ca19 GUYSについて
空も雲も木々の葉も鮮やかな色に輝く夏の空の下、渡海雄と悠宇は肌の色を塗り替えていた。地獄のような灼熱も二人にかかれば情熱の舞台だとでも言うのだろうか。もはや何を言っているのかもよく分からないが、とにかく熱中症には気をつけたいし人体だけでなくPCのダメージもやばそうでとても心配だ。
「で、今回は『GUYS』。まず前年の一九九一年にようやくブレイクしたチャゲアスだけど、その後にベストアルバムがその年のアルバム売上一位に輝く大ヒットを記録したんだ」
「いきなり年間一位とか規模が大きくなりすぎているわね」
「そのプロモーションのために出された旧作、『WALK』と『LOVE SONG』も当時の売上が嘘のように売れたし、とにかくなにをやっても追い風になってたのがこの時代の彼らと言える。その中で九十二年の十一月に発売されたアルバムがこの『GUYS』で、今作の特徴としては再びロンドンでレコーディングしたという点にある」
「ロンドンと言えば『SEE YA』以来かな」
「うん。だから前作『TREE』とはまったく違う音楽世界が繰り広げられている。もちろん『SEE YA』に回帰したとかそういう安直なものでもなくてね。そしてこのアルバムタイトルは『いい人と呼ばれるよりいい奴と呼ばれたい』みたいな意味合いで付けられたらしい。歌詞カードではよりハードでより男らしい雰囲気を醸し出すためか、岩場に佇む二人の写真が多く掲載されている。じゃあどういうのが男らしさかって言うと、その言葉から単純にイメージされる世界とは多分違うと思う。具体的に言うとね、それはおいおい」
「また微妙に思わせぶりな。それで一曲目はいきなりタイトルチューンの『GUYS』。作詞作曲A、編曲村上啓介。ちょっと珍しい組み合わせね」
「村上と言えばマルチマックスなどチャゲとの繋がりが強い印象で、実際このアルバムでもこれ以外はその通りなんだけど、『GUYS』だけは違う。そしてこの曲がまた凄まじく良いんだ。ちょっと軽い打ち込みの質感と鮮烈なブラスサウンドが絡み合い、デジタルでありながら人間らしい、格好良い上に芸術的な香りまで立ち込めるサウンドが現出している。そして歌詞も最強クラス。特に二番は子供の頃からビンビンしびれるようなロマン過多な歌詞連発で、もう良い悪いとかじゃなくてDNAに刷り込まれてるようなレベルでどうしようもないくらい好き」
「随分褒めるわね」
「本当名曲だから。実際イントロから散文詩を歌いつつフェードアウトする最後まで無駄な部分は何一つないでしょ。演奏も歌唱も全てが。メロディーも強いし、飛鳥も村上もいきなりこの隙のない作り込みを披露してこれからこのアルバムはどうなってしまうんだろうという、本当に決定的な一撃」
「それで次は『野いちごがゆれるように』。作詞作曲A、編曲Jess Bailey・A」
「イントロからいきなりゴージャスなブラスサウンドが印象的な、ややジャジーな面も内包したノスタルジックなバラード。歌い方もガツンとした部分はなく、全体的に包み込むような歌唱を披露していたり、全体的にはゆったりしている楽曲なんだけど、その中でサビとかは非常に鮮やかな作りとなっていて、何か毛布に包まれているような気分になる。歌詞は過去の思い出を懐かしむような、当時三十代の飛鳥からしても更に上の世代かなという世界観。全体的に良質という言葉がとても似合う。クオリティが非常に高い」
「次は『if』。作詞作曲A、編曲Jess Bailey」
「これは元々シングルでさらっと百万枚売れてるんだけど、そのバージョンは十川知司編曲なんだ。頭でガツンと飛鳥がシャウトして、全体的に丘を駆け巡る風のような、優しさの中に力強さのある曲だった。しかしこのままアルバムに収録してると浮いてただろうね。そこでアレンジを大幅に変更したんだけど、ここまで落ち着かせるかという逆に驚きがある楽曲に仕上がった」
「そんなに違うんだ」
「まず出だしからしてシャウトとは対照的な柔らかい囁き歌唱だし、アレンジもひたすらに優しいキーボードサウンドが続く。チャゲのコーラスとか間奏の笛みたいな音はいいんだけどね、全体的にはミリオンシングルとは思えないやたらと地味な仕上がりになってて、『TREE』みたいに売らんかなという態度全開でやらなくても十分売れるんだから、アルバムとしての調和を考えようという自信に基いた大胆なチャレンジだよね。でもやりすぎ」
「次は『光と影』。作詞作曲C、編曲Jess Bailey・村上啓介」
「ここでようやくチャゲ曲だけど、今までみたいに飛鳥曲の空気を壊すって事もなく、これまで飛鳥と組む事が多かったジェスがアレンジに参加してる事もあって非常に落ち着いた仕上がりとなっている。歌詞なんかもあえて難しい言葉を使わなかったって事で、非常に普通の曲」
「次は『HANG UP THE PHONE』。作詞作曲A、編曲Jess Bailey・A」
「これもブラスサウンドが印象的な、ちょっと黒い雰囲気が漂う曲。『野いちご~』みたいなゆったりとした音じゃなくて、黒服の集団がバシッとポーズ決めつつ吹きまくってる雰囲気。ノリが良いけどお洒落な空気はロンドンレコーディングの成果かな。ここに至って今作の全貌が次第に明らかになりつつあるけど、この大人びた空気は今までのチャゲアスとは全然違う空気だよね」
「分かりやすいポップス路線とは違うところを狙ってるみたいね。次は『だから…』。作詞C、作曲C・村上啓介、編曲村上啓介。作曲にも村上が絡んでる」
「曰くAメロとDメロをチャゲが、BメロとCメロを村上が手がけたらしい。異なる才能を持つ二人がそれぞれの色を出したメロディーを持ってきて、それをくっつけるという作業は今までにないもので刺激にもなったらしい。ロンドンの中華街の情景から思いついたというだけあってややエキゾチックな、タムタムの音色が纏い付くねっとりした妖しげな世界観は確かに印象的ではある。でも好き嫌いで言うと正直……」
「次は『WHY』。作詞作曲A、編曲Jess Bailey」
「ひたすら白くて何も残らないような情景が浮かぶバラード。ふわっとしたピアノやシンセの柔らかなサウンドに包まれてて、しかもこれがまた長いんだ。収録時間五分超えは当たり前、六分超えもちらほらあるような大作連発の中でこのシンプルが過ぎるサウンドに決してつかみが良いわけじゃないメロディー。ひたすら地味なんだけど、それが良いとなる時もある。さすがにきついって時もある。そこは気分の問題」
「次は『今日は…こんなに元気です』。作詞青木せい子・A、作曲C、編曲村上啓介」
「渋谷のスクランブル交差点が舞台らしいけど、東京の地理感覚に詳しくないからよく分からない。一回渋谷行ったことあるけど汚くてうるさくて臭い街だなってイメージしかなかった。それはともかく、この楽曲自体は都会の喧騒から少し離れたような穏やかさで過去を思い出している世界観の楽曲。ちょっと跳ねたリズムに絡むピアノの音が心地良い。間奏に飛鳥の台詞とか入るんだけど、さすがに『黄昏の騎士』から十年以上経ってるだけあって上手く喋れてるね」
「さすがにそんな古いのはね。次は『夢』。作詞作曲C、編曲村上啓介」
「十五分ぐらいで作れた曲らしくて、これが出来た時に『俺は天才だと思った』とはチャゲの弁。それでどれだけのものかと期待してると腰が砕けた。奇抜というか、出だしのメロディーがなんかださくていきなりうわあってなるけど、サビでは割とガツンと迫ってくる。でもやっぱり、どうなんだろう」
「次は『CRIMSON』。作詞作曲C、編曲村上啓介」
「元々は『if』のカップリング曲で、だからこの曲だけは国内ミュージシャンで固められている。ライブをイメージして作られたという派手な曲だけど、これもチャゲらしい歌唱全開で、慣れてないと大変かも。自分での作詞が増えたりマルチマックスでチャゲアスにとらわれない自由な活動をやったのもあるだろうし、チャゲがより明確な自分の色を見つけたのがこの時期と言えそう。帽子にサングラスで顔のほとんどを隠す無国籍ファッションが定着した九十年代前半。この時期のチャゲは自身のサウンドをそのルックスに合わせた印象もある」
「次は『no no darlin'』。作詞作曲A、編曲Jess Bailey・A」
「これがまた奇跡みたいな曲で、メロディーも歌声も全編を彩るピアノの音色も、全てが美しい。サビではコーラスがメインになって飛鳥はアドリブ的なメロディーでその周囲を彩る役割にさらっと変更する構成も凝っている。歌詞は問答歌と言うか、男があれこれ言うけどサビで女がそれに回答している、みたいな。それでこの女がまた優しい人でね、サビにおけるチャゲと女性コーラスによるメインパートがいいところも悪いところも含めた全てを包み込むような極上の歌声で、それに変幻自在に絡む飛鳥もまた究極的な歌唱を披露している。無論アルバムバージョンの『if』みたいにひたすら優しいだけじゃなくて、チャゲと飛鳥の掛け合いパートの迫力はかなりのものだし、とにかくこんな化け物じみた楽曲もそうない。これが元々アルバム用の曲だったというのもとんでもない話だよ」
「そして最後は『世界にMerry X'mas』。作詞作曲A、編曲Jess Bailey・A」
「ちょっとジョン・レノン入ってるかなという、クリスマスをテーマに世界平和を願う壮大なバラード。七分超えの大作で、最後は子供たちがコーラスに参加してて、その影響で参加ミュージシャンの表記が分厚い事になっている。後からアレンジ変えたりセルフカバーしたり、愛着のある曲なのかなとも思う。まあこの時期の飛鳥曲だし、外れはないよ。ロンドン在住の国際人感覚か知らないけど、とんでもなく広いところ着地してこのアルバムは終わった」
「いやあなかなか長かった。全体的に落ち着いた大人の作風が強調されてて、バラードなんかもガツンと派手な奴じゃなくて本当に静かなものが多かったからなおさらそう感じたわ」
「当然あえてそこを狙った結果なんだろうけどね。元々『万里の河』の次に『放浪人』を出して、『SAY YES』の次に『僕はこの瞳で嘘をつく』を出してきたチャゲアスだ。『TREE』やベストアルバムのメガヒットで、この路線を飽きられるまで驀進する道を選ぶはずがなかった。それにしてもアレンジャーからして前作の立役者である十川と澤近ではなくキーボード主体の繊細な音作りが得意なジェスと独特のセンスが光る村上を主軸に据えて、繰り出されたのはジャジーなブラスサウンドだもんね」
「まったく別の引き出し。そしてそんなのがよく許されたものね」
「それも実力ゆえ。彼らのブランドで百万突破はしたものの、売上はかなり落ちている。もちろん売れ線の音楽じゃないって最初から分かってただろう。でも世間に安易に迎合するのではなく『今やりたいのはこういう音楽だ』と積極的に提案していくスタイルを貫いた」
「ここまで来るともはやあまのじゃくみたい」
「『if』とかとんでもない事になってるからね、普通じゃ出来ないよ。でもやってみせた。聞こえない音にもこだわったというサウンドの作り込みは徹底してて、非常に良質な世界が繰り広げられている。ただ全体的にCDの音が小さいとはよく言われる事で、実際小さくてただでさえ地味なイメージを助長している部分はある。中古でいくらでもサルベージ可能だし、とりあえず買ってみたらいいんじゃないかな。何度でも聴いていられる良いアルバムだよ」
そんな事を語っていると、敵襲を告げるサイレンのけたたましい爆音が室内に鳴り響いた。やはりこうなるか。諦観を押し隠しつつ二人は変身し、敵が出現したポイントへと走った。
「ふはははは、俺はグラゲ軍攻撃部隊のヤンバルテナガコガネ男だ! 何もない平凡な星だが、正しい色に塗り替えるのだ」
ヤンバルクイナでも使われるヤンバルを漢字で書くと山原。沖縄本島北部にある自然豊かな地域を指し示す言葉で、そこにだけ住む手の長いコガネムシの姿を模した男が山道に出現した。今からたった三十五年前の一九八三年に発見された新種にして絶滅危惧種だが、それに配慮してこちらが絶滅されたら世話ない。すぐに抵抗勢力は現れた。
「やはり出たかグラゲ軍! お前達の思い通りにはさせないぞ!」
「あなた達の価値観と違うのはどうやらその通りらしいけど、だからと言って滅ぼされるいわれはないわ」
「ふん。対話しても理解する頭脳がない種を相手にしてはこちらがもたんわ。行け、雑兵よ! 蛮族を滅ぼせ!」
やはり戦うしかないようだ。ぞろぞろと出現した雑兵のマシンを渡海雄と悠宇は次々と叩きのめし、ついに全滅させた。
「よし、残ってるのはお前だけだなヤンバルテナガコガネ男!」
「本当に話が通じない相手だと思う? 心を込めればきっと!」
「蛮族に心だと? 笑わせるな!」
話が通じないというより通じさせようという誠意がないようであった。ヤンバルテナガコガネ男は懐から取り出したスイッチを押して巨大化した。決裂のサインである。こうなったら激突は避けられない。二人は覚悟を決めて合体した。
「メガロボット!!」
「メガロボット!!」
ヤンバルテナガコガネロボットはその名の由来ともなった長いアームを活かした変則攻撃を繰り出してきた。悠宇は致命傷を避けるように動きつつチャンスを窺い、そして一瞬の隙を見計らって大胆に接近した。
「よし、今よとみお君!」
「うん。最後はメルティングフィストで叩くぞ!」
渡海雄はすかさず朱色のボタンを押した。プラズマ超高熱線によって夏の大気よりも熱された右拳がヤンバルテナガコガネロボットの硬い装甲を溶かした。
「むう、強い。志半ばで蛮族に敗れるとはな」
機体が爆散する寸前に作動した脱出装置に乗せられて、彼は宇宙へと帰っていった。今日は急に涼しくなった気がするが、これは今までが暑すぎただけでまさしく気のせいである。でもこれぐらいが続くならまだいいかなと思ってしまうあたり、熱気にすっかり飼い慣らされてるなと渡海雄は自覚し、悠宇はその横で風のようにくすくす笑っていた。
今回のまとめ
・売れ線を無視したサウンドでも売れた幸せなアルバム
・特に「GUYS」「no no darlin'」のクオリティは犯罪級に凄まじい
・全体的に落ち着いた大人びた作風だけど「if」はやりすぎかも
・渋谷は自分には合わない街だと思った




