよ。当時のシンセミュージックにありがちな『ここで何でそんな妙な音が!?』っての含めてね。とにかくこうして世に出た山口は翌年セカンド・アルバム『NIRVANA』を発売する。これが山口の可愛らしいところを一番引き出せてるアルバムで、出だしから『いつも宝物』『コードCの気分』とファンタスティックな曲で畳み掛けてくる。電話での会話をモチーフにした『Telephone Game』では編曲した井上鑑とのデュエットに挑戦するなど、作家としての幅を広げた意欲作で、また琴の音を入れるなど全体的にオリエンタル要素が強化されてる。『チャンキー・ツアー』なる、YMOの人民服コスプレからドラゴンボールにも連なる八十年代の中華趣味全開の曲もあるし」


「アルバムタイトルからして仏教だしね」


「そうそう、タイトルチューン『Nirvana』のイントロのいきなり持っていかれる感じは凄い。ただ売上は芳しくなかったらしい。しかし八十三年、ヒット曲の震源地として当時注目されていた化粧品メーカーのCMソングに抜擢された。そのシングル『恋は春感』はいわゆるスマッシュヒットを記録して、その勢いで三枚目のアルバム『月姫』も発売された。それでオリコンのランキングにも入ったんだけど、ただ大型タイアップを獲得しながらスマッシュヒット止まりだったのがかえって決定打となったのか、ここで一度シンガーソングライターとしての活動が停滞する事となった」


「それはまた難しいものね」


「まあ実際売れるかって言うとね、世界観が内向きすぎるかなとも思うし。このアルバムは当時ニューウェーブと呼ばれていた独自の音楽世界を構築していた一風堂の土屋昌巳がほとんどの曲のアレンジを手がけていて和+テクノというカラーで統一されている。それでいて本物の日本そのままじゃなくて、これもいかにも八十年代っぽいけど外国から見た異国情緒溢れる架空の日本像であるジャパネスクを日本人自らが演じてみた感じ。タイトルからして凄い『さても天晴れ夢桜』はもはや何でもありだし、可憐で浮遊感溢れる『月姫(MOONLIGHT PRINCESS)』とか、シンセの靄の中に美しいメロディーが潜む『白日夢』とか素敵な楽曲が連発する。ただアルバムの最後に押し込まれた明るい『恋は春感』はちょっと浮いてる」


「これだけ編曲が後藤次利なのね」


「ヒットせねばって事で気合い入れたんだろうけど、やっぱり大売れするタイプじゃなかったかな。それまでの活動の総括として八十五年にはベスト的アルバム『ANJU』発売。その中に新曲『ANJU』『恋するバタフライ』があるけど、この二曲は久石譲によるいかにも打ち込み全開な編曲が楽しい。疾走感ある『ANJU』なんかアニメっぽい曲だと思ったら、『安寿と厨子王丸』など東映動画が誇る往年のアニメ映画をコラージュしたPVみたいな映像作品、って何か凄い分かりにくい説明だけど、とにかくそんなものに使われてたらしい」


「ともあれそこから三十年以上専業作曲家としてやってきて、何で今更復活を?」


「まず去年の暮れに、今まで未CD化だったアルバムがようやく復刻されたんだ。それで結構手応えを感じたらしく、じゃあ松武秀樹と組んで久々に作ってみようかとなったとか。そしてオンラインで先行発売されたのが十二月二十二日というマジで出たばっかり、というか一般販売が来年の一月というアルバムがこの『トキサカシマ』」


「森の中の橋の写真がまた雰囲気あるわね」


「今作は『妖のファンタジー』がコンセプトだそうで、曲のタイトルからしても『精霊の森』『エルフの輪』とかRPGみたい。様々なSEがふんだんに用いられて異世界に引き込まれるようなディープな世界観が現出しているけど、でもやっぱり『幸せの粒』みたいなラインが好きなんだよ。それと歌声が、びっくりするほど変わってない。これはありがたいサプライズだった」


「何十年ぶりなのによくやるものね」


「まあ元々エネルギー爆発させたりキャピキャピしてたりじゃないから戻りやすかったってのはあるんだろうけど、とにかくこの年齢不詳制作年不詳な世界観はかつてのアルバムとの調和も取れていて、非常にシームレスに山口の世界観に入っていけるんじゃないかな。もちろんシンセの音色の進歩とかはあるけどね」


「未来の落とし子がようやくいるべき未来に到着した感じなのかな」


「それにしてもやはり問われるのはクオリティだね。当然その時その時の結果を追い求めてクリエイターは切磋琢磨するものだけど、その時点で芳しくなかったからって全て駄目じゃない。この世界は広いから、必ず見てくれる人はいるものなんだ」


 このような事を語っていると敵襲を告げるサイレンが鳴り響いたので、二人は素早く着替えておそらく今年最後の戦闘モードに移行した。


「ふはははは、私はグラゲ軍攻撃部隊のヒヨケムシ女だ! この汚れた星に真実の光を照らすのだ!」


 砂漠など乾燥地帯に住み、夜行性のため日の光を浴びると影に走る性質を持つ虫の姿を模した女が夕暮れの砂浜に出現した。クモの仲間で大きなハサミを持ち、世界三大奇虫とも呼ばれているらしいがそこまで奇妙か? ともかく本来は日本にいない種で、この女も放っておくとどんな被害が出るか分からないのですぐに処置する勢力が向かった。


「やはり出たかグラゲ軍!お前たちの思い通りにはさせないぞ!」


「きょうみたいに寒い日に出てくるのはまあいいけど、あんまり迷惑かけないでよね」


「ふん、愚か者がゾロゾロと出てきたわ。お前たちの末路はすでに決まっている。行け、雑兵ども!」


 寒波が訪れて冷えた日本列島を襲撃するメカニカルな雑兵を、戦闘用のスーツ着てる限り暖かさが一定に保たれている二人が次々と撃破していき、ついに残る敵は一人だけとなった。


「よし、雑兵は片付いたし後はお前だけだヒヨケムシ女!」


「気持ちよく新年を迎えるために、戦いじゃない道を選んでくれてもいいんだけど」


「ふん、ゴミを片付けるのに道もあるか。貴様らには死んでもらうしかないのだ!」


 そう言うとヒヨケムシ女は懐から取り出したスイッチを押して巨大化した。年末の大掃除気取りで殺されても困るので、二人は合体してこれに対抗した。


「メガロボット!!」

「メガロボット!!」


 ヒヨケムシロボットの強烈なハサミ攻撃を受けたらさしものメガロボットとて無事では済まない。悠宇は集中力を最大限に発揮してこれを回避しつつ、タイミングを見計らってカウンターを決めた。


「よし、今よとみお君!」


「分かった。そしてフィンガーレーザーカッターで勝負だ!」


 相手がひるんだ隙を逃さず、渡海雄は群青色のボタンを押した。指先から放たれる高熱線レーザーでヒヨケムシロボットをバラバラに切り裂いた。


「ええい、忌々しい。撤退しかないとは。しかしあのような愚か者の末路など知れていよう」


 捨て台詞を吐きつつ、機体が爆散する寸前に作動した脱出装置に乗ってヒヨケムシ女は本来の居場所へと戻っていった。そして今年も終わる。これから何事もなく、また来年会おうねと誓うと二人はすっかり暗くなった五時の闇に消えていった。

今回のまとめ

・実際これを知ったのはクリスマスの日で本当に驚いた

・鈴木賢三郎の歌声だけでトップってぐらい素晴らしい

・山口美央子は本当にセンスの塊みたいな人だと思う

・結局自分を信じてクオリティを高めていくしかない

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