so01 Hysteric Blueについて
うららかな光をきらめかせながらさらさらと流れる小川と同じように時もまたゆるやかに流れる春休み。センバツの決勝戦は激闘だった。
「いやあ、いい試合だったねえ」
「智弁学園サヨナラだったけど、高松商業もしっかりとした野球が出来ていたからあれだけの激戦になったってものよね」
「本当にね。それに触発された、と言うとさすがにこじつけが過ぎるし今が春だからって言うんじゃないけど、今年はもっとアグレッシブにね、攻めて行きたいって思うんだ」
「ふうん。例えばどんな具合に?」
「例えばこれ、Hysteric Blue。知ってる?」
「いえ、まったく」
「ふっふっふ、これはね、世紀末日本を彩った伝説的ロックバンドだよ。まあ活動期間が短かったり色々あったから今となっては知名度低いのも致し方ないんだけど、リアルタイムだとそれなりに存在感はあったんだ。ちょうど一九九九年、その名もズバリな『春~spring~』なんて曲がヒットして紅白歌合戦にも出場したんだ」
「へえ、紅白ってなかなかのものじゃない」
「メンバーは、まずボーカルがTamaって女。当初は目つきとかきつい印象だったけど時が経つにつれてそうでもなくなった。かわいこぶったような声質をベースに、特別に技巧派とかそういうのではないタイプ。そしてドラムのたくや。主にヒット曲を作ったのがこの人。後はギターのナオキ」
「このギターの人は何かトピックスあるの?」
「まあそれはともかくとしてね、元々は大阪でストリートミュージシャンやってたらしいけど、佐久間正英というもう亡くなられているけど当時有名だった音楽プロデューサーの人に見出されて十代にして『RASH!』って曲でデビューしたんだ。編曲は基本的にこの佐久間とバンドの連名でやってる。これが一九九八年の事で、前述の通り翌年にブレイク」
「案外すぐに売れたって事なのね」
「そうだね。それとヒットしたこの『春~spring~』だけどね、いいよ。全体的には勢いのある曲なんだけど切れ味のあるキャッチーなメロディーが非常に印象的で、寒い時期を越えて新たな生命の息吹が芽生える春という季節への期待感とか開放感に満ちている。それに歌詞もなかなか凄くて、例えば二番サビ前とかこんな事を臆面もなく言い切れるむき出しの若さに胸が熱くなるよ。このケレン味のなさと言うのかな、小細工ほとんどなしのストレートに突き進んでいくような情熱が人々の心を打ったって事だね」
「なるほどねえ。確かに清々しい曲じゃない」
「というわけでこのヒット曲も収録されたファーストアルバム『Baby Blue』は勢いがあってキャッチーな楽曲が連発。ヒット曲はたくや作曲だけどこのアルバムではほとんどがナオキ作曲。でも別にそれでクオリティが落ちるって事もないし、『Little Trip』なんかはいいなって思ったけど案の定後にシングルカットされたみたい」
「ジャケットの真ん中がTamaよね。この髪の毛が変な色のほうがどっち?」
「青く染めてるのがナオキで帽子のほうがたくやだね。そして『春~spring~』のヒットから半年後には次のヒット曲が生まれた。それが『なぜ…』って、ドラマの主題歌にもなった曲。と言うかこれに限らずほとんどのシングルに何かの主題歌とかCMに使われたとかのタイアップ付いてるみたい。『春~spring~』やこの『なぜ…』が売れたとは言っても当時まだポンポン出ていた百万枚には届いていない。でもリアルタイムの世代だと結構知名度高いのはそういうタイアップ攻勢を仕掛けていたのも一因かもね。結構アニメ系の主題歌もあるみたいだし」
「それで、この『なぜ…』ってのはどんな曲なの?」
「『春~spring~』との違いとして、勢いがある中でもよりセンチメンタルさを強調したのが新味となっているね。でもやっぱりキャッチーさは変わらずって事で、つまりは楽曲が良かったからヒットしたんだ。まあ本当の事言うと次に出した『ふたりぼっち』のほうが好きなんだけどね、個人的には」
「へえ、それはどんなの?」
「テンポはそんなに早くないんだけどね、やっぱりしっかりとしたメロディーと切なさを強調した楽曲だから路線としては『なぜ…』に近いとは思うけど、あれほど張り詰めてはいなくてどこか開放感も感じられる。夕焼けのような曲だよ。ただ売上は大きく落としたみたい」
「あらまあ。何で?」
「ううん、やっぱり勢いという点では二大ヒット曲には及ぶところではないのはそうだからねえ。歌い方も程よく力が抜けていてそれが楽曲の雰囲気ともマッチしていると思うんだけど、求められていたのがそういうパワーのある曲だった中であえてこういうゆったりとした、って程でもないか。でもムード重視の楽曲は需要に合わなかったのかなって。それとリアルタイム体験した人によると理由は不明ながら宣伝なんかもあんまりされてなかったとか。でも好きなんだよ。『春~spring~』と同じくらい」
「売上はなかなかままならぬものよね。楽曲の質と比例するものでもないし」
「本当にね。そして二枚目のアルバムとなった『WALLABY』には『なぜ…』や『ふたりぼっち』、それにナオキ作曲の『直感パラダイス』といったシングル曲が収録されているんだ。『直感パラダイス』はデビュー曲をブラッシュアップしたような勢い重視のパワフルな曲。でも全体的には前より大人びた楽曲が多いね。後にシングルカットされた『Dear』なんかは象徴的だけど。それとアルバム曲だと『真昼の夕焼け』。イントロがまた物凄いんだけど、全体的に生き急いでいるような切なさに満ちていてこれはなかなかのインパクト」
「インパクトと言えば男たちの髪の色は比較的普通になったわね」
「それでも金髪とかだけどね。この頃はとりあえず染めようってのが多かったよね。二〇〇二年ワールドカップの日本代表とか今見ると染めまくりでちょっと笑えたり」
「ああ、あれは確かに。一九九八年はほとんど黒髪だし、それ以降ももうちょっと黒っぽい染め方が多数だけど日韓の時はやたらと明るい色よね。まあ自国開催だから、一種のお祭りみたいなもので気合入ってたんでしょうね。それで一定の結果も出せたし」
「まあ髪の色はともかくとして次のアルバムは二〇〇一年発売の『bleu-bleu-bleu』。前作に引き続いて大人びたのはいいけど、いきなりジャズっぽい曲から始まったり、ここまで行くとちょっと振り切り過ぎかなってところ。いかにもヒスブルらしいって曲は『グロウアップ』ぐらいで、全体的にはモノトーンの質感」
「ジャケットからしてそうね。でもルックスはなかなか良くなってるみたい」
「シングルでも『グロウアップ』は従来のイメージだけど『だいすき』はバラードだし。ナオキ作曲だけど、ガツンと来るタイプの曲でこれはなかなかのクオリティ。ああ、そうだ。一枚目はナオキメインで二枚目は大体半々だったけど、これ以降はナオキの曲が激減してほとんどがたくやの曲となっているんだ」
「このアルバム十一曲中ナオキはたった二曲しかないのね」
「まあ、そこはね、色々あったらしいよ。活動の行き詰まりとか。でもそれを振り切るように繰り出されたシングルが『Reset me』。これは『春~spring~』にも似た輝かしさ、新鮮な勢いがあってかなりの名曲なんだけど」
「もはや時代は彼らに味方をしてくれなくなっていた、みたいな?」
「ただ実際この辺りからちょっと限界と言うかねえ、やっぱり段々パターンが尽きてきたのかなって楽曲も増えていくんだ。妙にひょうきんでつかみ所のない『フラストレーションミュージック』や、パワーはあるけど全盛期のような鋭さとかキャッチーさはやや欠ける『ベイサイドベイビー』と、悪くはないけどもう一歩かなってシングルが続くんだ。ただ四枚目のアルバムとなった『MILESTONE』は前のアルバムよりいいよ」
「そうなの?」
「うん。ちょっと大人っぽくなりすぎてた前作から勢いを戻してくれたし、アルバム曲だとアコースティックなサウンドとセンチメンタルなメロディーの『なみだ』とか、スピード感はあるけど落ち着いたサウンドがどこか冬っぽくていいよ。ただ今となってはなかなか見かけない。ネットでもちょっと高いし。レンタル落ちでシールとか貼られてるものならそれなりに安くはなってるから、こだわらないならそれでいいんじゃない?」
「やはり売れていないとこういう時大変になるものね」
「アルバムで言うと一枚目と二枚目はまあどこのショップでも置いてるってレベル。三枚目はどこでもって程でもないけどそこそこ置いてる。でもこれ以降はね。絶盤でもあるし。そしてオリジナルアルバム未収録、佐久間作曲の『Home Town』を経て活動終幕へ。これが二〇〇三年の事なんだ」
「一九九八年デビューだから、五年そこらか」
「やっぱり短いよね。ああ、この曲自体はミディアムテンポでいまいち盛り上がりがなくてどうって事ないかな。そしてラストシングル『DOLCE~夏色恋慕~』。疾走感あるイントロとか雰囲気は悪くないんだけどねえ、やはりメロディーの鋭さに欠けるのでもう一歩。あえてサビをさっさと出さないのは凝ってるとも言えるけど、なんかダラダラしてるようにも思えるよね。この曲などが収録されたラストアルバム『JUNCTION』の帯には『ヒスブル衝撃の活動休止宣言』なんて書かれている」
「解散じゃなくて活動休止なのね」
「この時はそう思ってたみたいだね。ただ実際限界は感じていたと思うよ。まず初期みたいな曲で勝負しても二番煎じになってしまう。実際勢いある曲は『悪くないけど以前別のアルバムで聴いた事があるような』ってのも多いからね。かと言ってアルバム一曲目の『真夏の夜のファンタジー』みたいな新たな一面を見せたいって意図があったんだろうと思しき落ち着いた曲もねえ、それはそれでパワーが落ちたという印象にしかならないのが辛いところ」
「新機軸とはいかなかったのね」
「力なくスルッと通り抜けていくだけで掴みが弱すぎる。その中でTamaだけでなくたくやがツインボーカル状態で歌いまくる『笑おう』はある意味新機軸かな。素人丸出しなたくやの歌唱を最初聴いた時は『うわあこれ無理』ってなったけど、慣れると意外といい曲だなって認識が変わっていった。それとラストの『LOVE』。『これを発売した直後にボーカルは結婚を発表して引退。バンドは解散した』みたいなエピソードがあってもおかしくないぐらいに終焉の雰囲気全開なバラード」
「でも実際はそうじゃなかったの?」
「まあ、ね。とりあえず言えるのは当初はあくまでも活動休止であってそのうち復活する予定だったみたいって事と、現在それは物理的に不可能だって事。まあ、知ってる人は知ってるからね。実際目の前にあるもので調べればすぐ出てくるから。いや、すぐ出て来られないからこうなってるんだけど」
「どういう事?」
「いや、何でもない。で、現在TamaとたくやはSabaoなんて名前で『春~spring~』や『なぜ…』をカバーしたり、ソロでも活動してるよ。まあ頑張ってくれるといいよね。ああ、そうだ。リアルタイムだと同じく佐久間プロデュースの某有名バンドによく似ているとか、口さがない人からはパクリなんて言われてたみたいだけど、僕はそっちのバンドに関しては詳しくないし下手な事は言えないな。ただ向こうと比べてもこっちはより直情的で素直なサウンドを展開しているとは思うよ」
「確かに、楽曲からはストレートなピュアネスが印象に残ったわ」
「悪く言うとワンパターン気味で、シングルいくつか聴いてみて良いなって思ったら集めればいいし、ピンと来なかったらそれまでだね。アルバムではシングルとは異なった魅力を披露するタイプでもないし、志向が違うんなら無理に聴く必要もない。活動期間の短さから楽曲数は多くないし、集めようと思えば決して難しくはないよ」
「それはまたありがたい話ね」
「時は過去を洗い流し、ただ残った楽曲を聴いてどう思うかだよ。それで『春~spring~』という大胆不敵な名曲がある。音楽って、それでいいんだよ、きっと、多分」
このような事を話していると敵襲を告げるサイレンが鳴り響いたので二人はすぐさま戦闘モードに着替えた。
「ふはははは、私はグラゲ軍攻撃部隊のハイイログマ男だ! この拳で汚れた星を浄化するのだ!」
草木萌え始めた山間の草原に出現したのは、いわゆるグリズリーと呼ばれるヒグマの仲間を模した異星人の侵略者であった。熊なので基本的には危ない種族だ。
「そうは行かないぞグラゲ軍! お前達の陰謀もこれまでだ!」
「また出たわねグラゲ軍。あなた達が攻めてくるようならこちらも全力で守り抜くわ!」
「ふん、出たな邪魔者どもめ。今日がお前達の命日だ。行け、雑兵ども!」
間もなく駆けつけた二人に向かって敵将は雑兵を繰り出し、バトルとなった。二人は全力で雑兵を倒し尽くした。
「よし、これで全員片付いたかな。後はお前だけだハイイログマ男!」
「あんまり人のお家で暴れるのも申し訳ないとそろそろ思ってほしいんだけどな」
「馬鹿め。この星もいずれグラゲ軍のものになるのだ。そのためにはお前達を殺す必要があるがな!」
そう言うとハイイログマ男は懐から取り出したスイッチを押して巨大化した。あくまでも暴れ回るつもりらしい。放っておけば被害は甚大。二人は覚悟を決めて合体した。
「メガロボット!!」
「メガロボット!!」
ハイイログマロボットのパワーは抜群だ。攻撃を受けるとただでは済まない。ならばと、研ぎ澄まされた悠宇の集中力が攻撃を回避する。そして一瞬の隙を見て接近していった。
「よし、一気に勝負を付けるタイミングよ!」
「うん。メルティングフィストで勝負だ!」
渡海雄は力強く朱色のボタンを叩いた。熱くヒートした右拳がハイイログマロボットの装甲を撃ち貫いた。
「ぐおおおおお!! ここまでか!!」
無念の叫びを残し、ハイイログマ男は機体が爆散する寸前に作動した脱出装置に乗せられて宇宙へと去っていった。明日からは四月となる。また新たな出会いが待っているだろう。二人もまた未来への希望を胸に抱いて、帰路についた。
今回のまとめ
・センバツは引き締まった試合が多くて良かった
・「春~spring~」など初期衝動的な勢いと鋭さのある曲が良い
・後期にも名曲はあるけど初期の若々しい鋭さはさすがに減っている
・曲のパターン少ないし仮に例の事件がなくてもどれだけやれたか