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ca05 黄昏の騎士について

 梅雨入りした割に言うほど雨が降らない。それは良いのか悪いのか。傘を持って行かなくてもいいし服も濡れないので悠宇としては基本歓迎の姿勢を見せているが、大地の調和を考えると単純に喜べるものでもないのではないかと渡海雄は憂慮していた。


「それにしても交流戦、ここまではまあまあな戦いぶりだね、ゆうちゃん」


「そうね。後一勝で五割は確定だし、良好なペースよ。案の定他は負けが込んでいて優勝争いは概ね阪神とカープに絞られたと見ても良さそう」


「しかし巨人は酷い連敗だったね。それで今回は『黄昏の騎士』。一九八二年の二月に発売された、チャゲ&飛鳥三枚目のアルバムだよ」


「おお、ジャケットのデザインがやっと変わったのね。グーンと伸びる高層ビルのイラストの上に例のマークとCHAGE&ASUKAという自身の名前。それとやけにメタリックな中世の騎士が馬にまたがりつつ空中を闊歩している」


「デザイン的にも都会的なニュアンスが強まってるでしょ? いつまでも『熱風』に留まってはいられないぞ、もっと先を進むぞという意気込みは明確で、実際にそういうアルバムとなっているんだ」


「そうね。で、一曲目は……」


「あっ、その前にこっち行こう。前シングル『万里の河』とアルバム『熱風』がヒットして次の一手として繰り出された四枚目のシングルを」


「ええと、これは『放浪人(TABIBITO)』。作詞松井五郎、作曲C、編曲瀬尾一三。へえ、ここでチャゲを使うんだ」


「ヒット曲の次も同じイメージで、とはしなかったのは当然明確なビジョンを持っての事だよ。つまり自分たちはチャゲ&飛鳥という二人の異なる個性を持つ優秀なシンガーソングライターを抱えたユニットであって、決して飛鳥ともう一人なんかじゃないって意思表示に他ならない。オリエンタルだった前作とは対照的にガツンとしたロックサウンドが鳴り響くし、歌詞も股旅もののようであり西部劇のようでもあるハードでドライな雰囲気は叙情的な前作とは大違い。だから売上は、まあ落ちるよね。でも売りに走るなら飛鳥連投以外ありえないのにあえてチャゲ曲で幅を見せようとした心意気は買いたい」


「第一声に力を込める歌唱法が面白いわね。そしてアルバムに戻るけど、一曲目にしていきなりタイトルチューンとなる『黄昏の騎士』。作詞松井五郎、作曲C、編曲瀬尾一三。あら、こっちもチャゲ」


「これも飛鳥だけじゃないぞって『放浪人』からの流れだよね。楽曲としてはドン・キホーテの生き様をテーマにしているんだ」


「あのガラの悪い人が屯してるお店?」


「とは関係なくて、いや、一応は店名の元ネタなのかな? とにかく、ドン・キホーテってのはセルバンテスってスペインの作家が書いた世界的名著の主人公で、作中でどんな活躍を見せたかは割愛するけど、その中から『世間から馬鹿にされようと自分の信じた道を愚直に突き進む男』みたいなニュアンスを抽出して楽曲に仕上げたんだ」


「イントロは口笛なんかも吹かれてのんびりしてるわね」


「歌詞は叙事詩的とでも言うかな、『熱風』にも似たニュアンス。馬にまたがって田舎道をパカパカと進んでいくけど、間奏で事件が起きるんだ」


「間奏って……、うわあ、台詞!? しかも凄い棒読み!!」


「曲の構成としては飛鳥が冷たい世間の声パートで、それを振り払うようにチャゲが力強く歌い上げる、ある種ミュージカルっぽい仕掛けで確かに劇的ではあるんだけどね、台詞がね……。もうちょっとうまけりゃねえ。という訳で無事に珍曲となってしまいましたとさ」


「いやあ、最初からギャグ狙いじゃないのは分かるけど、確かに飛鳥の台詞には笑ってしまうわ。次は『南十字星』。作詞がAと松井五郎、作曲A、編曲瀬尾一三」


「キーボードなんかもキラキラしてるし、『翼』とか今までのアップテンポ系楽曲と比べても音が洗練されてのびのびと爽やか。夜の南洋を切り裂き鳥のように進むモーターボートのようなイメージで大体進むけど、サビの最後でいきなりテンポが変わったと思ったらとんでもないロングトーンが炸裂して楽曲の印象の全てを持っていく。ここがなければ今までのある種の過剰さを廃した新境地と言えたけど、見事にやってくれたものだよ」


「このパワフルさこそがチャゲアスだって自己主張してるみたいね。次は『男と女』。作詞作曲A、編曲瀬尾一三」


「これが五枚目のシングルで、簡単に言うと叙情的なフォークソングだよ。深々と雪が降りしきる冬の夜を連想させるアコースティックギターによるシンプルな出だしからサビで感情を爆発させる構成も明確だし、かなり分かりやすく名曲だけど当時は意外と売れなかったみたい。でもやっぱりメロディーの良さは明らかなので、後になってCMに使われたり中国や台湾でカバーされたりしてるんだ。本当にシンプルなバラードだからこそ伝わるパワーもある、普遍的な楽曲」


「次は『夜のジプシー』。作詞作曲A、編曲瀬尾一三」


「パーカッションの音が印象的な、ちょっとねっとりした感じの曲。歌詞に関してはね、うん。仕事の大変さとかそういうの。一人称あたいがデビュー以来久々に登場するけど、これ以降はこういう作り込んだ造形はあまりなくなる。そういう意味では初期路線のラストと言えるかも」


「次は『月が海にとける夜』。作詞Cと松井五郎、作曲C、編曲瀬尾一三」


「詩的なタイトルが素敵だよね。楽曲は今までになくハーモニー重視で、非常に甘い歌声を堪能出来る楽曲。ここまでで半分だけど、暑苦しさを冷まし泥臭さを払いたいって考えなのか海沿いかつ夜が舞台の曲が多いのが特徴。前曲も港町が舞台だし、この曲なんかも顕著じゃない?」


「確かに今までならもっとガツンと歌ってたのかもね。次は『誓い』。作詞松井五郎、作曲C、編曲平野孝幸」


「ここでフェーズが変わって、一気にロック調のサウンドが炸裂する。でも曲はイントロの勢いの割にテンポはそれほどでもなく、サビでタイトルの通り誓いの言葉が歌われるところも力入れまくりで非常に泥臭い。だから案外地味かな、と思ったらアウトロで急加速という謎の仕掛けがあって呆気に取られる。何か音も軽いし、なんじゃこりゃって」


「本当に唐突な印象ね。次は『いろはにほへと』。作詞松井五郎、作曲C、編曲後藤真和。新しいアレンジャーが出てきたわね」


「この後藤はバックバンドを務めた火魔神のベース担当だよ。火魔神で編曲に絡むのはこの後藤と平野ぐらいで、しかも平野と比べても後藤が携わった曲は少ない中の一つがこれ。ちなみに他のメンバーはドラムの今泉正義、キーボードの松井朋巳、ギターの大平彰彦といった面々」


「と言っても誰も知らないけど」


「まあそこは仕方ない。それで肝心の楽曲はタイトルからも見当がつくように和風で、前作の『花暦』をより洗練させたような世界。イントロのキーボードの音色がとても心地良くてホッとする。そして歌詞も例のいろはの歌を引用しつつ全然別の物語にしててテクニカル。和歌で言うと本歌取りって奴かな。雅やかだよね。でも歌い出すといきなりパンチ力全開で、サウンドもゴツゴツしてくる。この軽さと重さ、雅やかさと泥臭さが両極端に伸びててそれを強引に接ぎ木した感じがなかなか面白い」


「次は『琥珀色の情景』。作詞作曲A、編曲笛吹利明」


「ギター一本のシンプルなサウンドにチャゲのコーラスもなしに飛鳥が切々と歌うけど、とにかく物悲しい。歌詞も過去に縛られて動けないみたいだし、それどころかともすればそのまま真っ白な灰になって風でも吹けば消し飛ばされてしまいそうなほど」


「次は『安息の日々』。作詞作曲A、編曲瀬尾一三」


「収録時間が六分を超える迫真のバラード。過去を思い出して、現状ちょっと雁字搦めになってるし口で言うほど簡単じゃないけれどこの現状を打破して進んでいきたい、というもどかしい中の決意を歌っている曲で、これがアルバムのラストでも良かったのではという雰囲気」


「でも続くのね。十曲目は『愛すべきばかちんたちへ』。作詞作曲チャゲ&飛鳥、編曲平野孝幸。へえ、共作って珍しいわね」


「少なくともデビューしてからは初めてだね。これは自叙伝と言うか、ふたりが子供の頃を思い出して笑い合っているようなね、ほのぼのとした楽曲。字余りというレベルじゃない歌詞をチャゲが強引に詰め込むのに思わず吹き出しながら歌う飛鳥とか方言丸出しの台詞、サビで盛り上がってきたところで『それではご一緒にー!』と叫ぶチャゲなどコミカルな描写も盛りだくさん。『御意見無用』や『あばんぎゃるど』に連なる、九州から出てきた陽気なお兄ちゃんって路線の決定版みたいな楽曲」


「ジャケットは都会的になったけど最終的にはそっちに落ち着くのね」


「CDでは省かれたけど元々レコードの裏ジャケットはビルの窓掃除してたらロープが切れて転落中、というイラストが描かれてたりそういう部分はずっとあったわけだよ。多少都会の雰囲気に馴染みつつあるけどあくまでも原点は九州の田舎者であって、それを忘れないよって感じかな」


「そしてここから後はボーナストラックね。まず一曲目は『長い雨のあとに』。作詞松井五郎、作曲C、編曲平野孝幸」


「『男と女』のB面でちょっと『南十字星』にも似た伸びやかさがある曲。比較的普通のポップス寄りと言うのか、まあ悪い曲ではないよ。こういう爽やかさはいかにもニューミュージックって感じ」


「二曲目が『放浪人』で、三曲目は『真夏の国境』。作詞作曲A、編曲瀬尾一三」


「『放浪人』のB面だけど、はっきり言って相当好みの曲。まずは歌詞から見るけど、北斗の拳みたいな世界観、と言うかその元ネタのマッドマックス2なのかな? あるいはこの世界が十年の後に『荒野のメガロポリス』にも繋がってくるのかも。そういう荒廃した世界の中、愛と安らぎを追い求めて一人さまよう男が主人公という、極めて物語的なストーリーが繰り広げられているんだ。思えば『放浪人』も何かを求めて彷徨う男を描いた楽曲。つまり『万里の河』がヒットしたからと言ってそこを安住の地と思い満足せず、俺達はずっと前へ前へと歩き続けていくんだと宣言するようなシングルだったんだなって思うよ」


「そう考えるとなかなか格好良いものね。強い決意で」


「でもすぐ『男と女』に戻るんだけどね。一方でサウンドだけど、これも『万里の河』の次とは思えないようなプログレチックなロックサウンドで、吹きすさぶ乾いた風や荒れ狂う砂嵐のようなギターやストリングスはもちろんとしてイントロや間奏の女声コーラスもやたらとスケールの大きさを強調している。そしてボーカルは当然のようなパワー全開! でありながら剥き出しの荒々しさではなく、秘めた心の中に燃え盛る炎のよう。単体として格好良すぎるから調和を考えるとアルバムに収録されなかったのも致し方ないかも知れないけど、とにかく名曲」


「これで今作の全曲について語り終えたのね」


「うん。で、総括すると今作は進み続けるぞという決意のアルバムと言えるね。表題曲の『黄昏の騎士』や『安息の日々』でも分かるように、それが簡単な道じゃないとは覚悟している。ヒットした『万里の河』と同じような曲を量産すれば飽きられるまではそこそこ売れるだろう。しかしそんな安直な道は選びたくない。もっと世界は広く、そして自分たちも今よりずっと大きくなれるはずだという若く燃え盛る野心が作らせた作品集だよ。それとチャゲ曲が増えたのも印象的」


「今回は半分ぐらいがチャゲだったわね」


「チャゲ&飛鳥はあくまでもチャゲ&飛鳥であって飛鳥ともう一人じゃないからね。飛鳥の曲でブレイクしたからこそ次のシングルにはチャゲ曲を繰り出す信念こそが二人最大の強みだよ。それで本格ブレイクが十年遅れたとしても」


 このような話をしていると敵襲を告げるサイレンが鳴り響いたので二人は素早く戦闘服に着替えて、敵が出現したポイントへと急いだ。


「ふはははは、俺はグラゲ軍攻撃部隊のハクビシン男だ。この汚れた星のゴミどもを全て払いのけてやるぜ!」


 顔面の真ん中に白い縦線が入っている顔が特徴的な、近年は害獣扱いされがちな動物を模した異星の男がビルの谷間に出現した。畑を荒らすように地球を荒らされてはたまらない。それを駆除する力は間もなく現れた。


「出たなグラげ軍! お前達の好きにはさせないぞ!」


「あんまり迷惑かけるようだと容赦はしないわ」


「ほう、これが噂のエメラルド・アイズか。どれほどの力か見せてもらおう。行け、雑兵ども!」


 ぞろぞろと出現したメカニカルな雑兵達の攻撃を二人は上手く受けて、かわして、次々と攻撃を当てて破壊していった。そしてボスを残して全滅させた。


「よし、これでラストだな。後はお前だけだハクビシン男」


「本当に駆除するしかなくなるのはお互い嫌な思いするし、ここらで帰ってくれるといいんだけど」


「俺は嫌な思いなどせん。むしろ戦いの中にこそ快楽を見出す質でな!」


 そう言うとハクビシン男は懐から取り出したスイッチを押して巨大化した。やはり聞く耳を持ってくれないのか。諦めたくはないが今は戦うしかないと覚悟を決めて、二人は合体してこれに対抗した。


「メガロボット!!」

「メガロボット!!」


 ハクビシンロボットのすばしっこい動きはやっかいだったが、悠宇は持ち前の動体視力を駆使してしっかりと見極めていった。そして一瞬のタイミングを見計らって体当たりして動きを止めた。


「よし、今よとみお君!」


「うん。レインボービームで勝負だ!」


 渡海雄はすかさず白色のボタンを押した。胸のリングから放たれた波長の異なる七本のビームがハクビシンロボットの胴体を貫いた。


「うおお、やるな! 今日のところは撤退してやろう。ありがたく思えよ」


 機体が爆散する寸前に作動した脱出装置によってハクビシン男は宇宙へと帰っていった。で、今日の交流戦は薮田が金子との投手戦を制して一対〇で勝利し、交流戦五割を確定させた。おいおい誰だこのエースは。ありがたい話だ。ついでにワールドカップ予選もあるが、今ちょうどハーフタイムでリードしているが最終的にはどうなるか。

今回のまとめ

・交流戦もそこそこ順調に乗り切れそうだしまずは一安心

・常に前進を続ける決意を表明した男らしいアルバム

・飛鳥はさすがとしてチャゲの存在感が増してきたのは好印象

・そして最強は「真夏の国境」でとにかく心にビンビン来る

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