ca18 TREEについて
台風が来るし梅雨前線は断末魔を上げている。これが通り過ぎたら本当に本物の夏が来るだろう。しかし長く雨が降り続いていて、ダムも大変そうだ。そしてロシアではワールドカップも行われていて、渡海雄と悠宇も眠い目をこすりつつそれを視聴していた。
「しかしまあ、返す返すも惜しかったわね」
「うん。セネガル以上にこんなの絶対止められないぞってパワーのあるベルギー相手に前半はよく守り切って、後半はまずカウンターからの原口でリードしたかと思うと息をつく暇もなく乾の無回転ミドルシュート!」
「乾のゴールには朱鷺色の朝焼けを見たわ。しかしその後はフィジカルに勝るベルギーに押し潰されたように同点に追いつかれて、最後の最後でカウンターから決められ万事休す」
「選手交代でまたデカいのが出てきて、ただでさえルカクやアザール相手にギリギリだったのに圧が強すぎた。でもあの一失点目は本当に駄目だったのかなあって思ったけど」
「川島は今大会ミスが多かったわね。それと日本で交代枠の山口が何の役にも立たなかったとかあるけど、結局そういう選手層もトータルで実力が及ばなかったって事。環境の中で出来る事はやれたと思う。それに何より、見てて楽しめる試合が多かった。これが一番よ」
「そもそもあんな急場で監督交代の論外さとか選手選考は正しかったのかとか、まずこんな環境にした人達には文句の一つも言いたくなるけど、確かに今大会の日本はオフェンスが結構機能してたよね」
「しかしベテランの多い代表で、早くも本田や長谷部らが代表引退を表明。年齢的に岡崎や川島も厳しいでしょうし、次回のカタール大会ではどうなっているか、そこも楽しみよね。そして監督人事に関しては西野退任だそうで、後任候補としては元ドイツ代表でアメリカ代表でも実績を積んだクリンスマンの名が挙がっているけど、そこもまだ不透明」
「とにかく監督変わるにせよ軸となるものがないとね。というわけで今回は一九九一年十月に発売された『TREE』」
「いつにもまして無理のあるねじ込み方するわね」
「まあね。で、前回『SEE YA』の後にまずCMソングとしてリリースされていた飛鳥ソロの『はじまりはいつも雨』が大売れして、本体でもドラマのタイアップ曲が売れた。ここに至ってついに世間的にチャゲアスのブームが訪れたんだ。そして満を持して投入される本作ももちろん売れまくるだろうと予測され、実際その通りになった。初動でほぼミリオン叩き出し、最終的には二百万枚を軽く突破」
「凄まじいわね。チャゲアスがと言うより音楽業界が」
「しかしそれは序章に過ぎず、これからも音楽の売上は異常なまでに増加していく。バブル経済は弾けたけど音楽業界のバブルはまさにここから始まっていくという、業界全体にとってもエポックメイキングとなったのが一九九一年で、その中心には間違いなく彼ら二人がいた。まさに時代のアイコンとなった一枚だよ」
「そんなアイコンの一曲目は『僕はこの瞳で嘘をつく』。作詞作曲A、編曲十川知司」
「ガツンとしたロック曲で、アルバム発売の一ヶ月後にシングルカットされたにも関わらず八十万枚売れたという。とにかく全盛期そのものと言わんばかりの怒涛の勢い全開の曲で、何よりも自信に満ち溢れている。ライブで披露する時の振り付けなんかもエネルギッシュだし。歌詞は結構不実で、よくやるなって感じはある」
「次は『SAY YES』。作詞作曲A、編曲十川知司。言わずと知れたヒット曲」
「もういちいち説明するまでもなく『例のアレ』で終わるような曲だからねえ。オリコン歴代シングル売上では七位に位置しているらしい。確かにある種の金字塔的、集大成の雰囲気はあるよね。ついにここまで辿り着いたという。まあチャゲアスのパブリックイメージの一つになったしいいんじゃないの」
「結構冷淡なのね」
「好きと嫌いで言うと別に嫌いじゃないよ。でももっと良い曲は色々あるし、特別贔屓するほどでもない」
「次は『クルミを割れた日』。作詞作曲A、編曲十川知司」
「子供の頃を思い出すノスタルジックな世界観がしみじみと良い。クルミを自分で割れるようになったとか、そういう小さな体験を積み重ねて子供は大人になっていくものなんだけど、大人になってからそういうのを忘れるんじゃなくて心のどこかにずっと残ってて、挫けそうになった時なんかはふっとそれに触れると勇気になるんだって。記憶の靄がかかったような歌い出しと現実を生きるかのようなサビの力強さとの対比は見事。アルバムの中の隠れた名曲という美味しい立ち位置を確保している」
「次は『CAT WALK』。作詞作曲C、編曲村上啓介」
「歌詞も曲も含めてねっとりしててこれはまさにチャゲだなって曲。ポシュポシュした打ち込み音が印象的。『SHINING DANCE』や前作でもそうだったけど、いきなり流れを変えるようなマニアック曲を置くのがパターンとなっているね」
「次は『夜のうちに』。作詞作曲A、編曲澤近泰輔」
「クリスタルなシンセサウンドが印象的な、オルゴールのような小品。あえて盛り上がりを抑えたような展開は物凄く地味でまったりしてるけど、じっくり聴いてみれば悪くない」
「次は『MOZART VIRUS DAY』。作詞A、作曲C&A、編曲A・澤近泰輔。作曲が共作とは珍しい事になってるわね」
「元々チャゲがAメロとBメロを作ってここからどうしようかって曲に飛鳥がまったく異なる展開をはめ込んで一つの曲にしたものだと言う。ウダウダした平歌から次第に解放されて飛び立つような作りは『break an egg』とも共通している。歌詞は、やけに調子よくて何やってもうまくいくし俺天才かよってなるような日の事を『モーツァルト菌に感染した』と表現しているそう。音楽界で天才といえばやっぱりモーツァルトなんだね。構成が凝っているのでとっつきにくいかも知れないけど、これは面白い曲」
「次は『誰かさん~CLOSE YOUR EYES~』。作詞作曲C、編曲十川知司」
「純然たるアルバム曲だけどCMソングにも使われたという。それだけに分かりやすく名曲っぽい、温かな雰囲気を漂わせている。でもサウンド自体はちょっとマニアックというか、独特の緊張感が漂っている。シタールっぽい音とかのせいかな」
「次は『明け方の君』。作詞作曲A、編曲十川知司」
「広い空を思わせる爽やかでスケール感のあるサウンドが非常に良い。眠気混じりで頭がまだちょっとぼんやりしてる朝の情景を思わせる出だしからサビではビシッと締めてくる歌唱もさすが。特別キャッチーなメロディーがあるわけでもないし、リズムはずっと一定な感じもあるし、さりげない曲ではあるんだよ。聞き流そうと思ったらスルリと流れていくような、でもそうするにはちょっともったいない。一部分を切り取ってどうこうではなくトータルに見てどうかという曲。このアルバムではトップクラスに好きだったりする」
「次は『CATCH & RELEASE』。作詞作曲C、編曲澤近泰輔」
「これはまた典型的なチャゲのマニアック担当。チャカポコしたイントロから掴み所のないメロディーと歌詞が変な感じでキャッチー。こういう音はいかにもこの時代っぽいよね」
「次は『BAD NEWS GOOD NEWS』。作詞青木せい子、作曲C、編曲十川知司」
「今回はチャゲも作詞してるケースが多い中で専業の作詞家を起用しているのはこれだけ。曲としてはざっくり『不条理なkissを忘れない』みたいなゴチャゴチャ感プラス『絶対的関係』の勢いって感じかな。出だしとかダサいなあって思ったりするけどこの独特のノリに慣れれば魅力に気付ける曲ではある」
「次は『BIG TREE』。作詞作曲A、編曲A・澤近泰輔」
「これは大した曲だよ。アルバムタイトルにもなってるだけあって、当時のチャゲアスの勢いや自信を楽曲という形で表現したらまさしくこのような大樹になりましたという迫真の力作。イントロのブラスからいきなりガツンと来て、圧倒的なスケール感のあるメロディーに歌詞、そして何より歌唱」
「伸ばした手のシルエットが月をも貫くような一本の木のようにも見えるジャケットも含めて、まさに今作のクライマックスよね」
「それで実際超大型ヒットに結び付けたんだから、本人の自負と世間の要求が合致していた、そんな時代の象徴としては『SAY YES』以上に適任かも知れない。ここまでの道のりは長かった。まず世間に名を売るためにフォークソングからアジアのイメージを強く押し出したり、かと思ったら教会音楽に走ったり、打ち込みサウンドに傾倒したり、歌手ではなく楽曲提供者として注目されたり。ともすると迷走とも捕らえられがちなその日々も本当は余計なものなんて何一つなかった。現に今自分達が経験を積み重ねた上に築いた確固たる音楽があって、それを多くのリスナーは愛してくれている。この確信が『BIG TREE』を産んだ。まさしく入魂の一撃だよ」
「もうこれでフィニッシュでもいいところね。しかしもう一曲あって、それが『tomorrow』。作詞作曲A、編曲佐藤準」
「前曲と比較するまでもなく、地味なバラード。ガツンと歌い上げるわけでもないし、歌詞も何気ない一日の終りを歌ったものだし、編曲も穏やかさが先立つし、そのくせ七分超えという長さだし。でもまあ、『BIG TREE』という分かりやすい大曲で劇的なフィナーレを迎えるのではなく、こういう全てを包み込むような静かだけど味わいのある曲で眠るように終わるという流れも悪くない」
「これで全曲か。曲数は多いし時間も長くて、まさに迫真の一枚だったわね」
「でもアレンジが意外と弱い部分もあって、そこはちょっと軽いなって部分なきにしもあらず。出だしのラッシュや『BIG TREE』はいいけど、そこまではやや地味かもね。いや、『明け方の君』とか凄くいいんだけどね、ただこれがシングルになるイメージはまったく浮かばないまさにアルバムの中の名曲って立ち位置だし。売上や有名曲はあるけどアルバムとしての印象度は案外……だったり」
「とは言え売れて良かったわね」
「それも今の音楽性にこの時初めて辿り着いたからじゃなくて、八十年代後半からやり続けた事がやっと認められたという話だしね。ただ今まで色々試し続けたからこそ生まれる幅、もっとザックリした言い方をするとチャゲアスは実力があるからね。エキゾチックな飛鳥曲『万里の河』の次にガツンとしたチャゲ曲『放浪人』を出したのと、迫真のバラード『SAY YES』の次に背徳的な世界観のロックサウンド『僕はこの瞳で嘘をつく』を出したのは、一つのイメージに縛られたくないという点においては同じ意味合いかと思うけど、前者は滑ったのに後者は売れた。何が違うかと言うと歴史と実力の蓄積に他ならず、つまりヒット曲の重力に引っ張られずに『俺達はこうなんだ』と堂々していられる強さを手に入れた結果と言える」
「『SAY YES』のヒットでチャゲアスといえばバラード、とならずに異なる曲調もまた彼らの持ち味と受け入れられる。素敵な話ね」
「『SAY YES』の歌詞にもちらりとそういうところあるけど、愛されるってそういう事だよね。良く回ってる時は多少リスキーな事をしてもそれがむしろ個性だと受け入れられる。だからやってるほうとしてもより自由に創作意欲を燃やしていける。この好循環を享受出来る人間はそう多くない。それはとても幸いな事だよ」
こんな事を語っていると敵襲を告げるサイレンが鳴り響いたので、二人はすぐに着替えて雨の中を駆け出していった。
「ふはははは、私はグラゲ軍攻撃部隊のリンゴマイマイ女だ! この星の汚れた部分を食い尽くし浄化するのだ」
雨の日にふさわしくかたつむりの姿をした侵略者が森に出現した。フランス料理で食べられる、いわゆるエスカルゴの中でも最も美味しいとされているのがこのリンゴマイマイで、サイズが大きくて歯ごたえも良いのが特徴らしいが食べた事ないのでそこは分からない。しかしどのような敵であれ地球を滅ぼされてはいけない。すぐに対抗するための力が出現した。
「出たなグラゲ軍! お前達の思い通りにはさせないぞ!」
「雨の中よくやるわね。このスーツ着てなきゃずぶ濡れよ」
「ふん、現れたな愚か者どもめ。貴様らには死を与えよう。行け、雑兵ども!」
雨後の筍のように続々と出現した雑兵を二人は勢い良く打ち倒していった。大雨でも今のスーツを着ていれば濡れた感覚はまったくないので、純粋に雨に打たれる感覚のみを身体に受けながら戦えるのだ。そして雑兵は全滅した。
「よし、これで片付いたな。後はお前だけだリンゴマイマイ女!」
「最初はお互い気持ち悪いなって思うのも仕方ないけど、もっと分かりあえばきっと仲良くなれるはずなのに」
「黙れ下等星人の分際で! 貴様らなどに対話など不要だ!」
そう言うとリンゴマイマイ女は懐から取り出したスイッチを押して巨大化した。いつかきっと話し合いで通じ合えると信じてはいるが、悲しい事にそれは今ではないようだ。渡海雄と悠宇は気持ちを切り替えて、合体した。
「メガロボット!!」
「メガロボット!!」
リンゴマイマイロボットのしなやかなボディが打撃攻撃を受け流すし、捕まえようとしてもぬるりと逃げていく。さてどうしようかと思案した悠宇は、一計を案じた。つまり、海まで誘い出してから体ごと抱きついて海中へと潜り込んだのだ。これで相手の動きが鈍った。
「後は必殺の一撃をかますだけよとみお君!」
「ありがとう! ならばここはドリルキックで勝負だ!」
渡海雄はすかさず青いボタンを押した。面で攻めるとすり抜けられるなら、点で突破するしかない。ドリルとなった足でリンゴマイマイロボットの胴体に風穴を開けた。
「むう、強い。この私が撤退するしかないとは!」
機体が爆散する寸前に作動した脱出装置によってリンゴマイマイ女は雨雲を貫き宇宙へと帰っていった。それと明日の七夕で本作も五周年となる。思いっきり雨っぽいけど。まだまだ道半ばだ。
今回のまとめ
・日本代表は望外の大健闘だったお疲れ様でした
・一番ヒットした曲が一番いい曲であるケースは案外少ない
・個々の楽曲はともかくアルバム全体としては意外と薄味
・ちょっと雨降り続きすぎじゃないか水没とかしなきゃいいけど