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ca15 PRIDEについて

 春休みもそろそろ終わりだが、今年は桜の開花が早すぎたので今の段階ですでに花びらが散り果ててアスファルトに薄紅のカーペットを形作っている。それを踏みしめて渡海雄と悠宇はいつもの場所へと集っていた。


「という事で、今回はようやくここまで来たな、という『PRIDE』。これは一九八九年の八月二十五日、つまりデビューからちょうど十周年となるその日に発売されたアルバムなんだ」


「ああ、もう十年分も見てきたのね」


「その十年のうちに色々あった。良かった時も悪かった時も。シングルの売上に関しては『万里の河』が未だにトップではあったけど、そこからスタイルの変遷を経て、今は確かに自分達が作り出す音楽に自信を持っている。だからこそ十年の間ずっとやって来れたんだという、確信的な強さを込めたタイトルだね」


「しかも二枚組とか、気合入ってるわね。ブックレットもやたらと分厚い」


「写真もいっぱいあって、その分値段もちょっと高くなってるね。まあ中古だと何も変わらないけど。また周辺情報としては、この時期に名前を英語表記にしてCHAGE&ASUKAとなっているんだけど、今となっては逆に野暮ったい。それと発売後にグループとしての活動を一度中止してそれぞれが別の活動を行うんだけど、飛鳥はロンドンで暮らすようになったんだ」


「ずっと言ってた事がここでようやくかなったのね」


「その際にASUKAって表記だとイギリス人からするとちょっと違うらしくて、結局Uを抜いたASKAって表記になるんだけど、まあ別に日本語の発音が変わるわけでもないからね。本文ではずっと飛鳥で行く予定」


「そっか。ところでアルバムジャケットの鳥は初期アルバムにあった不死鳥のオマージュ?」


「ああ、そういう考えもあったか。卵から孵って今まさに飛躍せんと翼を広げる鳥の姿は勇ましいよね。でも初期のあれと結びつけた事なかったから。会社も変わってるわけだけど、それも少しはあるのかもね。十周年だし」


「じゃあまず一枚目の一曲目は『LOVE SONG』。作詞作曲A、編曲十川知司」


「で、いきなりレベル高すぎる楽曲からこのアルバムはスタートする。メロディーに関してはもはや言う事は何もないよ。完璧。ポップスの真髄みたいな曲。一方で歌詞は意外と皮肉っぽいと言うか、まず当時バンドブームというものがあって勢いだけで出てきたような有象無象がヒットチャートを賑わせていた、みたいな話は前にしたけど、そのムーブメントを冷ややかに見つめる視線がまず描かれるんだ。その上で自分が伝えたいのはああいう表層的なものではない魂からの愛の言葉なんだって流れになり、そしてサビでの決定的なフレーズに繋がる」


「確かにとっても素敵な曲ね。チャゲの合いの手も完璧に決まってるし、アウトロも心弾ませる。時代がかった派手すぎる部分がなくなって、何度でも聴いていられる凄い名曲だと思った」


「だよね。そんな曲が発売当時はオリコン最高二十位とかその程度で終わってしまうんだから謎だよ。で、三年後に再発売したら今度は普通に一位獲得。この曲が三年早かったのではなく受容する側が三年遅れてたとしか言い様がない。でもまあ、今ではちゃんと代表曲の一つと認知されているからめでたしめでたしだよ。いい曲なのに本当に埋もれたままって事もあるからね」


「良かったわね。次はアルバムタイトルにもなっている『PRIDE』。作詞作曲A、編曲澤近泰輔。澤近は初めての名前かな」


「とは言え十川と同じく当時のバックバンドであるBLACK EYESの一員なだけあって早速相性は抜群。そしてこの曲も非常に出来が良くて人気も高い大バラード。歌詞はまさしく男のプライドが歌われている。でもこの男、決して強くはないんだよ。だから二重三重に傷付いて今にも挫けてしまいそうだけど、それでも譲れないものがあるんだと心を震わせて自分を鼓舞する。そんな歌詞に二人の歌声が放つ輝きが合わさって、とにかく有無を言わせぬ力強さで満ちている。後にスポーツ系の映画の挿入歌でも使われたのを見ると『ロマンシングヤード』とかのラインを圧倒的に洗練させたのがこの曲なのかな」


「ううん、これもイントロのピアノからして格別な雰囲気よね。次は『SHINING DANCE』。作詞作曲C、編曲村上啓介」


「飛鳥の圧倒的な楽曲がドドーンと来てどうするのかと思ったらまさかのマニアック路線でびっくりする。『メゾンノイローゼ』を思わせるカタカナ表記の歌詞に意外と格好良いけど気持ち悪いサウンド。ボーカルも加工しまくりだし。当時アメリカにプリンスという変な歌手がいて、その影響らしいけど奇妙な曲。この流れから堂々と変化球を暴投出来るのもまた幅の広さゆえか」


「次は『HOTEL』。作詞作曲A、編曲十川知司」


「ノリは良いけどアレンジは軽めで、『Love Affair』を発展させた感じかな。歌詞も独特の表現を駆使しつつ、スリリングな夜を描いている」


「次は『Break an egg』。作詞A、作曲C、編曲近藤敬三。近藤も初めてね」


「近藤は元々J-WALKってバンドにいたけど脱退して、この頃はBLACK EYESの一員となっていたギタリスト。そんな近藤が編曲した『Break an egg』だけど、これもまた素晴らしい名曲。以前そっと名前を出したかと思うけど、チャゲ曲の中ではトップに好きなんだ。何が良いかと言うとね、全部なんだけど。まずイントロから出だしのメロディーは殻の中を表すかのようにモヤモヤしているけど一気に転調して、それと同時に光が差し込むようなサビの開放感! そこはチャゲもかなり時間を掛けて作り込んだようだけど、その甲斐あって心を打たれるメロディーに仕上がっている。ボーカルもここで飛鳥からチャゲメインにチェンジ。ここのチャゲがまた非常に鮮やかな歌唱を披露してて、彼らが傑出したボーカリスト二人の集合体だという事実に改めて気付かされるよ」


「ウィウウィウーってのが可愛らしいわね」


「そこもまた不思議な浮遊感を醸し出してて心地良いよね。近藤のアレンジはちょっとペキペキしてるんだけど意外とチープには聴こえず、むしろ英国的な格調高ささえ感じるのは魔法か欲目か。もちろん歌詞も珠玉。最後のサビのフレーズなんか凄いし、神秘的でありながら実感がある。このアルバムの飛鳥は本当にクオリティが高いけど、チャゲもここではがっぷり四つで負けてない。二つの異なる才能がぶつかりあってこそのチャゲアスだけど、この曲はまさにその象徴。天上界でバチバチ殴りあっている」


「次は『さよならは踊る』。作詞澤地隆、作曲C、編曲十川知司」


「レゲエのリズムを用いてるらしいけど、個人的には聴く度にロシアっぽいなってなる。いや、フランスなのかな。とにかく欧風。そして歌詞は出だしからサビの最後まで全編自虐的な皮肉で塗り固められてて、まさに澤地の集大成。あまりにも哀しい女の性をチャゲが切なく歌い上げる。地味に聞き捨てならない曲」


「次は『砂時計のくびれた場所』。作詞作曲A、編曲澤近泰輔」


「情熱とそれでもままならない、どれだけ近くにいても近付けないもどかしさが同居していて聴くだけで心がジリジリする名バラード。タイトルが若手お笑い芸人のあるあるネタっぽいけど、その真意も歌詞を見れば『ああなるほどそういう事か』となる、非常にトリッキーでありながら他にないと思わせる説得力がある。それと二人称が君とかじゃなくてあなたなのも絶妙な距離感の演出に役立ってる。サビのフレーズも強いし、とにかくこんな美しさと力強さがハイレベルで共存している曲がアルバムの途中にぽっと出てくるんだから恐ろしいよ」


「次は『天気予報の恋人』。作詞作曲A、編曲澤近泰輔」


「当初はシングル候補だったというポップ路線の楽曲で、確かにこれがシングルになってもまったく不思議ではないなというクオリティの高さ。ただ甘く幸せなだけでもいい状況の中にもどこか不安な心境を描いた歌詞も出だしのフレーズからしていきなり切れ味抜群だし、ここに至るともう言う事は何もないなあ。シングルにはならなかったけどタイアップで使われたりベストアルバム収録されたりで対外的知名度もそこそこ高い」


「次は『Don't Cry,Don't Touch』。作詞作曲A、編曲澤近泰輔」


「実際に結婚して子供が生まれたという私生活を反映して、赤ちゃんに振り回されててんやわんやだけどそれがかわいいんだよなあって曲。サウンドも軽くファンキーでややコミカルなタッチ。打ち込みの感じとか今となってはちょっと古いなってなったりも」


「次は『絶対的関係』。作詞青木せい子、作曲C、編曲十川知司。青木って作詞家は見なかったわね」


「この青木はFCの会報誌で作詞講座みたいなのやってたらしくて、その中から見出された人物なんだとか。楽曲はツイストという古いリズムを用いてて、オールディーズ的な作風を目指したらしい。ねっとり始まったかと思ったら急加速して、歌唱も含めて独特のうねりあるメロディーが炸裂する。最初はうわあださいなあって思ってたけど、慣れると意外と面白い曲」


「次は『流れ星のゆくえ』。作詞澤地隆、作曲C、編曲十川知司」


「消え入るようなバラード。でも意外とベースがビンビン主張してくる」


「最後は『WALK』。作詞作曲A、編曲A、BLACK EYES」


「これもシングルになった曲で、まず流れとしては『Trip』から続く売れ線にこだわらず今いいと思った曲を追求する中で生まれたものなんだ。収録時間六分はシングルとしては長すぎるってのが常識だったけど、あえて。タイトルは歩く、でも全体的な印象としては水の中を泳いでるようなゆったりとした開放感が漂っている」


「雄大なスケールを感じさせるわね」


「特にBメロは来るべき九十年代前半のスケール感を先取りしているみたいな。九十年代はサウンド全体で表現するところを歌声だけですでに示しているのはさすが。なおこれも三年後再発されて売れたけど、こっちは本当に三年先取りしてたんだと思う。ただ軛を解き放つこれがないとその後のヒットもなかったんだろうけど。歌詞は失敗したり不本意な生き方をしようともそれを分かってくれる君がいるから、僕もそれを心の支えに歩いていけるんだといったもの。サビのフレーズが『LOVE SONG』にも負けず劣らずの決定的な言葉で、本当に強いよなあってなる。腕力とかそういう話じゃなくて広さ、器の大きさが違う。圧倒的スケールを見せつつ平然としている、底知れない実力をたったの六分で示した大曲だよ」


「これで一枚目は終了。いやあ、力の入った楽曲が多かったわね」


「特に飛鳥は凄まじいよね。今までならアルバムに一曲あるかというレベルの楽曲がポンポン飛び出す脅威の世界。ポップスのコツと言うか、ツボを完全に抑えたみたい。歌詞だけ参加の『Break an egg』でもその描かれる世界観のスケールは鮮やかなまでに広く、イマジネーションに溢れている」


「一方でチャゲはマニアックな曲が多いみたい」


「飛鳥が王道でチャゲはバリエーション担当という典型的な形になっているね。これに関してはチャゲがどうこうというより飛鳥が飛び抜けているから仕方ないかなとは思う。『絶対的関係』とかもっとしょうもないイメージだったけど改めて聴いてみると意外といけたし。それで売上だけど、さすがにここまで頭おかしいクオリティだと『チャゲアス? ああ演歌フォークの』『光GENJIに楽曲提供した人でしょ』程度の認識だった世間の人達も放ってはおけなかったらしく、『熱風』以来となる一位を獲得したんだ」


「おお、おめでとう! ってもう三十年近く前の話に今更おめでとうもないか」


「いや、でもめでたいのはその通りだから。十年目にして改めてその実力がクローズアップされたチャゲアスいよいよブレイクか、というところでそれぞれの活動に入るのまた大胆な活動方針だよね。それで解散かと憶測を生んでは本人が否定してたけど、結果から言うとこれ以降より華やかな舞台が用意されて、その始まりの扉がこの『PRIDE』であったのは間違いない。それは今までの集大成にして来るべき栄光の未来を指し示しているかのような金字塔。伊達にブックレットに金色使われてないよね」


「この手の仕様って指紋がついて汚くなるのが玉に瑕だけどね。それで二枚目は」


 と、ここまで来たところで敵襲を告げるサイレンが鳴り響いたので、一連の作業を中断して迎撃体制に移行した。


「ふはははは、私はグラゲ軍攻撃部隊のセキセイインコ女だ! この星にも早くグラゲの栄光をもたらさせてあげねば」


 カラフルな色合いとインコの代名詞であるおしゃべりの巧みさからペットとして非常に人気の高い鳥を模した侵略者の女が桜の花びらを踏みにじって登場した。背中の色が黄色と青なので漢字で書くと背黄青鸚哥となるのだが、品種改良によって様々な色合いの品種が生まれているのも愛玩動物としての需要ゆえであろう。しかしいくらなんでも侵略するインコはいただけない。対処する力は間もなく現れた。


「出たなグラゲ軍! お前達の思い通りにはさせないぞ!」


「花散らしの雨は致し方ないけれど、人の涙で命を散らすなら容赦しないわ」


「何をわけのわからぬ事を。まあ良い。それがお前達の辞世の句となるのだから。行け、雑兵ども!」


 何が良いのかは知らないが、ともかくセキセイインコ女の指示によって現れた雑兵を渡海雄と悠宇は次々と撃破していった。


「よし、これで全部片付いたか。後はお前だけだセキセイインコ女!」


「これから始業式も近いし、あんまり邪魔しないでほしいものね」


「お前達に始まりなどない。今日今この瞬間に全ては終わるのだからな!」


 そう言うとセキセイインコ女は懐から取り出したスイッチを押して巨大化した。やはり戦うしかない。二人は覚悟を決めると、合体してそれに対抗した。


「メガロボット!!」

「メガロボット!!」


 一足お先に散っていった桜の花の代わりに大空を彩る、華やかな空中戦が繰り広げられた。しかしパワーで上回るメガロボットが拳の一撃を加えて相手のバランスを崩した。


「よし、今よとみお君!」


「任せてゆうちゃん! 必殺のエメラルドビームで勝負だ!」


 一瞬の隙を逃さず、渡海雄は緑色のボタンを押した。瞳から放たれたエメラルド色のエネルギーがセキセイインコロボットを燃やし尽くした。


「つ、強い! しかしこの試練に打ち勝ってこそ正義は成されるのだ。また会おう!」


 機体が爆散する寸前に作動した脱出装置によってセキセイインコ女は宇宙へと帰っていった。かくして休日は過ぎ去った。桜が散っていったように今日という時は戻らない。だからこそ日々に花を咲かせて生きたいものだと、葉桜を眺めながら渡海雄はつぶやいた。

今回のまとめ

・今年は桜が散るのが早過ぎる

・クオリティの高い飛鳥曲が乱れ飛ぶ驚異的なアルバム

・それでも一番好きなのは「Break an egg」だと声高に主張したい

・二枚目は来月に回して次回は今回の補足的な話になる予定

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