fh18 70年代の名相銀サッカー部について
今日はJ1の最終節が開催される。一年間の集大成がまさにこの瞬間に試されるのだ。セカンドステージ優勝を決めた浦和がこのまま優勝か、風間監督退任が決まっている川崎が有終の美を飾るか。
一方でこっちもまた注目を集めている残留争い。すでにプレーオフ昇格の福岡と移籍続出の湘南は降格決定してしまったので残りの枠は一つ。その枠に入るまいと頑張っているのが磐田、甲府、新潟、名古屋の四チームだ。
望んで降格したいチームはないがルールとは無情なもので、この四つのうちどこかが必ず来年はJ2で戦う事となる。悠宇はそんな運命に思いを馳せながら、渡海雄に昔話を聞かせていた。
「というわけで、ちょっと間が開いたけど七十年代の日本リーグよ」
「前回は日本鋼管だったね。あれから日本シリーズがあって。ああ、日本シリーズは残念だったね」
「札幌でもうちょっと打てたらとか松山の守備とか思うところはいくつかあれど、今年に関してはまず優勝出来た、それだけで十分な成果よ。無論、来年以降はそんな事言ってられないわけで、もうここまで来たら後は勝ち切る以外に残されていないんだから」
「そうだね。きっと日本一になってくれるといいね」
「うん。それで話を戻すけど、今までで七十年代を通じて一部リーグにいたチームは概ね紹介したわ。というわけで、今回からはその中の一時期のみ在籍していたチームを紹介していくわ。その第一弾は名古屋相互銀行。現在は名古屋銀行と名前を変えている地方銀行よ。略称は名銀だけど、サッカー関連だと名相銀と呼ばれるケースが多いわ。社史を読んだところやはり基本的には名銀と自称していたけど創立三十周年を記念した大運動会には名相銀という表記もあったから絶対なしってわけではなかったみたい」
「でも今は社名変更してるから相は晴れて消滅してるわけか。ところで何で変えたの?」
「それはね、相互銀行という形態がもう消滅しているからよ。じゃあ相互銀行とはなんぞやという話になって、それは日本古来の金融システムである無尽がとかそういう流れになりそうなところだけど割愛し、大雑把に言うと地元の中小企業と主に取引してる地域密着型の金融機関ってところよ」
「そうなると完全にローカルな企業と見ていいのかな?」
「例えば東洋工業は広島にあるけど、その商品は広島限定じゃなくて全日本、全世界をターゲットにしているでしょう。でも名相銀はまさに名古屋やその周辺がターゲットなの。現在の名古屋銀行も一応岐阜や静岡、ついでに東京大阪に支店はあるけどほとんど愛知県内だけで営業しているわ。それも名古屋近辺の尾張地区はほとんどの市町村を網羅してるけど東部の三河地区はちょくちょく抜けがあったり」
「なるほどねえ。それにしても、このエンブレム凄いね。いや、エンブレムと言うかそこに描かれてる意味不明なクリーチャーが。獣のような下半身にハートのような形の顔、そして黒く塗りつぶされた目と変なくるくるパーマ。この化け物は一体?」
「クリーチャーとか化け物とか随分な言い草ね。これはナコちゃんって言ってね、名相銀のマスコットキャラクターよ。いつ頃誕生したとかはまだ調べがついてないけど、一九六五年に名相銀が作ったカレンダーにおいてイラストが用いられていたから少なくともそれ以前とは言えるわね」
「今はもう使われてないの?」
「残念ながらね。いつ頃まで使われてたかもよく分からないけど、社史に掲載されたナコちゃんの貯金箱のキャプションには特に何も書かれてなくて、それはこれが編纂された七十九年には当時にはまだ現役だったからなのかも知れないと推測すると、それなりに長生きしたとは言えそう。詳しい事は当時の広報担当者ぐらいしか分からないけどね。なおこのナコちゃん、ギリシャ神話やヨーロッパの伝説に語られる牧神パンの仲間らしくて、だから頭にはヤギのような角が生えているの。このイラストじゃ巻き髪と一体化してるみたいでわかりにくいけど。で、みんなの幸せを祈って角笛を吹き鳴らすんだとか」
「角笛? ああ、右手に持ってるハンマーみたいなのがそれか」
「名相銀じゃ月に一回『ナコちゃんデー』なる日が設けられていたらしい、という情報源はサッカーマガジンの一九七一年九月号。この年のマガジンは『日本リーグ8チームめぐり』と称する特集が組まれてて、各チームの選手インタビューに加えて選手のニックネームやちょっとした小話、サッカー選手ではなく社会人として普段どういう仕事をしているかなどの情報が満載なの」
「それはまた有意義な情報だね」
「強豪ならいざしらず、名相銀クラスだと情報もなかなか少ないしね。それとナコちゃん情報も満載で、エンブレムに描かれてるお座りナコちゃんのみならず、左足で躍動感あふれるシュートを放つナコちゃんやボールを放り投げる歓喜のナコちゃんなど、まだ見ぬバリエーションがいくつもあって心がビンビンしたわ。確かに目が全部黒で塗りつぶされてるなど初見ではちょっときもいって思うかも知れないけど、見慣れるとこれが結構かわいく思えて来るものなのよね。ちなみに体の色はピンクで、それに合わせて名相銀も赤だかピンク色のユニフォームだったみたい」
「ピンクって、結構派手だったんだなあ」
「カラー写真も、多分ベースボールマガジン社なんかにはいっぱい眠ってるんでしょうけどね。選手情報に戻るけど、全体的な印象で言うと他チームと比べてもアマチュアリズムが強いという印象を受けたわ。例えば選手同士の対談で、他のチームはサッカーの事しか言ってないのに名相銀は銀行マンとしての悩みを告白しまくってたり。現金なくす夢を見るとかね。上司が普段の勤務態度についてコメント入れてたのも名相銀ぐらいで、逆に言うとスポーツが仕事の企業アマじゃなくて真面目に銀行業務もこなしていた証拠よね」
「アマチュアの鑑だね」
「ただそうなるとサッカーばかりやってる他のチームとは差がついてしまうもので、一九六五年の日本リーグ創設当初から参加した八チームのうちの一つだったけど、記念すべき初年度の最下位となってしまった。しかも翌年は一つ順位を上げたにもかかわらず鋼管との入れ替え戦に敗退して、これまた史上初となる降格を味わったの」
「ううむ、やはり厳しいものか」
「しかし一年で豊田自動織機を下して復帰。その一年目となる六十八年は『ノーモア入れ替え戦』をモットーに八幡製鉄を破るなど大健闘、日立を凌いでチーム最高順位の六位に入ったわ」
「六位って事は、スローガン通りに入れ替え戦から脱出したのか」
「まあ翌年以降はまた厳しい戦いに戻るんだけどね。そんな名相銀の選手は、まず東海地方の選手が多いのが特徴よ。まあ地元だし当然と言えば当然だけど」
「背番号1の倉地俊信らは豊田西高で愛知県、背番号7の桑原勝義は静岡の藤枝東だし大学では釜本と同級生の背番号6松永忠史は静岡高、ルーキーながら背番号10の山田洋一は大垣工って岐阜だね。関係ないけど倉地は顔の真ん中辺りに影が寄ってるのもあって、左右非対称に加工した写真みたいになってる。それと山梨県出身者も多いね。あんまり東海地方とは言わないけど」
「監督の横森正哉が韮崎高校出身だから、そのラインもあるんでしょうね。背番号14の輪郭が細長い河込久、背番号18の目付きが鋭い向山正俊、それに背番号22なんて監督と同じ名字の横森敏行。これ全員韮崎の後輩よ。横森監督はなかなか渋い男前のおじさまだけど、横森選手もすっきりとした顔立ちで好印象。ついでに甲府工業出身の背番号12芦沢勝男というキーパーもいるわ。そういう人達に混じって永大の時に聞いた名前もちらほら混ざってるわね」
「背番号9の大久保賢とかだね。身長180cm近くで、当時からするとかなり大型選手」
「この大久保、コーチ兼任って体だけどすでに事実上専任で、シーズン途中に選手登録も外れたはず。この年に三十歳だから、現役としてはそろそろ年貢の納め時ではあったのよね」
「七十五年当時は永大のコーチとして登録されている背番号19横山孝治や背番号21塩沢敏彦もいるね。塩沢って身長163cmそこらだったのか。背番号11の竹下悦久は悦史と書かれてる。それと背番号23小崎実もいる。若々しい顔」
「それに山陽高校出身のルーキー、背番号20山口直弘も永大に移籍したけど、割と早々いなくなった模様。ただ皆実の大久保や山口という広島県出身選手が渡部英麿と連絡を取って、その縁で永大にという流れがあったみたい」
「当然のように広島出身者が複数いるあたりサッカー王国っぷりの一端だね。それにしても全体的には、案外若い選手が多い」
「倉地の寸評に『北川のいないゴールを』と書かれているけど、これは前年まで守護神だった北川勝一の事で、事前予想では彼らベテラン退団による戦力低下で苦しいと見られていたの。この北川は元々湯浅電池という関西の強豪に所属していたけど六十六年に名相銀へ移籍した選手。怪我が多くて悲運のキーパーとも呼ばれていたらしいけど、実力は代表クラスだったわ。名相銀は比較的移籍を活用したチームで、桑原は静岡本拠地の日本軽金属にいたし、小崎も鹿児島クラブから昨シーズン途中に加わったの」
「あんまり資金力なさそうなローカルチームだけど、どうやって口説いたのかな」
「まず当時はまだ二部リーグもなかったし、日本最高峰のリーグで戦っているというそれだけで大きな魅力だった。そして東海地方唯一の日本リーグ所属チームだったので、特にサッカーどころとして名を馳せていた静岡出身選手が『東海地方の代表だから』と加入したケースも多いみたい。これが八十年代以降になると静岡本拠地のチームが台頭してくるんだけど、まだ先の話だから。ただ結局はより高いレベルでサッカーをしたいって、それだけだと思うわ」
「選手としては当然の欲求だもんね」
「静岡出身でも超一流選手は名相銀とか入らず各地の名門に散らばるわけだし、そういうエリート相手に各地から寄せ集めたローカル軍団が必死に対抗というのが名相銀だったけど、この七十一年、ついに来るべき時が来てしまったの」
「ううむ、やはりなかなか続かないものだね」
「相変わらずこのシーズンも最下位に終わって入れ替え戦に臨む名相銀に対するは新興勢力の藤和不動産。創立は一九六八年、当時最強の名をほしいままにしていた東洋工業から黒木芳彦や石井義信といった指導者を迎え入れ、大卒の優秀な選手も揃えて一気に昇格を目指したチーム。そして実際にわずか四シーズンでここまで上り詰めたの」
「凄いペースだね」
「現状維持が精一杯のチームと会社が全力でバックアップする新興チームでは勢いからして違うもので、この入れ替え戦で名相銀は敗れたわ。でもね、負けた当初は雑誌とかでも『また復帰出来るように頑張る』的な事も書いてたし名相銀に加入決定した高校生とかも雑誌で紹介されてたんだけど、結局休部となった。ローカル企業が全国を舞台に大企業と戦うのはもう限界と見たか」
「それであぶれた選手が、これまた日本リーグを目指す新興の永大へ移籍って流れか」
「まあ実際は永大以外に移った選手もいて、それがこれから出てきたりするんだけどね。その辺は丸の内御三家などの強豪とは異なる道を歩んだ非主流の意地と言うか、たくましさや粘り強さを感じさせる経歴の人が多いのがサッカーへの情熱を感じさせるわ。桑原なんかここから結構凄い経歴を刻んでいくんだけど、それはまたその時って事で」
「そう。その時がちゃんと来るといいけどね」
「そして広告は、この年の他の下位チームは専用の広告がないのに最下位の名相銀にはなぜか自社の広告スペースが用意されてて『地域社会の反映のご奉仕します。』ってコピーが名相銀の本社ビルとともに掲載されているわ。調べてみると現在の名古屋銀行本店と同じ建物みたい」
「当然看板なんかは違ってるし、それと下の道路に写ってる車の形も今と違ってカクカクしてるのも時代の味だよね」
「まあとにかく、名相銀の冒険は七十一年で終わった。しかしその後、名古屋銀行と名前を変更した一九八九年に名古屋銀行サッカー部が創設され、二〇〇二年には名古屋WESTフットボールと名前を変えて今でも戦い続けているわ。七十九年に出た社史ではサッカー部について全然触れられてなかったのはちょうど休部中だったからかと推察するけど、だから普通に写真が載ってたナコちゃんは当時も現役だったのではと逆説的な推理した理由にもなっている。ともあれ休部って廃部の言い換えじゃないなんてなかなか稀なケースではあるわね」
「鉄鋼業系チームもそれで復活とかしないかな」
「あそこは望み薄かな。基本余裕ないし新日鉄とか特にケチだし」
このような事を語っていると敵襲を告げる警報が鳴り響いたので、二人は迅速に変身しておっとり刀で現場まで急行した。
「ふぁははは、私はグラゲ軍攻撃部隊のホンドタヌキ女だ! この汚れた大地を清めるのだ」
秋も深まり朝晩などは寒さも明確に感じるようになった今日このごろにふさわしく、ずんぐりとした体型の敵が山の中に出現した。間もなくこれを追って二人は出現した。
「またも出てきたなグラゲ軍! お前達の野望は永遠にかなわないぞ!」
「勝手に汚れてる事にされても困るし、それなら近づかなければいいのに」
「グラゲの正義を広めるのに何を戸惑う必要があろうか。さあ雑兵ども、奴らを片付けるのだ!」
ぞろぞろと出現してきた雑兵を二人は次々と撃破していき、ついには全滅させた。
「これで雑兵は終わりかな。後はお前だけだホンドタヌキ女!」
「今日新たな運命を開く人達もいるし、ここで負けるわけにはいかないのよ」
「運命。それはお前達が滅びる事であろう。この私によってな!」
そう言い終えると、ホンドタヌキ女は懐から取り出したスイッチを押して巨大化した。こうなったら戦うしかない。渡海雄と悠宇は覚悟を決めて合体した。
「メガロボット!!」
「メガロボット!!」
ホンドタヌキロボットの変幻自在なアクションに悩まされながらも悠宇はジリジリと距離を詰めていった。そして体当たりでバランスを崩した。
「よし、今よとみお君!」
「うん。高火力のエメラルドビームで勝負だ!」
そのタイミングを逃さず、渡海雄はすかさず緑色に輝くボタンを押した。瞳から放出されたエネルギーが敵の巨体を焼き払った。
「ぐうむ、残念だが撤退するしかないのか」
機体が爆散する寸前に作動した脱出装置によって、ホンドタヌキ女は宇宙へと帰っていった。そして午後一時半からスタートした決戦の結果、名古屋が降格となった。ただこっちの名古屋と違って金は腐るほどある。後は使い方だ。フロントの改善なくして飛躍なし。
それと浦和年間勝ち点一位も決まったが優勝ではないらしいのでまだおめでとうございますとは言えないみたいだ。川崎がここぞの試合で大逆転食らうとか、ここは相変わらずだ。それと鹿島もチャンピオンシップに出場するが、今回は完全に他人事として見られるので死闘をしっかりと味わいたい。
サンフレッチェは、ウタカ得点王はいいけど調和の点においてもう一歩だったかなと思った。怪我人も多く、シーズン終盤には不祥事も相次いだし。その中でこの程度の悪くない順位に付けたのは及第点ではある。ある意味本来の、予算相応の位置に落ち着いたと言うか。でも人の欲望とは限りないもので、次の優勝はいつかと心待ちにしている。
今回のまとめ
・ナコちゃんは癖になるキャラデザインで心を揺さぶられる
・サッカー界ではメインではない存在だけどそれゆえの情熱を感じる
・確かに成績は厳しいけど非常に好感を持てるチーム
・グランパスはフロントを改善するチャンスと考えれば良い