ca03 風舞について
桜も咲き誇ったせっかくの週末なのにどうしてこんな翳りある天気だと言うのか。しかし道にはタンポポやホトケノザ、オオイヌノフグリなんかが咲いていてとても春だ。菜の花も美しい。これが晴れの日なら葉っぱが光に透き通ってもっと生命の躍動を感じられたものだが、わがままは言うまい。
「こんなあいにくの天気だけど、これからの事を思うとむしろピッタリ合っているのかもね。先行きが見えないのは僕も同じだから」
「また景気の悪い事を」
「本音だよ。春は新しい何かを始める季節だから、これからずっと新しい何かをやっていきたいって望むのはもはや必然。そこでチャゲ&飛鳥のアルバムを色々見てみたいと思うんだ」
「へえ、それは楽しみね」
「まずは前提条件と言うか決意表明みたいなものだけど、これをやってる最中に何か良からぬ事件が起こってもそれは黙殺してただ音楽のみを語りたいと思う。そこは精神的な問題でもあるし、出来るかどうかは分からないけど」
「……何もなければそんな心配はしなくてもいいんでしょう?」
「先は見えないからね。何もない事を強く願ってはいるけど、願いがそのまま叶うものでもないし」
「そう言えば、例の本は読んだの?」
「……読んでない」
「そう……」
「何に興味をもつかって話でもあるからね。ゴシップが好きならアルバムは買わずに本を買うだろうし、音楽を聴きたいなら本など不要。肉体と魂が病で苦しんでいる、そんな苦しみのうめき声で埋め尽くされているものなんて。いや、読んでないけど、多分そんなもんだろうなって……」
ここまで聞いて悠宇は「ああ、読みはしたんだろうな」と察したが、そこは言わずにおいた。それと作詞作曲なんかの説明においてメンバーの名前ばかりが出る事になるのでチャゲはC、飛鳥はAと略し、それ以外の本文においては普通に名前を出す事とする。
「というわけでまずはファーストアルバムの『風舞』。デビュー翌年の一九八〇年に出たアルバムで、ここまでシングル二枚を出しているんだ」
「白っぽいバックに大きく描かれた火の鳥のようなモチーフという、結構シンプルなジャケットね」
「これは不死鳥を表しているらしくて、しばらくはジャケットに用いられ続けるんだ。本人の写真については、元々のレコードでは色々使われてたけどCDでは省かれているのは残念。ルックス的に言うと当時はふたりとも長髪でチャゲはサングラスも帽子もなし」
「そうなるともはや誰が誰だかってなりそうね」
「まあ顔はね、当時のミュージシャンとしては普通だから。また明星とか平凡みたいなアイドル雑誌にも出てたようだけど、それは知名度を高めるための宣伝のようなもので本当にアイドルとして消費される気はなかったはず。当初のキャッチコピーは『九州から大型台風上陸』とかいう、スケール感や骨太な力強さをイメージさせるものだったし、スタッフとしてもその場限りの人気取りではなく大きく育てたかったという意向はあっただろうし」
「その割に一曲目はインストゥルメンタルなのね。タイトルは『追想』。作曲編曲瀬尾一三」
「チャゲアスについて語るよって言ったのにいきなり本人以外が作ったインスト曲についてあれこれ言うのはどうも冴えないけど、そういう構成だから仕方ない。むしろ他人しか絡まない曲なんてそうないわけだし。この曲に関しては力強いエレキギターの演奏がメインの曲で案外聴けるものだけど、やはりプロローグに過ぎないからね。本番はこれ以降」
「というわけで本番となる二曲目は『私の愛した人』。作詞作曲A、編曲はMakiと瀬尾一三。Makiって誰?」
「これは当時のスタジオミュージシャンでキーボーディストだった田代マキ、後年に矢島賢というこれまたスタジオで活躍したギタリストと結婚して矢島マキという名義でも活動したんだ」
「って事は女の人なのね?」
「Makiさんが男ってのはそうないでしょ。名字ならいざしらずだけど。で、曲自体はまずアコースティックギターをかき鳴らすような演奏にメロディーを崩した飛鳥の歌唱はいかにもフォークソングだなあって印象しかないけど、間奏にとんでもない趣向が凝らされているんだ。いきなり太いエレキギターの音が響いて、まあこれ自体は遮二無二なスケール感を出してるんだなとまだ納得出来ないでもない。でもそこから突如演奏が加速してプログレッシブ・ロック的な展開に雪崩れ込み、これ一体どうするんだと思ったら何事もなかったかのようにフォーク路線に戻る流れは正直かなり無理あるよ。曲自体は特にどうって事もないし、とにかく間奏での超加速が全部持っていく、けったいな怪曲とでも言うべき代物」
「確かにびっくりする仕掛けね。次は『夢から夢へ』。作詞作曲A、編曲瀬尾一三」
「これは清々しい曲だよ。演奏もピアノとアコースティックギターが中心のナチュラルな音重視でそこまで派手じゃないしね。二番で二人が声を重ねるサビなんかは果てしなく広がる青い夏空を想起させて、田んぼに囲まれた田舎のあぜ道を歩く向こうには大きな入道雲が広がっているみたいな、今までの楽曲とは別のベクトルながらやはりスケール感を出している。美しく、それゆえに切ない名曲。無論まだまだ荒削りなんだけど、それゆえに胸を打つものがそこには確かに存在している」
「次は『ひとり咲き』。作詞作曲A、編曲瀬尾一三。これがデビュー曲だっけ?」
「そうだよ。まず二人がデビューするきっかけとなったのはヤマハポピュラーソングコンテスト、通称ポプコンというアマチュアの歌手が集って持ち歌を披露する大会で実績を残したからなんだけど、その大会で歌ったのがこれ。飛鳥の分析によるとこのポプコンって大会、一人称があたいとかおいらみたいな古風でスケール感のある曲のほうがグランプリになりやすいみたいな傾向があったらしいんだ。そのためこの『ひとり咲き』の一人称はあたいで、サビの歌詞もやたらとキャッチーな事を断言してるし、とにかくインパクト重視の曲だよ。まさに大型台風の如きパワーでガツンと叩き込んでくるようなね」
「それで、グランプリは獲れたの?」
「本番で歌をミスったから駄目だった。でも実力は十分認められたからこうしてデビューしたわけだよ。売上としては結構ロングヒットしたようで、まずは名刺代わりとしては成功したと言えるね」
「さて、次はタイトルにもなっている『風舞』。作詞作曲A、編曲笛吹利明にストリングスアレンジ瀬尾一三」
「曲自体はハーモニー重視と言うか、割と控え目だけどこれもまた間奏がインパクトある。というのもね、琴や鼓といった和楽器が用いられているんだ。ポポン、ポポン、トトトトトトトトって感じでいきなり雅楽状態に。当時の作風について演歌フォークなんて呼ばれていたらしいけど、こういう和のイメージを強く打ち出した楽曲はまさにその象徴と言えるんじゃないかな。それと怒涛の六分超えでなかなかの大作」
「次は『御意見無用』。ここでやっとチャゲが出たわね。作詞阿里そのみ、作曲C、編曲瀬尾一三」
「まず当時はCDじゃなくて収録曲の半分で上下を入れ替えるレコードだったから、ここで入れ替わっていたんだ。いわばA面は飛鳥サイドでB面はチャゲも活躍するよってところ。この曲自体は俺は自分の道を行くぜ、みたいな決意が歌われている。エレキギターは力強く鳴っているけど全体的にはのんきな雰囲気しか感じられないのがフォークっぽい」
「次は『夏は過ぎて』。作詞田北憲次、作曲C、編曲瀬尾一三」
「この田北はアマチュア時代の親友だったみたい。前曲の阿里はチャゲアス以外にも作詞してるけど田北は本当にこの辺だけ。楽曲的にはギターをかき鳴らしながら熱唱する姿がありありと浮かぶ、密度ある熱気を感じさせる楽曲。スローな曲が多いこのアルバムでは一番テンポあるかな」
「次は『冬の夜』。作詞作曲A、編曲笛吹利明。あれまた飛鳥に戻った」
「全体的には飛鳥曲のほうが多いからね。この曲はアコースティックギター一本の弾き語りといったバラードで、歌ってるのも飛鳥だけ。タイトル通り、しんしんと雪が降り積もる中で冷えゆく心を切々と歌った曲。指先が冷たい人は心が温かいって言うけど、そんな感じ。一見地味だけどメロディーも良いし、何気にあなどれない曲」
「次は『流恋情歌』。作詞作曲A、編曲瀬尾一三」
「これが二枚目のシングルだけど、楽曲自体は『ひとり咲き』以前に出来てて、ポプコンでも先にこの曲で出場して入賞を果たしたんだ。だからそこまでインパクト重視ではなく、歌詞もいかにもフォークソングにありそうな状況だなって感じだし。自分にとっては一大決心だったけど相手にとっては別にそうでもなかったのが逆に悔しいって心理描写はなかなか面白いし、イントロやサビもそれなりに印象的ではあるんだけど、インパクトの点では前曲と比べるとどうしてもね。そういう当たりの弱さが出たか売上は激減で、飛鳥は結構ショックを受けたみたい」
「そんなに悪い曲でもないのにね。最後の曲は『終章~追想の主題』。作詞はCと田北憲次、作曲C、編曲瀬尾一三」
「これはチャゲ曲の中でも初期の名曲として名高く、今後何度もリメイクされる事となる。楽曲としてはシンプルなバラードだけど、それだけに胸を打つものがある。また『終章』の楽曲自体は四分ぐらいで終わって、最後の長いアウトロが『追想の主題』って事らしい。つまりインストで始まりインストで終わりという形になっているんだね、レコードでは」
「でもこのCDではまだ続きがあるみたいだけど」
「まずこのアルバムが出た一九八〇年にCDというメディアはまだなかったからね。当時は十曲入りのアルバムとして発売されたけど時代が下り、今回の『風舞』など初期のアルバムがCD化された際にアルバム未収録の曲が収録されたんだ」
「なるほどね。その一曲目が『あとまわし』。作詞作曲A、編曲瀬尾一三」
「これは『ひとり咲き』のB面。メロディーはいかにもフォーク的で独自感に薄く、習作という雰囲気すら漂う。歌詞は自分を戯画化したと言うか、『この男、私より歌を選ぶのね』と取り残される恋人の心情を描いたもの」
「もう一つは『冬に置き去り』。作詞作曲C、編曲瀬尾一三」
「こっちは『流恋情歌』のB面。歌詞の中には二月とあるけどむしろもう三月に突入しているのではという、どこかほのぼのとした暖かみが漂っているのが印象的。男が自分の道を見つけて進む中で取り残される女の心情って感じの歌詞は『あとまわし』ともどこか共通する部分があるかな。その中でもほのぼのとした曲調が逆にすっかり諦めた虚しい心情を思わせて、切なさもある。佳曲だよ、これは」
「こう見るとアルバム未収録曲はやっぱりちょっと地味な感じよね」
「あんまり重視されないところに回されたものだからね。さて、この『風舞』だけど、サウンドはかなりフォーク的でシンプルなものが多く、まさに始まったばかりという雰囲気だね。まあ『私の愛した人』とかとんでもないものもあるけど、あれも編曲が頑張りすぎただけで曲自体はそうでもないし。逆に言うと二人の個性はまだ本格的な開花前で、チャゲ曲と飛鳥曲でも極端な差異は感じられない。ただその中でも特に『夢から夢へ』『冬の夜』『終章』といったバラードにおいては後の片鱗を感じさせるよ」
「全てはこれからって事ね」
「そう。これからが始まりなんだよ。だって春だもの!」
こんな事を語っていると敵襲を告げるサイレンが鳴り響いたので話もそこそこにして二人は変身して、敵が出現したポイントへと急いだ。
「ふはははは、俺様はグラゲ軍攻撃部隊のキンケイ男だ! この汚らしい惑星を正しい姿に戻すのだ!」
シンディ・ローパーみたいに派手な色をした鳥の姿を模した男が春の草原を踏みにじった。その姿、美しいと言えば美しいのだがあまりにもカラフルなので実在の存在とは思えないほどであった。しかし彼を放置していると受ける被害はまぎれもなき現実である。
「そうはさせないぞグラゲ軍! お前達の企みもこれまでだ!」
「今日はまたとんでもないのが現れたわね。戦わないといけないの?」
「出たな逆臣ネイの手の者ども。お前達には死を与えてやろう。行け、雑兵ども!」
ぞろぞろと出現した雑兵たちだが、その足元に揺れる花を美しいと思う心を持ってはいない。渡海雄と悠宇は雑兵を次々と撃破していった。
「よし、数の多い相手は片付いたな。後はお前だけだキンケイ男!」
「美しいものを美しいと思う心があるならば、このような醜い戦いだって避けられるはずよ!」
「真の美しさを知らぬ蛮族にかける言葉などないわ。死ね! 我が手によって!」
そう言うとキンケイ男は懐から取り出したスイッチを押して巨大化した。彼はグラゲの正義を根っから信じる男であり、説得が通じる相手ではなかった。悲しいが、仕方ない。渡海雄と悠宇はこの巨大なる暴力に対抗すべく、合体した。
「メガロボット!!」
「メガロボット!!」
鮮やかなる空中の大激戦。キンケイロボットの火炎放射装置には手を焼いたが、悠宇は持ち前の反射神経でうまく懐に近付いた。
「よし、今がチャンスよとみお君!」
「うん。逃さないぞ。エメラルドビームだ!」
一瞬のタイミングを逃さず、渡海雄は緑色のボタンを押した。瞳から勇気のエナジーが放たれ、キンケイロボットを焼き尽くした。
「ぐおおおおおお! おのれ、忌まわしきエメラルド・アイズ。この俺様を撤退させるとはな!」
機体が爆散する寸前に作動した脱出装置によってキンケイ男は宇宙へと帰っていった。これから始まったばかりだから、また一つ死ねない理由が生まれたという事だ。
それとカープが嫌に勝ってるが、正直内容からすると出来過ぎ。やたらと好投している若手先発投手陣が炎上し始めてからが本番となるだろう。それとサンフレッチェもやっと勝てた。こちらも内容はあまり良くないが、試合数的にも勝利の意味が全然違うわけで、とにかくこれを続けるしかない。
今回のまとめ
・プランターの花よりも野草のほうが春っぽい
・フォークっぽさが強くて比較的シンプルな味付けのアルバム
・開花前だがところどころキラリと光る部分がある原石のような楽曲が続く
・「私の愛した人」の間奏はとにかく必聴