rm04 シーズン残りの戦いについて
何事においてもあらかじめ定めておいた予定が突如変更するなどとはよくある事である。先日、月曜日に悠宇を誘っておきながら、その後同級生の別の友人に「遊ぼうぜ」と誘われるとなんの気なしにOKの返事をした渡海雄の脳内からは先に交わした約束などすっかり抜け落ちてしまっていた。
「あ、あのね、一応言うけどね、わざとじゃないんだよ?」
「うん。それはもう聞いたから死んで」
「ごめんなさい。本当にごめんなさい! でもわざとじゃないんです。ただあの時はちょっと忘れてただけですぐ思い出して教室に戻ったし」
「ごめんで済んだら警察はいらないわ。とみお君がそんな人だとは思わなかったわ。ねえ、私が教室で何分待ったか知ってる?」
「ううっ」
「まあ、ね。そんな泣かれても本当は許すつもりなんて全然ないんだけど、とみお君とは一緒に地球を守る仲だし私もそろそろ子供みたいな事ばっかり言っていい年齢でもないし、今回だけは特別に許してあげる。でも今度こういうことしたら殴るわよ」
「うん。殴って。こればかりは全部僕が悪かったし責任も感じているから。世界のためもあるし、死ぬ以外なら何でもやるから」
「まあそうなったらその時よ。それよりね、今はカープよ。もはやシーズン残り二十試合を切って悪くないポジションにはいると言えるわ。しかし本番はこれからよ。これから今週末と来週で現状圧倒的なゲーム差をつけて首位独走中の巨人戦が六試合もあるんだから」
「順位は巨人が独走で二位の阪神もある意味独走になってるね。それともう一つ、一番下ももうかなり離されちゃったよね」
「ヤクルトね。バレンティンは止めようがないほどの凄まじいペースで打ちまくってついに新たなる金字塔を打ち立てそうだけど、それをチームとして生かせないまま最下位不可避となってしまったわね。怪我人や本来やるべき選手の不調で最後まで噛み合わずにここまで来てしまったようで、この間の広島戦もバレンティンはホームラン連発だけどそれが勝利につながらないのがしんどいところね」
「個人の活躍だけじゃ駄目って事なんだなあ」
「特に酷かったのは三試合連続で早々と炎上した先発投手だけど、他の野手もびっくりするようなミスがあったし、まあ最下位らしい悪い戦いだったわ。昨日みたいな締まらない試合で新記録達成しなくてある意味良かったんじゃないかとさえ思ってしまったもの。やはり野球はチームのスポーツだから、ああも悪条件が重なったら個人の大躍進があっても厳しいって事なのよね」
「来期以降はどうなるんだろうね。それで三位争いは広島と中日とDeNAってなったけど、どうなると思う?」
「ううん。まず状況を整理すると、カープは中日と多少ゲーム差が開いているけどこれから鬼門、今シーズンの成績が悲惨な巨人戦となるわ。来週が終わるまでの九試合、何とか四勝できたらって思うけど、まあ三勝六敗でもとりあえず有りと見るくらいのほうが良いかも知れないわ。それ以下だって十分頭に入れておかないといけないし。とにかく先が読めない、だから怖いのよね」
「その間中日は、確かDeNAと直接対決があるんだっけ」
「そうよ。カープファン的な目線で見るとすでにDeNAとの直接対決は終わっているけど中日とはいくらか残っているし、どちらかと言うとDeNA優勢だったほうがカープとしては良さそうね。DeNAは先日の巨人戦で三連敗して今ではカープとゲーム差が五に開いたけど明日は我が身という言葉もあるし。まあとにかく、もしDeNAが頑張って例えば中日をかわして四位浮上したところで直接対決がなければ一気に差を詰められるって事はないし、それなら今ぐらいの差があるって事はカープとしては割と有利よ。まあ問題は相手じゃなくて自分たちなんだけどね」
「確かにね。じゃあ今の広島の状態はどうなの?」
「まあぼちぼちね。まずは投手陣はエース前田健太に野村、大竹、バリントンの四人組は最後まで持つでしょう。それにこれからは多少ローテーションの間隔を詰めてくるはずだから谷間の選手を見る事は少なくなるし、ここはそれなりに信頼していいと思うわ。リリーフは横山、永川、ミコライオ、今村。ううん、今村は接戦では見たくないしミコライオも崩れる時は本当に脆いから危うさを感じるけど、少なくとも上野や菊地原が跋扈していた時期と比べると格段の違いがあるわね」
「そういえばソコロビッチってのがいたけど消えたね」
「夏の大変な時期にぼちぼち頑張ってくれたわね。単純にリリーフの駒がひとつなくなったってのはマイナスではあるけど、彼は外国人だから。リザーブの外国人としては十分な力を持っていたけど怪我が多すぎたのがもったいなかったわ。多分来年は異国で違うユニフォームを着ているでしょうね。ニックも最後は怪我が原因でお別れとなったし、ましてや助っ人と呼ばれる立場の人間だからそこは気を付けないとね。動けないとアピールすら不可能なんだから」
「その代わりに昇格したエルドレッドが好調じゃない」
「そうね。元々パワーには定評があったし、弱点は相変わらずぽっかりだけど左投手相手ならかなりの強さを見せているわ。キラとはニコイチみたいな力関係だし、ホームランを打てる選手は貴重だからこのまま打ちまくってCS出場を導いたら残留も現実的になるでしょうね。あまりの低打率で二軍落ちした時はもはやこれまでと思ったけど。逆にルイスはようやく数字を上げてきたタイミングでチーム事情もあって二軍落ちとなったけど、このタイプは長距離砲と比べて日本人でも代用しやすいからちょっと苦しいわね」
「この三連戦でもエルドレッドとキラがよくホームラン打ったし、外国人は割と頑張ってるよね」
「そうね。栗原が頑張ってたらキラは今頃いなかったんでしょうけど。それにしても栗原はどうなっちゃうのかしら。ここまで数字が盛り上がらないまま来るなんてさすがに想像したくなかったわ。しかも来季はファースト専任のキラ残留と言うし、もうせいぜい代打ぐらいしか居場所がなさそうね。それと怪我の東出もね、守備範囲が広くて身長の割にパンチ力もある菊池がこうも台頭した現状だとレギュラー奪取は厳しいかも。言うまでもなく菊池のほうが若くて伸び盛りだけど東出はここから大幅に成長なんて考えられない年齢に達しているし。厳しい時期を支えていた選手がこういう場面で出番がないのはちょっと侘しいけど、仕方ないのかしらね」
「それとサードの堂林も怪我しちゃったね」
「思えばそうならないでいた今までが奇跡のようなものだったのかも知れないわ。そして堂林の穴を埋めているのは木村だけど、正直言って彼の利便性を過小評価していたわ。二軍では一割台だからどうなんだろうって思ってたけどあんまり関係なかったわね。それと木村なら堂林と違ってこの後不調に陥っても外す事が可能だし、小窪なり上本なりの頼りない控えたちをうまくやりくりして、最後まで行ける見通しが立ったようには思えるわ。来年はまた堂林メインになるでしょうけど、今シーズンみたいな体たらくだとさすがに耐えられなくなるからどうにか成長を望みつつ、起用ももっと柔軟に外す時は外すようにしてほしいわね」
「堂林はやっと数字を上げてきたからタイミング悪いなって思ったけどね」
「まあ怪我してなかったらどうなってたかなんて分からないわ。もっと良くなっていたかも知れないしすぐに冷温停止していた可能性だってある。まあ今のチーム状態がそこまで悪くないからしばらくは堂林の事は忘れましょう。そして外野は、まずはずっとレギュラーを張っている丸は結構打率落ちてるけど出塁率はそれなりに保っているわ。ついでに盗塁王もほぼ確定ね」
「いきなりタイトルって凄いじゃない」
「成功率は低いからあまり効果的とは言えないけど、まあ勲章が増えて悪い事はないわ。そして想像以上に落ちてこなかった松山や廣瀬も戦力になっているわ。松山は去年オープン戦の打棒をシーズンではまったく発揮出来ず信頼を失ったけど、これが出来るなら最初からしてくれれば良かったのに。その他左なら天谷や岩本がいて右なら赤松、エルドレッド。特に外野とサードは相手の先発が右なら左打者が多く、左なら右打者で固めるという塩梅でそれなりに成果を上げているわね。絶対的な信頼は出来ない選手が多い現状、そうやってその時その時に応じて確率の高そうな選手を使い分ける采配は大事よ」
「そうだね。そういえば監督はどうなるのかな」
「Aクラスなら残留だしBクラスなら退任と、シンプルな構図になるでしょうね。シーズンが終わればドラフトもあるし、ドラフトには監督の意向も入ったりするものだからその頃には全てが決まっているから場合によっては後一ヶ月って事もあり得るのよね。五人ぐらい獲得するらしいから。その分チームを去るであろう選手もある程度具体的に思い浮かぶし、でもまだそこは考える必要はなさそうね。とにかくさっさとAクラスに入ってくれれば多少のマイナスも気にならなくなっているはずよ。ここ十数年誰も成し遂げられなかった事が出来るかもしれないんだから、そりゃあ期待するわよ」
「そうだね。後は中日がどうなるかだね」
「そうね。順位は相手あってのものだし、カープが悪くない戦績を残しても向こうがそれ以上だと意味ないものね。そして中日は長らくAクラスを続けていたから今年も何となく変だなと感じながらも『何だかんだ言ってもそのうち浮上してくるだろう』と思われていたわ。それがここまで苦戦しているんだから」
「前も言ってたけどやっぱり老化が原因?」
「荒木や井端みたいなベテランがもう一歩だったのもあって今はかなり若い選手がスタメンに名を連ねている印象ね。高橋周平とか。想像以上に阪神が不甲斐なかったのでせっかくヤクルトに三連勝したのにあんまり差が広がらなかったけど、まあ仕方ないわね。全身全霊をかけて巨人戦の連続とその後に待つ直接対決で素晴らしい結果が出るよう期待しましょう」
ここで敵軍襲来を告げる緑色のサインが輝いた。どうやらお話もこれまでと悠宇は戦闘態勢に入ろうとした。
「何やってんのさ! とみお君、早く!」
「ねえ、もう本当に怒ってない?」
「今更この私がそんな事気にするはずないでしょ。男ならさっぱりと切り替えて元気を出さなきゃ。どうしても駄目なら、そうだ、キスでもしてあげよっか」
「い、いいよ! そんなの、は、恥ずかしいし……」
「それなら変身よ。こんなところで泣いてる方がよっぽど恥ずかしい事なんだからさ。さあ行きましょう!」
「うん!」
敵が出現したという川沿いの中洲へと滑るように駆け出す渡海雄の姿は長いまつげの先にかすかに残った涙の欠片をすべて振り払うようにも見えた。負けじと悠宇も走る。走る二人は風になり、音になり、光になった。
「ふぁはははは、俺はグラゲ軍攻撃部隊のキツツキ男だ! この場を環境改善拠点の候補とするのだ!」
グラゲ軍は惑星の環境を改造するための巨大な装置を有しており、それを大地に差し込んで空気をグラゲ人に適応するものに置換する。そしてそれを成し遂げられると地球人類は生きることができなくなるのだ。当然それは阻止しなければならない。
「聞き捨てならないぞその台詞! お前たちの思い通りにはさせないぞ!」
「そうよ! 怪しげな機械なんてこの地球では使わせないんだから!」
「ふん、ようやく現れたか。しかしすでに貴様らは包囲されている! 雑兵ども、かかれい!」
キツツキ男の怒号にしたがい、地面の中から機械仕掛けの雑兵たちが大量に出現したが渡海雄と悠宇の二人は慌てずに対処した。一体一体を確実に倒していけば、どれだけ多くてもいずれ全て倒す時が来る。今回もまた、数十分の戦いの末に雑兵全滅に成功した。
「どうだ! 後はお前だけだぞキツツキ男!」
「せっかく最後まで楽しめそうなシーズンなんだから、あなたたちなんかに邪魔はさせないわ!」
「黙れい! この俺がこの程度で屈する訳が無かろう。巨大化で勝負だ!」
背水のキツツキ男だが彼もまたいささかたりとも慌てず、懐から取り出したスイッチを押して巨大化した。それを見た二人もまた心と体を一つに合わせて対抗した。
「メガロボット!!」
「メガロボット!!」
巨体と巨体に挟まれて、野球場も設置できる程の川でさえもあたかも自然をミニチュア化した日本庭園のように見える。その両側に立ちながら間合いを図った。勝負は一瞬だった。
「よし、これで行くぞ! ドリルキック!!」
一気に距離を詰めての打撃でキツツキロボットのバランスを崩したところですぐさま離脱し、渡海雄は青いボタンを押した。両足に仕込まれたドリルがうなりつつ最接近して、胴体に大穴を開けた。
「まさかこれほどとはな! 残念だがここは撤退して次の機会を待つしかないのか!」
今にも崩壊せんとするキツツキロボットが自らの巻き起こした爆風に身を包まれる直前に作動した脱出装置によってキツツキ男は本拠地へと戻った。次にこの話をする頃にはすでにシーズンは終わっているが、不甲斐ない結果に終わっていたらドラフトと人事についての話ばかりとなるだろうし、Aクラスに入れればシーズンの総括となるだろう。どうなっているだろうか。
今回のまとめ
・ヤクルトは残念ながら脱落でDeNAも剣が峰に立たされている
・広島は去年と比べて打者は格段に上だが問題は巨人戦よ
・何だかんだ言ってもやっぱり中日は不気味
・延々晒されるであとうバレンティン新記録が広島戦じゃなくて良かった