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ca04 熱風について

 ツツジの花咲くゴールデンウィークも無事に終わりを告げようとしていた。一日ほど雨が降ったのはまあ見ないふりをしたいと思う。今日が最後の日という事で渡海雄と悠宇は二人で公園に行ったりして遊んだ。


「で、これがチャゲ&飛鳥二枚目のアルバムとなった『熱風』」


「ジャケットは一枚目とあんまり変わらないわね。色違いって程度で」


「前は白だったけど今度は金色で、背景の質感も違うでしょ。それと前は本当に不死鳥のロゴとチャゲ&飛鳥って名前だけだったものが、今回は名前の代わりにアルバムタイトルが書かれている。やっぱりこのロゴは初期の象徴となっているけど、まさにそういう最初期を代表するアルバムがこの『熱風』なんだ。まず前回までの流れとしてデビュー曲の『ひとり咲き』はロングヒットを記録したけど第二弾の『流恋情歌』はコケたって話まではしたよね」


「ええ。それで飛鳥ショックみたいな」


「うん。で、ショックを受けた飛鳥は『次は売れる曲を作ろう』と決心して、その目論見は無事に結実したんだ。それがこのアルバムでも三曲目に入っている『万里の河』」


「作詞作曲A、編曲瀬尾一三。いつものメンバーね」


「これはかなりトリッキーと言うか、中国の黄河か長江を思わせる大河のほとりを舞台に、漢詩に描かれたような物語を日本語に翻訳したみたいな世界観で正直物凄く突飛に見えるけど、当時のヒット曲はエーゲ海とかシルクロードを舞台にして、しかもそれがガッツリ売れてたりするからね。飛鳥は色々分析してこの曲を送り出したみたいだし、今となってはよく分からないけど当時からするとしっかりしたロジックがあっての事なんだろうね」


「でも確かにインパクトはとてつもないものがあるわね。イントロのいかにも中国って感じの笛の音とか」


「サビの畳み掛けるようなダイナミックな歌唱もね、インパクトという点では間違いなく『ひとり咲き』をも凌駕している。で、この『万里の河』の売上は、最初は鈍かったものの次第に伸びていってオリコンでもトップテンに入るなど代表曲となったんだ。それが一九八〇年の秋から冬にかけての出来事で、その勢いに乗って『熱風』発売が翌一九八一年の二月二十五日。オリコンのアルバムチャートでも一位を記録と、大ヒットを記録したんだ」


「へえ、そんなにもねえ」


「当時のアルバム、と言うか正しく言うとLPチャートだね。光GENJIのファーストアルバムでも最初のシングル二枚はLPバージョンってあったけどそのLP。なお先週までは横浜銀蝿のアルバムが三連続一位で、『熱風』の後は近藤真彦がトップ」


「ううん、それはまた何とも言えない流れね」


「他にはオフコース、中島みゆき、五輪真弓、シャネルズ、それにノーランズって外国人もいたりと多種多様なジャンルの歌手が活躍していた中でのトップだからね。簡単な事じゃないよ。タイミング的にももうちょっと遅れてたら寺尾聡の『Reflections』という化け物に飲み込まれて一位は無理だったろうし。三ヶ月ぐらいトップ独走した凄いアルバムなんだけど、『ルビーの指環』のそれこそ出だしぐらいしか知らない分際であれこれ語れるものじゃないから割愛」


「周辺のあれこれを話してても埒が明かないからそろそろ本題に入りましょうか。まず一曲目はタイトルチューンでもある『熱風』。作詞松井五郎、作曲A、編曲笛吹利明。飛鳥が自作曲の作詞してないのは珍しいわね」


「元々は自分で作詞する予定だったけど上手く仕上がらず、結果的に作詞家に頼む流れとなったらしい。でも松井にとっての作詞プロデビュー作がこの『熱風』だったりするわけで、大胆な采配だよね。全くの新人に任せるなんて。そしてこの重責を果たした松井はその後しばらくはチャゲアスにとって重要な作詞家となるんだけど、光GENJIのシングルを最も多く作詞したのが松井だし、他にも玉置浩二率いる安全地帯にも第六のメンバーと称されるほど深く関わったり、とにかく幅広く活躍して今もそれを続けている」


「その始まりがここだと思うと、なかなかに深い縁を感じる話ね」


「そうだね。肝心の楽曲はと言うと、やっぱり古代の物語的と言うのかな。『万里の河』は中国だけど、こっちはどっちかというとギリシャの吟遊詩人が爪弾く神話みたいな世界観の歌詞だよ。ともに言えるのは八十年代の日本といった小さな世界には収まりきらないようなとてつもないスケール感を醸し出しているって事。そしてメロディーに加えて、何より歌いっぷりがとてつもなく熱くて泥臭い。この骨太な熱唱こそが初期の彼らの特徴であるとは重々承知だけど、この曲に関しては熱量豊富すぎて、何と言うべきかな、もうちょっと前に進むような声のほうが良かったかも」


「次が『水面の静』。作曲A、編曲笛吹利明」


「これは短いインストゥルメンタルで次の『万里の河』に繋ぐもの。本当に繋ぎって感じで、前の『追想』ほどメロディーあるわけでもないから何とも言えない」


「で、『万里の河』を経て次は『この恋おいらのからまわり』。作詞作曲A、編曲平野孝幸。編曲に新しい人が出てきたわね」


「この平野は火魔神って、チャゲアス専属に結成されたバックバンドのメンバーなんだ。担当はピアノだったらしい。だから派手な瀬尾のアレンジとは一線を画して、割とシンプルと言うかしっとりしたサウンドになっているのが特徴。一人称おいらは今となってはどうなのってところはかなりあるけど、意図としては独りよがりな愛し方しか出来なかった不器用さ、お山の大将っぷりをこの一人称に仮託しているってところかな。いや、曲自体は叙情的で非常によろしいのだけど、やっぱりおいらはないなって」


「次は『花暦』。作詞松井五郎、作曲C、編曲平野孝幸」


「和風でしっとり雅やかな曲。『万里の河』みたいなインパクト大爆発って感じじゃなくて、アルバム内におけるバリエーション担当って役割」


「次は『悲炎』。作詞Cと松井五郎、作曲C、編曲瀬尾一三」


「これはシングルレベルの重量を誇る、結構決定的な一発。瀬尾編曲だけあって凄まじい熱量を感じるサウンドにパワー充填満タンといった感じのボーカルがジリジリと絡み合う、まさにタイトルの如く燃え盛る炎をそのまま歌にしたような楽曲。やはり初期チャゲアスの一番特徴的なところはこういう有り余るエネルギーをそのままぶつけたような骨太なスタイルであって、この『悲炎』なんかはその代表だよ」


「次は『翼』。作詞作曲A、編曲平野孝幸」


「レコードだとここからB面となるけど、これは今までにはなかったアップテンポの楽曲。意図としてはロックなんだろうけどむしろポップに響く。まさに翼を開いて飛んで行くような爽快感を狙った曲だけど、ドラムがドタドタしてたりキーボードの音色がいかにも古臭いのが逆にかわいい。当時のライブでは大活躍してたみたいだね」


「次は『あばんぎゃるど』。作詞作曲A、編曲瀬尾一三」


「またも一人称おいらだけど、こっちは意図的に道化を演じてる感じなのでそれほど違和感はないかな。歌手となった自分たちを戯画化したような歌詞で、どこかの田舎からふらりとやって来た歌が好きで陽気な兄ちゃんってイメージは当時の二人のパブリックイメージとも重なる部分は大いにあったみたい。全体的にほのぼのとした中でも、歌詞ではさり気なくちょっとした毒や将来への不安を漏らしてるのが独自の味」


「次は『嘘』。作詞松井五郎、作曲C、編曲瀬尾一三」


「これは『終章』と並んでチャゲ初期の名バラードとして知られる曲だよ。叙情的なサウンドもいいけど何よりも歌詞。別れた男に手紙を出す女が主人公だけど、基本ずっと女の心情が歌われているんだ。そしてクライマックスたるラスト、手紙の書き出しが歌詞となっているんだけど、タイトルそのものは出さずとも『そういう事か』と思わせる構成が巧み。将来大成する作詞家だけあって、栴檀は双葉より芳しかな。良い悪い以上に上手いという印象の曲」


「次は『草原の静』。作曲A、編曲瀬尾一三」


「タイトルが似ている『水面の静』と同じく短いインストゥルメンタル」


「次は『荒野』。作詞作曲A、編曲瀬尾一三」


「これはロック路線。瀬尾編曲って事で『翼』より音ががっしりしてる分ロック成分も強く感じる。泥臭さ、切羽詰まったような熱気と躍動感が見事に両立している名曲で、このアルバムでは一番好きかな。歌唱は相変わらず野放図なまでのパワーが炸裂しているけど、サウンドもきちんとそれに応えている。それと独特なのはアウトロで、エレキギター中心の演奏がいつまでも続くのではと思ったらいきなりぶった切られるのが妙にインパクトある」


「それで次の曲に雪崩れ込むって仕掛けね。そして次は『お・や・す・み』。作詞作曲A、編曲瀬尾一三」


「パワフルな『荒野』から一転、今度はスローテンポな楽曲となるんだ。前作で言うと『冬の夜』とか、慈愛を感じさせる暖かなバラード路線。アルバムを締めるにはちょうどいい塩梅じゃないかな。それと微妙に印象的なのが一人称は僕なのに二人称がお前だって事。一人称が僕なら二人称は君ってなりがちだし、二人称がお前なら一人称は俺ってパターンが多いだけに珍しい。その辺が田舎っぽいというか不器用そうなイメージを出している。『この恋おいらのからまわり』における一人称おいらとも似た効果ではあるけど、あそこまで奇抜ではない」


「最後に『幻夜』。作詞作曲C、編曲平野孝幸」


「これが『万里の河』のB面で、かなりロック路線に舵を切っているよ。一番の特徴はサビにおける二人の輪唱っぽい掛け合い。真夜中に窓を強く叩く不気味な風のようで、ちょっと怖い。いや、迫力があると言ったほうが正しいかな」


「これで全曲となったわね。おまけの『幻夜』含めて全十三曲」


「でもインストゥルメンタルが二つだから、数としては極端に多いわけでもない。そんな『熱風』でまず言えるのは、『風舞』と比べても明らかにパワーアップしたって事。歌唱もそうだし何より楽曲がね、いかにもフォークソングってラインに囚われずに、現時点における持てる力の全てを出しきったようなエネルギッシュな楽曲が連発している」


「まさに『熱風』というタイトル通りの、熱気あふれるアルバムだったわね」


「大きく分けるとA面はそういうパワフルさ重視で、一方でB面は当時で言うニューミュージック的なニュアンスが強い楽曲が加わるなど、より洗練された姿を披露している。ヒットした『万里の河』みたいなラインはそこそこに留めて、音楽的な幅の広さを見せようという姿勢が明確に見えるね」


「単なるインパクトだけの一発屋じゃないよってアピールね」


「幅って話ならまずチャゲと飛鳥という違いに加えて、編曲が瀬尾一三か平野孝幸かという部分においても楽曲のニュアンスが結構変わってきているね。もっとも現状はチャゲより飛鳥の曲のほうが明らかに多いし、平野はアルバムやB面レベルで本命の楽曲は瀬尾って差があるように見受けられるけど」


「でも実際チャゲより飛鳥、平野より瀬尾のほうが印象的な楽曲が多いのは事実よね」


「そこだよね。同じぐらいの熱量を持った楽曲もあれば、異なるアプローチで迫った楽曲もある。でもやっぱりシングルで一発当てた『万里の河』が評価基準になってしまうのは避けられないじゃない。売れた事で『万里の河』の人達みたいに見られて、そのイメージを塗り替えるのに苦労したと言うし。そういう意味だとこの『熱風』は一つの金字塔であると同時にその後を束縛する軛ともなったのかもね。もちろんそれはインパクトと完成度の高さゆえの話であり、古さは当然あれど初期で一枚となればまずはこれでしょ」


 このような事を語っていると敵襲を告げるサイレンが鳴り響いたので二人は素早く戦闘服に着替えて外に出た。


「ふはははは、俺はグラゲ軍攻撃部隊のギフチョウ男だ! 」


 日々強くなる太陽光をギラギラと反射する緑の木陰に出現したのは、日本の秋田県あたりから山口県あたりまでの範囲にしか住んでいないとされる蝶々の見た目を模した侵略者であった。主に里山に生息するため、里山が減少した現在では数を減らしているともっぱらだ。しかしそれはあくまでも蝶々の話で、その姿をしたこの男は同情する要素はそうない。


「お前達の思い通りにはさせないぞグラゲ軍!」


「やはり出てくると思ったわ。暴れるようなら容赦しないわ」


「ふん。俺としてもお前達が出てきたのでようやく暴れられると感謝しておるわ。行け、雑兵ども!」


 話を聞かない敵によって大量に放たれた雑兵を、二人は次々と撃破していった。そして残る敵は美しい翅を持つ男だけとなった。


「さあ、後はお前だけだなギフチョウ男!」


「ひらひらと飛び去ってくれれば戦う必要もないものを」


「戦うためにわざわざこのような辺境まで来たのに、なぜ戦わない選択肢があろうか!」


 そう言うとギフチョウ男は懐から取り出したスイッチを押して巨大化した。連休は終わるが戦いはまだまだ終わらない。渡海雄と悠宇は覚悟を決めて合体した。


「メガロボット!!」

「メガロボット!!」


 優雅なる舞いから色とりどりのビームを放出するギフチョウロボットの鮮やかなる攻撃はなかなかに強烈だったが、悠宇は持ち前の反射神経でチャンスを掴むと、一気に接近していった。


「よし、今よとみお君!」


「うん、ランサーニードルでとどめだ!」


 渡海雄はすかさず黒色のボタンを押した。腹部から放たれた棘は広範囲に飛び、ギフチョウロボットの翅と体を穴だらけにした。


「くっ、ここまでか。さすがに強い。撤退だ」


 機体が爆散する寸前に作動した脱出装置によってギフチョウ男は宇宙へと戻っていった。これでお休みも終わりだと遠い目をする渡海雄と悠宇だったが、また一緒に頑張ろうと励ましてから家に帰った。

今回のまとめ

・前作と比べて明らかにスケールアップした初期を代表するアルバム

・単一のカテゴリーに留まらない音楽性の広まりは一目瞭然

・ボーカルの野放図なパワーを程よく御している「荒野」が一番好み

・一人称おいらはちょっときつい

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