oi07 綱の重責を果たす鶴竜について
やたらと暑くなったり急に寒くなって雪が降ったり、ごちゃごちゃした気候もセンバツが始まったあたりでようやく安定してきたようだ。そして春本番、桜も開花したし、渡海雄と悠宇は春休みを満喫していた。
「やっと春になったねえゆうちゃん」
「そうね。太陽の力が違うわ。活力に溢れているから自然と外に出たくなるものよね」
「うん。それで色々と始まったけど、まずは何の話にする?」
「うーん、とりあえず鶴竜優勝から行きましょう。まずこれに関しては一言、良かったと、ほっとしたってのが最初に来るわ」
「そうだね。先場所はかなり良い内容で十連勝して、これは優勝待ったなしかと思いきやいきなり崩れるという悪夢のような展開だったから、正直今場所連勝しててもずっとそれはちらついてたよね」
「そうね。今場所も初日から連勝を続けはしたものの、うっかり引いてしまってギリギリ残って勝利という取組もあったりして内容だけだと先場所のほうが上にさえ見えたわ。それで十一日目に負けた時はまた嫌な予感がよぎったけどね、さすがに魁聖に負けるようだと辛かったけどあの事実上の優勝決定戦がやたらとあっさりした引き落としで決まって大体終わったわ。でもあれが実力差なのかしらね。全然格が違うからああいうのが簡単に決まるという」
「ただ本当に優勝を決めた十四日目の豪栄道戦はちょっとね」
「確かにあの内容はね……。でもまあ、いいのいいの。気にしないわ。まずは優勝という実績を残すのが大事だから。本人もインタビューで最悪とはっきり口にしたわけだし、心の中で当然反省もしただろうからそこは私などがごちゃごちゃ言う領域とは違うわ。まあ出来ればもっと格好良く勝ってほしかったなってのはあれど、それも外野からの勝手な声に過ぎないわけだし」
「これでいつ以来の優勝だっけ?」
「一昨年の九州場所以来だから、一年以上ご無沙汰だったのよね。と言うか去年はそもそも怪我で皆勤が一場所だけだったから。その間に角界では色々な事があったわ」
「うん。思えば前に鶴竜が優勝した時って、まだ稀勢の里が横綱になってなかったんだよね」
「初優勝が去年の初場所だから、思えばそうなるのね。で、その場所の最初にはそんな空気全然なかったのに日程が進むほどに実は綱取場所でしたという雰囲気が出来上がって、そしてついにようやく初優勝を決め、ついで横綱昇進を果たした」
「でもこの頃の稀勢の里は強かったよね。ついに壁を超えたのかと思ってたよ」
「うん。昇進の次の場所ってのは最上位というプレッシャーもあるし、慣れない環境への適応も大変だしであんまりいい成績を残せずに終わるケースが多いんだけど稀勢の里は違った。いきなり連勝街道を突っ走り、それまでのじれったい成績が嘘のように稀勢の里時代に突入するのかとさえ思えたわ」
「でも取組中に怪我をしてしまった」
「強行出場したものの、正直相撲になってなかったわね。鶴竜戦は一方的を通り越していかにダメージを少なく負けさせてあげるかという痛々しい内容で見てられない程だったわ。でも千秋楽、照ノ富士相手に本割と決定戦に連勝してまさかの逆転優勝を掻っ攫うという展開」
「あれは凄まじかったよね。出てきただけでも奇跡みたいなものだったのにそれで勝つんだから」
「しかしそれも現状を見るに良し悪しよね。やはり無理をしすぎたんでしょう。これ以降はもうズタボロで、今場所は全休。今引退したらなまじ強行出場を続けて平幕相手に負けまくったから数字は歴代横綱でも最低レベルになってしまう。とは言え先場所の無残な内容を見ても復活はありえるのか、ちょっと不安になってしまうわ」
「もしかしたらあの時に力士生命の全てを燃やし尽くしてしまったのかな」
「それだけの事はやったけど、ただやっぱりこのまま消えてしまうのは惜しいものだから。どうにかもう一回山を作れたら、いいんだけどねえ。年齢的にも決して若いわけじゃないし、ただどんな道を選んでも厳しいものは厳しいのだから、最後は本人の信じる道を進むしかないんでしょう。周りはあれこれ言うけど、頂点に辿り着いた人間の事を分かる人はそういないものだから」
「それと照ノ富士もあれから大関陥落どころか今や十両。怪我って恐ろしいものだよね」
「本当にね。ただ力士なんて誰もが多かれ少なかれそれと付き合いながら生きているものだからね。鶴竜だって二場所連続休場で先場所は進退をかける、つまり駄目なら引退ってところまで来てたわけだから。でも今年に入ってから実力を披露するという唯一にして最高の方法によって払拭した。やっぱり無理して悪化させるよりも休むべき時はしっかり休むのが最強を義務付けられた横綱の責務なんだ、本当に正しいあり方なんだと、そうなれば幸いじゃない」
「あの頃は四横綱だったけど、まず筆頭は白鵬で二番手にちょくちょく金星供給するものの一発の鋭さがある日馬富士、そして鶴竜と稀勢の里って感じだったじゃない。それがまさか実力以外の形で終焉を迎えるとはねえ」
「今もくすぶる暴行問題に関してはなかなか難しいものがあるけど、とにかく日馬富士はああいう形で消えてしまった。稀勢の里はご存知の通りズタボロ、頼みの白鵬もやはりこれまでの戦いの中で積み重ねてきた傷がここに来て痛むようで、今年に入ってからの二場所は見せ場なし。という事で、まさか鶴竜ただ一人が綱の重責を果たす事になろうとは誰もが予想だにしなかったでしょうね。私もそんな事になるとは思いもしなかったから」
「とは言え、これぐらいの成績を残し続けられるなら横綱として全然問題ないよね。むしろ最初からこれぐらいやれてたら良かったのに。それとも怖い先輩がいないからかな?」
「それは知らないけど、やっぱり横綱となったからにはそれ相応の何かを残してほしいじゃない。そしてこの状況下でちゃんと存在感を見せられた。それはとても喜ばしいけど、来年の今頃はどうなっているのかしらね。変わりゆく時代の中だし、そこが多少怖くもある。いっそ連覇でもしちゃおうか」
「そうなるといいね。ところで去年連覇したカープだけど、オープン戦の成績良くないね。大丈夫なの?」
「去年も別に良くなかったし、大事なのは本番よ。とは言え、やっぱり勝つのを見ると嬉しいし楽しいけど負けるのを見ると嫌だし、嫌な事が続くのはとっても嫌だし不安にもなるじゃない。まず戦力的にはほとんど新しいものがあるわけじゃないし」
「若手で言うと高橋昂也が先発に入ってきそうなぐらい?」
「基本二軍で鍛える中でちょくちょく上にも顔出してくれればってぐらいのアドゥワや塹江はともかく、藤井とかもうちょっといい数字なら良かったのにね。それとカンポスも。まあ所詮若手は若手であって、高橋昂也も含めて期待しすぎるのも考えもの。となると、大瀬良や薮田といった実績を残した選手に働いてもらいたいところ」
「大瀬良はオープン戦最後でようやくいいものを見せてくれたよね」
「まずは一安心よね。先発陣は野村、ジョンソンに高橋も入ってくるだろうし。去年の九里はロングリリーフという大変な役割をこなしてくれたけど、場合によっては先発に回るケースもありそうだし、とにかく先発のクオリティが高くないとリリーフ陣にも負担がかかる。連覇したって事はそれだけきつい場面で投げ続けたと言い換えられるわけだし、当然ダメージも大きい」
「ジャクソンとかきつそうな雰囲気あるよね」
「カンポスもそこまで凄い投手には見えないし、やはり今村や中崎、一岡に中田といったいつもの面々に頑張ってもらうしかなさそうよね」
「それと野手も今のところ調子が出てないみたいだけど」
「全体を見据えた調整って事ならいいんだけどね。野手で出番を増やしそうなのは、美間やメヒアあたりかしらね。特にメヒアはオープン戦で一番アピールした選手でどうやら開幕一軍も確保したみたいだから、チャンスよね。とは言えいきなり規定到達するような活躍をするかと言うとそれは何とも言えないし、結局大事なのは田中菊池丸鈴木ら主力の働きにかかっているわ」
「それで、ズバリ順位はどうなると見る?」
「順位予想って事? それなら優勝以外ないわ。前評判が終わってた今年のサンフレッチェでも優勝予想するこの私にそれは愚問よ」
「そうだろうね。でもサンフレッチェ、ここまで好調じゃない」
「ありがたい話よ。今年の目標はまず降格しない事。それで言うとたったの四試合で早くも勝ち点二桁到達は望外のペースと言えるわ」
「去年二桁到達は十三節で、しかもそこから連敗したから前半戦十七試合で勝ち点十という体たらくだったもんね。うん、あの頃はいつももう無理だってネガティブな方向にばっかり考えが向いていたわ。本当よく残留出来たわ。降格してたらどんな事になってたか、想像するだけで恐ろしい」
「まだ始まったばかりだけど甲府新潟大宮も苦労してるみたいだしね」
「J2には優秀な監督が多いしね。監督で言うと、去年サンフレッチェを残留に導いたものの退任となったヨンソンが監督就任した清水もここまでいい感じだし、このままどっちも栄える関係で行ければそれが最高じゃない。それならヨンソンを惜しまずにすむ」
「ところでサンフレッチェ好調の理由は何かな?」
「まずは守備の安定よね。林が去年と違って本来のペースを戻したみたいだし、水本もよくやってる。地味に補強した和田もなかなかの選手だし、佐々木もあの大怪我から復帰してきて今まではちゃんとこなせている。一方で攻撃力は決して高くないけど、これは今のところ守備ベースのメンバーをリーグ戦で使い、オフェンスに定評があるけど監督の考える守備力が足りていない選手はルヴァンカップ中心のサブメンバーとなっているからってのもありそう」
「ルヴァンカップでもよく勝ててるよね」
「馬渡とかね、オフェンスに関しては通用すると思うけど守備のやり方から外れてるみたいだし。最終的に今のレギュラーの安定感とサブの爆発力、両者のいいところを融合出来ればかなり面白い戦いを見せられそうじゃない。でもやっぱり大事なのはまず残留ありき! それを大体果たしたかなってところで残り試合に余裕があれば、またひとつ上の戦いとなるでしょうけどそれはその時よ」
「本当に、二〇一五年みたいに景気のいい戦いを繰り広げられるならそれに越したことはないけど、一番大切なのは去年みたいな戦いにならない事だよね」
「それで言うと現時点で勝ち点十はとてつもないアドバンテージよ。代表にも選ばれる人はいなさそうだし、そういう意味では安心して見られるわ」
このような事を語っていると敵襲を告げるサイレンが鳴り響いた。春休みだが敵襲に休みなし。仕方あるまいと、渡海雄と悠宇は覚悟を決めてから戦闘モードへと移行し、敵が出現したポイントへと急いだ。
「ふははははははは、俺はグラゲ軍攻撃部隊のロシアデスマン男だ!」
ロシアデスマンとは特に謝っているわけではく、水中を泳ぐ珍しいモグラの仲間であり、体格もモグラの中では最大クラスに大きい。その名の通りロシアやその周辺の水辺にしかいないが今回は特別に日本の河川敷に訪れた。しかしそれは破滅をもたらす侵略者である。そうはさせじと対抗勢力は間もなく現れた。
「やはり来たかグラゲ軍! お前達の思い通りにはさせないぞ!」
「桜の季節になったんだし迷惑なお客様には退場願いたいものね」
「ふん、汚らわしい蛮族どもめ。退場するのはお前たちだ。行け、雑兵ども!」
メカニカルな雑兵たちがぞろぞろと群れをなして襲ってきたが、春風に身体満ちて元気いっぱいな二人にかなうはずもなく、破壊された部品が連なるばかりとなった。
「よし、後はお前だけだなロシアデスマン男!」
「別に謝れって言ってるわけじゃないんだけど、ただ間違いを認めて去ってくれればいいだけよ」
「間違っているのはお前達のほうなんだ! そしてそれは死ななければ分かるまい!」
そう言いつつ懐にあるスイッチを押して巨大化したロシアデスマン男に対抗すべく、渡海雄と悠宇は合体して巨大化した。
「メガロボット!!」
「メガロボット!!」
水を切るように空を滑るロシアデスマンロボットとメガロボットだが、悠宇は一瞬の隙を見てはたき込んだ。相手がバランスを崩して倒れた瞬間こそチャンスであった。
「今よとみお君!」
「うん。スプリングミサイルで勝負だ!」
急に訪れたタイミングにも動じず、渡海雄は素早く橙色のボタンを押した。左膝に内蔵されたミサイルがクイックで発射され、ロシアデスマンロボットに直撃した。
「ぬうう、こしゃくな! だがまあ良い。いずれその過ちにも気付く時が来るだろう! その時悔やむが良いわ!」
このような負け惜しみを吐きつつ、機体が爆散する寸前に作動した脱出装置によってロシアデスマン男は宇宙へと戻っていった。そしてまた穏やかな春が訪れた。
今回のまとめ
・鶴竜だけが綱の責任を果たす現状に驚くけど喜ばしくもある
・勝つためには休むべき時に休むのもまた大事なんだろう
・オープン戦とは言えやっぱり負けると不安になる
・サンフレッチェはここまで考えうる限り最高の数字でありがたい