ca20 RED HILLについて
先日日本を通り抜けた台風は、風が特に凄かった。今日の登校中も未だに吹き飛ばされた木の葉が道の脇に畝を作っていた。近所の駐車場を囲むフェンスの土台となっているブロックが崩れてフェンスが内部に倒れかかっている姿を見ると「こんな強風凄かったんならTMレボリューションごっこやるべきだったかな」としみじみ思う渡海雄であった。そして台風一過し、新井が引退した。
「もう一年ぐらいはどうにかやれるかなと思ってたけど、決断したね」
「まだ時々輝けるぐらいのタイミングで身を引くのは遅くもなく早くもなく、絶妙じゃない。下位指名から力を付けて、着実に数字を積み重ねていった。二千本安打からは百本単位で余力を示してくれているけど、それで二千二百まで行ってるのはかなりのものよね。お疲れ様でした。そして今年こそ日本一を目指してほしいところ」
「まあそれは優勝が決まってからって事で、今回は『RED HILL』。まず前作『GUYS』はやけに音が小さかったりシングルがやたらと静かなアレンジに変更されたりと非常に落ち着いた、高品質な作品を目指した結果、売上としてはやや地味な成績に終わった」
「ミリオン達成したのに地味ってのも異様な話だけどね」
「まあ、彼らの人気と実力を考えるとね、やっぱり歴史に残るようなヒット期待したいじゃない。レコード会社の人なんかもそうだし、ファンからしても、やっぱりもっとガツンとした奴をって声はいっぱいあったんだろうと思う。そしてその声に真正面から答えたのがチャゲアスの一九九三年だった。まずシングルで大花火を打ち上げた」
「それが言わずと知れた『YAH YAH YAH』。作詞作曲A、編曲A・十川知司」
「いやあ、本当にメジャー中のメジャーだし、あえてここで述べる言葉はもはやないんだけど、その中で一つ言えるのはこんなパワーのある曲はそうあるもんじゃないって事だよ。とにかくレベルが違う。イントロからいきなりバーンと鳴って、ブラスもドラムもサウンド全部がパワフル。もちろん歌唱もサビじゃないところから叫びまくりで自ずとハイテンションになり、そしてサビではまさかの歌詞なしでひたすらシャウト。二番が終わったらまた格好良い掛け合いあるし、この曲自体が一大叙事詩のようなものだよ」
「そして売上は『SAY YES』とともに二百万枚を突破して、文句なしの代表曲となった」
「九十三年の年間売上一位でもあるしね。飛鳥曲で年間一位と言えば五年前の八十八年に『パラダイス銀河』を当てて以来。あれも無鉄砲なまでの勢いに数限りないアイデアがぎっしりと詰めこまれた高カロリーな曲だったけど、『YAH YAH YAH』のエネルギー消費量はそれ以上。歌唱も壮絶だし、サビで拳を振り上げる振り付けも非常に有名。三谷幸喜のテレビにおける出世作となった『振り返れば奴がいる』のタイアップもあったけど、OP映像ではチャゲアス二人が歌ってるカットが挿入されたり、もはや単なる歌手グループといった存在を超越していた証明だよ。時代と才能のぶつかり合いが産んだ奇跡のような楽曲。で、そんな大物で弾みをつけたアルバムだけに、全体にみなぎるエネルギー量が凄まじい事になっている」
「前置きがやたらと長くなったけどようやく本編。まず一曲目は『夜明けは沈黙のなかへ』。作詞作曲A、編曲十川知司」
「これは短い序曲。神秘的な宇宙を感じさせるイントロから、掴み所のないややビターなメロディーが不思議な肌触りの曲。このざわついた感じはなかなかに期待感を高めてくれる」
「次は『なぜに君は帰らない』。作詞作曲A、編曲十川知司」
「『YAH~』の再来とでも言うべき、ガツンとした楽曲。と言うか実際に意識して作ったらしいし。わざわざ序曲なんて作った成果もあってイントロから早くもエンジン全開。もちろん歌唱も冒頭の英語部分からフルスロットルで、サビの最後は超絶な高音で締める。あまりにも攻撃的過ぎる。後にシングルカットされたけど、まあこれは最初から予定された事じゃないかな。これほどの曲をアルバムの中だけで飼って置けるわけがない」
「ううむ、早くも持って行かれたわ。次は『夢の番人』。作詞作曲A、編曲澤近泰輔」
「一応『YAH YAH YAH』とは両A面だったけど、なんか扱いとしては明らかにカップリング然としてるような。でも実際シングル曲としては相方の圧倒的存在感と比べるまでもなくマニアックというか、アーティスティックな雰囲気だからね。歌詞もまさに夢の中の出来事らしく、かなり非現実的な光景が繰り広げられてるみたいだし。イントロのリフなんかは印象的だけど。『LIVE UFO'93』なる、フジサンケイグループが総力を上げて挙行したイベントのテーマ曲だったらしいけど、この曲で本当に良かったのかな」
「次は『螢』。作詞作曲C、編曲井上鑑」
「アナログレコードを思わせる、パチパチしたノイズ混じりのイントロが印象的な、レトロなジャズ風の曲。編曲の井上は世界各地の民族音楽なんかを融合した音楽をやってる人でシティポップの洗練されたサウンドでも有名なんだけど、チャゲアス関連だととにかく派手なイメージが強い。この曲はそうでもないけど」
「次は『今夜ちょっとさ』。作詞作曲A、編曲井上鑑」
「非常に甘い曲で、まず飛鳥の歌声からしてトロトロしてる。CMソングとしても使われただけあってサビのハマり方は見事なもの。リズムはレゲエだけど、南国のイメージはほとんどない。むしろ北国、冬の暖かい部屋の中ってイメージ。実際タイアップ先もスープだしね。いいんだけど時々甘さにヒャってなる」
「次は『THE TIME』。作詞作曲A、編曲井上鑑」
「イントロからしてハッとする、どこか今までの集大成的な楽曲にさえ思える。今まで生きてきた中で色々あって、その中には当然成功だけじゃなくて失敗とか後悔もいっぱいあるんだけど、それも含めて今があるんだって感じの歌詞は非常に自信を感じる。テンポもいくつかあって、終盤大合唱っぽくなるところとかはなかなかの迫力」
「次は『君はなにも知らないまま』。作詞青木せい子、作曲C、編曲村上啓介」
「『YAH YAH YAH』のカップリング曲で、王道を行くバラード。切なさとスケール感に溢れてて、完全に狙いすました一撃という印象もあるけど、やはり出来が良いものは出来が良い。サビのシンセっぽいブラスの音色が好き」
「次は『Mr.Jの悲劇は岩より重い』。作詞作曲C、編曲井上鑑」
「テーマは結婚における男と女の考え方のズレ、といったところかな。言うまでもなく結婚というものは人生の中でもトップと言ってもいいぐらいに重大なイベントなんだけど、それを単に幸せのゴールと捕らえずに新たな苦難のスタートと見た歌詞がユニークな、ややコミカル風味のファンキーな曲。重厚な楽曲が並ぶアルバム内では割と軽く聴ける雰囲気でアクセントになっている。それでも普通に5分超えてるんだけどね」
「次は『You are free』。作詞作曲A、編曲澤近泰輔」
「クールな打ち込みサウンドとか当時のアメリカのブラックミュージック的なフィーリングを採り入れてはいるものの、ゆったりとしたメロディーはむしろアジア的雄大さを感じる。実際中国のほうではかなりヒットしたらしいし。歌詞は二人の関係がまさに今終わる瞬間を淡々と切り取ったようなものだけど、意外と絶望感はない。いや、フレーズ自体は結構絶望的なんだけど、それ以上に空虚さやそれをベースにした優しさが印象的。後にシングルカットされたけど、シングルとしてはやや地味かも。僕も最初はどうって事ない曲だと思ってたけど、ある時から急に凄い名曲に聴こえるようになった」
「次はタイトルにもなっている『RED HILL』。作詞作曲A、編曲井上鑑」
「楽曲の中でいくつものフェーズを迎える組曲っぽさが漂う七分突破の大曲。飛鳥が言うにこの曲は、本人の現状を『絶えず警告の赤いランプがついている』と認識した中で作られたらしい。つまり、売れた事で色々な人が寄ってきたけどその中にはファンでもなんでもない、むしろ悪意しか持ってない人だっている。実際マスコミの一部偏向報道に抗議したみたいな話もいくつかあるしね。そんな喧騒の中で自分は今どこにいて耳を傾けるべきは何か、目の前にいる人物は信じられるか、向かうべき道はどこかといった内面の苦悩、迷いを描いている。とまあ、それだけ聞くとややこしそうな曲だけど二人はあくまでもエンターテイナー。孤独を表現するようなギターのうねりからドラムが入ってからの流れとかサウンドがいちいち格好良くて、その重厚な雰囲気だけでも十分に酔える」
「色々大変だったのね。次は『TAO』。作詞作曲C、編曲澤近泰輔」
「TAOとは中国語で道の事で、そういうアジア的な風を感じさせる柔らかなサウンドが印象的。もちろんチャゲの歌唱もね。ただ今作は全体的にチャゲの存在感がやや薄かったなと言わざるを得ない。この曲もただ柔らかいなってだけでどんなメロディーだったか浮かんでこないし」
「でも次の曲は言わずと知れた『YAH~』じゃあ、それも仕方ないのかしらね。そしてラストは『Sons and Daughters~それより僕が伝えたいのは』。作詞作曲A、編曲井上鑑」
「これが『YAH~』の次のシングルになった曲で、重装備の前作とは全く異なった、シンプルな装いの楽曲。ベースはボーカルの声だけで楽曲として成立させるアカペラで、全編美しいコーラスに彩られている。歌詞はタイトルからも予想がつくように、大人になった自分たちが子供たちへ送るメッセージソング。歌詞一つ一つの表現がとても美しく、サウンドと合わせてとにかく心が洗われるよう。アルバムバージョンでは14カラットソウルなるアメリカのコーラスグループが参加してて、これと比較するとシングルバージョンはやや未完成な印象さえ受けてしまったりも。まあ今あえてシングルを買う人も少ないだろうし、それは特に問題ないか」
「というわけで全十三曲の強力盤もこれで終了。いやあ、長かった」
「ここまで本気を見せたアルバムもないよね。言い方を変えると『売れるアルバム作れ』というミッションに全身全霊をかけてこなしたアルバム。とにかく肩に力入りまくった楽曲が並んでる。もはや問答無用の『YAH YAH YAH』とその弟分『なぜに君は帰らない』は言うまでもなく、『THE TIME』や『RED HILL』もまず時間長いし曲自体も複数の局面を持っていて、単なる楽曲の域をはみ出してアートの領分へと近付いている。『Sons and Daughters』もまた別のやり方で凄く分厚い装甲を備えてるし、この無限大とも思えるエネルギーにまず圧倒される」
「全員ホームランバッターみたいな打線よね」
「とにかく売れるのが義務であるかのように求められるがまま戦いに赴く兵士のような壮絶ささえ感じられる。その中で実際に決定的なヒット曲を作り上げたんだからさすがなものだけど、やはり精神的には極めてタフな戦いであったのは間違いなく、『RED HILL』『夢の番人』みたいな幻想的な世界観が広がる楽曲はまさしく本人の心象風景そのものだったのかもね」
「人間なかなかその境地には辿りつけないものだしね」
「ともあれ、この『RED HILL』は売れるために作られて実際に売れた。そして楽曲も重量級がゴッテリと集まってて今聴いても好き嫌いはいざ知らず『凄いなあ』となるのは間違いない。それだけは確実に言える。本当にヘビーなアルバムだよ。チャゲの影薄いけど」
このような事を語っていると敵襲を告げるサイレンが鳴り響いたので、二人はすかさず戦闘モードに移行してから敵が現れたポイントへ風より疾く走った。
「ふはははは、俺はグラゲ軍攻撃部隊のイボダイ男だ。この惑星の生温い風習を吹き飛ばしてくれるわ」
折れた枝が散乱する川辺に出現したのは、今が旬の時期に当たる魚を模した姿の侵略者であった。黒っぽい斑点をイボに見立てたわけで実際何か盛り上がってるものがあるわけではない。しかし邪悪な盛り上がりは除去しなければならない。そのための抵抗力が間もなく出現した。
「出たかグラゲ軍! お前達の思い通りにはさせないぞ」
「台風に地震にと災害はもう間に合ってるんだから、あんまり迷惑しないでよね」
「ふん、来たかエメラルド・アイズ。今日がお前たちの最期だ。行け、雑兵ども」
次々と出現した雑兵たちを渡海雄と悠宇は万感の思いを込めて撃退していった。夏休みも終わったのにこの問題大有りな災害。なんたる理不尽か。そんな思いを全てマシンにぶつけていくうち、雑兵は全滅した。
「よし、これで終わりだな。面倒な敵は片付いた」
「あなた、本当にグラゲに忠誠心あるの? 内心では食い散らかしたいとか思ってない?」
「それはありえんな。仮にそうだとしても貴様らを倒してからだ!」
そう言うとイボダイ男は懐から取り出したスイッチを押して巨大化した。この手も無駄だったか。仕方ないとは思いつつ、二人は合体してそれに対抗した。
「メガロボット!!」
「メガロボット!!」
イボダイロボットから吐き出される謎の粘液に触れると装甲にダメージが行くのだが、それもどうにか回避しつつ悠宇は機を窺った。そして今がチャンスと見るや一気に接近した。
「よし、今よとみお君!」
「分かった、ゆうちゃん。メガロソードで一刀両断だ!」
渡海雄はすかさず赤いボタンを押した。左腕が輝き、そして召喚されたソードでイボダイロボットを縦一文字に切り捨てた。
「くっ、こんな辺境まで来てこの結果か。まあ良い。撤退する」
機体が爆散する寸前に作動した脱出装置によってイボダイ男は宇宙へと帰っていった。日本代表戦が中止になったりてんやわんやだが、ともあれ今を生きているうちは全力で生き抜くしかあるまいと心を決める二人であった。
今回のまとめ
・今年はよく台風が近くを通るのでちょっと困る
・凄い凄いと言いまくったけど要は飛鳥が凄いというアルバム
・一番を選ぶのはとても難しいけどあえて言うと「THE TIME」
・やっぱり「SAY YES」よりも「YAH YAH YAH」だな