ng07 アドゥワ獲得記念 2016年ドラフト会議について
公式戦が終わればまずCSが開催され、それが終わったところでドラフト会議を経て日本シリーズに至る。だからドラフトにはもう少し間があるのだが、せっかくの秋晴れの休日なので公園で渡海雄と悠宇は遊んでいた。
「カープ、決まったね! 日本シリーズ!」
「うん、決まったわね、無事に。対戦相手はCS初出場ながら第一ラウンドで激戦の末に巨人を下したDeNA。勢いのある相手だったけど三勝一敗にアドバンテージ一つを加えて勝ち抜け」
「でもDeNAもなかなかのものだったよね。最初の二戦はジョンソンと野村が盤石だったのもあって実力差あるかなって印象だったけど」
「三戦目はDeNA勝利で、昨日もねえ。一回にいきなり六点取った時は余裕だと思ったのにジリジリ迫られ、終わってみれば一点差のルーズベルトゲーム」
「本当によく勝てたよ。田中が八割打ってなかったらどうなってたか」
「田中は打ち出の小槌だったわね。シーズン終盤はいささか疲れたかなって雰囲気もあったけど、しっかり休めたのが良かったのか。まあそれにしても打ち過ぎなんだけど、こういう絶好調な選手が出ると楽になるものよね」
「逆にルナは怪我してしまったね。これで日本シリーズ出場も無理になったって」
「来シーズンの契約にも響いてきそうで非常に残念。でも全力プレーの結果だから責められないわ。そして日本シリーズの対戦相手としては、どうやら日本ハムが今さっき勝利したとの情報が」
「ああ、やはりお互い首位同士のシリーズになるのか。ソフトバンクも強かったけどね」
「まあスッキリした形でいいじゃない。日本ハムとはシリーズでは初の対戦。そもそも広島と北海道で距離も遠いし、トレードなんかも近年はあんまりないので変な因縁みたいなのがないのはいいわ。フェアに戦えれば何より」
「そうだね」
「で、日本シリーズの前、二十日にドラフトがあるんだけどね」
「ああ、もうそんな時期か」
「今年のカープは優勝したから、今までとは多少異なる部分もあるわ。特に違うのは二位指名の順番。以前も言ったように、一位は全球団一斉に指名するけど二位は順位が下の球団から指名というウェーバー方式、三位はその反対の逆ウェーバー方式が繰り返されるの。また交流戦の結果から優先権がパリーグにあるので、今年の二位指名はまずオリックス、次に中日、楽天、ヤクルト……、となるわ」
「それで行くと、ああ、カープは最後なのか」
「そう。今までなら二位指名でもある程度即戦力期待の選手は残っていたけど、さすがに十二番目となるとね。そして三位は一番目だから二位と三位を連続指名となるの」
「ふうん。それはどんな影響があるの?」
「まず二位と三位の連続指名、他球団の例を見ても多くの場合は投手と野手を指名しているケースが多いみたい。三位指名してからはまた二十人以上指名出来ないわけだから、バランスを考えるとカープもそうなる可能性が高いんじゃないかしら。とにかく基本的には受け身の指名となるだろうから、どの選手が残っているか推測するのは容易ではないわ。だから一位指名が例年以上に重要になってくるはずよ」
「なるほどねえ。それで一位は誰になりそうなの?」
「それがね、まず先日『スカウト会議の結果一位指名候補を十三人に絞った』という報道がなされたわ」
「十三人って、全然絞れてないじゃない」
「そうなのよね。優勝して球団のイメージも向上してるから事前に拒否されるケースが減ったのかな、とここはポジティブに考えておきましょう。で、その十三人の筆頭はやはり去年の時点でも大本命だった創価大学の田中正義でしょうね。一時期は何球団競合するやらって感じだったけど、怪我の多さなどから若干評価が落ち着きつつはあるの」
「ふうむ、怪我かあ。せっかく獲ったのに怪我で使えませんでしたじゃあ厳しいもんねえ」
「しかし実力は即エース級と評判で、やはり競合は確実よ。大社投手では桜美林の佐々木、明治の柳、慶應の加藤、東京ガスの山岡と言った選手の評価が高いみたい。この中で山岡は広島県出身。弱点は身長のみの実力派よ」
「多分きっと素晴らしい選手ばかりなんだろうね」
「評判はそれほどでもない人もいるけど、ここはスカウトの目を信じたいところ。そして高校生は元々ビッグスリーと称されていた履正社の寺島、横浜の藤平、花咲徳栄の高橋に加えて甲子園優勝投手の今井、サイドに近いフォームから力あるボールを投げ込む左腕の堀という投手五人が候補。そして吉川と京田という二遊間タイプの大学生内野手もリストアップ」
「二遊間ねえ。菊池田中でレギュラー固まってるし、必要なの?」
「私も一位で取る必要まではないかなって思うけど、このポジションは補充が容易ではないから。で、ここまでで十二人。もう一人いるはずなんだけど、今のところ報道などで名前は出ていないわ」
「謎の十三人目、実にミステリアスだね。果たしてその正体は?」
「これから判明するかも知れないし、しないかも知れない。とりあえず投手の可能性が高いけど。カープの一位は基本的に投手と言われているし、今出てきた中から誰かが選ばれるはず」
「どうなるんだろうねえ」
「それが判明するのは次の木曜日! テレビにかじりつく準備は出来ているわ」
「じゃあ僕もまたお邪魔しようかな?」
「どうぞどうぞ。仲間は多いに越したことはないんだから」
というわけでまたも女の子の部屋に忍び込む密約をかわした渡海雄。以降の予定としては特定選手の指名明言など決定的な報道があればその都度、なくても当日の報道などをベースに一度話題にして、そして当日はリアルタイムで更新する。実際まだどうなるか分からないが、だからこそ面白いというものだ。
思えば逆指名時代だと上位は言うまでもなく下位も隠し球候補とか言いつつ「六位前後で指名予定」などと全然隠れてなくて、実際その順位で指名とか普通だった。今はその手の報道があっても結構普通に他球団からの横槍が入るので入団確実とは限らない。いい時代になったものだ。
やはり一場と木村はカープの救世主だった。そんな木村は今年あれだけ望んでいた在京パのロッテを解雇された。カープが優勝した年にそういう男が球界からいなくなるのも一つの時代の象徴といえるのだろう。
高校時代から広島が目をつけていたものの拒否して社会人に就職。三年後、相変わらず狙っていた広島を振った後で十二球団OK宣言をするも当時最下位だった楽天と横浜が興味を示したので「在京パリーグ志望」と言い出す。横浜が強行指名したものの「来年は希望枠レベルの選手がいないのも知っている」などと言って拒否。その後西武からの裏金が発覚。謹慎を経て二年後にロッテが一位指名したが通算一勝に終わり解雇。ここまでクズだと逆に清々しささえ感じさせるものだ。
活躍出来なかったのは本人の性根が腐っていたのが原因だが彼の時代、裏金は球界全体の常識だったので精神が汚染されても仕方がなかった。これからはそうじゃない選手が主役となって球界を支えていく事だろう。一部を除いて。
十月十八日、黒田引退表明!
「ねえねえ見た!? 地元テレビ局でテロップ出たって!」
「ええ、聞いたわ。ついに決断を下したって。でも良かったわ。二百勝も優勝も間に合ったから。後は日本シリーズよね。北の大地で最後の戦いに挑む。新選組みたいじゃない」
「玉砕とはいきたくないものだけどね。それで、これでドラフト戦線に変化とかあるかな?」
「私達はともかくフロントはもう知ってたでしょうし、特に変更はないでしょう。田中、佐々木、柳といった競合不可避の即戦力に突撃する可能性が高まったとは思うけど。黒田は規定到達で二桁勝利と、単純な戦力としても重要だっただけにね」
「一本釣りは難しそうだもんね。覚悟を決めるしかないかな?」
「そうね。外れとか二位で左投手を狙うって話もあるけど、どうなるかしらね。近年は左というだけで過大評価しない指名で割と上手く行ってるし、左だから指名するのではなく実力があるから指名するという前提の上なら、どんな選手でもいいわ」
ついに来るべき時が来てしまった。しかし最後は本人の決断なので私は何も言う事はない。魂の高揚と充足を与えてくれた稀有なる投手は優勝を置き土産にユニフォームを脱ぐ。ついでに立派な後継者候補と日本一の称号も得られればなお良いものだ。
十月二十日朝、ドラフト当日! カープは田中指名を明言している。
「というわけで、色々言われてきたけど大本命に突撃を決めたわけよね」
「田中投手か。でもかなり競合するんでしょ?」
「現状ロッテと巨人も指名を明言しているので三球団。もっと増えて六球団ぐらいになるんじゃないかって予想されているわ。かなり大規模な抽選となるでしょうね」
「当たるかなあ」
「単純にデータだけで言うと当たらない確率のほうが高いわ、当然ね。でもそう決めたからには見守るのみよ。それに田中に指名集中って事は外れでも残る選手は多いって事だし、その中から正しい判断を出来るか。それと全体では四人から五人という少数指名らしいけど、ここもどの程度で行くのか」
「ファンがあの選手はいいとか悪いとか言うのも結局は極めて断片的な情報によるものだしね。最後はより長く見てきたスカウトの目を信じるしかない」
「そういう事よね。さて、もうじき一時間目だし、それからの楽しみは放課後に取っておきましょう」
そう言うと二人はランドセルから国語の教科書とノートを取り出した。授業は真面目に受ける。児童の義務だ。戦いしか知らない人間にならないためにも必要な措置と言える。
そして二十日の夕刻、ついにドラフト会議がスタートした。事前情報はもう十分に得たので、後は待つだけだ。
「さあ、いよいよ入場。でもカープは十二番目、一番最後ね」
「優勝したもんね。いやあ、やっぱり緊張してきた。しかもくじ引き確定だしね」
「田中正義、さあどれだけ集まるか」
という事で十七時十五分から指名。オリックス山岡、中日DeNA柳、楽天藤平、ヤクルト寺島、西武今井、阪神大山、それ以外が田中となった。これで田中と柳が競合となった。
「大山? 誰?」
「大学生の野手よ。長打あるタイプの内野手でサードなんかをこなすけど、まさかいきなり指名とは。そしてカープは当然田中」
「五球団か。さて、まずは柳の抽選だね」
「それにしてもここまでBクラス球団の指名がバラけるとはねえ。こうなると本来競合覚悟だったはずの柳競合が惜しいものみたいに感じられちゃったり。おっと柳中日!」
「最下位の中日に福来るってね。それで柳はどんな投手なの?」
「凄いスピードボールとかはないけど安定感が高くて、実戦で活躍しそうな投手よ。大学が同じなので野村祐輔みたいなタイプとも言われたりするけど、柳は柳でオリジナルな活躍をするものと思うわ」
「そして田中の抽選だね。どこだ?」
「ソフトバンク!」
「むう……!」
「ううむ。でも外れの可能性が高かったのは分かっていた事だし、ここで誰を指名するか。当初外れで残ってればって見られてた選手がごっそり抜かれた中で佐々木とか残ってるけど……」
そして外れ一位指名はロッテ、DeNA、巨人、日本ハム、そして広島の五球団で行われた。結果、全球団佐々木だった。なんじゃそりゃ。
「ごちゃついてるなあ。こんな事ってあるの?」
「まあ入札で消えると目されていた選手だからね。おっと、ロッテ」
「当たりを先に取られたんじゃどうにもならないね。外れ外れか。誰になるのかな。また競合とか嫌だよ」
その外れ外れ一位でDeNAは濱口、巨人は吉川、日本ハムは堀、広島は加藤指名となり、競合なく交渉権確定となった。
「で、加藤ってどうなの?」
「身長の割に体重があって、馬力ある投手と評判よ。事前に名前は出ていたし驚きはないけど、まあ大事なのは現時点の評判じゃなくてこれからどう伸びていくかだから」
「そうだね」
というわけで加藤拓也を一位指名した。正直前評判だけで言うと芳しくないものもあるがパワーあるボールを投げるのでリリーフタイプとしては案外すぐ出てくるかも知れない。ここで休憩が入って二位以降に突入するが、カープは二位の最後なのでしばらくは暇となる。
十八時から始まった二位指名はオリックス黒木、中日京田、楽天池田隆、ヤクルト星、西武中塚、阪神小野、ロッテ酒居、DeNA水野、ソフトバンク古谷、巨人畠、日本ハム石井となった。
「広島は二位と三位を連続で指名出来るから、そこもポイントよね。ここからまた長くなるし、それまでに指名されそうなのは誰とか考えるでしょうし」
「えっと、高橋」
「むう、まさかここまで残っていたとはね。元来高校ビッグスリーと評判だった左腕よ。一位候補にも挙げられていたけど」
「それにしても去年も高橋樹也って指名したね。血縁関係とかは?」
「ないわ。偶然よ、偶然」
「そっか。それで三位は、床田」
「これも左投手で、こっちは大学生よ。菊池とかがいたリーグ出身で、コントロールは悪くないと評判。今年のカープは左の日本人が弱かったから一気に固めてきたわね。さて、次の指名までは随分時間がかかるわね」
二位高橋昂也、三位床田寛樹と連続でサウスポーを指名した。ここまで全員投手指名となっているがそれぞれタイプは異なっているので、上手く育てられれば面白いだろう。
三位と四位、日本ハム高良森山、巨人谷岡池田駿、ソフトバンク九鬼三森、DeNA松尾京山、ロッテ島土肥、阪神才木濱地、西武源田鈴木、ヤクルト梅野中尾、楽天田中和菅原、中日石垣笠原、オリックス岡崎山本となった。
「事前に名前が出ていた選手もあり、そうでもない選手もあり。ポジションの関係もあるし、各球団の個性がはっきりしてきたわね。さて、カープは?」
「ちょっと時間かかってるね。えっと、坂倉」
「センス抜群な左打の捕手。高校生捕手を狙うという報道はあったからまさに狙い通りでしょうね。日大三高から直接指名は割と久々だし、それ相応の素材だと思うわ。五位は、アドゥワ!?」
「アドゥワ!? これは一体」
「甲子園でも出てきた、ナイジェリア人とバレー選手の血を引く196cmの大型投手よ。このタイプにありがちな素材丸出し感はなく、コントロールは割とまとまってたしフィールディングも上手だったのが印象的。まだまだほっそりとした見た目だけど、今後の鍛え方によっては面白そう」
四位坂倉将吾、五位アドゥワ誠。将来性に期待の高校生を連続で指名した。事前報道にあった坂倉だが、常識を疑う姿勢で覚えたリードってのは結構気になるので一軍まで育ってほしい。
四人から五人指名という話だったのでこれ以上の指名はあるのか不明だが、五位と六位の間。日本ハム高山山口、巨人高田大江、ソフトバンク指名終了、DeNA細川尾仲、ロッテ有吉種市、阪神糸原福永、西武平井田村、ヤクルト古賀菊沢、楽天森原鶴田、中日藤嶋丸山、オリックス小林山崎となった。
「ソフトバンクとか四人であっさり打ち切ったね。やはり田中を引き当てた余裕かな?」
「他の選手も素材として有望な高校生だしね。元々優勝出来なかったのがおかしいくらいの戦力はあるし。そして六位ともなると準硬式だの軟式だの、まさに隠し球って指名がバシバシ入るわね。菊沢とか二十八歳よ。よく見つけるものよね」
「で、カープは、長井良太」
「最近実力あるドラフト候補を次々と育成しているつくば秀英高校出身で、素材として評価の高い選手よ。七位は、ないみたいね。選択終了」
「終わってみれば六人か。しかもほぼ投手」
「野手に関しては現有戦力を鍛えていこうという方針かしらね。狙っていた選手を先に指名されたのもありそうだけど、とりあえずは順番的に予想されていた通り素材メインの指名となったわね」
「となると、来年どうこうって話じゃなくて数年後に期待なのかな」
「そうなるわね。大学生の加藤や床田が出てくるかも知れないけど、それは来年にならないと分からないもの。カープといえば育成と言われているけど、まさにその真価が問われるドラフトとなりそう」
「二軍の首脳陣は責任重大だね」
「本当にね。特に投手コーチはね。それと当初の予定より指名多かったかなと思うけど、多分投手に追加の戦力外もありそうね。元は期待されていたけど全員が上手くいくわけじゃないのもまた現実よ」
「厳しい世界だよね」
長井良太という素材型の投手を指名してドラフトは終了した。育成ドラフトはまたも参加せず。使わない方向性を定めたのだろうか。いっそ大量指名して愛媛辺りにガッツリ派遣して事実上の三軍とか、そういう派手な動きしたら面白いなって思ったけど。
ともかく、これでカープの二〇一六年ドラフトは終了したので渡海雄もお疲れ様となって帰宅した。しかしこれはスタートに過ぎない。これからこの六人が成長して、チームを支える存在となってくれればそれが一番の成功となる。夜闇のように見えない未来を、全力で駆け抜けてほしいと願っている。
一位 加藤拓也 投手 慶應義塾大
二位 高橋昂也 投手 花咲徳栄高
三位 床田寛樹 投手 中部学院大
四位 坂倉将吾 捕手 日大三高
五位 アドゥワ誠 投手 松山聖陵高
六位 長井良太 投手 つくば秀英高
今回のまとめ
・素材重視の指名で数年後どうなるかというドラフトだった
・しかもほとんど投手ばかりだったが来年は野手多くなったりするのか
・加藤はとりあえずリリーフタイプと見て良いのだろうか
・意外な選手が案外残ったりするのもまたドラフトの醍醐味と言える