oi04 リオデジャネイロオリンピックについて
台風が東日本を直撃するとかで全国ニュースは台風一色となっているが渡海雄と悠宇が住む街には関係のない話だった。安堵と羨望の中、二人はテレビから流れるオリンピックの閉会式を見つめていた。
「終わったねえ、オリンピック」
「真夏のカーニバルが終焉を迎えたようなものよね。ついでに甲子園も終わったなってタイミングが合ってて、それがまた印象を深めているわ」
「作新学院、強かったね。決勝戦でも一気に集中打で突き放して、負ける雰囲気はまるでなかった」
「北海もよく頑張ったけど、作新が一枚上手だったわね。まず今大会の総括としては履正社の寺島や横浜の藤平、花咲徳栄の高橋など前評判の高いエースが数多く出場を決めていたわ。後は木更津総合の早川や広島新庄の堀もね」
「それで基本的に実力を発揮してたよね。創志学園の高田はアレとして」
「まあ、そういう中で作新の今井よ。それまで特別に注目されていたわけじゃなかったけど初戦から抜群のピッチングを見せて、最後まで走り抜けた。ちょっと面白いのは期待されていた強豪がエース温存した結果二番手が打たれて敗北というパターンが妙に多かった事。じゃあエースを使い倒したほうが良かったのかと言われると難しい問題ではあるんだけどね」
「疲労もあるしね。でも結果的に負けたのは選手にとっても悔しいだろうね」
「まあ結果は結果よ。優勝した作新以外は負けて夏を終える事になるって最初からそういうルールだったわけだし、大事なのはこの夏が彼らのこれからの人生にとって有意義なものとなったかどうかなんだから。プロに入る選手もいるでしょう。カープに来てくれる人だって。そういうのとは別の道を歩む人はそれ以上に多い。甲子園は人生におけるクライマックスの一つだけど決して全てではなく通過点のようなものだと、そう思ってくれれば幸いよ」
「そうだね。ところでオリンピックのほうなんだけど、まあ色々あったよね」
「うん、本当にね。まず開会式より前にスタートしたサッカーから行きましょうか。ナイジェリア戦は開始十分ぐらいから双方にボカスカ点が入る、サッカーらしからぬ試合だったわね」
「前半最後の方に取られて、後半は酷いものだったけど最後は追いつかない程度の反撃を決めて、終わってみれば四対五」
「いきなりグダグダな試合でびっくりしたわ。ディフェンス陣は全員駄目って感じで。ただ次のコロンビア戦では室屋や塩谷はまあ落ち着いて、キーパーの櫛引は引っ込めて代役の中村はしっかりプレー出来てて、と改善されたからこそあのナイジェリア戦のグダグダを引きずったような藤春のプレーがねえ」
「あれはねえ……、信じられなかったよね。あの攻撃自体はどうにか防げそうだと思ってたのに。相手のプレッシャーも遠かったしフリーでやれてたように見えたのにまさか自陣のゴールに蹴り込むとは」
「その後に負けてたまるかという反発力が生まれたかのようにまずは細かいパス回しから浅野が決め、さらに中島の狙いすましたミドルシュートで同点まで追いついたけど、結局勝ち越しは出来ずに勝ち点一を分け合う結果に」
「じゃあ藤春のミスがなかったら二対一の逆転勝利だったのかなって思ってしまうよね、どうしても」
「それはそれで結果論だけどね。最後のスウェーデン戦は藤春も外れて、かなり安定した試合運びだったわね。結局予選リーグ敗退となったけど、最初のグダグダがなければと悔やまれるところよね」
「特に前線の選手はよく活躍してたよね。中島や浅野は言うまでもないとして、あの鈴木武蔵さえもゴール決めたし」
「ああ、武蔵。アジア予選ではこんな下手で鈍い選手がそういてたまるものかって感じだったけど、ナイジェリア戦では高くて速くてなかなか怖い選手だったわ。まあスウェーデン戦ではあの巨大トラップなど足元がおぼつかないプレーを連発して『私達が知っている鈴木武蔵が帰ってきた!』と歓喜させたものだけど」
「それと大島も良かったし、スウェーデン戦の矢島の決勝ゴールも見事だった。そう考えると十分にやってくれたものだよね。そして最終的に優勝したのは開催国ブラジル。おめでとうございます」
「ネイマール引っ張りだした甲斐があったってものよね。まあサッカーはここまでとして、開会式が五日で、それからは早速メダルラッシュがスタートしてたわね。まずは競泳、それに柔道も」
「得意なところが早速出た感じだよね。柔道なんかも一時期は低迷していたようだけど、今回は銅メダルとかしっかり取れてた」
「逆に何も出来ず一回戦敗退した梅木が目立つぐらいだったわね。まああれは本当に何も出来てなかったんだけど。そして体操も団体で素晴らしいものを魅せてくれたわ」
「体操! 良かったねえ。鞍馬で転落する山室とかも終わってみると劇的さを向上させるスパイスのようなものとなって」
「藤春もあれで逆転まで行ってたら笑い話だったでしょうにね。まあ選手層の違いかしらね。内村の大エースっぷりとか白井の床とか。ビジュアルとしてはアテネの金、鉄棒から見事な着地を決めた瞬間栄光を確信って流れが出来過ぎてたから少し地味だった感じはあるけど」
「でも最後のロシア人選手、もうどんな上手くやっても優勝の可能性はないような状況だったけど、そういう中でベストを尽くす姿も何か心揺さぶられるものがあったな。どういう事を考えたのか。あるいは何も考えず集中するだけだったのか」
「人間の行う競技だからこそそういう心揺さぶる何かも生まれるものなのね。他のメダリストとしてはちょっといきなりって印象があったカヌー」
「ああ、羽根田選手の銅メダルね。確かに珍しい感じはあったね」
「柔道はもちろんの事、体操や水泳も毎回メダリストはいたからね。そんな中でのカヌー。スラロームとかカナディアンとか結局何がどうなのかよく分からなかったりするんだけど」
「一応調べるとあらかじめ設けられたゲートを潜りながら激流を渡る競技がスラロームで、カナディアンはカヌーそのものと言うより櫂の形に違いがあるみたいだね」
「多分すぐ忘れて再び現れる時にまた『へえ、そうなんだ』ってなるものだと思うけどね。普段カヌー競技の大会とかどうやって行われているのかしら」
「そういう風に考えていった末にファンになる人とかもいるだろうし、日本におけるカヌー競技の発展という意味でも大きいんだろうね」
「そうね。他にメダリストでインパクトあったものとしてはテニスの錦織もかなりのものだったでしょ」
「ああ、あのマッチポイントからの逆転劇とか、三位決定戦でも見事だったよね」
「そもそも世界トップクラスの選手なんだけど、ああいう舞台のああいう場面で実力を発揮出来るのは強さを感じさせたわね。強さで言うと陸上のリレーも」
「銀メダル取れるものなんだね。単純な百メートル走のタイムを合計しただけじゃない、バトンの渡し方とか相当鍛えてるって話だもんね」
「個人競技の印象が強い陸上競技で唯一と言っていいほどチームワークが要求される競技だからね。アメリカが失格となってたけど、特にこのアメリカなんてバトン落として失格とか歴史的にもよくある話だったりするし」
「それとちょっと関係ないけどケンブリッジ飛鳥ってとんでもない名前だよね。漫画みたい。池沢さとしとかに出てきそう」
「しかも顔もなんか黒人のハーフでがっしりした感じと爽やかさを併せ持っていて良い。顔でびっくりしたと言えば水泳の金藤選手もそうだったけど、ただベテランだけあって色々なドラマがあって、さすがなものよね。まあオリンピックに出るような選手なら誰だって色々な過去を秘めているものなんでしょうけど」
「それと競歩の荒井選手も珍しい形でメダルとなったよね」
「競歩自体が壮絶な競技だって事なんでしょうけど、ああいう事もあるものなのね。それと逆パターンとしてはレスリングのモンゴル人。リードして後数秒という中で逃げまわってガッツポーズとかおちょくっててマイナス食らって、結局銅メダルを取り逃がしてたわね」
「その後のコーチの見苦しさも凄かったね。やっぱり余計な事なんてするもんじゃないね」
「試合中にあんな余計な事しても勝てるのは全盛期のボルトぐらいのものよ。まあ興醒めもいいところよね。興醒めと言えばマラソンのカンボジア代表として出てきた猫ひろしも大概だったけど」
「猫はともかくとして、ボルトはやはり超人だったね。今回も百と二百、そしてリレーの三冠獲得」
「リレーでも最初は競り合いってレベルだったのに最終的には独走で。そもそも身長が違いすぎる。しかもその巨体は全身がエネルギーの塊って感じで、当然のように金メダルを独占していったわね」
「でももうオリンピックは最後なんでしょ? 東京オリンピックには出てこないなんてねえ」
「四年後って遠いようで案外近いもので、ある程度の予測って出来るものなのね。あっ、話をしてたら次の東京オリンピック引き継ぎの流れになったわ。小池百合子が着物で出てきた」
「これあわや舛添だったんだよね。タイミングって恐ろしいものだね」
「日本国民の大半が小池がどうとか政治的主張を超えて『舛添じゃなくて良かった』と一致団結した瞬間よね。しかし舛添もこんな待遇ならそりゃあ粘るわね。そして国歌斉唱。君が代が、何か独特ね。いつもの斉唱とは異なる雰囲気。それからキャプテン翼にキティ、パックマンなど色々なキャラクターが出てきて……」
「むう、安部首相がマリオに変身した! で、マリオが土管に入って東京からリオ、地球の裏側へ一直線という趣向か?」
「そして会場に設けられた土管からマリオならぬ安倍総理登場という、なかなかやってくれるじゃない。土管の存在感が凄い」
「なかなかインパクトある内容で、割とうまくやれてたね。四年後も最低これぐらいのクオリティでうまくやっていただければ」
「本当にね」
このような事を語っていると敵襲を告げる警報が鳴り響いたので、二人はすぐに着替えて敵が出現したポイントへと走っていった。
「ふふふははは、俺はグラゲ軍攻撃部隊のオオフウチョウ男だ! この星をグラゲの楽園に仕上げるのだ」
バード・オブ・パラダイス。極楽鳥の異名を持つ美しい羽を持つ鳥の姿を模した男が晩夏の浜辺に出現した。元々はニューギニアとかの熱帯を飛び回る鳥だったがその美しさと、故郷から遠く離れたヨーロッパへは足や肉を除いた状態で運んでいたので「この世ならざる姿を持った鳥だ」と思われて、天国を飛び交う鳥はこのような姿であろうとこの異名がついたらしい。当の極楽鳥にとっては地獄だったろう。
だが今はそのような運命に思いを馳せる時間ではない。渡海雄と悠宇はオオフウチョウ男が動き出す前にその目の前に踊り出た。
「お前たちの思い通りにはさせないぞグラゲ軍め!」
「うわあ、凄い見た目。でも戦おうって事なら容赦はしないわ」
「こちらとしても容赦などしてほしいとは思わぬ。さあ行け、雑兵ども!」
次々と繰り出される雑兵を二人は倒していった。そう言えば中原めいこの「極楽鳥のテーマ」って曲はいいし、そもそもこれが収録されているアルバムがいいのだがこれもまた関係のない話だ。敵は一人を除いて全て倒れた。
「よし、雑兵は片付いたな。後はお前だけだオオフウチョウ男!」
「美しい姿だけどその心はこの星になじまないのなら、悲しいけれど去っていただくしかないようね」
「ふん、この星から去るのは俺ではなくお前たちの方だ。このようにすればな!」
そう言うとオオフウチョウ男は懐から取り出したスイッチを押して巨大化した。美しさは禍々しささえ湛えてギラつく太陽に照り返していた。渡海雄と悠宇はこれに対抗するため合体した。
「メガロボット!!」
「メガロボット!!」
鮮やかなる翼を広げたオオフウチョウロボットのウイングアタックに手を焼いたがどうにかバランスを整えると、悠宇は相手の攻撃に身を翻さず、むしろ体当たりを仕掛けてバランスを崩した。
「よし、今よとみお君!」
「うん、エンジェルブーメランで切り裂く!」
一瞬の隙を見逃さず、渡海雄は桃色のボタンを押した。肩から射出されたブレードを組み合わせて投げつけると、まず極楽鳥の翼を切り取ってからバラバラに切り刻んだ。
「ぐうう、ここまでか。残念だが撤退する」
機体が爆散する寸前に作動した脱出装置に乗せられて、オオフウチョウ男は宇宙という生まれ故郷へ帰っていった。美しい翼だけを残して。
一戦を終えて渡海雄と悠宇はエメラルド・アイズの姿のまま堤防に座って空を見上げた。真夏の果てしない青さとは少し違って、色が少し深まっているのに気付いた。
それにしても土管はナイスアイデアだった。マリオとかが出てくるのは想定内だったが使い方に関しては「その手があったか」と手を打ちたくなるようなものだった。それとMARIOとRIOを掛けたりしてるのも。まさしく期待は裏切らずに予想を裏切った、見事な演出だった。
その後のダンスパフォーマンスでも輝くフレームなどハイテク技術がふんだんに用いられていながら、その真ん中に鎮座するのは素朴な形状の土管というセンス。これは、いいぞ。
演出は椎名林檎だったという。国民のほとんどが「こうなったら嫌だなあ」と思っていたところを完全に理解して、その反対を行っているような内容だった。このクオリティでやれれば何も恐れる事はないだろう。
今回のまとめ
・オリンピックに甲子園にとこの夏はスポーツだった
・四年に一回程度しか見ないけど楽しむ権利ぐらいはあっていいはず
・アスリートは顔じゃないけど顔が注目されるのもまた宿命
・土管