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ca17 SEE YAについて

 三月になったのと春が来たのは概ね同義語だが、これが六月になると夏が来たと直結しにくいのは梅雨というカーテンを挟むからではないか。どうやら明日から雨の日が続くようだ。でも今日は晴れているから渡海雄と悠宇の心も日本晴れであった。


「それで今回は九十年代初のオリジナルアルバムである『SEE YA』。一九九〇年の八月に出たアルバムで、タイトルの意味としては、このYAってのはYOUの砕けた言い方で、日本語で言うと『じゃあね』『またな』ぐらいのザックリした言い回しとなってるらしい。で、その意味するところとしてはお互いをそういう砕けたスラングで呼び合うロンドンの気の置けない音楽仲間たちと作ったアルバム、みたいなニュアンス」


「確か飛鳥がロンドンで暮らしてたんだっけ?」


「うん。そこに後からチャゲも合流して楽曲制作されたんだ。それとアルバムジャケットだけど、ロンドンの街並みをバックにポーズをとっている二人のモノクロ写真に赤い字でタイトルとグループ名が書かれてる。色合いは格好良いし、これまで二人の全身図が写ったジャケットは今までほとんどなかっただけにかえって新鮮でもある。三段に分けてCHAGE AND ASKAと書かれたロゴはアルバムだとここが初出かな。そしてチャゲが帽子を被り始めた」


「今まではサングラスはしてたけど髪がオールバックだったりしてちょっと違和感あったけど、これで完全にチャゲになったみたい」


「この辺から売上も本格的に伸びていくからね。つまり今まで知らなかった人からはこの姿の印象が強く固定されているわけだよ。いや、ビジュアルイメージだけじゃなくてサウンドに関しても前作『PRIDE』以上にもうすぐ来る売上全盛期のそれに近付いてきているんだ」


「それは楽しみね。で、その一曲目は『DO YA DO』。作詞作曲A、編曲A・Jess Bailey。これは外国の人?」


「うん。ロンドンのミュージシャンで、キーボード奏者としても知られている。繊細な音作りが印象的で、そのサウンドは今聴いても古さを感じさせる部分が少ないかと思う。それでこの『DO YA DO』はシングルにもなったんだけど、不思議な浮遊感漂う奇妙な味の曲」


「タイトルからして不思議だもんね」


「これもねえ、まずこの曲の制作過程でメロディーだけ出来て歌詞はまだなので適当なスキャットで埋めた仮歌の際、サビの部分にドゥヤドゥって音を埋めたんだよ。それが、このアルバムのタイトルにもあるようにYAってのはYOUの砕けた言い方ってのとも合わさって、偶然にも後から出来た歌詞のシチュエーションと一致すると判明し、そのままタイトルとなったというエピソードがあるんだ。曲自体はイントロからいきなりふにゃふにゃしてるし、歌い出してからも掴み所がなく、初めて聴いた時これは無理ってなった。ただ何度か聴いていくとこれがなかなかお洒落で面白い曲じゃないかって認識が改まる」


「サビとか意味は分からなくても口ずさみたくなるキャッチーさがあって、変だけど魔力のある曲ね。次は『水の部屋』。作詞作曲A、編曲A・Jess Bailey」


「ロンドンに行ったからこそ出来た曲とも言われているけど、非常に和の雰囲気が漂う曲。歌詞は飛鳥の幼少時の記憶を繋ぎあわせたものらしく、だから一見意味不明な単語もそういう個人的な思い出に基いているんだ。まあそんな事知らなくても、曲を聴いただけでこれが名曲だって事はすぐに理解してもらえると思う。桜の花びらがハラハラと溢れるような侘びしさとか切なさが全体に漂っていて、胸が締め付けられる。イントロの音からして早くもみだりに触れられない美しいもの、心の奥底で一番大事に守ってある不可侵の世界を思わせるし、そしてサビの鮮やかさにはいつも心震える。とにかく言葉に尽くせないほど素晴らしい曲だよ」


「次は『すごくこまるんだ』。作詞青木せい子、作曲C、編曲村上啓介」


「これは『PRIDE』でも一曲目『LOVE SONG』二曲目『PRIDE』と飛鳥の手による隙のない名曲連発の後に『SHINING DANCE』でガクッとさせたのと同様の効果を発揮している。割とタイトル通りと言うか、この流れでこんなんお出しされてもどうするんだってなる」


「次は『ROLLING DAYS』。作詞青木せい子、作曲C、編曲村上啓介」


「これもちょっと……。ああ、そうだ。飛鳥がロンドン行ってた頃、チャゲはMULTI MAXというバンドを組んでアルバムも出したんだ。メンバーはチャゲ、バンドといえばギターだろうって事でギタリストとしてこの曲の編曲も手がけた村上、いつもは男を隣に置いてるから今度は女とやってみたいなって事で抜擢された浅井ひろみの三人。サウンドとしては主にチャゲがプロになる前に聴いてた、ミュージシャンとしてのルーツと言える六十年代後半から七十年代の洋楽を今自分なりにやってみようぜってコンセプトがあったらしく、かなりやりたい放題やってる。この二曲はその流れを本体でもあるチャゲアスに還元してみたってものなのかな。アイドル西田ひかるに歌詞変えたこの曲を提供したみたいだけど、大丈夫なのかな」


「次は『Primrose Hill』。作詞作曲C、編曲村上啓介」


「これは前二曲と違って穏やかな曲調だけど、タイトルにもなっているプリムローズヒルはロンドンに実在する丘で、チャゲが敬愛するビートルズのポール・マッカートニーがここを散歩中にいくつもの名曲の着想を得た事でも知られているんだ。だからこれはチャゲなりのビートルズトリビュートソングとも言えるかも。地味だけど」


「次は『僕は僕なりの』。作詞作曲A、編曲Jess Bailey」


「チャゲのコーラスが入らず飛鳥単独で歌ってるのが特徴だけど、やたらとぼさっとした曲調でちょっとかったるいぞ。聴いてみたらやっぱりジェスのキーボードの音色が心地良かったりするんだけど、さすがにまったりしすぎかな。正直このアルバムは中だるみがきつい」


「次は『Reason』。作詞澤地隆、作曲C、編曲十川知司」


「あああああ、これはいいよ。八十年代によく組んでいた澤地の歌詞だけど、今回はお得意の言葉遊び路線ではなく道ならぬ出会いの切なさを真正面から描いた正統派。やるせない心情を音で見事に表現したイントロからしてちょっと違うぞってオーラ全開だし、二番であえてサビを歌わず間奏に移行する流れもなかなか心憎い演出。無論、この曲の雰囲気を最大限に引き立てているのはチャゲの歌唱である事は論を俟たないんだけどね。チャゲだって実験に走らなければこれぐらいの名曲は書けますよという、グループとしての懐の深さを証明するような名曲」


「分かりにくい曲が続いただけに感激もひとしおね。そして次は『モナリザの背中よりも』。作詞作曲A、編曲A・Jess Bailey」


「ライブでは定番になったというアップテンポの曲。八十年代の曲と比較するとサウンドの洗練は段違いなんだけど、この曲に関してはむしろ音が軽すぎるという感覚が先立つ。キーボーディストであるジェスの資質の問題かも知れないけど、特にこういう疾走する楽曲だともうちょっとガツンとした音のほうが好みでもあるから、CD音源ではちょっと惜しいなってなってしまう。でもサビ前辺りのなんとも言えない切なさは捨て難い魅力」


「次は『ゼロの向こうのGOOD LUCK』。作詞作曲A、編曲A・Jess Bailey」


「タイトルは格好良いしハードボイルドなサウンドもよろしいんだけど、歌詞は言わんとする事が良く分からない。メロディーが特別良いわけでもないし、サウンドに浸れたらいい曲なんだと思う」


「次は『YELLOW MEN』。作詞澤地隆、作曲C、編曲村上啓介」


「これはねえ、今となってはって歌詞だよね。時はまさにバブル時代、外国からすると自国の経済を牛耳らんとする勢いで世界に進出している日本という国と日本人は脅威であると認識されていた。全員同じ顔をして金儲けばっかりやってるロボットの如き無個性な侵略者集団みたいなやっかみ混じりの批難」


「今では日本人がそれを中国人なんかに言う側に回ってるあれね」


「逆に言うとそれだけ当時の日本人は勢いも余裕もあったわけで、そういう声に対して反発もあれば『でもその通りだから言われても仕方ないよね』と自嘲的に受け入れてもいた。そこでこの『YELLOW MEN』。いかにもチャゲっぽいうねうねした質感のサウンドに、軽く社会風刺入った歌詞が乗る。曲自体は別にどうって事ないけど、この時代以外では生まれ得ないなという楽曲である事は確か」


「そして最後は『太陽と埃の中で』。作詞作曲A、編曲A・Jess Bailey」


「名曲。以上」


「短っ!」


「実際聴けば分かるとか、それで終わらせたいような曲だから。でもそれだけだとさすがに伝わらないので拙いなりにもどうにか言葉を捻り出してみようかと思う。まず元々は青春賛歌を作りたいってところから始まったらしい。だから歌詞としては太陽や土埃にまみれながらがむしゃらに走っていた少年時代を思い出して、今ではあの頃のように何でも出来るとは思わないけどだから諦めるんじゃなくて、むしろ今でもあの頃のように夢に向かって、困難であっても立ち向かっていくぞという気概に溢れている。サビの歌詞などともすればネガティブにも響いてきそうなところなんだけど、聴いてても歌ってみても全然そうならないのはまさにポジティブなパワーに溢れたこの楽曲の強さにある」


「それだけ言うと『風のライオン』みたい」


「世界観は確かにそうだね。でもより繊細なサウンドかつ力強さも増している。そして歌声も、『PRIDE』でも響かせていた二人の最も輝かしく力強い声を思いっきり堪能出来る。そしてコーラス要員だけじゃなくてその辺にいたスタッフなんかも参加したという曲後半のパートはまさに鮮烈、感動的でこの世界にうまれて生きる事を全力で肯定したくなる。当初は単にアルバム最後の曲って立ち位置だったけど必然的な結果としてシングルカットされ、五十万枚ぐらい売れた」


「凄い数字ね」


「楽曲のクオリティからすると少なすぎるぐらいだけど、シングルカットだし仕方ないか。経済のバブルはこの頃が絶頂で間もなく弾けるけど、音楽のバブルはこれからブクブクと拡大していく。その入口となる時代にあって、この曲は今なお色褪せぬ輝きを放ち続けているんだ」


「そしてこれでアルバム終了か。最後は上手く終われたわね」


「最初と最後に有力シングル入れて、他にも『水の部屋』『Reason』と屈指の名曲が入ってる強力盤だけど、しょっぱい曲は徹底的にしょっぱいのでトータルで言うと案外そこまででもなかったり。とは言え、やりたい事をやりつつ売上のほうはうなぎ登りでまさにブレイク寸前、黄金の夜明けはもうそこまで近付いているぞと告げるアルバムだよ。この辺から中古で見かける率も跳ね上がるし」


 このような事を語っていると、敵襲を告げるサイレンが鳴り響いたので、二人はすぐに着替えて敵が出現したポイントへと走った。


「ふはははは、私はグラゲ軍攻撃部隊のアダックス女だ! この汚らわしい星の生物は絶滅させるのだ」


 独特のうねりがある角が特徴的なレイヨウの一種の姿を模した女が草原に出現した。なおアダックスは環境の厳しさゆえにライバルの少ないサハラ砂漠に生息する事でここまで生き延びてきたが、基本的に動きが鈍いので狩りの対象になるなどして絶滅の危機に陥っている。しかしどのような姿であれ、侵略を許してはならない。地球側からのカウンターは即座に登場した。


「出たなグラゲ軍! お前達の思い通りにはさせないぞ!」


「そろそろ来ると思ってたわ。梅雨も近付いてるし、あんまり居座られても困るのよ」


「何を言うか。我々こそ貴様を殺せる日を待ちわびていたわ。さあ行け雑兵ども!」


 ぞろぞろと出現した雑兵たちを二人はきっちりと対処して、ここにいる分は全機撃破した。そして残ったのはボス一人だけとなった。


「さあこれで雑兵は最後だな。後はお前だけだアダックス女!」


「その美しい姿を侵略などに浪費しなくてもいいのに」


「この惨めな姿のどこが美しいものか! しかしお前達を処刑する姿としては悪くはなかろうよ!」


 そう言うとアダックス女は懐から取り出したスイッチを押して巨大化した。やはり戦うしかないのか。二人は覚悟を決めて合体し、これに対抗した。


「メガロボット!!」

「メガロボット!!」


 アダックスロボットのねじれた角から発される催眠電波に心惑わされそうになるも、理性が残っているうちに互いの頬をぶつ事でどうにか正気を取り戻した。正面からの戦いは危険。ならばと悠宇は一瞬で後ろに回りこんで角を使えなくした。


「よし、今よとみお君!」


「うん。メガロソードで決めるぞ!」


 渡海雄はすかさず赤いボタンを押した。光とともに現れた大型のソードでまずは角を切り取り、続いて胴体を唐竹割りで一刀両断にした。


「ぐう、無念。だがこの程度で諦める我々ではないぞ!」


 期待が爆散する寸前に作動した脱出装置によってアダックス女は自分の故郷へと戻っていった。危険な相手であった。

今回のまとめ

・いつまでもいい天気でいられたらありがたいのに

・ジャケットの色合いはなかなか格好良くて好み

・ジェス・ベイリーの繊細なサウンドは得難い武器となっている

・良い曲はとことん良いがそうじゃない曲との落差が激しい

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