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fh14 70年代の新日鉄サッカー部について

 日本の反対側、南半球のブラジルにあるリオデジャネイロではオリンピックが開催されている。サッカーの予選は既に始まっており、日本代表はナイジェリアに四対五で敗れた。最初の十分ほどで四点が入るという派手な立ち上がりだったが、後半に集中力を切らしたように失点を続けたシーンがもったいなかった。


「いやあ、派手な試合だったね。負けたけど、ゴールシーンは多かったからそれなりに満足、みたいな」


「守備がね。組織もグダグダで当然個人技でも勝てないから、まあ悲惨なものだったわ。ただゴールは良かったわね。浅野が決めた三点目とか、ああいうのが理想だったんだろうなとは思うし残り二試合でどれだけ高められるか」


「どうなるか分からないけど、頑張ってほしいよね」


「さて今回は新日本製鉄、略して新日鉄のサッカー部について。ここは七十一年のチーム寸評にある通り、寺西忠成という人物によって強化されたチームよ。この寺西は広島県出身で広島高師を卒業。分かる? 高等師範学校」


「師範って言い方が格好良いね。確か先生を育てる昔の学校だよね」


「そうそう。戦前の日本で最初の師範学校は今の筑波大学で、広島高師は二番目に作られた師範学校で今の広島大学よ。寺西はここを卒業した後で九州の、当時の八幡製鉄に就職してサッカー部を大幅に強化したの。その時に使ったのは広島コネクション、というわけで九州を本拠地にしながら実体としてはむしろ『広島サッカー九州支部』とでも言うべきチームとなったわ。例えば七十一年だと選手二十七人の中に九州出身選手は熊本商高の原正文、長崎工高の犬塚国夫、中津工高の原為生、多久工高の田中敏彦の四人しかおらず、しかも熊本の原以外は一年目二年目の若手。一方で広島出身は実に十一人」


「ちょうど一チーム作れる人数か」


「GKいないけど、人数的にはそうよね。もっと昔ならさらに広島率高かったんだけどね。それこそ寺西が選手登録されていた六十年代とか。それでいて東洋と覇権を争う日本屈指の強豪だったんだから見事なものよね」


「東洋工業も広島出身者ばっかりだったけど、まだそんな強いチーム作れる余力が広島にはあったって事か」


「伊達に日本代表の共通語が広島弁だったなんて言われてないわね。なお東洋は広島から大学で都会に出た選手をUターンさせるケースが多かったけど新日鉄は高卒中心。しかもやたらと多いのは山陽高校出身の選手で、これは寺西と山陽高校サッカー部の監督だった渡部英麿が先輩後輩の間柄だったからって話よ」


「だからこう、控えめな言い方するとやんちゃそうな顔の選手が多いね」


「選手兼任の渡辺正監督がまた鬼軍曹って感じの厳しそうな顔付きだしね。しかしこの渡辺、七十一年には三十五歳というベテランで、ゲームメーカー宮本輝紀やメキシコ組のGK背番号1浜崎昌弘も三十歳突入と、世代交代の時期に入っているわ。でも親会社はあんまり補強をしてくれないのでかなり苦しくなってきているのがこの時期の新日鉄よ。前年も、合併に伴い八幡製鉄から新日鉄に名前を変えて最初のシーズンだったのに初のBクラスとなる六位に沈んでしまったし」


「ふうむ、それは新日鉄になってからケチになったの?」


「八幡製鉄の頃から補強は多くなかったわ。特に即戦力の大卒に関しては地理的なハンデもあったし出来なかったが正解かも知れないけど。それを『少数精鋭主義』『育成がうまい』なんて言い換えたりしてたけど、やはり若手育成だけじゃきついものよ。逆指名時代のカープみたいな。それでもこの年はかっちりとした七三分けからヘディングの強いFW日高憲敬や、眉毛や唇を後から修正したような顔付きをしている三浦孝一の獲得に成功するなど、比較的補強に成功した年と言えそうね」


「日高の背番号は12か。なぜか生年月日が空欄だ」


「他の年の名鑑だとちゃんと載ってるし、ミスでしょう。なお日高は浦和市高、三浦は藤枝東高出身で、広島以外のコネクションを利用した補強よね。無論これには前例がないわけじゃなくて藤枝東ならメキシコ組でもある背番号4富沢清司、浦和市高なら背番号8金子功という先輩がいるんだけど」


「しかしこの金子、七三か短髪かってこのチームでは珍しく前髪をまっすぐ下ろしてるけど、髪質が薄っぺらいね。風吹けば結構おでこが広そう」


「また勝手な事を。メキシコでは外れたけど東京オリンピック代表だった背番号6の上久雄と並んで後に監督となる存在なんだし、チームの中では存在感あったはずよ。慶応だしね。とにかく、若手とベテランの融合を見せた七十一年は三位と気を吐いたの」


「おお、なかなかの順位じゃない」


「でも七十二年はまた六位に後退。渡辺や浜崎、上といった昭和十年代生まれのベテランが現役引退して七十三年には崎谷など若手中心のメンバーとなっているわ」


「一気に世代交代を図ったのか」


「宮本が交通事故で一年以上試合に出られなかったりもしてるんだけど、ちょうどこの年にあったワールドカップ予選に江野口が選出されたりね、それなりの成果を見せていたのよ。この選出タイミングは松村と同じで、どうやら試合出場がないのも同様。そんな江野口、名前は武士と書いて『ますらお』と読むらしいの。最初知った時はびっくりしたわ」


「ますらお! 素晴らしいセンスだねえ。でも顔付きは鼻筋が通ってて武士っぽくはないけど」


「しかしこの江野口も家庭の事情で退団を余儀なくされ、七十五年にはまた若手が大量に加入しているわ。で、その若手の顔がまたいかにもと言うか、特に室蘭大谷高校出身の背番号21阿部義則なんか高校球児のように細い眉毛だし」


「この時代は眉毛いじってそうな人少ないから目立つね」


「この七十五年は、特に後半戦にガッツを見せて四位となったけど、これが最後の輝きとなったみたいね。監督が宮本に交代した翌年はついに九位、入れ替え戦まで転落したの」


「ああ、ついにそこまで落ちてしまったのか」


「確かに若手は育ちつつあるんだけどね。例えば七十五年入団の横山正文は後の代表常連となるし、七十三年入団の岸奥裕二も北海道出身者では初の代表選手となった男。だからなのかは知らないけど、彼らはチーム内において比較的自由なルックスとなっているわ。横山や七十一年入団のどことなく妻夫木聡タイプの顔付きをしている豊生泰哉は髪が外に跳ねる渡辺三男系のパーマをかけてて、今までにない雰囲気。それと豊生は毎年寸評で『練習熱心な努力家』みたいな事を書かれていて、よっぽどなんだなって思うわ」


「努力の結果、髪型の自由を手に入れたのかな」


「それは知らないけど。岸奥はこれまた当時は珍しいヒゲを生やしているわ。突如あごひげを蓄えた七十七年の清雲栄純みたいな例もあるけど、サッカー選手である前にサラリーマンという当時の常識からすればヒゲなど基本的にはご法度だったはず。それと今までは七三だった背番号10河本博も短髪になったり、崎谷はボリューム増して番長の如き凄まじい貫禄を醸し出してたり、全体的に自由な校風の工業高校みたいになったというか。若手も細川幸志郎とか元村暁度とか松本高徳とか、いかにもそういう雰囲気のルックス」


「ははっ、でも真面目そうなのもいるじゃない。小松一雄とか真面目な七三かつ子犬のようにかわいらしい目つきだよ。背番号14なんてその名も乙女優一郎! 凄い名前だ」


「七十七年の名鑑では『名前とは反対に図太い神経の持ち主』とかネタにされてるし、でもまあそりゃあ乙女だもんねえ。ネタにしないほうが嘘よ。そんな乙女は福岡との県境にある大分県中津工高出身の地元選手でもあるの。七十年代後半になるとこの中津やら島原に鹿児島、大分に諫早と出身校に九州の地名が付いた選手が明らかに増加しているわ」


「ああ、本当だ。いつの間に」


「数字で見ると七十三年が広島七人九州五人と迫られて、七十五年には広島七人、九州九人と逆転したわ。七十七年には広島六人九州十一人と大差がついて、七十九年には永大から山陽高校卒の梶谷敏文が加わるなど広島八人と増えてるけど、九州十一人でやはり優勢」


「この梶谷、地味に永大時代の写真を使い回しているみたいだね」


「そこは気にしない事よ。全体的な傾向としては広島の退潮と九州の台頭は読み取れるはず。九州って長らくサッカー不毛の地扱いだったけど七十七年にインターハイで小嶺忠敏率いる島原商業が優勝するなど、この時期に入ってようやく台頭し始めたのよ」


「でもそれは九州唯一の一部所属チームでもある新日鉄にとっては願ってもないチャンスじゃない?」


「そうなんだけどね。しかも八十年代以降だと小嶺監督が移った国見とか鹿児島実業、それに東福岡と全国的な強豪も出てきてるし、この流れに乗れたら良かったんだけど。そう言えば東福岡の強化には寺西忠成が絡んでいたってのも皮肉よね。九州サッカーの強化に新日鉄の人材が重要な役割を果たしたけど、それが新日鉄にはあんまり還元されてないという」


「それはまたもったいない話だね」


「ただ新日鉄自体が経営とかであまり動けずにいたから。七十九年なんか新人ゼロで、酷いものよ。名鑑でも『かつての名門も入れ替え戦を免れるのが目標では、なさけない』と厳しい事書かれる一方で『戦力的に苦しいだろうが、奮起してほしい』とか励まされているのが逆に本当にやばいんだなと思わせるわ。結局八位だったけど、まあこういう状態のチームがいつまでも粘れるもんじゃないわね。残念ながら数年後、その時を迎えるわ」


「ままならぬものだね」


「結局新日鉄に続く九州の強豪は現れず、Jリーグ発足後はまず鳥栖が九州初のJを目指して静岡からチームを呼び寄せたものの間もなく福岡も静岡から呼び寄せて、スポンサーを奪い合うなど血で血を洗う抗争が繰り広げられたわ。しかもさっさと昇格出来なかった鳥栖は一度解散を余儀なくされる始末」


「それが今のアビスパ福岡とサガン鳥栖か。しかし新日鉄が健在だったら九州の勢力図も現在のものとは大きく変わっていただろうにね」


「ただ最後は親会社のやる気だから。Jリーグ発足時に九州の雄である新日鉄を加入させようという話はあったみたいだけど、最後は二部どころか九州リーグまで降格してしまった新日鉄が仮に選ばれたとしてもどれだけやれたか。さて、広告だけど、七十一年はなし。七十三年は『1粒のドングリから郷土の森を……』としてどんぐりや森のイラストが添えられているわ。『園芸的な美化運動』じゃなくて『郷土の森をそっくり科学的に創造しようとしている』らしいわ。七十五年と同じくエコロジー重視の姿勢よね」


「やっぱり製鉄って自然破壊前提なところあるからこそ、そういうの気にしてるんだなあ」


「昨日のもののけ姫とかそんな感じだったしね。でも広告としてはやや地味だったのも事実。しかし七十七年からは一気にイメージを変えてくるの。まず七十七年は『夢の鉄は猫のヒゲ』という事で、猫のどアップ写真がドーンと掲載されているわ。つまりウィスカーって強い鉄があって、そういう風な新しい鉄をどんどん開発していくよって広告。そして七十九年は、鉄棒に足でぶら下がりながら満面の笑みを浮かべる男の子という大胆な構図で、七十三年の藤和不動産と並んで好きな広告よ。ああ、一応キャッチコピーは『鉄はともだち』って事だけど、とにかく写真が決定的よね。カラーで見られたらなお良かったわ」


「確かにこの写真はインパクトあるね」


「文章もいい感じ。他だと、例えばヤンマーはディーゼルエンジンを作って六十余年とか書かれてるけど、新日鉄の場合は『人類がくらしの中に鉄をとりいれてから既に3000年以上』だから、スケールが違うわ。それでいて後半には『新日鉄は、社会のさまざまなニーズに対応して~』なんて広告に持ち込むんだから、うまいものよね。ふわっとしたイメージ重視で何が言いたいのか不明瞭だったり、逆に単なる商品紹介しかしてないような文章とは一味違うわ。『なるほど、そうなんだ』となる興味深い内容かつ自然に新日鉄の広告も入れる手法は他と比べても一歩先んじているわ。チームは落ち目でも広告に関してはチャンピオンクラスよ」


「藤和がフジタになって強くなると広告がまずくなったし、強さと広告の質は反比例するものなのかな?」


 そのような事を語っていると敵襲を告げる警報が鳴り響いたので二人はすぐに着替えて、敵が出現したポイントへと急いだ。


「ふはははは、俺はグラゲ軍攻撃部隊のピラルク男だ! 歴史のないこの哀れな星に真実を伝えるのだ」


 アマゾンに住む世界最大の淡水魚の姿を模した男が、川沿いに出現した。長らく姿を変えていない生きた化石でもあるらしい。いかにも硬そうな、大きな鱗が格好良い。


 そう言えばリオ五輪の開会式でブラジルの歴史をダンスで表現みたいなシーンがあったが、その解説として「原住民は約九十万人」と解説されていた。その後で日系移民も出てきたが、こっちは「現在約百三十万人」らしい。グラゲ人にとって地球人類は原住民のような存在だろうが、だからと言ってされるがまま滅びるつもりはない。


「出たなグラゲ軍! お前たちの思い通りにはさせないぞ!」


「そろそろ出てくるんじゃないかと心配していたらやはり出たわね。かかってくるなら本気で行くわよ」


「むう、出たなエメラルド・アイズ。今日が貴様らの命日だ。行け、雑兵ども!」


 ぞろぞろと出現した雑兵を渡海雄と悠宇は次々と打ちのめして、残る敵は一人だけとなった。


「よし、雑兵はこれで全てだな。後はお前だけだピラルク男!」


「オリンピックも始まったタイミングだし、ここで倒れるわけにはいかないわ」


「何を意味不明な事を。蹴散らしてくれるわ!」


 そう言うとピラルク男は懐から取り出したスイッチを押して巨大化した。やはり戦うしかないようだ。覚悟を決めた二人は合体して、これに対抗した。


「メガロボット!!」

「メガロボット!!」


 熱気うだる青空にそびえるは二体の巨人。力と力の激突は空を赤銅色に染めた。ピラルクロボットの体当たりを悠宇はギリギリで回避して、横っ腹に一撃を打ち込んだ。


「よし、今よとみお君!」


「うん。フィンガーレーザーカッターで勝負だ!」


 渡海雄は一瞬の隙を見逃さず、群青色のボタンを押した。輝く指先から放たれた高熱線レーザーはピラルクロボットの細長い体をバラバラに切り刻んだ。


「くっ、これまでのようだな。脱出する」


 機体が爆散する寸前に作動した脱出装置によってピラルク男は宇宙へと帰っていった。オリンピックだけでなく甲子園も始まるし、ただでさえ暑い夏がさらに盛り上がる。それとカープはもう少し静観したいところだが、去年に戻ったような内容でいささか心に障る。巨人が優勝したら一連の賭博問題も「あれでチームが団結した」みたいな美談のだしになるのだろうか。

今回のまとめ

・ナイジェリア戦は色々と笑った試合だった

・やはり若手育成だけでは限度があるというものだ

・だんだん選手ルックスのやんちゃ度が上がっていくのが面白い

・広告に関してはリーグトップクラスだけどチーム運営意欲はその反対

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