ca07 21世紀について
八月六日の午前八時十五分。一九四五年のこの時間、広島に原子爆弾が投下された。それから七十年以上が経過した現在、直接的な被爆者ではないがその惨禍を伝える現代の吟遊詩人が次々と生み出されていると言う。国の誤った政策によって多大なる犠牲を被った悲劇を二度と繰り返してはならないと、渡海雄と悠宇は澄んだ空に響く鐘の音に平和の二文字を乗せて祈った。
「いつの時代だって、本当は戦争なんてやりたくはないものだから、僕達も戦う日々がいずれ終わるといいよね」
「そうね。でも一度戦うとなったら全力でやらなきゃならないものだし、難しいものよね。私達だって戦いを辞めたらその時はこの世の悲惨が待ち受けているわけだから」
「そうだね。そんな傷を背負うのは僕達だけで十分だ。という訳で、今回のアルバムは『CHAGE&ASUKA IV -21世紀-』。一九八三年に発売されたアルバムだよ」
「IVってあるけど、五作目じゃない?」
「『熱い想い』は映画のサウンドトラックであくまで番外編って意識だったみたい。音源を聴くだけだとそこで分ける意味がないんだけど。そしてこのアルバムは当時における近未来である二十一世紀への不安と希望、そして愛とか平和がテーマとなっている」
「だからジャケットはステンドグラスっぽいデザインになっているのね」
「そうだね。相変わらず例の鳥がモチーフになっているけど、初期のギラギラなイメージではなくどこか落ち着いた色合いになっているでしょ。そして内容も元々はシングル曲なし、アルバムトータルの魅力で勝負した一枚でもあるんだ」
「それはまた気合の入った話ね。そんな一曲目は『自由』。作詞作曲A、編曲瀬尾一三」
「これはちょっと短くて、序曲って感じ。中世の城郭都市の面影を色濃く残す街の夜明け、と言ったイメージ。空はまだ薄暗くて、少し肌寒い。舞台はかなりヨーロッパっぽい。今までは中国とか日本、アジアのイメージが濃厚だったけどそこからは完全に離れている」
「次は『眠ったハートに火をつけて』。作詞松井五郎、作曲C、編曲大村雅朗。今までにないアレンジャーが登場したわね」
「でもこの大村、この世界ではかなりの有名人で、特に松田聖子とか八十年代におけるアイドル歌謡の編曲においては第一人者と呼んでも過言ではないくらいの活躍をしたけど、無理がたたったのか四十代にして早世してしまった。で、楽曲はそういう大村のキャリアを反映してか、結構アイドルっぽい華やかさがある。出だしは抑え目だけど次第に伸びやかなメロディーに移っていく構成もしっかりしている。それとサウンド面でも、この辺からコンピュータによる打ち込みが導入されたんだ。この打ち込みって奴が今後重要になってくるんだけど、今はその入り口に立ったばかりの段階」
「確かに今までより軽やかな音になっているみたいね。次は『あの娘にハ・レ・ル・ヤ』。作詞作曲A、編曲平野孝幸」
「前曲から引き続きアイドル路線驀進中と言うか、こっちはイントロからいきなりハイテンションだし、夏! 海! やるぜ! みたいなTUBEっぽいギラついたシチュエーションの歌詞も彼らには珍しい。『自由』で見せた静謐な雰囲気はもはや完全に吹っ飛んでいるけど、まさかハレルヤというキリスト教用語を使ってるからセーフって話でもあるまいし。総じて言うと強化版『翼』って感じ。こういう引き出しも持っているけど、それをそのまま自分たちがやるのは正解じゃなさそう」
「次は『Fifty-Fifty』。作詞松井五郎、作曲C、編曲平野孝幸」
「イントロの雰囲気からして今までにないものがあるね。この北風が一吹きすれば舗装されていない道路から砂嵐が舞い上がるような、アメリカの西部っぽい乾いた静けさを伴うサウンドから歌い出し第一声にガツン、というつかみは抜群だけど、そこがピークかな。歩くようなペースでどこかほのぼのした曲調だけど、正直サビがどんなだったかとかあんまり頭に残らない。ただ乾いた雰囲気だけは残る。飛鳥ほど露骨じゃないにせよ、チャゲだってチャゲアス=オリエンタルという枠にはめられるのは窮屈だなと考えていて、だからアメリカっぽいのを作ろうって事でこういうのが生まれたみたい」
「次は『不思議の国』。作詞作曲A、編曲は笛吹利明とAの連名となっているわね。珍しい」
「曲自体は笛吹らしくアコースティックギター基調のシンプルなもので、どこをどう編曲に携わったのかは知らないけど、とにかく本人の名前が編曲の欄に入るのはこれが初めてじゃないかな。幻想的な歌詞も含めてノスタルジックな空気と、それはもはや追憶の世界にしか存在し得ないというそこはかとない哀しみが漂っている。特にチャゲがメインパートを歌う二番サビの歌声は絶妙」
「次はアルバムのタイトルにもなっている『21世紀』。作詞作曲A、編曲笛吹利明、山田秀俊」
「レコードだとここからB面だったみたいだけど、楽曲としては引き続きアコースティックギターの演奏が印象的で、サウンドとしては初期へ回帰したのかとも思わせるけど中身は圧倒的に洗練されている。夢か現かという幻想的な光景の描写から当時においてはまだ見えない未来である二十一世紀への不安、そしてそれを振り払わんとする力強い希望を流麗なコーラスワークで歌い上げている」
「希望と言うより不安のニュアンスのほうが強いみたい」
「当時は一九九九年に人類滅亡とか喧伝されてたからね。そこで死んだら新世紀迎えられないじゃない。そんなのはインチキだデタラメだと理解していてもどこかで『でも本当は? 絶対に滅びないとは言い切れないだろう。ちゃんと新世紀って来るんだろうか』という不安もあったはず。そう言えばノストラダムスの詩を曲解して人類滅亡説を広めた五島勉は他にもいんちき臭い本をいっぱい書いてるけど、その中に『幻の超古代帝国アスカ』というものがあり、それに飛鳥が推薦文を書いているんだ」
「へえ、そんな事もやってたのね」
「本の内容は、まずきっかけとしてはインドにアスカって地名があるって話から世界中に類似した地名があるって言うんだ。日本の飛鳥は言うまでもないとして、アラスカとか壁画で知られるラスコー、地上絵のナスカなんかもそうらしい。で、それはタイトルにもあるように超古代帝国アスカの末裔がその地に行き着いた証拠だ、みたいな作者の想像力全開でさすがベストセラー作家は違うなあと思わせるよ」
「ふっ、それがもし本当だとしたら凄い話よね」
「飛鳥も概ね同じような事言ってた。『これが事実だとすれば現代社会に危機が迫っているのかもしれない』とか、そこまで真剣に信じてはなさそう。楽曲に戻ると、ここで歌われた内容はあの頃の未来を生きる現在の僕らにとっては色褪せたメッセージかも知れない。でもそういうの抜きにしてもね、メロディーがいいんだよ。だからいくらでも聴いていられる。これに限らず今回の飛鳥曲はこの透明感あるメロディーが印象的。過剰にインパクトを追求しなくなった中で己の内部より生まれたものがこれだとしたら、その決断は非常に大きな成果だったと思うな」
「確かにシンプルだけど引き込まれるものがあるわね。次は『闇』。作詞作曲C、編曲平野孝幸」
「妙に大袈裟で泥臭い空気を纏っていて、初期の匂いがする曲。シンプルなタイトル含めてね。自分の裏切りによって崩れゆく女、みたいなシチュエーションだけど歌詞は正直弱い。表現は陳腐だし、口調も男の荒んだ心理を表したのか知らないけど一部片言っぽくなってたりといささかぎこちない。全体的に大味な曲ではあるけど、それはそれで魅力もある楽曲。曲調と合わせて何となく北斗の拳のエンディング曲が浮かんだ。クリスタルキングの奴ね。シンにユリアを奪われるシーンとか、ああいう感じ」
「次は『夢を見ましょうか』。作詞作曲C、編曲平野孝幸」
「イントロのチェロの音はかなり印象的。心の空虚さが見え隠れする丁寧口調の歌詞はどこか皮肉っぽくも聴こえて、全てを諦めた末に生まれた優しさが漂っている。中華圏でこれをカバーした人がいたり向こう限定のベストアルバムに収録されたり、何気に人気曲らしい」
「次は『O Domine』。作詞作曲A、編曲青木望」
「これが元々このアルバムのラストに位置する曲なんだけど、ついに来る所まで来たって感じの賛美歌風の大曲。タイトルからして『おお、主よ』と呼びかける時の言葉だし、歌詞もフランダースの犬のラストみたいで非常にキリスト教的。加えて音作りも力入りまくりで、銀河鉄道999などアニメ特撮系の仕事も多い青木望の手によるシンフォニックなサウンドは壮大そのもの。パイプオルガンによるイントロから始まり、透明感のあるメロディーや歌唱を経て最後は東京混声合唱団によって聖書の一節が歌われるという徹底的な世界観は圧巻だよ。しかも怒涛の六分越えと長い」
「と言うか、飛鳥ってキリスト教徒だったりするの?」
「ううん、どうなんだろうね。元々映画音楽みたいなのが好きで、そういう影響みたいだけど。当時関係者からは『万里の河』みたいなのを求められていたらしく、この時期の方向性に関して『自分を見失ってはいけない』みたいに言われる事もしばしばだったそうだけど、飛鳥としてはむしろ『万里の河』こそ売れるために無理して生み出した方向性で、このアルバムにある曲は自分本来の色を出しただけって認識だったみたい。でもそりゃあ関係者からするとどうしたのって言いたくもなるよ。なんでいきなり宗教音楽なのって」
「今までとは世界観違いすぎるもんね」
「ただこれ以降、表面上の奇抜さではなくより内面に根ざした音楽を追求していこうという姿勢は止めらなくなるから、そういう意味でもまさに過渡期だね。途中でキリスト教あんまり関係ないどころか明らかに場違いな曲が挟まれてるのも含めてね」
「まだそこまで徹底出来てないという?」
「あるいは両極端を披露する事でバランスを強引に是正させたのかもね。いくらなんでも教会音楽だけでアルバム作るのはやりすぎだし、と言ってきたけどそれは基本的に飛鳥の話。実際このアルバムの世界観を引っ張っているのは明らかに飛鳥だけど、チャゲも全く異なる個性を持った楽曲を連発していて、こっちの活躍も必聴だよ。何気に楽曲のアベレージで言うと今までで最高かも。個人的に『これはパス』って曲が一切ない」
「やはり成長著しいものね。で、ここからはボーナストラックだけど第一弾は『少年』。作詞松井五郎、作曲C、編曲瀬尾一三」
「例えるならひと夏の冒険みたいな、ほのぼのとしているけどどこか決意を感じさせる雰囲気で、結構いい曲。チャゲの歌声もノスタルジックな切なさを想起させる」
「次は『謎2遊戯』。作詞松井五郎、作曲C、編曲大村雅朗」
「これはなかなかに独特な雰囲気を纏った楽曲。ベコベコしたベースがやけに主張してくるファンキーなサウンドで、ややコミカルではあるけどそこまで軽くもない」
「次は『マリオネット』。作詞作曲A、編曲瀬尾一三」
「これがシングルになったらしい。一応発売はアルバムより前ながら未収録となったみたいだけど、確かんアルバムの世界観とは違っているね。まず非常に音が軽い。歌詞は愛ゆえに男にいいように操られている女をちょっと皮肉っぽい冷笑的な視点で描いていて、道化師的とでも言えるかな。さらっと通り過ぎるには捨て置けない変な引っかかりがあるけど、基本的には滑ったなって曲」
「うーん。でも実際聴いてみると、正直ださいかも」
「まあ一番シンプルな言い方するとそうなるかな。今までみたいな過剰な仕掛けもなし、後に繋がるメロディーの良さとかもなしである意味一番過渡期を代表するシングルと言えるのかも。変わり続ける中で成功ばかりってわけにも行かないものだよ。失敗しながらも、確かに前進していく先に何が待っているのか。次回からはそういう話になっていくと思う」
このような事を話していると敵襲を告げるサイレンが鳴り響いた。夕立と同じく、敵は突然現れるものだ。渡海雄と悠宇は覚悟を決めて戦闘モードに移行した。
「ははははは、私はグラゲ軍攻撃部隊のキジバト女だ! さっさとこの汚らしい星を平らげてやろう」
うろこ状の模様に覆われた翼や首元の縞模様、と言った見た目よりも特徴的なリズムの鳴き声こそが本体とまで思える鳥の姿を模した女が山間に出現した。あれは雄の鳴き声みたいだが、この女は極めて攻撃的な嘶きを披露しているので、すぐに倒さねばならない。
「出たなグラゲ軍。平穏を邪魔するなら容赦はしないぞ」
「こんな日だというのによくもまあ出てきてくれたものね。恥を知りなさい」
「逆臣ネイの操り人形なんぞに何を言われようが聞く耳持たぬわ。さあ、雑兵ども、奴らを殺せ!」
明日は台風が来ると言う。それで甲子園の初日が順延されると発表された。まさしく嵐のように襲い来る敵を二人は冷静に倒していった。
「これで雑兵は片付いたかな。ならば後はお前だけだキジバト女!」
「平和を望む心がかけらでもあるなら今からでも退きなさい」
「平和とは我らが皇帝様に従う事だ。それが出来ないなら、戦うしかなかろう」
そう言うとキジバト女は懐から取り出したスイッチを押して巨大化した。平和を望む心はお互い同じだろうになぜここまで違ってしまうのか。しかし今は考えるよりも生き残る事だ。渡海雄と悠宇は覚悟を決めて合体した。
「メガロボット!!」
「メガロボット!!」
にわかに曇った空を切り裂く巨体と巨体の激突。キジバトロボットの鋭い突進を素早く回避した悠宇は、その切り返しでカウンターの一撃を胴体に繰り出して敵の動きを止めた。
「よし、今よとみお君!」
「うん。フィンガーレーザーカッターで一網打尽だ!」
渡海雄はすかさず群青色のボタンを押した。指先から放たれた十本の高熱線レーザーがキジバトロボットをバラバラに切り裂いた。
「ちいっ、ここまでか。脱出する」
機体が爆散する寸前に射出された脱出装置によってキジバト女は宇宙の彼方へと戻っていった。今日もまた概ね平和だった。しかしその平和は人知れず傷つく人間の血によって成り立っているのだ。
それと昨日サンフレッチェが久々に勝利した。パトリックは怪我さえなければかなり強力なウエポンとなるとはっきりした。十二試合出場スタメン七試合でゴールわずか一の皆川とは大違いだ。勝ち点差はきついけど、とにかくこれを続ける以外に道はない。
今回のまとめ
・語り続けなければ埋もれてしまうものだから頑張って語り続けよう
・洗練されゆくメロディーと真摯なメッセージが胸を打つ好盤
・チャゲ曲のクオリティも上がってきており捨て曲がほぼない
・なのにシングルが「マリオネット」ってプロデュースしくじったか