am03 風立ちぬについて
先週末に日本列島を襲った大雨が残暑のとげとげしい日差しさえも洗い流したのか、今週は随分と過ごしやすかった。とは言え、日中に外出するとやはりそれなりに強い日差しは未だに健在ではある。しかし風が違う、雲が違う、空の色が違う。秋の気配はもはや隠せないほどに溢れている、と思ったら今週末、分厚い雨雲がそれを覆い隠した。しかしこれを繰り返せばまた秋に近づくと思えばそれもまた一興。
さて、未だ九月にも到達していないくせに早くも二学期の始業式があった。この間の火曜日の事である。この日は午前だけで学校でやることは終わり、太陽が空の一番高いところにかかる頃には既に家路を歩いていた。
「ねえねえとみお君! 私、将来の目標が決まったの!」
「へえ、そりゃあすごいや。それで、何になりたいの?」
「ふふふ、私ね、サナトリウム美少女になるの!」
「ふうん、頑張ってね」
「頑張ってじゃないでしょ。分かってるの?」
「いや、よく分からないけど」
「まあ男子ならそんなもんでしょうね。サナトリウムってのはね、高原とかで病気の治療をする施設なのよ。だからそこにいるのは療養中の病弱で薄幸な女の子。清楚な白いワンピースとか似合ってね、髪型は黒髪のロングで透明感を失わずに。素敵な男の人と出会うけど実は余命幾ばくもなくて口から血を吐いたりするのよ」
「くふっ」
「そういうリアル感のある笑い方はやめてくれる? 私は真剣よ。そりゃあ今の自分と比べるとあまりにも遠いところにあるって知ってはいるけど。ところで私が髪をまっすぐ伸ばしたら似合うと思う?」
「うーん、分かんないな。イメージできないや。でもさ、ゆうちゃんは今のままでもそれで十分綺麗だと思うし、だからそんな髪型だって案外似合うかもね」
「ふふっ、そうかもね。まあ実際髪伸ばしたら洗うのとか大変そうだしイメージだけでいいのよ。私だって出来るなら清楚に生まれたかったけど人には向き不向きがあるんだし。それにやっぱり健康が一番だものね。そう言えばこの間映画館で『風立ちぬ』見たんだけどね、どう言えばいいか分からないけど良かったわ」
「僕も見たけどなかなか凄い映画だったね。作中の時間がガンガン過ぎ去ってひとつひとつがダイジェストみたいで。開始十分で夢オチ二回」
「序盤に限らずずっと夢やら空想やら、そればっかりだったわね。二郎の少年時代、CMなんかでよく使われてたあの翼の先に羽みたいなのがついた飛行機がいきなり登場しておおっと思ったけどあくまでもそれは空想で」
「ラストも空想というか心象風景と言うか。実在の人物である堀越二郎が主人公で、二郎は零戦の開発者として有名ですって事前には言ってたけど正直零戦はどうでも良かったというか最後にちょっと出てきただけで別にそこが大事でもなかったよね。むしろ零戦の前の事ばっかりだったし」
「飛行シーンもそんなに多いわけじゃないし、空中戦なんてもってのほかで、そこに期待してたら肩透かしになってたわね」
「でもその代わりに二郎が本庄とか黒川みたいな技術者と色々語り合ってたりね、正直僕にはその意味するところが詳しく分からなかったけどなんかネジの形でこれがいいとかすごいとか、ああいう会話ってわくわくするよね。若い人たちが集まってあれこれと論議してる場面とかも」
「確かに恋愛沙汰とかの部分よりそのへんのほうが見せ場だった気がするわ。菜穂子と結婚したでしょ。あのシーンの菜穂子はとてつもなく美しくてうらやましいほどだったけど、そんな菜穂子に対しても二郎は特に気を使ったりはせずに目の前で煙草吸ってたし」
「煙草は二郎に限らずみんないっぱい吸ってたよね。禁煙学会だっけ? そりゃクレームつけたくなる気持ちも多少は分からないでもなかったね。まあでも当時は禁煙とかそんな風潮もなかったんだし、それなら吸ってる場面があったほうがむしろ自然だからさすがに抗議はやりすぎだけど」
「そこなんかもそうだし、二郎って薄情に見える時もあったわ。欧米のカップルみたいにキスはいっぱいしてたけど、最後は結局自分本位と言うか、菜穂子は最後まで二郎にとって都合のいい人のままだったみたいな気がして。そう言えば序盤にいじめを見逃さないシーンがあったけど、あれも意味あったのかしら」
「そういうシンプルな正義感だけでは天下国家を渡り歩いてはいけないものだから。大人になってもそれを忘れた訳じゃないんだ。ほら、何とかって怪しげなお菓子を貧しい子供に渡そうとしたでしょ。拒否されたけど。菜穂子の事にしたってね、そりゃあ嫌いなはずはないけど正直飛行機の方がよっぽど好きだし付き合いも長いからどっちを優先するかと言われるとそっちを選んだけどあれはあれで愛情を感じていたしそれを行使しようとしてたようには思えたよ。逆にいい年してるのに『菜穂子、逝くなああああ!!』みたいに叫ばれてもむしろ興醒めだし。それと菜穂子も治療すると決意したけど結局抜け出して結婚したけど少ししたらまた戻ったりして、病院の方もびっくりしたと思うしお父さんは物分り良すぎるし、まあ勝手と言えば割とどっちもどっちだったりするから。つまりお互い生きたいように生きてたまたま重なり合ったのがほんの短い時間だけだったけど、それでも下手に長く過ごすより幸福ではあったかも知れないし。そう言えば高原で婚約決めるシーンが卓球のラリーのようにテンポ良くて、あそこはちょっと笑えたかな」
「あのシーンね、ちょっとしたギャグでしょ。草食系ドイツ人は歌い始めるし。ただその前に二郎は飛行機開発してたものがいきなり軽井沢にいて。あれは開発していた飛行機の飛行実験が失敗に終わったから傷心旅行だったらしいけど、その辺をナレーションとか台詞で特に説明する事はなかったから、まあそのシーンは分かりやすい方だけど全体的に『今どうなってたっけ』みたいな部分はあったわね」
「そういう説明はあえてしてないんだろうね。何でもかんでも説明するのは美しくないし。そう考えると二郎の中の人もね、うまくキャスティングしたと思うよ。それを決めたのは監督自身だし、だから明らかに下手だけどもはやそれは自明の事だから今更あげつらっても仕方ないからその代わりに『彼は一見下手だけどあえて起用したからには何らかの大いなる意図が隠されているに違いない』と考えるでしょ。自分はいっぱしの意見を持っていると自負する人なら特に。軽井沢のドイツ人のモデルになったらしいスパイの人は情報を聞き出す際に『あなはた知らないのですか』と言って、それを言われた人は『いやいや知ってるぞ』とばかりに機密情報をベラベラ喋ったらしいけど、つまりそういう事なんだよ。作中の演技は『彼を起用した意図をあなたは知らないんですか』って問いかけで、それに対して『つまりはこういう意図なんだ』って見た人は勝手に考えるし、その中には起用を決めた人すら思いつかなかったようなもっともらしい意見もあるからみんなそれで納得してくれる。そう言えば中の人も代表作ではそれを使ってブーム巻き起こしてたね」
「考えすぎじゃない? 実際そりゃあ棒読みな部分もあったけどそんなに気にならない部分もあったし」
「まあ多少はね。ただとにかく作中で全てを語り尽くしたような作品でもないように見えたから色々語りたくなるし、そうやって見た人に考えさせるのも一つの技術ではあるから。僕が最初の方にダイジェストみたいって言ったけど、この映画は飛行機を作るってのがあって恋愛があって社会に対して言いたい事もあって、結局どれが主題かって言うと多分全部なんだろうけどその分ひとつひとつがもうちょっと踏み込めたかも知れないのにそこそこで終わっちゃったと言うのかな、もっとどれかに絞ったら良かったかもね。個人的には仲間たちと一緒に飛行機を作るってのが一番興味を持って見られたテーマだったからそこを重点的にやったら良かったかなって」
「でもそれだけだとそれこそ単なるミリタリーな作品になるし、他の詳しい人がガチガチに考証した上で男らしい『実録堀越二郎伝』みたいなのを作ったほうがいいんじゃないかしら。飛行機だって美しいけど女だって美しいものよ。零戦とか飛行機だけじゃなくて美しさを追い求めたのがこの作品じゃない? だから菜穂子がいるんでしょう。堀越二郎だけじゃなくて堀辰雄にも敬意を込めてるんだし」
「それもそうか。特にこの作品の二郎なんてのはつまりは美しいものが大好きでそれをずっと追い求めてるからね。鯖の小骨も飛行機も菜穂子も全部そう。菜穂子だってそれは先刻承知だから自分の美しいところだけを見てもらうためにあんな無理をして、その後の本当に辛くて、醜いところは彼には見せまいと立ち去って、きっとすぐにその命さえも散らしてしまったんだろうし。そう考えると悲しいお話だよね」
「呪われた夢だって事だし、こうなるとは内心分かっていてもやめられずに自分のやりたい事をやった結果ズタボロになって、菜穂子は死ぬし二郎だって自分の開発した飛行機は最初は中国やアメリカの人たちを殺す兵器になって、戦争の形成が逆転してくるとそれに乗る日本人を殺す兵器にさえなって」
「そう言えば作中で機関銃を外せばもっと早くなるとか言ってたし、やっぱり戦争なんてって事を端的に分からせるのはああいう部分だと思うよ。でも、だからと言ってやると決まった以上は全力を尽くすのは当然だからね。高麗じゃないんだから、嫌な仕事だからと言って兵器作りに手を抜いたりは普通できないよ。全力を尽くして走った結果は破滅だとしてもね。まあ、そういうのを全部引っ括めて最後の歌に至るわけだけど、あの曲はやけにドラムがうるさかったね」
「えっ? そうだったかしら。最後にあの曲が流れてうわあいいなあ、美しいなあってなったんだけど」
「ほら、去年出た三枚組のベストアルバムあったでしょ。映画見た後でそれを一通り聞いたけど、荒井由実時代が至高で松任谷由実になってからはアレって言う人の気持ちがほんの少しだけ分かった気がするよ。個人的にはそこまで原理主義にはなれないけど、少なくともこのアルバムに入ってる七十年代の曲と八十年代以降、どっちが好きかって言われると明らかに前者だから」
「ふうん。そんなものも持ってるんだ。じゃあさ、今度聞かせてくれない? もちろんひこうき雲も入ってるんでしょ」
「うん、いいよ。入ってるのは三枚目だし、一枚目の最初から聞いてると曲が多すぎる上に二枚目はいい曲が少なくて絶対だれるから一枚目の途中までと三枚目だけ聞こうね。じゃあ早速今日これからでも」
しかしその約束をすぐ果たす事は出来なかった。グラゲ軍襲来を告げるエメラルドの瞳が輝いたからである。敵が来ればもはや休みも学校もなく、飽くなき野心を抱いた侵略者を叩くために走るのは二人の日常であるからだ。
「かかかかか、俺はグラゲ軍攻撃部隊のサバ男だ! 嘘偽りない力でこの地球を支配するのだ!」
いかにも足の速そうな男である。しかしスピードであれば渡海雄と悠宇も負けはしない。普段の身体能力で言うと悠宇が圧勝なのだがそこはグラゲ星が生んだ鬼才ネイの科学力、スーツを着込んだ二人はドーピングしたウサインボルトが裸足で逃げ出してもすぐ追いつけるほどの素晴らしい加速力を手にしたのだ。その素早さで二人はサバ男のいる海岸に到着した。
「またも懲りずに現れたなグラゲ軍!」
「海のシーズンももう終わりなんだし、最後にここでひと暴れしてやるわ!」
「ふん、貴様らが出てくる事はすでに知っておったわ。さあ行け雑兵ども! 奴らの首を上げるのだ!」
サバ男の指示とともに砂浜からぞろぞろと出現した雑兵だが、渡海雄と悠宇の前では砂浜に書いた文字が波に流されるようにもろくも消え去った。
「後はお前だけだなサバ男!」
「まだ暑さも残ってるし、持ち前の足の速さでさっさと退散しなさい!」
「馬鹿にするのはこれを見てからにするのだな!」
二人に囲まれたサバ男だったがいささかたりとも慌てずに懐からスイッチを取り出して巨大化した。しかし二人もまた慌てずに、強大な力に対抗する手段を講じた。
「メガロボット!!」
「メガロボット!!」
海岸線を埋めつくす二体の巨像が向き合い、目に見えない火花を散らす。勝負は一瞬、間合いを図って悠宇は一気にサバロボットの懐に飛び込んだ。この体当たりでバランスが崩れた刹那、渡海雄は止めの一撃を用意した。
「ランサーニードルでとどめだ!!」
渡海雄が黒いボタンを押すと、胸部から大量の棘がサバロボットに向かって射出され、彼の全身を貫いた。
「おのれ、この俺がこうも押されるとは!」
次の瞬間、サバロボットは爆散して海の藻屑と消えたが、その直前に脱出装置が作動しており、サバ男は宇宙に逃げ帰っていた。かくして渡海雄と悠宇の夏は終わった。思えば戦い続けてばかりの夏だった。地球のためとか人類のためとか、大きなことばかり考えると夏の暑さもいつもよりきつく感じたものだ。
しかし涼しくなっても戦いは続く。夏の終わりの夕暮れが醸し出す寂しげなオレンジ色は海と大地を隔てる堤防、テトラポッド、棹さすようにちょこんと腰掛ける二人までも一つの色に包み込んでいる。明日からは当分、夏の日々とは別れるが生きていればまためぐり合う日が来る。その時のために、また明日から頑張ろうと二人は西風に誓った。
今回のまとめ
・なんだかんだ言っても楽しめたか否かで言うと前者だった
・庵野は当然のように下手だからこそ擁護したくなる人も増えるものだ
・ユーミンは案外どうでもいい曲が多い
・今日で夏が終わるがどうも天気が悪いので残念




