ca11 MIX BLOODについて
歳末、まさに走る勢いで日々が去っていく。ついこの間冬になったばかりのはずなのにもう半分以上が消えて、すでにクリスマスも近い。
「という事でこちらとしてもさっさとやるべき事を終わらせないとね。今回は『MIX BLOOD』。前作である『TURNING POINT』からわずか五ヶ月で発表されたアルバムなんだ」
「かなり精力的な動きじゃない」
「今年の飛鳥もアルバム二枚出してたし、ここまで精力的に動いたのは色々な問題が解決されたからって部分もあるのかな。それにそれまで発表の機会がなかっただけで創作自体を止めてたわけでもないんだろうし」
「結局それなしに生きられない人だものね」
「それでこのアルバムのタイトルの由来はチャゲと飛鳥という二つの異なる血が混ざり合って生まれたというもので、そのイメージを具現化したものとしてジャケットではイラストっぽく処理された二人の間に顔みたいなものが浮かんでる」
「ジャケットのデザインは今までで一番凝ってるんじゃない。例の鳥のマークだけとかかなりシンプルなのが多かったし。そして中身は、まず一曲目は『EXPLOSION』。作詞作曲A、編曲瀬尾一三・THE ALPHA」
「これは当時のコンサートツアーのタイトルにも使われたみたいで、実際にコンサートの一発目としてうってつけの楽曲となってるんだ。QUEENの『We Will Rock You』とか、ああいうズンズンとした力強いロックのリズムに二人の歌唱もまったく負けておらず、爆発というタイトルにふさわしくガツンと歌い上げている。凄まじい何かが今まさに近付いてくる、足音が鳴り響いているような期待感に満ちている。時間も六分を超えてる力の入りようだし、なかなかの大曲だよ」
「次はアルバムタイトルにもなっている『MIX BLOOD』。作詞作曲A、編曲瀬尾一三」
「前曲の最後とこの曲の始めが繋がっているんだ。それでこっちもやっぱり爆発的なロック調のサウンドが特徴となっていて、こういう音の厚みは今までになかったものだから非常にパワフルな印象。ただちょっと難しいのは、この楽曲の素質に対してこのアレンジは正解だったのだろうかって部分。エキゾチックなうねりを帯びたメロディーと古代のロマンに思いを馳せるような神秘的な歌詞にストレートなサウンドが融合して独自の味が出たとも言えるけど、木に竹を接いだように感じない事もないし。そこが面白くもあり、時々不気味でもある曲」
「次は『TEKU TEKU』。作詞作曲A、編曲瀬尾一三」
「ほのぼのしたメロディーに、マイペースで進んでいこうというふんわりした決意が歌われている。それとこれ、元々は明石家さんまに提供した曲なんだ」
「明石家さんまってみんなが知っているあの人よね。へえ、歌ったりしてたのね。しかも結構普通な曲を」
「人気者はとりあえずレコード出しとこうかって時代だしね。とは言え当然本職の歌手じゃないので歌唱力はね……。声質もザラザラしすぎて聴き辛いし。ただ逆に言うと歌唱力に乏しい人間でも歌えるように作られてるわけで、その平明さがほのぼの感に繋がっているんだろうね」
「次は『不条理なkissを忘れない』。作詞澤地隆、作曲C、編曲新川博。やっとチャゲ曲が。それとこの編曲家も聞いた名前よね」
「チャゲアスでは初めてだけどその後に光GENJIではアルバム中心に多く手がけてるからね、散々耳にこびりついた事と思うよ。ただ光GENJIでは綺麗目な編曲が多かったけど、こっちではイントロからいきなり加工した声をリピートして楽器のように使ったりとシンセ全開のがちゃがちゃした音が印象的。歌詞も逆説的な言葉遣いとか響き重視の言葉遊び連発という澤地色が明確で、そんなに聞き返さないかな。サビはそこそこガツンとしてるけど、伸び足りない」
「次は『黄昏を待たずに』。作詞作曲A、編曲瀬尾一三・A・THE ALPHA」
「これが『モーニングムーン』の次のシングルとして発売された曲で、テーマはドライブ。歌詞も含めて最初から最後まで、まさに高速道路を突っ走っているような爽快感がいっぱい。今までだったらもっと肩に力入りまくってたところからこういう軽さを出してきたのは新境地だね。それとタイトルも格好良い。ただサビも流れるようなメロディーで突っかかる部分があまりないのは良くも悪くもってところかな。イントロのキーボードとかアウトロのギターのフレーズなんか個人的には好きだけど、こういうの聴いて『いかにも古いなあ』ってなる人も結構いるだろうし、極めて八十年代の世界」
「次は『Newsにならない恋』。作詞澤地隆、作曲C、編曲久石譲」
「これは早見優というアイドルの女に提供した曲のセルフカバーで、だから歌詞は完全に女口調となってるんだ。カラッとしたアレンジに乗って、チャゲは早見バージョン以上にノリノリで歌ってるのがオカマバーのカラオケ大会みたい」
「次は『ADIOS SENORITA』。作詞澤地隆、作曲C、編曲佐藤準」
「曲の舞台は情熱を秘めた太陽の国スペイン、という事でこれまたハイテンションなサウンドが炸裂している。ただ曲調に反して街の喧騒を横目に異国の女と出会ったもののすぐに別れた俺は寂しさを感じつつ一人で呑む、みたいなほろ苦い哀愁が漂う歌詞も印象的。でもタイトルがアディオスだからねえ、セニョリータだもんねえ。イントロで変にエコーかけてるところなんかも含めてちょっとギャグっぽいけど、本当のところ結構好きな方だったりする。陽気でアップテンポな楽曲が多い本作の中でもトップクラス」
「次は『かけひき』。作詞作曲A、編曲新川博」
「そこそこスピード感はあるけどサウンド自体は控え目で、声もそれほど張り上げていないので切なさが多めに漂っている曲。アルバムの中では確かに地味ではあるんだけど、全体的に派手派手な中にこういうのがあるので決して埋没しているわけではない。アルバム内の佳曲って立ち位置」
「次は『シングル・ベッド』。作詞澤地隆、作曲C、編曲瀬尾一三」
「これもまた明石家さんまへの提供曲。歌詞の舞台は空港のそばにあるホテルで、多分海外旅行へ行こうとするけど一緒に来て欲しかった人は来ず、結局二人用のダブルベッドを一人で使ってしまったという事で『シングル・ベッド』と、いかにも澤地らしい皮肉っぽさ。原曲はさんまのぼろぼろな声質が逆に痛々しい心境を生々しく描写しているように思えるアイデアものの曲で、一方でこっちは二番で電話の呼出音とコインが落ちる効果音を使うなどサウンド的なアイデアが豊富」
「次は『やっぱりJAPANESE』。作詞作曲A、編曲瀬尾一三・A」
「ぼさっとしたテンポの曲で、ニューヨークという世界の中心まで来たけど何かが違う、というかホームシック気味になって『ああ、日本に帰りたいなあ。俺ってやっぱり日本人なんだなあ』と疲れ果てたような軽めの声で歌う。編曲に関して、飛鳥はストリングスのアレンジなんかを手がけたらしく、その出来は満足しているらしい。というわけで本人的には渾身の一撃だったはずだけどあんまり人気は出なかったみたい。実際僕としても最初は全然無理だった。ただ何度か聴いているとこれはこれで良いなと思えるようになった。サウンドが一番普遍的じゃない。いかにもな八十年代っぽさが希薄で」
「そして最後は『月のしずく』。作詞作曲A、編曲瀬尾一三」
「これはCD限定の楽曲でね、当時はレコードが主流だったけどCDも段々出てくるようになっていたんだ。両者の端境期に発売されたこのアルバムならではの存在と言えるかも。ただ曲自体はまさにボーナストラック的な存在で、つまりはアルバム二曲目の『MIX BLOOD』をスローテンポにして別の歌詞を入れたもの。一番とサビで終わる短さ含めて『DREAM FLIGHT』と『星空のメッセージ』みたいな。楽曲本来のエキゾチックさを強調したような曲で、物悲しげに終了する」
「これで全曲ね。全体的には提供曲が結構多いみたい」
「光GENJIの一年前だけど、ちゃんとこういう実績を踏まえてのものなんだと分かるよね。まあチャゲアス関連でこの頃一番有名だったのは間違いなく『ボヘミアン』なんだけどね。作詞Aで、作曲は井上大輔という語ろうとしたら一本やれるようなこの業界における偉人。そして歌うのは」
「葛城ユキ、だっけ」
「一番有名なのはそれだね。元々は一九八二年に大友裕子という歌手に提供したけど、発売してすぐに結婚引退したからあまり話題にならず埋もれていった。しかし一年後、井上が見出した葛城ユキがカバーしたところ強烈すぎるハスキーボイスが絶大なインパクトとなって大ヒットしたんだ」
「あまりにも鮮烈すぎて一発屋扱いされるぐらいだもんね」
「井上からは『出だしは三音の英語を入れて』みたいな要求が出てたけど、あえて字余りの単語をぶち込む事で引っかかりを作ったと言う。その辺は最初から売れるためのインパクトを考えていた飛鳥の面目躍如だね。一年後に同じ井上飛鳥コンビが提供した『みどりの薔薇』とか、よりハードかつ洗練されたロックサウンドでかなり格好良いけどレッテルを貼られた者の哀しみか知名度は低い。それとチャゲアスの話に戻る上に時期も前後するけど、レコード会社移籍の際に『Standing Ovation』ってベストアルバムが出て、このアルバムには『ボヘミアン』のセルフカバーが収録されたんだ」
「へえ、そうなんだ。編曲は村上啓介」
「打ち込みを駆使した当時最新鋭のサウンドに、高音で押すボーカルと相まって受ける印象はかなり異なる。もちろんチャゲアスのほうがシャープな響きとなっているし、でもシンセで色々な効果使うのが楽しかったんだろうけど無駄にエコーとかかけてるのが今となってはちょっと余計だなってなったり」
「それにしてもこのベストアルバムの選曲って結構独特よね。序盤の『ひとり咲き』『万里の河』『男と女』という初期路線を代表するシングルにチャゲの名曲『終章』って流れは分かるけど、途中からは『マリア』とか『涙・BOY』とか、意外なのが混じってる」
「まあ売れてはなかったし、サウンド的にも試行錯誤する中で当時としてはこれぞという曲がこれだったんだろうね。シングルになった曲だって会議とか何度もやって今出すべきなのはどれとか熟慮した末に選ばれたはずなのに、でも何でこれがってなる事もあるし、考えに考えてベスト中のベストな選曲をしたはずなのに、でも何で『マリア』だよってなる事もある。そこが流行という形のないものを追いかける世界の難しさなんだろうね」
「かと言って有名曲ばっかりだとそれはそれで面白味なくなるしね」
「個人的には有名曲もしょっぱい曲も内包した機械的なベストアルバムでいいんだけど。それで良ければオリジナル集めるし。それはともかく『MIX BLOOD』の総括だけどね、とにかく前作からほとんどインターバルを置かずに出しただけあって非常に勢いがあるのが一番の特徴じゃないかな。そして歌詞もドライブとか海外旅行とか当時の潮流に乗った舞台設定がなされているのも印象的。アジアを感じさせる叙情的なフォークシンガーから最新鋭のシンセサウンドを使いこなすロックミュージシャンへの転向は、もはやサウンドの面では完全になされている」
「実際前作よりターニングポイントっぽさはあるわね。目指すところが明確と言うか」
「よりハイテンションに、なおかつ洗練されたサウンドで新天地を駆け抜けていくチャゲアスの二人とスタッフ達でした、というアルバムだね。まあ当時の洗練が今でも通用するかはまた別問題だけど」
このような事を語っていると敵襲を告げるサイレンが鳴り響いたので、二人はすぐに戦闘モードに移行した。
「ふはははは、俺はグラゲ軍攻撃部隊のビロードカワウソ男だ! さあ存分に死ぬが良い!」
東南アジアからインドあたりに生息している大型のカワウソの姿を模した異星人が川沿いに出現した。日本固有のニホンカワウソは残念ながら絶滅してしまったが、以前すでに絶滅したと思しき種の姿を模した指揮官が来球した事もあるのでもしかすると出てくるかも知れない。しかし敵は敵。除去する抵抗力は間もなく現れた。
「またも出たかグラゲ軍。お前たちの思い通りにはさせないぞ」
「こんな寒い中お疲れ様と言いたいけど、迷惑は迷惑だから即刻立ち去っていただきたいものね」
「ふふふ、貴様らが噂に聞くエメラルド・アイズか。死んでもらおう。行け、雑兵ども!」
次々と出現する雑兵たちを二人は猛烈な勢いで潰しにかかり、ついに残る敵は指揮官一人だけとなった。
「これで雑兵は片付いたな。後はお前だけだビロードカワウソ男」
「無理に訪れる事もないのに攻めてくるから諍いになる。もっと控えてくれれば良いものを」
「蛮族は排除あるのみ。これがグラゲの正義だ。そして悪は滅ぼすものと相場は決まっている」
そう言うとビロードカワウソ男は懐から取り出したスイッチを押して巨大化した。やはり戦うしかないか。二人は意を決して合体して、それに抵抗した。
「メガロボット!!」
「メガロボット!!」
巨体と巨体のしなやかなぶつかり合いはしばらく続いた。ビロードカワウソロボットは一見動きが鈍そうだが、絶妙な間合いの取り方でひょいひょいと攻撃を躱していた。しかし悠宇もその双肩に地球がかかっているだけあって抜群の集中力を発揮して、ついに捉えて敵の動きを止めた。
「よし、今よとみお君!」
「うん。サンダーボールでとどめだ!」
一瞬の隙を逃さずに、渡海雄は黄色のボタンを押した。右手首から発射された電気の球がビロードカワウソロボットを包んだかと思うと、一気に機体をショートさせた。
「ええい、忌々しい奴らめ。撤退するしかない」
機体が爆散する寸前に作動した脱出装置によってビロードカワウソ男は宇宙に帰っていった。新年まではすでにカウントダウン。今年は後一本投稿出来るかってところだろう。
今回のまとめ
・かなり八十年代っぽいノリの楽曲が多いアルバム
・派手なサウンドになるといかにも当時っぽいシンセが目立つ
・あえて今年「黄昏を待たずに」がリメイクされたのは驚いた
・「ボヘミアン」は葛城ユキが一番エグみあるいはパワーがある