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so05 classについて

 地球に文句を言っても仕方ないが、でももうちょっとだけでもいいからバランス調整を考えてほしかった。大雨がやんだと思ったらこの容赦無い日差しと湿気のシャワー。半袖半ズボンでもガンガンに暑いので、授業からの解放もあってついに超えてはいけない一線さえも脱ぎ捨てたい気分だった。


「とは言え、これから夏休みも始まるし、いっぱい休んでやるんだからな!」


「それとプールで泳いだりもするし!」


「そういうわけで、今回は夏のプールで泳ぐ情景を歌にしたヒット曲を持つclassについて語るよ!」


「それはいいわね! ところでそろそろテンション下げてみようか? ただでさえ暑苦しいのに」


「そうだね。まずはグループの説明から。このclassは、ザラッとした声の津久井克行と甘くて高い声の日浦孝則による二人組。津久井はライブハウスなんかで歌ってた人で、日浦は過去にソロデビューもあまり売れず会社員しながら再起すべくデモテープ持ち込みを続けていたそう。組んだ時、すでに二人とも三十歳を超えていた」


「なかなか遅咲きの連中なのね」


「年齢的にはもう落ち着いてもいい頃でありながらそれぞれ諦めなかった二人を尼崎勝士というプロデューサーが引き合わせてデビューが決まった。そしてデビュー曲にして最大のヒット曲が『夏の日の1993』」


「年号をはっきり入れるとかなかなか度胸あるタイトルね。作詞松本一起、作曲佐藤健、編曲十川知司。意外と知ってる人だらけだった」


「イントロのバーンとしたサウンドがいかにも九十年代前半っぽくて素晴らしいし、曲に加えて木綿の服に麦わら帽子といった少しざらついた手触りがするハーモニーも爽やかさを醸し出している。また、男二人が並んでギターを掻き鳴らす昔なつかしの、というスタイルに当時から思われていたフォークデュオっぽくて、それもまた逆に新鮮だったらしい。ちょうど少し前にチューリップとかオフコースが解散して、ああいう感じの曲は今もうないのかなってところで『このclassがいますよ』って塩梅でもあったとか。新人でも最新鋭に走るでもなく、むしろ古き良き路線に光明を見出したのはなかなかの慧眼だったと言える」


「二人のルックスも地味だし、新人っぽさはほとんどないわね」


「津久井がサングラスとかかけてるけど、香港のブローカーみたいな独特の胡散臭さがいいよね。編曲が十川なのも含めてチャゲアスっぽい二匹目のドジョウって下心を感じないでもないけど、コンセプトとしては日本のサイモン&ガーファンクルって事らしいから、それを信じよう。そして歌詞だけど、ざっくり言うとプールにやたら体つきのいい女が泳いでて、しかもよく見ると普段地味だと思ってた女だったので一気に惚れたわ、みたいな内容。色々突っ込まれたりするけどこれは確かに……。しかしキャッチーである事は間違いない」


「なんだこの男って感じの歌詞だけど、そんなんでも売れたのね」


「でも次の冬にブレイクした広瀬香美『ロマンスの神様』もなんだこの女って歌詞だし、何より一番売れたシングルは堂々たる暴力讃歌って年だから、もう何でもありでしょ。とにかくこのヒットで一気に知名度を高めたけど、多分歌詞に関しては当時から言われていたんだろうと思う。一枚目のミニアルバム『Mellow Prism』の一曲目がご存知ヒット曲で、二曲目はその名も『September True Love』」


「夏の次は秋って、いささか安易すぎない?」


「実際露骨に続編となる楽曲で、その場の勢いで好きになったんじゃないよ、言い訳が歌われている。また最終曲『Mellow Prism』のアウトロではラジオから流れる曲というイメージで『夏の日~』が引用されていて、まさに一発ヒットにあやかった作りのアルバム。全体的には木陰に吹き抜ける風のような涼しさを感じさせる、成熟した大人の男を思わせるイメージの楽曲が続く。一応アルバム中にはアップテンポな曲もあるけど、これが全然似合ってなくて何でも向き不向きはあるなと思わせる」


「九十三年は冷夏だったらしいしね」


「本当今年とは大違い。曲としては『瞳に架かる虹』が一番好みだけど、ミステリアスなキーボードや必殺の電子ヴァイオリンなど関根安里の編曲がやけに格好良い『セピア色の微笑』のカラーを受け継いだ『もう君を離さない』がセカンドシングルとして発売された。これも三十万枚売れてるんだけど、印象度においては『夏の日~』に及ぶものではなかったようで、結果的に一発屋として知られる事となった」


「とみお君のレパートリーって一発屋多くない?」


「かもね。別に一発屋を狙い撃ちしてるわけじゃないんだけど、概して一発屋って活動期間短かったりするからコンパクトにまとめやすいんだよ。それはともかく、二枚目のミニアルバム『DuO』は一転して冬の曲を連発するんだけど、やっぱり『夏の日~』の影響大。一曲目『White Winter』の歌詞がまた『見た目なんてきっかけに過ぎなくて大事なのはそれからの積み重ね』『服を脱いだ姿だけ好きなんじゃなくて服を着てからもっと好きになったよ』みたいな『夏の日~』の続編言い訳路線で、逆説的に一発の偉大さと呪縛を示している」


「売れるって大変なものなのね」


「アルバムの内容自体は前作より良くなってる。特に十川編曲が三曲あるけど、どれも当時っぽいスケール感の音でとても良い。と、ここまでがデビューとなった九十三年発売分で、中古でもよく見かける。それ以降も全然見かけないわけじゃないけど、やはり頻度はやや落ちる」


「なまじ年号入りのヒット曲出したばっかりにその存在も一年限定となったのかしらね」


「結果的にそうなったとしてもリアルタイムでは『九十三年だけの一発屋になってたまるか』と頑張ったはず。そんな勝負の九十四年、まずシングルだと三月に『Holiday』、四月にはアルバム『Re-Prologue』、そして五月にはまたシングル『永遠の素顔』を発売という大攻勢に出た。『Holiday』なんか開放感ある良い曲だと思けど、インパクトに関してはやっぱりね。アルバムにある『微笑みを閉じないで』は『あれから一年』と、また一連の流れを感じさせる歌詞で、いい加減に脱却しようよって気持ちにもなる。全体的としては程良い落ち着きが成長を感じさせるだけに、そういうのがノイズになるのはもったいないよ」


「この手の歌詞を続けてるのは基本松本だから、彼が一番囚われていたって事?」


「でもそういう歌詞を書けって依頼したのはプロデューサーだろうし、それに本人がもっとはっきりと別の路線を打ち出せるぐらい力があればまた違ってたかも知れないけど。そう言えばこの時代、音楽のバブルが到来したんだけど、ここでガツンと大型ヒットを飛ばしたベテランは多い。まずチャゲアスもそうだし、小田和正とか浜田省吾とか、基本アルバムメインで堅実に活動していた歌手がいきなりシングル百万枚以上売れたり」


「異様な時代よね」


「売れた曲が飛び抜けてクオリティ高いってわけでもないけど、主にドラマタイアップ効果でとにかく売れた。でもやっぱりベテランってのはそれまでに地力とかペースを確立してきたわけだよ。だからいきなり降って湧いたようなヒット曲が出ても慌てず、例えば小田和正は『ラブ・ストーリーは突然に』が売れたけど、あくまでもシングルの一曲目は『Oh! Yeah!』って曲ですよ、というスタンスを崩さなかったし、そういう頑固なまでのこだわりが単に昔一世を風靡した歌手で終わらず今に至るまで命脈を保つ理由ともなったはず。翻ってclassは、年齢こそ中堅レベルで楽曲も落ち着いたサウンドが多く年輪を感じさせるけどあくまでも新人。この辺が結局弱みになったのかなとも思う」


「これぞclassだと言える個性が自分達ではなく作詞家とかプロデューサーとか、外の人達から与えられるもので、その中からグループとしての自我を確立していくほどの時間もなかった」


「本当はもっと地味だけどメロディアスな曲をハーモニー響かせて歌いこなすような人達なんだろうけど、ヒット狙った『夏の日~』が強すぎたから、そこからなかなか離れられなかった。次の九十五年六月に四枚目のアルバム『That's cool!』を発売、そして十月には『君だけが知ってる』を発売し、それぞれ最後のオリジナルアルバム、そしてシングルとなった。九十六年三月には区切りのベストアルバムを出して、解散」


「九十三年から九十六年か。活動期間短いわね」


「ラストアルバムではそれまでclass名義だった作詞作曲が津久井と日浦名義になってたのは団結力の弱まりを感じさせるし、それとアレンジャーも一新された。ただアルバムとしてはここに至ってようやく『夏の日~』とは違う世界を醸し出してきたので、これはこれで面白みがある」


「メロディアスな曲をシンプルに歌いこなしてるけど、正直アレンジ地味じゃない?」


「それはそう。でも二人とも声で勝負出来るシンガーだからね。派手に飾り立てるだけがアレンジじゃないよ。日浦曲だと清々しいバラード『君の夢をくれないか』、津久井曲だとねっとりとした『HALF MOON』が好みかな。なぜか村上啓介作曲の『夏上手なマイガール』はレゲエ導入したりサビの変なコーラスとか、まったりしてるけど妙な派手さがある異色作。とにかくこれ以降はそれぞれソロとして自分の音楽の道を歩む事となった一方、たまに再結成なんかしてファンを喜ばせていたけど、二〇〇八年に異変が起きた」


「異変?」


「というのもね、まずclass再結成したんだけど、そのメンバーが津久井はいいとして、日浦ではなく岡崎公聡というゴルフメーカーの社長かつclassが所属する事務所を買収して代表になった人物が割り込んできたんだ。この経歴だけでも十分胡散臭いんだけど、当時は『日浦は家庭の事情で脱退した』と報道されたけど、当の日浦は自分のブログで『そもそもclassは九十六年に解散してる。ないものから脱退なんて無理』『確かに妻は闘病してるけどそれを理由にするのは違う』などと不満を表明していたり。元々日浦はファンサービス的な一時的再結成ならともかく恒久的な再結成はありえないと考えていららしく、それゆえにパージされたって見方も出来る。それで『冬の日の2009』とかいう替え歌をシングルとして出した」


「まさに厚顔無恥の体現者。よくやるものね。それで肝心の実力は?」


「素人にしてはって前提で聴くと、意外と歌えてはいる。ただ津久井と比べるとやっぱりガサツだし声の伸びなんかも全然違う。所詮は下手の横好きだね。自分が世界で一番偉いと誇示したいだけの下品で質の悪い成金に絡まれた不幸な事故だった。この学級崩壊にも等しいいびつな関係はしかし一年後、津久井の癌による死去という形で終焉を迎えた。享年四十九はいささか早い」


「あらまあ。ご冥福をお祈りします」


「さすがに岡崎も一人でclassを名乗るほど厚かましくはなかったみたいでこれにて解散と相成ったけど、元classと称して有名なスタジオミュージシャンを集めて自分のバンド作ったり、まあ金持ちらしい幸せな生き方を満喫している。それもそれで一つの生き方だし、自分の人生と干渉しない限り勝手にやってればいいと思う。そして日浦はソロシンガーとして今もなお活動中」


「決して長くない歴史のグループであってもここまで紆余曲折があるものね」


「人に知られるってのはそういう事。だから僕達も人知れず暮らしたいと思ってるわけだし」


「命あっての物種だしね」


 このような事を語っていると敵襲を告げるサイレンが鳴り響いたので、二人は素早く戦闘モードに移行してから敵が出現したポイントへと走った。


「ふははははは、俺はグラゲ軍攻撃部隊のヌタウナギ男だ! このつまらない星を燃やし尽くしてやるぜ!」


 ちょうど昨日が土用丑の日だったらしい。店頭にはうなぎ料理が並んでいたが、ニュースなんかで量が減っているって話を聞くと食指が動かなくなるものだ。そして海岸に出現したヌタウナギ男だが、細長くてヌルヌルしてるってだけであのウナギとは全然別種で、それどころか極めて原始的な生態から魚ですらないという考えもあるらしい。


 目がなくて顎もない、いわゆる生きた化石でもある。体内から粘液をダバダバ放出するため釣り人や漁業関係者からは蛇蝎の如く嫌われているが、韓国などでは食用されていて、結構美味しいらしい。しかし今、地球規模で迷惑になる敵なので早々と退散していただくしかない。そのための勢力が間もなく出現した。


「茶番は終わりだグラゲ軍! お前達の好き勝手にはさせないぞ!」


「相変わらず諦めてくれないのね。でも来るなら立ち向かうしかないわ!」


「おっと邪魔者が入ったか。グラゲのために殉じるが良い。行け、雑兵ども!」


 ビーチに群がる人のようにぞろぞろと出現した雑兵たちを、二人は次々と撃破していった。そしてついにボスを除いて全滅させた。


「よし、これで雑兵は片付いたな。後はお前だけだヌタウナギ男!」


「そもそもあなた達が侵略なんてしなければずっと休めていたものを」


「ならば永遠に休むが良い。死という形でな!」


 そう言うとヌタウナギ男は懐から取り出したスイッチを押して巨大化した。こんなのが粘液を撒き散らして暴れたら都市部は瞬く間に機能不全となってしまう。非常に危険な相手だ。渡海雄と悠宇も素早く合体してこれに対抗した。


「メガロボット!!」

「メガロボット!!」


 まずは海上へと移動して戦ってみた。でろでろと吐き出される粘液に当たると動きが大きく制限されるため、悠宇は慎重に回避を続けた。そしてどうにか体勢を整えた。


「よし、今よとみお君!」


「うん。レインボービームで勝負だ!」


 渡海雄はすかさず白色のボタンを押した。波長の異なる七色のビームが防御粘液の奥に潜むヌタウナギロボットを焼き払った。


「むう、強い! 忌々しい奴らだ」


 機体が爆散する寸前に作動した脱出装置によってヌタウナギ男は宇宙へと帰っていった。これから続く夏休み、この戦いに勝ち抜いた事で夢を描ける日々を作れたがそれは誰も知らない。誰にも知られなくてもただ一人、隣にいる君だけが知ってるなら……。渡海雄と悠宇は互いに目線を合わせてすぐに逸らした。それだけで心は結ばれていると理解出来るからだ。

今回のまとめ

・毎日38度とか信じられないぐらい暑い日が続いている

・メロディアスな曲を爽やかなハーモニーで歌うのが一番合っている人達

・「夏の日の1993」は最もキャッチーだけど重力が強すぎた

・再結成から終焉までの顛末は芸能史上に残る醜さだった

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