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so03 19について

 土曜日曜と休んで月曜日も休んでいい今は春休み。昨日は生憎の雨だったが今日はそれも止んで、湿った地面からは蓮華の花が春風に挨拶をしていた。


「綺麗ね」


「春だね。とまあ、それはいいとして稀勢の里、まさか優勝するとは思わなかったよ」


「本当にね! 土曜日の時点でも相手の鶴竜が完全に察した上で負担の少ない勝ち方をしてあげたって感じだったし、あんな状態なら休めば良いいのにと思ってたけど、まさか照ノ富士相手に本割と決定戦で連勝するとは」


「正直どっちかでは負けるだろうと思ってたけど」


「まあ横綱の意地を見せたって事でしょうね。後はしっかりと休む事よね、当然まだ傷は痛むでしょうし。強行出場で力士としての寿命は確実に減ったけど、それでもこの結果を残せたのは凄いの一言よね」


「それと甲子園でも二試合が延長再試合とか、かなりの熱戦だったね。というわけで最近19のアルバムを入手したんだ」


「ジューク?」


「そう。今から大体二十年近くになるのかな、一九九八年にデビューして二〇〇二年に解散と世紀の狭間に咲いて散ったグループだよ」


「結構昔のグループなのね」


「それでも光GENJIと比べると全然新しいけど。メンバーはともに広島県出身の岡平健治と岩瀬敬吾のデュオに加えて326という、ポエム付きのポップなイラストを描いてイラストレーターならぬイラストライターを名乗る人が組んだグループが19なんだ」


「どういう事? 三人組なの?」


「そこは何とも言い難いね。例えばテレビなんかだと岡平と岩瀬の二人が出てたし、歌ったり曲を作ったりと歌手的な活動をしていたのはこの二人なんだ。それで326は例えば作詞とか、シングルやアルバムのジャケットと言ったビジュアルイメージを固めていたんだ。でも途中から大人の事情なんかもあって326は離れたし、基本的には19=岡平と岩瀬のデュオと見ていいんじゃないかな」


「どうにも複雑な事情が絡んでそうね」


「326とか解散後に当時の事務所からは相当ぼったくられていたとか告白しててちょっとアレなんだけど、とにかく作風としては前述の通りネオフォークと呼ばれるものだったんだ。まずフォークソング自体は七十年代に流行したけど長髪の兄ちゃん二人組がアコースティックギターをかき鳴らして、的なビジュアルイメージとともに廃れていたんだ。それを九十年代の終わりに復活、ってほどじゃないけどアコースティックで素朴なサウンドに率直な喜びを歌う人達が出てきたんだ。ちょうど台頭したのがゆずなんかと同じ頃で、ゆずと19は同じような枠としてくくられていた時期もある」


「ゆずは今でも現役でやってるわね」


「でもそこまでフォーク一辺倒ってわけじゃないよね。で、19の話だけどゆずと比べてもサウンドはかなり九十年代ナイズされていると言うか、326が参加してた素朴で純粋なイメージが強い初期においても結構デジタルな音が鳴ってたりと、より都会に暮らしているイメージ。代表曲は『あの紙ヒコーキくもり空わって』という長ったらしいタイトルの曲で、ああ、青春だなあとほのぼのする曲だよ」


「その曲はどこかで聞いた事ある気もするわ。気のせいかも知れないけど」


「結構知名度高い曲だからねえ、テレビ番組か何かで見かけた事もあるかもね。個人的にも何だかんだ言ってもこれが一番いい曲だと思う。ルックスとしてはHysteric Blueにも共通するけど青色とかピンクとか髪を変な色に染めてて、それと岡平が体を大きく縦に揺らしながら歌う姿も妙なインパクトがある。とにかくそうしてブレイクを果たした19のファーストアルバムがこの『音楽』で、大体ミリオンぐらい売れた」


「へえ、凄いじゃない」


「タイトルはこれで『ことば』と読むらしいね。ご覧の通り、ジャケットからして326のイラストまみれで、歌詞が手書きだったりメンバーの子供の頃の写真が使われていたりと全体的に手作り感溢れているのが大きな特徴となっているんだ」


「ううん、でもここまで来ると逆にあざとかったりして」


「ははっ、それはリアルタイムでもよく言われてたらしいから。まあ何と言うか、特に326は中高生ぐらいの情緒に絨毯爆撃を仕掛けてくるような作風だからそれ以外の世代からすると『けっ、臭い事言いやがって』ってなるのは仕方ないかもね。個人的には別に嫌いじゃないよ。一部はさすがに説教臭すぎるかなってのもあるけど。デビューシングルとなった『あの青をこえて』とか」


「しかし『西暦前進2000年→~新~』とか、これから二〇〇〇年になりますよってタイミングでしか許されないタイトルよね。それで、これはどの辺が新なの?」


「この曲は元々『あの青をこえて』のカップリングで、だから要は新アレンジのアルバムバージョンだよ。元々は結構シンプルなアレンジで、それが混沌とした時代の中を着実に歩いて行く力強さを感じさせていたけど、この新バージョンでは色々な音が付け加えられたり、326が多用する台詞っぽい歌詞には括弧でくくってる部分はラジオボイスっぽく加工してたりと様々な工夫が施されているのが特徴。凝ってるのはいいけど、むしろ勢いを削いでいる印象。蛇足と言うか、これに関しては原曲のほうが明らかに良いよ」


「他の曲も案外ガシャガシャした打ち込みが使われてたり、どこかせわしないというか浮き足立っているというか、そんな音が多いわね。ギター一本みたいなシンプルな曲はそんなにない」


「それが若さであると同時に時代の空気でもあった、とか言っちゃおうか。このアルバムが出たのは一九九九年の七月だからね。世紀末だよ、世紀末。ノストラダムスが人類滅亡すると言ったみたいに言われたのがちょうどこの月だけど、時代の境目ってやっぱりざわざわするものなんだよね」


「ノストラダムス……。今となってはって人よね」


「あれもねえ、中世フランスの医者だったノートルダムさんが当時流行だった自分の名前をラテン語っぽく言い換えたペンネームで綴ったポエムを死んだ後に数百年経ってからああだこうだとこじつけられて、勝手に人類滅亡とか言ってもないのに言った事にされて、しかも当然滅亡しなかったからって稀代の詐欺師扱いだからね。酷い話だよ」


「流行ったのは七十年代ぐらいよね」


「そうそう。映画になったり『恋の大予言』なんて流行歌が出現したりと一大センセーションを巻き起こしたんだ。非常に可愛らしい曲で結構好きだったり。まあそれはともかく世紀末、混沌の時代にそれとはあんまり関係なく田舎から出てきて東京近郊に暮らす普通の二十歳ぐらいの兄ちゃんの日常、的なコンセプトの岡平や岩瀬作詞曲がアルバム後半に集まってるけど、これもなかなかほのぼのとしていて良いよ。『ビルはほど遠い街』とかね、別にメロディーで盛り上げてくるわけじゃないんだけど『もうちょっと大きくなったらこういう暮らしするんだな』と思わせるものがある」


「全部が全部326が絡んでるってわけじゃないのね」


「とは言ってもやっぱり一般的な19のイメージとしては326作詞で青臭い主張を展開する中高生向けのフォークデュオってところだからね。その路線の極北がアルバム後に出された『すべてへ』ってシングル。これはもうイントロからして狙いっぷりが凄まじいまでに大爆発しててちょっと笑えるぐらいなんだけど、これを最後に326は退くんだ」


「アルバム一枚分とシングルひとつって案外短いのね」


「そもそも活動期間自体がね。セカンドアルバムの『無限大』はほとんどが自作曲なのに『すべてへ』だけ浮いてる。相変わらず手書きの歌詞カードでも326のイラスト使われてるのはこれのページだけだし。まあいつまでも326のイメージだけに縛られたくないって思いもあったんだろうけど、正直ピンとくる曲は多くない。歌詞がどうと言うより、曲自体がね。シングルにもなった『果てのない道』はサビの開放感とか好きだけど。前作みたいにガシャガシャしてたほうが面白みに繋がるのかな?」


「洗練が味を削ぎ落とすとか、その辺は難しいところよね」


「それと岡平と岩瀬の作風が分離し始めたね。岡平は19のイメージに沿った親しみやすい曲を作ってるんだけど、岩瀬は下北沢とか中央線沿線っぽい方向性に走ってる。でもまだそれっぽい雰囲気だけかなって感じ」


「それはアーティスティックな自我に目覚めたって事?」


「そうだね。『無限大』の時点ではイメージに腕が追いつかなかったのがまだまだだったけど時を経るにつれて明確な形となって、世紀を超えた二〇〇一年に出た三枚目にしてラストアルバムの『up to you』では制作体制からして完全に分離してるんだ。もはやここにあるのは19と言うより岡平健治と岩瀬敬吾という二人の歌手で、その二人がそれぞれ自分が作った曲をぶち込んでアルバムに仕立てあげたって感じ」


「グループとしての結束が薄れたのね」


「シドニーオリンピックの曲にもなった『水・陸・そら、無限大』と『背景ロマン』って早めに出たシングル曲では作詞作曲が19名義だったりハーモニカ使われてたりとまだ今までの19色を残してるけど、それ以降のシングルやアルバム曲はもうそれぞれの色が明確。挙句の果てには歌詞カードのミュージシャン表記も岡平の曲は日本語だけど岩瀬の曲はアルファベットと、そんなところまで分離される始末」


「それと歌詞カードの手書きはほとんど止めたのね。イラストが使われてるけど326とは別人だし」


「短期間にして結構別物になってるよね。それでも売上は結構なものだったようだけど翌年には解散して未だに再結成していない。実際そりゃあそうなるよねって納得出来る内容」


「もう歩み寄れる範疇じゃなくなってたのね」


「ただ個々の楽曲の質だけで言うと実は一番好みの曲が多いかも。『あの紙ヒコーキ~』みたいな決定的な一発はないけど、『足跡』『炎』みたいな地味っぽい曲も熱気がこもっているし、アッパーな『たいせつなひと』も、従来の19調の『水・陸・そら、無限大』もそれぞれ良さがある。まあ唐突に広島弁が炸裂する『落書』とかなにこれってのもあるけど、全体的には両者ともそれぞれに音楽的な成長を果たしているのは明確で、だからこそ分離するしかなかったんだろうね」


「それで二人は今何をしているの?」


「まず岩瀬はずっとソロ。岡平は、まずファーストアルバムの頃から編曲なんかで絡んでいた千葉貴俊らと3B LAB.☆というバンドを組んだんだ。ラストアルバムだとこのバンドで編曲ってのもいくつかあるけど、そのままこっちでデビューしたんだ。まあ今は活動休止状態でソロシンガーとして活動してるみたいだけどね」


「それぞれ自分の音楽を追求しているのね。犯罪もせずに」


「とにかく生きていれば何が起こるか分からないさ。まずはそこが大事。まあ19に関しては別に326の歌詞が好きってわけでもないけどやはりピークは326が関わっていた時代かなとも思う。それとアルバムは結構外れも多いけど、そういう部分含めて愛していければ幸いだよ」


 このような事を語っていると敵襲を告げる合図が輝いたので、二人は素早く戦いのモードに着替えて出陣していった。


「ふはははは、俺はグラゲ軍攻撃部隊のアブラムシ男だ! この汚い星に正義の旗を突き刺すのだ!」


 ガーデニングの天敵の姿を模した男が森の中に出現した。地球のエナジーを吸い取ろうとするこの男の陰謀を一刻も早く止めなくてはならない。そして間もなくその抑止力も森へと到着した。


「出たなグラゲ軍! お前達の陰謀もこれまでだ!」


「相変わらず懲りない相手ね。戦わないといけないのなら仕方ないけど」


「ふん、逆臣ネイの操り人形め、今日こそお前達の最期だ。行け、雑兵ども!」


 大量に出現した働き蟻のような雑兵たちを渡海雄と悠宇は勢い良く倒していき、ついにはボスを残して全滅させた。


「よし、面倒な敵は片付いた。後はお前だけだなアブラムシ男!」


「春だからこういうのが湧いてくるのはよく分かるけど、自重してほしいものね」


「むう。だが戦いはこれからだ。死んでもらうぞ!」


 そう言うとアブラムシ男は懐から取り出したスイッチを押して巨大化した。敵が強大な力で襲いかかるなら対抗せねばならない。渡海雄と悠宇は覚悟を決めて、合体した。


「メガロボット!!」

「メガロボット!!」


 巨体同士のバトルだが、パワーにおいてはメガロボットのほうが優勢であった。やはりアブラムシは集団でこそ力を発揮するもので、単独では決して強い相手ではなかったからだ。ならばと悠宇は一気に間合いを詰めた。


「よし、そこよ!」


「うん。ドリルキックで決める!」


 このチャンスを逃すまいと、渡海雄はすかさず青のボタンを押した。両足がドリルに変形したメガロボットの突進は、アブラムシロボットの胴体を突き破った。


「ぐぬぬ、残念だがここまでか。撤退する」


 機体が爆散する寸前に作動した脱出装置によってアブラムシ男は宇宙へと帰還した。かくして再び平穏は戻り、鋭い夕日が公園を歩く二人の体をオレンジに染めていた。

今回のまとめ

・稀勢の里はおめでとう以上に怪我は大丈夫なのかとはらはらする

・19は当時の空気がパックされたような曲が多くて癒される

・あざとさはあるけどそれも含めて良いものは良いし悪いものは悪い

・最後の方のバラバラっぷりは逆に潔い

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