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五話

3月15日

彼女から手紙をもらったと相談を受けた。

どうもそれは恋文らしい。

最初、付き合うか断るかの相談かと思ったが、予想と違い、上手く断る文面を一緒に考えて欲しいというものだった。

断ることにほっとした。まだ、隣に私がいられるから。

数時間かけて文面を考えたが、宛名を書く際に相手の名前が手紙のどこにも書いてないことに気がついた。

馬鹿らしくて二人で笑った。

***


目覚めると、先ほどの建物の中で寝転がっていた。手足はキツく縛られ、逃げることはできないようだ。

誘拐だろうか。けれど俺の家は身代金を要求される程の金持ちではないはずだ。もしかしたら蒼凪なんてここにいなくて、おびきよせるための餌だろうか。

「おはようございます。夜ですけど」

上から声が聞こえて、その方向に目を向ける。

あの思井未結というキチガイがこちらを見下ろしていた。ここに迷い込んだのだろうか。

何故か他校の制服を着ていたが、それはどうでもいい。この状況をなんとかすることが先決だ。

「おい、助けてくれ! 誰かに誘拐されてるんだ!」

「誘拐……まあ今なら監禁ですかね。私法律詳しくないのでわからないのですけど……」

「何でもいいから助けろよ!」

「助けませんよ」

「え……?」

思井は持っていた鞄で俺を叩いてから言った。

「助けませんよ。大事な大事な友人のあおちゃんにつきまといやがったストーカー野郎なんて。あおちゃんに毎日毎日手紙まで送りつけて、気持ち悪いんですよ。しかも昨日なんてさあ……『彼女がどうして休んでいるんだ?』なんて質問したあげく、家にまでくるとか……お前のせいなんだよ勘違い野郎」

「待て、お前は勘違いをしている! 俺は蒼凪と付き合って……」

俺が叫んだ瞬間キチガイに蹴り飛ばされた。

「勘違いもいい加減にしてくれませんか、ストーカー。貴方は付き合ってません、つきまとってます。あおちゃんは貴方を愛してません、怖がってますよ。貴方はあおちゃんとは何の関係も無い馬鹿です。それじゃいつデートしましたか?」

「デートならもうたくさんしている! この間だって映画を一緒に見に行ったよ!」

「映画? いつですか?」

「……確か、先々週の土曜」

「それなら春休み中ですね。貴方と彼女はそのとき面識すらないでしょう?」

「お前が知らなかっただけだよ。俺は1年のときに告白して、付き合ってるんだよ」

「……ああ、もしかしたらあれか? 楽観視しなきゃ良かった」

「何ぶつぶつ言ってんだ」

「自分の愚かさに呆れてるだけですよ。あと映画は私とあおちゃんの二人で行きました。貴方はいなかったはずですよ?」

「そういえばついてきてたような。なあ、何で恋人同士のデートを邪魔するんだ?」

俺がそういうと思井はどん、と床を踏みならした。

「……妄想でも、恋人という呼び方をするのは許せない。あおちゃんの名前を呼ぶのも許さない。お前にはそんな権利、ないんですよ」

そういって脚を大きく振りかぶり、蹴られた。

「違っ……!俺らは本当に付き合ってて!!」

そういうともう一度蹴りとばされた。

「私は貴方があおちゃんが選んだ彼氏であおちゃんが幸せならこんなことは致しません。あおちゃんが幸せなら隣が誰であろうと祝福します。友達ですもの。ただ、貴方とあおちゃんは恋人なんて関係じゃありません。貴方はただの妄想好きの勘違い野郎の上、あおちゃんを傷つけるという厄介な人物なので、このようなことになってます。自分の立場を理解しました?」

「……さっきからお前の言葉聞いてると、まるで俺がストーカーのような言い方をするな」

「その通りだよストーカー。あおちゃんの前に一生姿見せるな」

「勘違い野郎なのはお前の方だ。俺は蒼凪に告白して、付き合っているんだ。お前が蒼凪のこと好きだから俺が彼氏じゃなくてストーカーだと思い込んでるんだろう。勘違いで暴行されてたまるか。とっととこれを解け」

「あ、は」

俺の言葉を聞いた途端、気の抜けたような声を思井は出した。

「あははははははは!! あっはははははははは!! 凄い凄い! 碌に動けないその状態でそんなこと言えるなんて! マンガの馬鹿な主人公みたい! あはははははは……はーぁ……ストーカーってほんっとに面倒くさい」

けらけらと気が狂ったように楽しそうに笑い続けていたのに突然無表情になりこちらを見下し、俺の身体を踏みつける。

「あおちゃんみたいな優しくて可愛らしい子がこんな屑と付き合うはずないのに。そんな簡単なこともわからないのかなあわからないからストーカーなのかあ。ほんっと面倒くさいなあ。……そういえば妄想って否定しちゃいけないんだっけ。じゃあ好きな映画ありますー? 私は『雨に唄えば』。サイレントからトーキーに変わるとき、きっとリナみたいに声が悪いからって消えちゃった俳優さんもいっぱいいたんでしょうねえ悲しいことです。でもリナの声、可愛いと思うんですけどね」

ぶつぶつと関係のないことを呟きながらも何度も何度も蹴られる。

なんだこのキチガイは。

俺は彼女と相思相愛なのにストーカーだなんだといいがかりをつけて、挙げ句には人を誘拐して暴行だ。

ああこういうのがネットでよくいうマジキチってやつなのか。蒼凪はこいつの本性を知っているんだろうか、早く教えてあげないと。

「いてえよ! お前の妄想とかお前の好きな映画とか毛程も興味ない! さっさと放せ!」

「……ああそうですか? 理解できないんですね、流石気違いです。貴方と話しているとなんだか私まで狂ってしまいそうになりますよ」

「……そっくりお前に返すよ、キチガイが」

俺の言葉を気にする風でなく、自分の鞄を漁っていた。

すぐに目的のものが見つかったのかこちらに寄ってきて俺に馬乗りになる。

蒼凪だったらすごく良い状況だが、キチガイにじゃ何にも嬉しくない。

「あいむ しーんぎん いんざ れいーん じゃすと しーんぎん いんざ れいーん」

キチガイ女は何やら歌を口ずさみながらがさごそと何かをとりだしていた。

何なのかは見えないからわからないが、もしかしたら武器のたぐいかもしれない。

痛いのだったら嫌だな、そう思ったがその考えは外れ、ガムテープが鞄から出てきた。

「うるさいので、黙ってて下さいね」

そう言ってガムテープをちぎり、俺の口と目を塞いできた。

目隠しをされると途端に恐怖が湧いてきた。

動いているのはわかるが、何をする気なのかは全くわからないし、何よりこの女はキチガイなのだ。

恐怖に震えて悲鳴をあげようとしてもくぐもった変な音しか出ない。

そんな俺に構わずキチガイはずっと同じフレーズを歌い続けていた。

「あいむ しーんきんぐ いんざ れいーんっ」

キチガイの歌と、風を切るような音。

何が起きたのかわからなかった。

痛みと強烈な異物感に叫ぼうとしてもうまく言葉がでない。

キチガイの方向を見ようとしても首を動かす事ができない。

「じゃすと しーんぎん いんざ れいーん……っと」

目と口のガムテープを取り外され、目だけでその異物感を見ると、キチガイが俺の喉に包丁を刺していた。

「あいむ しーんぎん いんざ れいーん」

歌を口ずさむと同時に包丁を横に引いた。

皮膚と肉が切られ、血が溢れ、強烈な痛みが襲ってくる。

「これで、あおちゃんを汚す妄想はもう喋れません」

妄想じゃないとか何をしているんだとか文句を言おうと口を開いてもひゅうひゅうという耳障りな音だけしかでない。

「そういえば貴方の妄想って手を繋いだりするのはどうなってるんでしょうか? あおちゃんに触れられるはずないのだからまだ清い交際とか言い訳するんですか? 教えて下さいな」

唄うのをやめ、キチガイ女は心底愉快そうな声で、けれどもそれに合わない無表情で尋ねてくる。

喋られなくしておいてから聞くとはどういう神経をしているのだろうか。

「答えないんですか? まさかもうキスだのそれ以上したとか言うんですか? あおちゃんにそんなことしちゃ駄目なんだよあおちゃんのことをけがしちゃ駄目なんだよたとえ妄想でもさ」

包丁を構えながら言うキチガイの言葉を首を振って否定しようとする。

しかしなかなかうまく振れない。当たり前だ、首を裂かれているのだから。

それでもキチガイには否定の意が伝わったようでにぃっと口元を歪ませた。

「そうですか、良かった。でも、今からするとも限りませんから、後で去勢してあげますね。それで切り取ったものを神話よろしく魚にでも食べさせましょうか。ああ、あとあおちゃんに不気味な手紙を書いた腕と、あおちゃんのあとをつけた脚も切り取って差し上げますのでご安心を。あははっ」

キチガイはそこで表情を崩し、けらけらと笑っていたが、俺は反論も反抗も出来ずにただじっとしていた。

意識がもうろうとしてきて動けなかったのだ。

そんな俺に構わずキチガイは制服のポケットから鉛筆をとりだしてまた唄い出した。

「次はあおちゃんを見た、目です」

それを大きく振り上げて、いつもの無表情で言った。


「それでは、さようなら無関係の勘違い野郎」


殺される殺される嫌だ助けてくれ唄がうるさいうるさい嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ誰か助けて誰か誰か助けて嫌だ誰か誰か助けてうるさい助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて嫌だ嫌だ嫌嫌だ嫌だ嫌だ助けて嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ誰か警察警察助けてくれ誰かお願いだから助けてくれやめてくれ助けてくれ助けてくれ助け

雨に唄えばは本当に良い映画です

ありがとうございました

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