fh16 前回の東京オリンピックについて
連休はトレーニングに精を出し、しっかりと汗をかいた渡海雄と悠宇だった。まさにスポーツの秋。色づく山を眺めながらドリンクを頬張っていた。
「ところで今日は体育の日よね」
「うん、そうだね。十月の第二月曜」
「今年はちょうどそれに当てはまってるけど、元々は十月十日が体育の日って制定されていたの。そしてその日に何があったかと言うと」
「一九六四年に東京オリンピックが開幕した日、だっけ?」
「あら、知ってるのね」
「前ニュースでやってたの見たからね」
「そう。四年後の夏にはまた東京オリンピックが開催されるけど、あっそうだ、ここで前回の復習しておきましょう」
「復習?」
「そう。これよこれ。読売新聞社によって発行された『東京オリンピックの顔-東京大会にきそう世界の一流選手たち-』。発行されたのは大会開幕前の六月二十日という事で、前回の東京オリンピックで活躍が期待されていた日本人選手や世界の強豪が豊富な写真とともに紹介されているガイドブックよ」
「ふうむ、これはまた古い本をねえ。ああ、例のエンブレムもしっかり飾られているね」
「本当に、佐野案とは格が違うわね。さて、ページを捲るとまず現れるのは世界の国旗よ。当時国際オリンピック委員会、IOCに加盟していたのが百十四カ国だったそうで、その国旗が掲載されてるのよ」
「とは言っても、前にこの頃の国旗の話してたよね?」
「まあね。だから割愛。その次はカラーの広告を挟んでオリンピック東京大会組織委員会会長の安川第五郎と、その事務総長を務める与謝野秀による挨拶が掲載されているわ」
「調べると安川は産業ロボットに強い安川電機の社長や原子力発電関係の要職に就いた人物で、与謝野はあの与謝野鉄幹と与謝野晶子の子供だったみたいだね」
「で、内容はと言うと、安川は『準備は順調に進んでるから安心してね』的なものに終始していて、一方与謝野は『日本人選手の活躍を正当に評価するためにも、外国の一流選手について、あらかじめ知識を備えておくためにも』本書は『有益な資料である』なんてリップサービスしてくれているわ」
「偉い人からするととにかく絶対に成功させなければという使命感でもう気が気じゃなかったんだろうね。『国民各位とともに国辱とならぬような大会を実現したいものである』なんて言っちゃってるし」
「東京オリンピックの意味合いに関しては色々言われているからね。単にアジア初のオリンピックってだけじゃなくて、敗戦を経て日本が再び国際社会の中心に立つ象徴でもあったから、まさに国家的大事業だったのよね。まあ今でも大事業なのはその通りだけど、色々とねえ」
「何かまた会場がどうとか、落ち着かないよね」
「豊洲なんかもだけど、時を経て色々な荷物が増えたから大変よね。終わり良ければ、となればいいんだけど。さて、挨拶の次は目次と競技日程、そして『金メダルをねらう日本のホープたち』と称するカラーグラビアが続くわ。このカラーグラビアに登場する人達こそが前回大会において最も期待されていた選手だったはずよ」
「その一発目は、女子ハードルの依田郁子さん! とは言っても知らないけど『カモシカの足』だって。それとハチマキの巻き方が斜めってて凛々しいね」
「顔に薬を塗りたくったり、試合前に色々変わった動きをしたり、独特のルーティンを持っていた選手だと言うわ。それと指導者は戦前のロサンゼルスオリンピックで入賞して『暁の超特急』と名付けられた名スプリンター吉岡隆徳だったのもトピックスだったわ」
「それはまた、凄そうだね」
「そして結果を言うと、五位。メダルには届かなかったけど、そもそも陸上競技でこの順位を残せたのは十分偉業だって事は今の陸上界からしても分かるものでしょう」
「確かに、簡単にやれるもんじゃないよね。次はマラソン・トリオとして円谷幸吉、君原健二、寺沢徹の三名。『ガンバリ屋円谷、根性の君原、マラソンの虫寺沢』と説明されてるけど、同じ内容を言い換えてるだけじゃない? ルックスも三人とも短髪で変わりないし」
「当時のアスリートは大体そうでしょ。ましてやマラソンという忍耐を要求される競技だしね。そして依田郁子がそうであったように彼ら三人にもそれぞれ当時有名だったコーチがつきっきりで指導がなされていたようで、そういう師弟関係も因縁のドラマとして強調されているのは本書から伺えたわ」
「ドラマを盛り込んでくるものだね」
「で、結果的に円谷は銅メダル獲得、君原は八位、寺沢は十五位だったわ。特に有名なのが円谷の最終盤、競技場に入ってからイギリスにヒートリーに抜かれるシーンはよくその手の名場面集で取り上げられたりして有名よ。今はマラソン競技において惨敗が続く日本勢だけど、次のオリンピックはどうなるか。しかしマラソンとか、この頃は十月だったのに今は炎天下であの距離を走るんだから恐ろしいものよね」
「ただ走り抜くだけじゃなくて気温との戦いもあるから大変だね。次が、ああバレーの、東洋の魔女か。これはさすがに知ってるぞ」
「ただ東洋の魔女の名は不朽でもそれを構成していたのがどのような選手だったかってのはあんまり知らないでしょう?」
「あ、ああ、確かに」
「まあ今となっては五十年以上前の話だもんね。女子バレーで世界最強を誇り、ここでも『金メダル絶対確実』などと凄まじく期待されている六人の女性。特徴としては、このレギュラー陣は全員同じチームに所属していたの」
「へえ、それはまた。日本代表レギュラー十一人が全員サンフレッチェみたいな?」
「まあ、そういう事よね。そんな最強チームは、まず大日本紡績、通称ニチボーという繊維メーカーがあったの。今は合併によってユニチカってなってるけどね。このニチボーは各工場にバレーチームを持っていたけど、五十年代にそれを大阪の貝塚市に一本化したの。それが彼女たちが所属するニチボー貝塚よ。世界最強のチームは当然日本最強でもあるわけで、この時点で百三十ぐらいの連勝記録を更新中だったの」
「ひええ強いなあ」
「あまりにも強すぎるからニチボー対その他全員選抜チームみたいな試合も組まれたと言うわ。無論、それにも打ち勝って最終的には代表メンバー十二人中クラボウの近藤とヤシカの渋木以外の十人がニチボー所属となったの。控えでも代表レベルとか恐ろしい話よ。最終的には二百五十八連勝でストップするけど、それはまた数年後の話。とにかく女子バレー日本代表とニチボー貝塚は大体同じ意味だったわけよ」
「顔は、皆様なかなかパワフルだね。その中で左から四人目、宮本恵美子は少し少年のような眼差しを感じる」
「宮本は魔女唯一の左利きなので、静止写真以外の映像で見ても割と分かりやすいのがいいわ。他に分かりやすいのは左から三番目の河西昌枝。長身のセッターだけど、映像で見ると他の選手と比べても数字以上の大きさを感じるわ。やはり主将でコーチも兼任していた風格がそう見せているのか。しかも当時三十歳超え、独身。女性は二十代前半で結婚して家庭に入るのが当たり前だった時代においてはまさに破天荒な数字よ。地味に宮本も二十七歳とかで結構行ってるんだけど、河西はとにかく格が違う。なでしこジャパンにおける澤穂希みたいな圧倒的存在感を醸し出してるわ」
「ただでさえキリのように細長い輪郭なのに、更に強調するような髪型が面白いね。前髪立ててさ」
「でも当時の女性はこういうの多かったらしいわ。その左隣の磯辺も似たような髪型でしょ。この磯辺、たまに磯部と書かれたり、この本では名前はサダって書かれてるけど実はサタが正しいらしいとかどうにも不思議な人よ。河西はタレ目だけど磯辺は釣り上がった細い目つきが特徴で、実はこれでも六人の中では最年少だったりするの」
「左から五人目の松村好子は、ひしゃげたような顔付きだね。で、一番左の谷田絹子と一番右の半田百合子は、保母さんみたい」
「で、この六人達は『俺についてこい』で知られる大松博文監督による鬼のようなハードトレーニングをくぐり抜けてきたの。まずは一九六一年のヨーロッパ遠征で活躍して、現地で最初は『東洋の台風』と報道されたの。今は大暴れしているけどそのうち収まるってニュアンスでね。でもその後も活躍を続けてどうやら簡単には収まらないと悟り、魔女に変化していったの」
「大陸の果てから何か恐ろしいものが来たってイメージだね」
「純粋な敬意以上に、畏怖よね。そして魔女は二年前の世界選手権でも秘技回転レシーブを披露しつつ優勝。本当はこれを花道に引退するはずだったと言うけど、その後で東京オリンピックに女子バレーが新たに採用される事が決まったの。もはや個人の意志がどうこうってレベルを超えた国民の期待に応えるべく現役続行を決意し、そして迎えたオリンピックでは見事に全勝優勝したの。また優勝決定のソ連戦はスポーツ中継における日本最高視聴率の最高記録で、多分抜かれる事はないと思うわ」
「平均66.8%。凄いねえ。試合終了の瞬間が相手の反則だからやけに地味なのが妙な味わい」
「ちょっと拍子抜けな感じはあるわね。でもこの最大の任務を果たした魔女のレギュラー陣は、直後に最年少磯辺以外引退して家庭を持ったの。河西とか総理大臣となっていた佐藤栄作が媒だし。東洋の魔女に関しては他にも色々な話があるけど割愛して、次のページはつり輪をやってる体操の遠藤幸雄と、『水泳3人娘』としてプールに浸かる木原美知子、田中聡子、高橋栄子の写真」
「遠藤がまた『優勝は間違いないと期待されている』とかプレッシャー絶大だね。水泳三人は木原の顔が整ってるね」
「実際木原はアイドル的人気があって、その後タレント転向した人物だしね。しかも戦後生まれ、若い。結果としては、体操の遠藤は期待通りに金メダルを獲得。水泳は、この三人ともう一人で出場したリレーで四位など健闘したわ。やはり期待されていた選手は一定の実力もあったみたいね」
「出場するだけで凄いものだけどね、しかもアジア初とか日本の威信がとか異常なプレッシャーの中で結果を残したんだから本当に立派なものだよね」
「そうね。でも結構ここまで出てきた選手たちは人生において苦労した人も多くて、やはり期待されすぎるのって辛いものなんでしょうね。ただ走ったり泳いだりするだけじゃいられなくなるんだから」
「でも期待するなとも言えないしね。実力ある人も大変なものだなあ」
このような事を語っている最中、敵襲を告げる警報が鳴り響いたので二人はすぐに戦うための服に着替えた。今日ぐらいはゆっくりトレーニングに勤しみたいという希望は脆くも崩されたのだが、定めとあれば戦うしかないものだ。
「ふはははは、俺はグラゲ軍攻撃部隊のムカシトンボ男だ! この星を正しく導いてやるのだ!」
日本固有の生きた化石の一種であるトンボの姿を模した男が秋の野原に出現した。草木に止まった時に翅を閉じるのが特徴だが、このムカシトンボ男も臨戦態勢ではないという事か翅を閉じて徘徊していた。そして今まさに攻撃を仕掛けようかというところで戦う二人が到着した。
「待て、そうはさせないぞグラゲ軍!」
「せっかくの安らかな一日を邪魔する相手は誰であろうと許さないわ」
「ふん、この宇宙の邪魔者め。お前たちこそ征伐されるべきなのだ。雑兵ども、かかれ!」
ムカシトンボ男は翅を広げて叫んだ。次々と襲いかかってきた雑兵を渡海雄と悠宇は撃破していき、ついには全てを倒した。
「よし、これで雑兵は片付いたか。後はお前だけだムカシトンボ男!」
「大人しくしていれば良かったものを。あなた達が攻めてくるから戦ってしまうんだから」
「俺としてはお前達の意志などどうでもいい。ただ討ち滅ぼすのみだ!」
そう言うとムカシトンボ男は懐から取り出したスイッチを押して巨大化した。やはり戦うしかないのか。渡海雄と悠宇も覚悟を決めて、合体した。
「メガロボット!!」
「メガロボット!!」
ムカシトンボロボットの不規則な飛行に翻弄されそうだった悠宇だが、一瞬のタイミングを見計らって胴体に体当たりをかました。これでバランスが崩れたのを、渡海雄は見逃さなかった。
「よし、メガロソードで決着を付けてやる! それっ!!」
渡海雄がすかさず押した赤いボタンに反応して、光の中からソードが出現した。それを両手で強く握ると、ムカシトンボロボットの細長い胴体を横一文字に切り裂いた。
「ぐおおおお、ここまでか! 撤退するしかないとは!」
機体が爆散する寸前に作動した脱出装置によって、ムカシトンボ男は宇宙の彼方へと帰っていった。かくして平和は守られたが、多くの国民はそんな事を知る由もなかった。
なお本書約三百ページ中、今回は十五ページ紹介するのみに留まってしまった。後編は前回の東京オリンピック閉会式の日にでも投下しようかと考えている。正直よく分からない競技とかはバシッと飛ばしても結構な分量になるだろうが、まあどうにかなるだろう。
今回のまとめ
・未来の東京オリンピックは無事に開催されるのだろうか
・過去の東京オリンピックも色々大変だったみたいだ
・有力選手へのプレッシャーのかけ方が半端じゃない
・アスリートは顔じゃないけど顔が目立つ存在でもある