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hg28 The Way to Our Promiseについて

 梅雨入りに台風も通り過ぎててんやわんやの日本列島だが、渡海雄と悠宇が住む街には直撃しなかったし今日の午前中はむしろ晴れ間さえ見えるほどであった。しかしだんだん空の色が悪くなっていって、ボソボソと降り出した。でも傘なしで強行突破出来るレベルだったのでそのまま帰宅した。


「まあこの程度の雨ならどうって事もないね。もっと本格的なのが続くのは面倒だけど」


「降るなら夜のうちに済ませてくれるとありがたいんだけどな。私達が外出するタイミングと干渉しないし」


「でもそれで泣く人も出るだろうし、万人にとっていいタイミングなんてないんだろうね。ところで赤坂がまた芸能界に復帰するらしいね」


「へえ、そうなんだ」


「先週の金曜日にシングルを配信して、動画サイトで一番だけ視聴出来るけど、とりあえず歌声はあんまり変わってないみたいだね。ルックスは十年以上まっとうな出番なかったわけだしあんなもんでしょ。喋りは……、何と言うか年齢にしては若いねえ」


「しかしタイトルが『夢のつづき』って、いかにもすぎて逆に余計な感情を抱いてしまうわね」


「僕もそれは多少思うけど、悪徳こそ栄える芸能界だからね。そんな世界にあえて飛び込もうって事なら、最初はこれぐらいでいいんじゃないの。インタビュー映像でも語っていたように過去は変わらないのだから、これからの成功ラインは第一線に返り咲く事やましてや光GENJI再結成なんかじゃなくて、もう二度と過ちを繰り返さないという一点にある。これも前言ったかな」


「人間としてしっかり生きてほしいわね」


「とまあ、近況はこれぐらいにして、これまでの赤坂の音楽活動について語ろうかと思う。まずグループ時代にミュージカル版魔女の宅急便に出演して、その中の曲がシングルになった事はあったけどこれは企画みたいなものだし、本格的にソロシンガーとして始動したのは解散以降になる。その前哨戦がラストシングル『Bye-Bye』のカップリング『レディーはそよかぜ』という見方もあるけど、そもそも本人にどれだけ野心があったかって話になるとその後の人生も鑑みるとかなり微妙なところ」


「それがあったらあんな事にはなってないだろうしね」


「ともあれ、解散した年の十一月にはソロとしてのファーストシングルが発売されている」


「それが『Look out』。作詞亜伊林、作曲辻剛、編曲井上日徳」


「辻剛は当時はまだ二十代で比較的若いギタリストだけど、それ以外は光GENJIの時代から見かけた名前。楽曲としては井上の編曲だけにギターの音色は印象的だけど、肝心の曲がパッとしなくてなんでこれがシングルなのってなる。もっと掴みの強い曲はなかったのかな」


「そしてカップリングは『Sweet So Lonely』。作詞津田りえこ、作曲秋元薫、編曲井上日徳」


「ギター一本で切々と弾き語ってる感じのバラード。曲自体にどうこうってのはあんまりないけど、とりあえず事務所の動きはなかなか早かったとは言えるね」


「夏のコンサートで解散で秋にはもう出してるもんね」


「そして翌一九九六年の夏にはアルバムがリリースされた。それがこの『The Way to Our Promise』。先行シングルは入ってない純然たる新曲十曲入りのソロアルバムで、暗い部屋の中で撮影してて顔が亡霊みたいになってるジャケットが特徴。と言うかもうちょっとどうにかならなかったのかな。いや、いかにもアイドル丸出しのニコパチやれって事じゃなくてね、脱アイドルを目論むにしてもいくらなんでも暗すぎてこれは駄目でしょさすがに」


「でも大事なのは楽曲じゃない? 一曲目は『Day Off』。作詞渡辺智加、作曲太田美知彦、編曲小西貴雄」


「作詞の渡辺は九十年代のアニメソングなんかでそこそこ名前を見かけた人で、太田と組んだ曲もある。イントロがちょっと長いものの、基本的には勢いがあって歌詞とアレンジを多少変更すればそれこそアニメソングでもいけそうな楽曲。ただこういう曲調と赤坂の声質はあんまり合わないのかな。平歌の部分では歌声に加工でもかけてるのかなってちょっとモヤモヤした歌唱が続き、サビはなかなか爽やかに突き抜けていくけど総合点で言うと意外と伸びてこないなというちょっともったいない曲。アレンジもちょっと軽いしね」


「次は『7 A.M.』。作詞中村邦男、作曲羽田一郎、編曲小西貴雄」


「間奏でMOTOMYによるラップが導入されるなど、当時のダンスミュージックに寄った楽曲。まだ暑くなってない夏の朝にちょっと心躍って散歩しているような曲で全体的には爽やかさが先立つ。悪くはないよ。いかにも九十年代っぽい空気感のサウンドで」


「次は『悲しみの必要』。作詞青柳美奈子、作曲浅田直、編曲小西貴雄」


「青柳も浅田も光GENJI時代にはいなかった新しい作家で、ともに主に九十年代に活動した人物。楽曲としてはちょっと歌謡曲的な盛り上がりを見せる感傷的なバラード。あんまり軽やかなサウンドにしすぎるよりこれぐらい湿り気があったほうが赤坂の声にとっては良いのかな。これはいい曲だよ」


「次は『素晴らしく愛してる』。作詞松井五郎、作曲山本英美、編曲新川博」


「なぜかこの曲だけ編曲が新川になってる。作詞松井五郎だし、多分シングル候補だったんじゃないかなという雰囲気が漂う非常にポップな楽曲。跳ねるような打ち込みアレンジがグイグイ楽曲を引っ張っていく」


「次は『今日の午後、どこへ行こう』。作詞六ツ見純代、作曲秋元薫、編曲小西貴雄」


「やりたい事は凄くよく分かるんだけどね。二人でいる休日の何気ない朝の空気感とか、輪郭さえぼやけて馴染むような関係とか。でも個人的にぐっと来るものはなかった」


「次は『Waiting For Your Call』。作詞JIM STEELE、作曲清岡千穂、編曲小西貴雄」


「なぜか全編英語詞の楽曲。それで作詞家は外国人なのかなと思いきやそれっぽいペンネームを名乗ってる日本人で、本名は坂井洋一と言うらしい。でも英語で歌詞を書く機会が多い人らしくて、世の中には色々な需要が存在するものだなと思うよ。楽曲自体は結構面白い展開を描くけど、何となく心に来ないのは英語だからなのか」


「次は『Conversation』。作詞六ツ見純代、作曲鴨井学、編曲小西貴雄」


「作曲の鴨井はいかにも九十年代っぽいセンスの楽曲を作る人。これもファンキーなサウンドを採り入れつつピシピシと跳ねた曲調から、歌詞はクールな大人の付き合いと言うか、そこそこ気が合ってお互い近すぎず遠すぎずの距離感でいるのが一番楽でいいよね、みたいな関係が歌われている。横着だなあとも思うけど、まあ本人のキャラクターとは合ってるんじゃない?」


「次は『Left Alone』。作詞作曲赤坂晃、編曲小西貴雄。本人が曲を作るのは初めて?」


「最初で最後かな。光GENJI時代は他のメンバーが作詞や作曲に手を伸ばす中、一人だけあくまで提供された曲を歌うのに専念してたけどソロ活動を始めるにあたって『これぐらいのクリエイティブな仕事もやってみよう』という気になったのか、誰かにそそのかされたのか。で、肝心の楽曲だけど、これはちょっと難しいぞ。一分以上続くちょっと長目のイントロでじらしてくるけど、いざ始まってみるとラップと語りの中間みたいなパートが延々と続くし、歌詞も意味がよく分からない。一応サビはメロディアスになるけど、全体的には非常にカオティックな楽曲になってしまっている。まさかこの頃から……、なんて事はないと信じたいけど」


「かなり自由律な怪曲ね。そして次は『平気さ、僕はソファーで寝るよ』。作詞只野菜摘、作曲秋元薫、編曲小西貴雄」


「決して華やかな盛り上がりを見せるタイプの楽曲ではないだけに最初はちょっと地味なバラードだなって印象しかなかったけど、何度か聴いてるうちに良さが見えてくるようになった。うん、切なくていいんじゃないかな。近年はシティポップの担い手として歌手時代の人気が高まっているらしい秋元だけど、その筋から注目される時代を過ぎた九十年代の提供曲でもこうやって質の高い仕事を見せているのは知ってる人が声を大にして主張しないとね」


「そして最後は『夢の破片』。作詞渡辺智加、作曲鴨井学、編曲小西貴雄」


「今回の新曲ともどこか共通するタイトルだけど、迫真のバラードでアルバムのラストにふさわしい風格のある名曲。アルバムの中には明朗なポップス、ブラックなリズムを導入した楽曲、バラードなど幅広く取り揃えているけど、全体的にはアップテンポな曲よりもバラードに強みがある。全体的に思い入れ過ぎない歌唱となっているのを補うようなサウンドの『悲しみの必要』『夢の破片』あたりがこのアルバムの白眉となっている。そしてこのアルバムの後にもう一枚シングルを出した」


「それが『今すぐ君に会いに行こう』。作詞後藤保幸、作曲浅田直、編曲小西貴雄」


「アルバムの流れを継続した楽曲。アルバムに入りきらなかったと言うより候補曲の中からこれがシングルに選ばれたって経緯と見るべきかな。わかりやすくポップな嫌味ないサウンドにナチュラルな歌詞で、バラエティのエンディングで使えそうな曲」


「カップリングは『Out Standing』。作詞船越敬司、作曲編曲井上日徳」


「ダンサブルかつハードなサウンド。アルバムにはあまりなかった曲調だけど、これはこれでなかなか格好良いしこういう路線を伸ばすのも良かったんじゃないかな。まあ結局これで最後になるから路線も何もないんだけど」


「ソロ歌手としての活動は大体一年ぐらいで終了か。短いわね」


「声もいいし歌手としてはもっとやれたと思うんだけどな。こうして赤坂の音楽活動をまとめてみると、問題点はクオリティではなかったと言える。サウンドは当時において古すぎず新しすぎずのラインにあるポップスだし、歌詞も全体的にナチュラル志向と言うのか、何気ない日常とか今の関係性を大事にしたいというものが多いけど、それは浮世離れしていた光GENJI時代との差別化という点においては必須だっただろうし」


「あれをいつまでも続けてはいられないものね」


「しかしスタッフから与えられただけで本人の意志不在という点では結局同じだったのかもね。どんなに道を整備してもらってもそこをまっすぐ歩けない人間もいる。そのまま行けばそれなりの存在でいられただろうにそこは非常に残念ではあるけど、すでに年齢も年齢だしそれはもはや誰かのせいではなく本人の責任だからね。それで再び芸能界に舞い戻ったけど、これも全部自己責任でなければならない。他人からどう見られようがね」


「実際色々言われる覚悟ぐらいは最低限あるでしょうしね」


「とは言え芸能界に戻ったところで赤坂に最も足りない部分である意志の強さ、ここで踏ん張ってなんとしても成功するんだという野心、他の誰かじゃない自分の確固たる決意に基いて進んでいかなければまた過ちを犯してしまうだろうね。ましてやすでに二度も人生を踏み外している。当然悪徳の誘惑者からは目をつけられているだろうし、でも今までみたいに他人のせいにするのではなく自分の事として正しい道を歩めるか。芸能人以前に人間としての再起がかかっているものだからね」


 このような事を語っていると敵襲を告げるサイレンが鳴り響いたので、二人はすかさず戦闘用の服を着てそれが現れたポイントへと急いだ。


「ふはははは、俺はグラゲ軍攻撃部隊のマッコウクジラ男だ! この小さな星もグラゲの色に塗り替えるのだ」


 とにかく大きなクジラの中でも最も大きいとされるマッコウクジラの姿を模した男が砂浜に出現した。またその結石は龍涎香と呼ばれ、高級な香料として珍重されている。英語で言うとアンバーグラス、語源は灰色の琥珀とされている。


 世界の中でも奇なる生物だが、この地球を好物のイカのように鯨飲されてはたまらない。抵抗力はすぐに到着した。


「出たなグラゲ軍! お前達の思い通りにはさせないぞって、凄いなあれ」


「で、でかい……。でも負ける訳にはいかないのよ」


「ふん、何かと思えば逆臣ネイの操り人形どもか。ちょうどいい。これを倒せば俺の名も上がる。行け、雑兵ども」


 想像以上に巨大な相手に内心ひるみながらも勇気を奮い立たせ、雑兵たちを撃破していった。そして残ったのはボスだけとなった。


「よ、よし。これで雑兵は倒したな。後はお前だけだマッコウクジラ男!」


「こうなったらやぶれかぶれよ。巨大な力をひけらかすほうが悪いんだから!」


「ふはははは、諦めれば楽になるものを。まあ良い、捻り潰してくれるわ!」


 そう言うとマッコウクジラ男は懐から取り出したスイッチを押して巨大化した。巨大化には巨大化ということで、二人は合体してこれに対抗した。


「メガロボット!!」

「メガロボット!!」


 相手は案の定パワフルだったが、どんなに大きな相手であってもひるまない。集中して体当たりの精神でガンガン攻めていった。ダメージを受けながらも、ここで倒れてなるかと意地を見せて殴り合いを続けた。


「くっ、強いけど、どうにか一撃を与えられれば!」


「全エネルギーを放出する意気でやるしかない。エメラルドビームだ!」


 渡海雄は仮面の奥底でぎらりと敵を睨みつけながら、緑色のボタンを押した。瞳から放たれたエネルギーの炎がマッコウクジラロボットを焼き尽くした。


「うおおお! やる! 脱出するしかないとは」


 機体が爆散する寸前に作動した脱出装置によってマッコウクジラ男は宇宙へと帰っていった。強い相手だった。肉体的にも精神的にも疲れ果てた二人は帰還するやいなや、倒れこむように眠ってしまった。

今回のまとめ

・結局どんな世界であれ常識と覚悟がないと成功は覚束ない

・音楽活動にしてももっと性根入れて追求していけば良かったのに

・シングルになったような曲よりバラード系のほうが強い

・自作曲の意味不明さに言い知れぬ孤独の闇を見た

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