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ca23 CODE NAME.2 SISTER MOONについて

 ああ、気付いたらもう十二月になってしまった。やりたかったけどやれた事、やれなかった事、それぞれ色々あるけど泣いても笑っても二〇一八年はもう三十日もないわけだし、どうせなら笑って未来への扉を開きたいではないか。渡海雄と悠宇も今年の終わりに向けて後悔のない日々を過ごそうと心がけていた。


「それで今回は『CODE NAME.2 SISTER MOON』。一九九六年の四月に発売されたアルバムで、結果を先に言うと、このアルバム発売後しばらくしてからチャゲアスは活動休止となる」


「あらまあ。しかし凄いジャケットね。飛鳥どアップで。チャゲは?」


「ジャケットこそこんなだけどね、中身はそれほどでもないから。またこのアルバムは前作の続きものみたいなタイトルになってるけど、やはり当初の予定ってやつはなかなかその通りに進まないもの。前のアルバム発売から長いコンサートツアーをこなす中で二人の中でも考え方に変化があって、レコーディグにおいてもその時に一番面白いと感じた、今やりたいと思ったものを積極的に取り込んで既存の楽曲をいじったり、新曲を加えたりして完成されたのがこのアルバムとなる。結果、前作で序曲として発表された『君の好きだった歌』のフルバージョンが外れてたり」


「せっかくの伏線が台無しになったみたいだけど、要はそれぐらいライブ感重視で作られたわけか。そしてそんなアルバムの一曲目は『もうすぐだ』。作詞作曲A、編曲村上啓介」


「タイトル通り、まさに今何かが始まろうとする期待感、高揚感を音楽にしたような曲。内側に溜まってきたふつふつとした何かが今まさに爆発寸前というね。でも最後まで爆発はしない。サビは歌詞も含めて十分キャッチーだけど。『RED HILL』あたりのガッツリした編曲だったらもっと分かりやすく爆発してただろうけど、そこは村上のセンスを買ったのもあるかな。シングルになる可能性もあったらしいけど、最終的にはアルバムの一曲目というポジションが一番適任だったかなとも思う」


「次は『青春の鼓動』。作詞作曲A、編曲村上啓介」


「まず出だしの清々しいギターの音色がいいよね。ブルースハープの音色とかチャゲの輪唱とか、全体的にシンプルで楽しげな雰囲気の曲。でも年齢も年齢だしね、青春真っ只中! みたいなストレートな楽曲じゃなくてあくまでも『俺たちにもそんな頃があったよな』と一歩引いて懐かしんでいるような感覚が強い。歌詞とか比較的シンプルな表現になってはいるけど、やっぱり技巧が先立つところあるしね。これが進行すると八十年代以降の阿久悠みたいになるんだけど、とにかく良くも悪くもリアルで青春を満喫してる人には絶対作れないクオリティの曲となっている」


「次は『Sea of Gray』。作詞A、作曲C・村上啓介、編曲村上啓介」


「プログレがやりたいって事で曲を作ったらしく、変拍子が盛り込まれた複雑なメロディーは若干とっつきにくいところがあるけど、慣れるとかなり格好良い。歌詞に関しては、まず白黒付けるって言うけど世の中には白か黒かでは割り切れない部分がいっぱいあるもので、でも人間そういう灰色の中を生きていくんだってニュアンスだとか。ちょっとよく分からない部分も多いけど、歌唱含めて雰囲気に酔う感じでいいんじゃないかな」


「次は『river』。作詞作曲A、編曲重実徹。ここに来てなんかまた新しいアレンジャーが出てきたわね」


「重実はキーボーディストで、オルガン奏者としても名高い。でもこの曲は相当渋いぞ。Bメロあたりでようやく掴みの良いメロディーが来たかと思ったらサビは全然声を張らずにスルッと流すし。元々はミディアムテンポぐらいだったと言うけど、あえてより地味な方向性でアレンジを進めていったらしい。いや、悪い曲ではないけどね。シングルとしてやや弱いのは確か」


「次は『濡れた夢』。作詞作曲C、編曲澤近泰輔」


「ねっとりとした歌詞に歌唱。イントロから連発される吐き出すような『イェー』って低音とか、ちょっと聴いててげんなりするタイプの曲。その辺耐えると意外と格好良い曲ではあるんだけど……」


「次は『I'm a singer』。作詞A、作曲C、編曲十川知司」


「タイトルはこんなんだけど決して華やかな存在ではなく、成功を夢見てはいるものの実際はてんでうだつが上がらず地べたを這いずり回っている男が歌われている。はっきり言って日々の生活はかなり苦しいしこのままじゃ夢なんて叶うわけがないとは薄々勘付いてはいるんだけど『俺は歌手だから』ってプライドを拠り所にそれでも生き抜いてやる、いつか成功してやるというジリジリした意地が全体に漂う、なかなかハードボイルドな感覚の曲」


「次は『One Day』。作詞作曲A、編曲松本晃彦」


「全編を彩るブラスサウンドと松本らしい打ち込みサウンドが融合して、体でリズムを刻みたくなる曲。歌詞は、何をやっても何となくうまくいかないなあって日について歌われている。でもこのサウンドと合わさると『まったくしょうがねえな』と笑い飛ばすような力強さを感じる」


「次は『ピクニック』。作詞作曲C、編曲山里剛」


「山里はデビュー以来チャゲアスのプロデューサーとして活躍していた人物で、基本的には表に出る事はなかったのでこういうケースは珍しいよね。どういう心境の変化か。マンドリンなどアコースティックな楽器を基調にしたシンプルながらも意外と色彩豊かなサウンドに包まれて程よく肩の力の抜けた、ほのぼのとした世界観が現出している、と言い切りたいところだったけど歌唱がやけに無機質で気持ち悪い」


「次は『港に潜んだ潜水艇』。作詞A、作曲C・村上啓介、編曲村上啓介」


「チャゲが組んだバンドであるMULTI MAXでやってるようなサウンドをチャゲアスに持ってきたような楽曲らしい。なんかダラダラした曲で掴みは良くないんだけど、そこに飛鳥が手がけた歌詞とやけっぱちな歌唱が乗っかかって異様な雰囲気を醸し出している。とにかくこの曲に関しては様々な比喩に彩られた歌詞が最大の特徴で、全体的にはまず自分の恋人に別の恋人が出来たらしく、それでとにかく怒っているみたいだ。じゃあ怒ったからどうするかと言うと、そこが何だかよく分からない。男としての負けじ魂がいきなりスパークしたって事なんだろうか。とにかく凝りまくった楽曲で、一発で素直にいいなってなったわけじゃないけど『Sea of Gray』と並んでこのアルバムの象徴と呼べる楽曲」


「次は『NとLの野球帽』。作詞作曲C、編曲重実徹」


「NとLってのは今の西武ライオンズの前身である西鉄ライオンズの帽子に描かれていたロゴマークを示していて、一九六九という年号が出ている事からも分かるように自分の少年時代を懐古した歌詞となっている。チャゲの生まれは北九州の小倉。北九州と言えば工業地帯なので、それをイメージさせるウィーンガシャンというメカニカルな効果音からイントロが始まり、全体的にフォークっぽい崩した歌唱が多用される。長渕剛みたいとか言われる事もあるけど、確かに途中のコーラスとかはそれっぽいかも」


「それにしても一九六九年って本当に絶妙なタイミングよね」


「球団としての全盛期は二人が生まれる前後でこの頃は弱体化が進行しているね。この年の順位はあわや最下位のギリギリ五位か。強いから応援してるんじゃなくて弱いけど好きなのは良いよね」


「それもあるけど、この年の末から翌年にかけて実は選手が八百長に手を染めていたという黒い霧事件が発覚したのよ。主力選手が追放された西鉄はもはや戦う以前の集団と化して身売りするまで最下位が続いた」


「ヒーローたちが実は暗黒の使者だったなんて、やりきれないよね」


「現在進行系でやらかしまくってる球団もあるけどね。それはともかく七十年代のライオンズって『あの頃は良かった』と懐かしがられる一方、現役でやってた太平洋だのクラウンだのは官民から見捨てられた悲惨な存在で、最後も福岡から出ていったというより追い出されたようなものだしね。そういう悲惨な歩みを知らずにいられた、弱くてもいつかきっとと純粋に信じられた、『あの頃』と地続きだったギリギリのタイミングが一九六九年って事かしらね」


「そこまで考えたかどうかは知らないけど、これは名曲だよ。そろそろおっさんと呼ばれるようになる年齢の男の力強さと秘めたる甘い部分、つまりはロマンで出来ている。後にチャゲの代名詞的楽曲となったのももはや必然」


「そして次は『好きになる』。作詞作曲A、編曲清水信之。これも初めての人かな」


「清水は結構なベテランで、山本英美の一部楽曲も手がけてたはず。基本的に薄っぺらい音作りする人なんだけどこの曲はそこまででもない。『river』と似てるところもあるけどサビのフレーズとかアウトロとかキャッチーな盛り上がりもあるし、まだこっちのほうがシングルっぽさは感じられる。ドラマのタイアップもあったみたいだし」


「それでもあえてアルバムに回したのは、『ドラマタイアップ曲が大ヒット』のワンパターンを嫌ったのかしらね。そして最後は『On Your Mark』。作詞作曲A、編曲澤近泰輔」


「これが九十四年に発売された『HEART』『NATURAL』とのトリプルA面という、豪華シングルのトリを飾った曲。しかし当初は他の二曲と違って映画にも使われず『アメリカン・フェスティバル'94』なるイベントのテーマソングになった程度のやや地味な扱いだった。しかしコンサートの演出の一環としてこの曲のアニメPVを作ろうって話になって、その中でチャゲが『じゃあスタジオジブリの宮崎駿監督に頼んでみよう』とか言い出して、しかも宮崎監督がその話を受けちゃった」


「宮崎監督は当時からすでに大物だったのによく話が通ったわね」


「それだけチャゲアスが強かった証明でもあり、宮崎監督としても次回作はどうしようかって色々悩むところもあったみたいだからね。ここで経験のない仕事に手を出す事で停滞を打破するきっかけになればって計算もあったらしい」


「そこはまさに縁か」


「そうして出来上がった映像に関しては、様々な解釈が出来る作りになっている。だからあのシーンはどういう意味があったとか世界観がどうとか、色々な論争が繰り広げられてるけどそういう話は埒が明かないし割愛。ともかく宮崎監督はこの後に作られた『もののけ姫』などの活躍によって世界に誇る巨匠となったわけで、今となってはファン以外にもかなり有名な方の一曲となっている。無論、楽曲そのものも文句なしのクオリティ。イントロの時点で早くも名曲を確信させるスケール感に満ちているし、メロディーも歌詞もアレンジも歌唱も盤石でまさに全盛期そのもの。アルバムの中ではぶっちぎりの安定感を誇る楽曲で、そこがまた時代の変わり目を垣間見る思いだったりもするけど」


「最後はこれぞって楽曲で締めたけど、アルバム全体のカラーは全然違ったわね」


「今作はチャゲ曲が増加、しかも作詞飛鳥で共作というパターンが続出しているからね。編曲に多用された村上含めて尖った部分がぶつかりあった、センスが先走ったアルバムとなっている。オリコンでは最高二位だったそうだけど、つまりはやりたいようにやった上でその数字だから十分でしょ。売らんかなで行くならそれこそ『RED HILL』みたいにゴテゴテに着飾った飛鳥曲連発すれば良かったんだから」


「でもそうはしなかった。もうそういう流れは飽きたのか疲れたのか」


「例えばタイアップだと『こういうのを作ってくれ』みたいな依頼に応えないといけないからね。『YAH YAH YAH』みたいなの作ってと言われて『HEART』とかね。それでもう数字は十分に出したし、そういうのはもういいかってなるのは自然かもね。売れれば何でもいいって根っからのプロデューサー気質ならそうはならないだろうけど、二人はこれまでも常に進化を続けてきたミュージシャンだからね。それは単に売れるための模索ってだけじゃないって証明だよ」


「まあ個人的にはもっと分かりやすい路線でもとは多少思ったけど」


「でもこれからを思うとまだ全然ねえ。本作を最後にしばし活動休止したからここが全盛期の一番最後って雰囲気もあるけど、この時点でも時代から切り離されつつあったのも確か。ただその中で時代に媚びず、やりたい事をやれたのは後追いで聴く僕たちにとっては幸いだったと言える」


 そんな事を語っていると敵襲を告げる合図が瞬いたので、二人はすぐに着替えて敵が出現したポイントへと走った。


「ふはははは。私はグラゲ軍攻撃舞台のカグー女だ。この星にも正義の光を照らす時が来た」


 天国にいちばん近い島というキャッチコピーで知られるニューカレドニア固有のいわゆる飛べない鳥の姿を模した女が草の枯れた草原に出現した。というか今日の午後に大地震に見舞われたみたいだ。大丈夫だろうか。とにかく、その侵略を止める力もまたすぐに現れた。


「出たなグラゲ軍。お前達の思い通りにはさせないぞ」


「遠いところからはるばるご苦労さまと言いたいけど、この星に来た理由が良くないわ」


「お前達蛮族を救おうというのに、どうしようもない奴らだ。やはり死ぬしかないか。行け、雑兵ども!」


 戦闘モードに移行し、頭部の翼を逆立てたカグー女の指示によって襲いかかってきた雑兵たちを渡海雄と悠宇は次々と破壊していった。


「よし、これで雑兵は片付いたみたいだ。後はお前だけだカグー女」


「だからいい加減心を通わせないと。人間同士ならば距離なんて超えられるはずなのに」


「ほざくな蛮族! お前達の末路はもはや決まっているのだ!」


 カグー女はそう言うと、懐から取り出したスイッチを押して巨大化した。新しい時代が迫っているのに相も変わらず理解しあえないじれったさを感じつつも、生きるために渡海雄と悠宇は合体してそれに対抗した。


「メガロボット!!」

「メガロボット!!」


 勇ましく逆立った翼を飛ばして切り裂こうとするカグーロボットの攻撃を悠宇は持ち前の反射神経で回避する。もし直撃したらさしものメガロボットでさえただではすまないだろう。しかし二人の双肩には人類の未来がかかっていると思うと、最大限の集中力を発揮するしかなかった。そしてタイミングを見計らってカウンターを決めた。


「よし、今よとみお君!」


「うん。サンダーボールで一気に決めるぞ!」


 渡海雄はすかさず黄色のボタンを押した。手首から発生した電気のボールがカグーロボットに直撃した時、すべての勝負はついた。


「ぐぬぬ、やる。仕方ない。撤退だ」


 機体が爆散する寸前に作動した脱出装置によってカグー女は宇宙の彼方へと帰っていった。

今回のまとめ

・今年は今までよりちょっと時間が経つのが早かった気がする

・村上啓介やチャゲの個性が強く出て独自の色彩を帯びたアルバム

・その中で「On Your Mark」の王道的盤石さはひときわ目立つ

・アニメに関しては天使ちゃんかわいいなぐらいで勘弁

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