■12 三毛猫の国■
2年と半年ぶりに路線を延ばすことにした。
現在、11駅目の大図書館で終了である。
獣人族と交流を持ち始めたので、暫く様子を見ていたのだ。
あんまり間髪いれずに新しい種族を増やせばせっかくできた秩序が崩れてしまうかもしれない。
路線を伸ばした先の新しい種族との遭遇率は今のところかなり高い。
また、延ばさなくても獣人族のように向こうからやってくる事もある。
というわけで、様子をみていたらいつの間にか結構時が流れていたのだ。
専用列車にのって図書館までやってきた。
現在3両編成である。
2両目と3両目には近衛の女の子たちが住んでいる。
そして正平含めてみなあの頃からほとんど姿が変わっていなかった。
正平はこの世界に来てから成長が止まっているようだ。
他の種族は総じて人間より長生きらしく、会ったころとの違いは無い。
唯一変化しているのが、人間であるジェシーだった。
メンバーで唯一外見の成長を続けるジェシーは、今では一番年上に見える。
そしてなんとなくメンバーの主導権をとっていた。
そのジェシーがそろそろこの先が見たいと言いだしたので、
いままで忘れていたと言わんばかりに線路を伸ばすことにしたのだ。
ジェシーは、現在の終着点にある大図書館がえらくお気に入りで、
よく専用列車を降りて普通の列車で図書館まで足を運んでいた。
それで、忽然と終わる線路の先に広がる大地のさらに先が気になっていたようだ。
久しぶりに発動する<レール・顕現>MP25。
魔力を気配で感じる事のできる者なら天変地異でも始まったのかと錯覚する。
それほどのエネルギーのうねりが巻き起こった。
正平はレールを出す時小出しにしたりはしない。
地平線の彼方まで一気に伸ばす。
それが精神的疲労につながると分かっていても気にしない。
岩場の多い地形の為に、伸びた線路が大きな岩の端をぐるりと削ったり又は突き抜けたりした。
その光景は異様で芸術的でもあった。
いつものように新しい景色を楽しみながら、出来立てほやほやの線路を一行の乗る列車は走り出す。
何処までも岩肌ばかりの灰色の大地が続き、めぼしい物はこれといって何もない。
周りはずっと何もないがふと前方を見ると新しい色が現れた。
徐々に近づいてくる。大きく広がる湖。いや、海だろうか。
<レール・顕現>MP25の魔法は、たとえ水の上であろうと線路を出現さえる。
形状が代わり鉄橋となって足場も同時に出現させていた。
新しく見える水の風景にみな心を躍らせた。
近づき分かったのはそれが湖でも海でもなく川であった。
それも向こう岸が見えないほどの大きな河。
そしてその河は異常な勢いで西から東へ濁流を運んでいる。
上流で大雨でも降ったのだろうか。
とりあえずこの河の前に一つ駅を作っておいた。
名は大河前。
この濁流が治まれば新しい漁業の拠点になるかもしれない。
駅を造り、早速河が何処まで続いているのか好奇心を刺激されつつ、
河の上にできた路線の先を進む。
足元にながれる河の流れの勢いは恐ろしい程なのだが、
両側に開けた車窓を通り抜ける風は優しくただただ気持ちがいい。
河はものすごい勢いで流れているはずなのにそれほど濁っておらず、
奇麗である。勢いで表面が筋状になりそれに光が反射されまるで絹のよう。
しばらく進むと陸地が見えてきた。
そして線路が陸地へつながる付近に大勢の人影が見える。
人影も又こちらを伺っているようだ。
正平は、彼らに向かって危ないので離れるように警告した。
正平の言葉は魔力が宿っている為にどの種族にも意味が伝わる。
それらは理解したようで、列車の進む道を開けてくれた。
まずは降りて話をする事に。
大勢の人影は、猫獣人だった。それも第二草原にやってくるような多様性はなく、
みな毛色は3種で集まってきた猫獣人たちは全て女性の様だった。
正平は、彼女たちはひょっとすると三毛猫なのでは?と思った。
ということで彼女たちを猫獣人の三毛猫種と名付けた。
猫獣人達の会話に近衛達も加える為に新たに作った魔法、
<以心伝心>MP9800を使った。
この魔法は、使用者の周りに言葉と意味の主従関係を逆転させ、
発言者の意図を聞く人へ正確に伝える空間をつくりだす。
そこで空気を揺らすのは音では無く心という不思議な空間である。
この魔法、あまりに必要MPが多い為に一般に開放しても誰も使えない。
消費MPの少ないシンプルな構造の翻訳魔法が作りたいと思っていたが、なかなかうまくいかなかった。相性のいい魔石が見つからないためだ。
そんなわけで、猫獣人との会話に正平やゴーレム以外も参加した。
彼女たちが言うのはまずこの線路の出現に大変驚いたという。
そりゃ多少は驚くだろうが、どうも特別な事情があるらしい。
その理由は、ここが巨大な島である事に関係している。
対岸かと思ったこの陸地はなんとまだ河の中ほどで、向こう岸はさらに同じだけ距離があると言う。
そして、この濁流は今日だけの現象と言うわけではなくこれが日常なのだという。
この濁流のお陰で船を作っても直に沈没し、どうやっても外へは脱出できなかったらしい。
それが今回線路とはいえ、巨大な橋が出現したのだ、驚くのも無理は無い。
この島は猫獣人だけが住み、彼女たちが支配している。
他の亜人種は居ない。彼女達は王国を築いており、人口2000人を有する。
トレイン帝国に所属するどの国よりも多い。
バナナそっくりの果物が実る樹木が林立しており、
街中は激流を利用して水路を引き、魚を簡単に捕まえる仕掛けがあちこちにあると言う。
三日月型の入江もあり、河の下流側にある為に泳ぐこともできる。
話を聞く限り非常に良い環境で、なんだかリゾート地のような印象を受ける。
聞いていた近衛の女の子たちも早く観光したそうだった。
ただ彼女たちは一つだけ深刻な問題を抱えていた。
それは、男性がものすごく少ないこと。
割合的に1:100で慢性的な男性不足に陥っているという。
実際の三毛猫よりは多いがそれでも異常な偏りと言えた。
どうもこの国の男性はいろいろ危機的な状況らしく、
代わりの男性をそれこそ別の種族でもいいから代打として長年欲しているらしい。
正平は、島についてからずっと感じていた何かを狙う気配の正体に徐々に気づき始めた。
しかし、そこは気づかない事にして、
この国を治める猫獣人の居る所へ案内してもらうことにした。
三毛猫王国に君臨していたのは活発な感じのする三姉妹だった。
彼女たちがお互い協力してこの国を治めているという。
非常に人懐っこく、挨拶代わりにざらついた舌でなめられた時は流石の正平もびっくりした。
毎回会う新しい亜人の文化にはいつだって驚かされている。
彼らはみな同族で固まって他の種族との交流はほとんどない。
その生態も違うしグループごとに文化が違うのは当たり前だった。
正平が何者であるかにはあまり興味を示さなかったが、
大河の外の世界については大いに興味を示した。
そして、正平が作った鉄橋を利用させて欲しいと懇願された。
しかし、鉄橋の上には当然線路でありその上に列車が通るから危ない。
徒歩による利用は無理だが、列車の利用は可能である。
列車を利用するには、帝国内で流通しているMP通貨が必要であり、
これは商売をすることで獲得することができる。
説明はしたものの猫獣人の王女3姉妹は今一つピンとこないらしく、
結局直接案内して、実際に市場ややり方を見たいと言ってきた。
その案内として正平が同行することを頑なに譲らかなったので、正平自ら案内する事に。
その代わり、この国の案内を王女3姉妹が行うことになった。
王女達は非常に乗り気である。
町は、木の軸組みに白い漆喰が塗られ、
大きな葉っぱを重ね合わせてその上をロープで固定した屋根。
どこか南国風の家が立ち並んでいた。
石畳で出来た道の両脇には大きい溝がほられており、
ものすごい勢いで水が流れている。
どうやら、大河の水の勢いをそのまま流しこんでいるらしい。
その水は非常に奇麗で飲み水にもなるらしいが、容器の洗浄や衣類の洗濯など、
中水道として利用しているのだという。
勢いを利用して洗面の高さに引き込む工夫がなされていた。
この溝を流れる河の水にはよく小魚も流れてくるらしく、
ところどころに設置されている仕掛けを見ると結構かかっている。
水流を利用した水車も設置されており、
とある果物を粉にするのに利用しているという。
その粉で粘り気のある餅の様な物が作れるようで、この国での主食となっているとのこと。
畑も豆のような作物を育てており、水流を上手く利用しているために管理はし易く、家畜として飼っている野獣までいた。
これまで発見された野獣は総じて狂暴で、とても飼育できそうになかった為に
何気にすごい技術である。
野獣の名前はリフというらしく、羽の様な体毛はリフ毛と呼ばれていた。
その家畜はよく見ると鳥の仲間のようだが空は飛べない。
翼だけでなく全身に生えている羽から生地をつくりだしている。
この国の猫獣人たちは、みなこの生地から作った服を着ている。
羽の素材を上手くつかっており、翼をモチーフにした意匠が凝らされている。
着ている人の魔力に反応して浮力が発生し、ほとんど重さを感じない着心地である。
正平も試しに着させてもらったら、そのまま飛んで行ってしまった。
全然コントロールが効かないため、あわてて上着を脱ぎ捨てた。
上着との接触が断たれ、そのまま落下してきた。
創造神は死なないと分かっているが一瞬で上昇した為にかなり怖かった。
一般人なら死ぬほどの高さまで上昇していたが、正平は打撲で済んでいた。
しかし、この世界にきてこれほどのダメージを負ったのは初めてである。
すぐさま、<治療>MP50で回復させた。
流石に猫獣人の王女達も驚いただろう。あわてる子、すまなそうにする子、
なぜそこまで飛んで行ったのか不思議がる子と三者三様のリアクションをとった。
魔力が高いほど魔力量を正確に測れる。
猫獣人は普段は人間よりもMPが少ない為に正平の魔力に鈍感なのだ。
正平がさっき来た上着はダークエルフの近衛2名が交互に着せ換えていた。
彼女たちもMPが多い為、発生する浮力もそれなりに大きいようだ。
エルフのニエルは毅然としているが、よく見るとそわそわしている。
どうやら自分も試してみたいようだ。
美しい街並みに農地や、水流を利用した面白い機構を見て回った。
すれ違う猫獣人は老いも若気もみな可愛い。
猫耳としっぽのしぐさは見ていて飽きない。
ただ、ひとつ気になったのはこれまで一度たりとも男性を見かけなかったことだ。
いくら三毛猫に似た猫獣人で実際に男が少ないからって、
まったく見かけないのはおかしい。
正平はいやな予感がしつつも、尋ねてみた。
三姉妹は無邪気な表情から一変、正平が身震いする程の艶容な表情を見せ、
建物に案内すると申し出た。
この国の男性は、王女達の住まう宮殿と同じくらい豪奢なその建物にまとめて住んでいるという。
見張りの門番は4名。門から扉までのアプローチには、
さらに6名の警備兵らしき猫獣人が直立不動で佇んでいる。
しかし目線だけは正平の動きを常に捉え続けていた。
王女達の住まう宮殿よりもよっぽど厳重である。
一番奥の警備が扉の前まで移動し、門を左右に開いた。
全面大理石のように磨かれた石材で、床には芝生が敷き詰められたような
緑の深い絨毯に覆われている。
ホールの天井は広く、2階の廊下まで吹き抜けである。
部屋の一つへ案内されそこで見たモノは……。
拘束された猫獣人の男である。
この島では女性の猫獣人が完全に主導権を握っている。
そして女性たちは仕事の成果に応じてこの男性達の拘束時間を貰えるのだという。
男性の役割はその優秀な猫獣人の女性の相手をすること。
一応部屋の中では男性の意思も尊重されるそうだが、
労働の対価で得られた貴重な拘束時間に相手を労わってやる余裕など無い。
どの部屋の男性も目に生気が感じられない。
正平は同性として彼らの尊厳と自由の為にこの国をトレイン帝国に組み込まなければならないと思った。
***
次は、正平達が猫獣人の王女達を案内する番である。
と、列車に乗り込む前に、先にどこら辺に駅を作ったらいいか聞いてみた。
駅というのがピンとこなかった様なので、列車に乗り込む場所、
なるべく人が集まる場所がいいと提案したら、
夜毎行われるダンス会場があってここは、多い時では島の8割ぐらいが集まることもあると言う。
正平はそこに案内してもらい、そこから一番近い線路上に駅を設置した。
12 大河前 激流の大河 人口 10人程度
13 三毛猫王国 川魚 ほぼ猫獣人(三毛猫種)のみ 人口 2000人程度
そして、専用列車をこの駅まで移動させ、猫獣人の王女達を乗せた。
猫獣人の王女達が住まう宮殿もなかなか豪華で美しいのだが、
正平が魔法で出したこの専用列車の内装には流石に勝てない。
その美しくも高級感の漂う調度品や作りに王女達も感心しきりである。
しかし、直にそう言ったモノへの関心も薄れた。
それは、列車が走り出した為である。
窓は開かれ、外にはたくさんの猫獣人達がこちらに向かって手降っている。
王国の住人達にはすでに正平の事と王女がこれから何をしに行くかは知れ渡っている。
鉄橋を渡って外へ出る事は禁じられているが、王女が視察を終えた後、
王女達の裁量によって列車での移動が解禁され、または外からの住人がやってくるかもしれないという事になっている。
彼女たちは期待に胸を膨らませ手を振っていた。
正平の正面に2人、隣に1人、全て猫獣人の王女である。
外の景色を見て目を輝かせている王女達は普段の見た目以上に幼く感じさせられた。
獣人達とは既に交流があるものの、専用列車に乗せたのは今回が初めてである。
かつて猫を飼っていた正平は、相手が人型でもペットにしたいなあと思ってしまった。
ゆらゆら揺れるしっぽを眺めていたら、隣に座る猫王女が鼻を顔に近づけてくる。
目を細めてペロっと正平の鼻を舐める。
恥ずかしいというよりはくすぐったいという気持ちになった。
その子は正平の膝の上に体を乗せてあごの下にぴったりと収まった。
ただ心地よさそうな鳴き声をあげてその体制まま窓の外に顔をやった。
流石に少し恥ずかしい気がしたが、頭髪から心地よい匂いがした為にどかすのが勿体ない気がした。
正面に座る王女2人は両方とも窓際の席に寄って頭を縦に並べて窓の外に突き出していた。
時折見える激流の底に現れる大きな影を見つけてはキャッキャキャッキャとはしゃいでいる。
そして間もなく大河は終わり、大川前の駅を通過すると、猫獣人達から低いどよめきが上がった。
初めて見る大河の外の景色である。島は緑であふれていたが、ここらへんは岩肌がずっと続いており、
殺風景だがどこか厳かな雰囲気が漂っている。
まず、第二草原で商業地を案内するつもりだったが巨大図書館が見えたとき
3人とも自らの住まう豪邸よりも巨大なその建物に興味を持ったらしく、
先に見学したいと言ってきた。
大図書館で下車しホームに隣接する重厚感のある出入り口の前にやってくる。
アプローチには<マジックディテクト>MP20で本を無断で持ち出さすものがいないかチェックをするエルフがいた。
そのエルフは正平一行を目に止めてハッと驚き恭しく挨拶する。
正平は別に威張ってもいないし威圧的な態度を取ることもないのだが、
正平が率先して作った施設で働く者たちは正平に対して概ね慇懃な態度をとる。
正平は苦笑いで手をひらひらさせ、王女達を紹介して彼女たちに見学させる事を伝えた。
中に入ったところで1人銅貨2枚支払わなければならないのだが、正平達はもちろん顔パスである。
カウンターに勤める司書の女性も笑顔で通してくれた。
中は天井まで高く吹き抜けており、5階分の高さがある。
外周は2階~4階の高さに通路が設置され、内壁は小部屋の外壁を除いて余すところなく本棚が埋め込まれている。
内部にも本棚は置かれているが、2階の床までの高さになっている為、上空に巨大な空間が広がっている。
まだ中央の線路が使用される程には出来あがっていないために線路上は板で足場が造られている。わざわざ上空の渡り廊下を通らなくても向こう側へ移動できた。
その両サイドには、ベンチや机が配置されてゆったり寛げるスペースが設けられており、謎の観葉植物がところどころに置かれ心地よい香りを漂わせていた。
その収容力に比して並べられている本はまだまだ少なく、少しさびしい印象も受ける。
しかし読書スペースはそれに反してたくさんの人で埋まっていた。
王女達はそれぞれが赴くままに建物内を散策した。
1人は天井まで続く本棚を利用するためだけに配置されている中空の廊下へ
1人は物珍しげに読書をする人の本を後ろから覗き、
1人は本棚から実際に本を手にとって中身をぺらぺらめくっていた。
暫くして彼女たちは思い思いに一冊手にして正平のもとへ戻ってきた。
結局のところ本は愚か文字すら知らない彼女たちは収蔵されている大量の本がどういう物なのか分からなかった。
正平は、文字と本の意義を説明した。
魔力のこもった言葉でも相手がその概念を持っていなければ伝わりづらい。
何度か説明をかみ砕いた結果なんとか理解してもらうことができた。
その証拠に瞳に星が宿っている。どうやら文字と本の内容に興味をもったらしい。
定期的に小さな日本語教室を開いている一室へ案内し、普段教師を務めている図書委員に臨時で授業を行って貰った。
正平は<以心伝心>MP9800で補助し、授業を加速させた。
そして、僅かばかり日本語の知識を身に付けたところで大図書館の秘密スポット、<解読>MP4の魔法屋へ案内した。
<解読>MP4は全く理解していないモノに対してはほとんど効果を示さないが、
少しでも知識が身についていれば劇的な効力を発揮する。
獣人族は満月の夜以外はほとんど魔力を持っていないが3人ともこの程度は自分のMPでも使う事ができた。
改めて彼女たちが持ってきた本を読むように進めてみる。
そして彼女たちはようやくその本の価値を理解することができた。
彼女たちにとっては未知の体験だっただろう。魔法の力ももちろん関係しているが、
記号の羅列が意味となって心に吸い込まれていく。
面白い物語、役立に立ちそうな知識。
それらが仲間の口伝ではなく視覚から取り込まれるのだから。
いや、彼女たちも意味を持たせた記号や印を付けることで仲間に知らせることはある。
しかし洗練すればここまで複雑な内容を伝える事が出来ると言う事に気付き感心したのだった。
彼女たちが選んだ本は比較的専門的なものだったので、
絵がたくさんついた文章も優しい本を勧めた。
猫獣人の王女達はそれを甚く気に入った。
気が済むまで読書をさせていたら日が暮れそうだったので、適当に切上げさせた。
本の持ち出しは許可しなかったが、
通貨があればいつでも来る事が出来るし図書館も利用できるということを伝えたので納得してくれた。
そして第二草原へ向けて専用列車を走らせた。
途中ゴーレムの砦があり、反対側には大きな闘技場が設置されている。
3カ月に1回猛者達が集まって戦い最強を決めていると説明した。
これにも大いに興味を惹かれたようで、次の大会には必ずここに来たいと言った。
その後、大会では猫獣人の女性剣士がたくさん参加し、そのうちの一人が王女だったという。
猫獣人の三毛猫種達は観戦する側としてもたくさん訪れ、
その時活躍した強い男の戦士は種族問わず彼女たちにモテたという。
さらにその次の大会では男性の戦士が増えたらしい。
王女達は移ろう景色を楽しみ、それぞれの駅付近にはどういった種族が住み何を作っているのかなどを正平から聞き、
次々に湧く好奇心を満たしていた。
ダークエルフ街を過ぎた辺りから広がる草原を目にし、窓から思いっきり顔を出したり草原の中忽然と出現するドワーフの街がある巨大な山の存在感に圧倒されたりと3人の揃ったリアクションはいちいち可愛かった。
そして漸くMP通貨が最も盛んに利用される商業地、第二草原に到着した。
三毛猫王国はこれまで正平が遭遇したどんな集落よりも人口が多かったが、
それでも王女達は第二草原の人口の多さに圧倒されていた。
なにより、これほどまでたくさんの男性を見たのは初めてだったというのもある。
気が動転したのか、あるいは必要な事だからか正平に対し通貨の使用方法よりもより切実な問題を問いかけた。
王国の女性たちが彼らと番いになるにはどうすればいいかということ。
正平もどう説明していいのやら迷った。
今現在の街での恋愛や風俗がどうなっているのかあまり把握していなかった。
既にこの世界での新生児も生まれてきており御祝儀も正平名義で渡している。
かつての世界同様に恋愛の結果夫婦になっているのではと思った。
なので、お互いが好きあえばそのまま番いになっていいと適当な事を言った。
男性が非常に少なかった三毛猫王国ではそこのところが非常に厳密なルールで統制されていたようで、
これまでで一番のカルチャーショックを受けているらしい。
事前に似たようなことを伝えた気がしたが、現場で改めて伝えられた方がより衝撃が大きいらしかった。
正平はふと思う。
考えてみれば帝国では既に8種類ぐらいの種族が暮らしている。
人間以外の同種族同士あるいは種族を越えた者同士はいったいどうしているのか少し気になった。
正平は近衛達と非常に仲が良いが兄妹か友人あるいは上司と部下として接している。
その為か近衛達にこの話題を投げかけるにはなんとなく勇気がいりそうである。
気が向いたらそれとなく聞いてみようかと思った。
三毛猫王国では男性は乏しいものの食糧は非常に豊富である。
その為、困窮しているなんてことは無いが、それでも店売りの食品には目移りするようだ。
王女達がそれまで見た事もない食べ物が屋台に並んで香ばしい匂いを漂わせている。
最初のステップとしてMP通貨を無償で手渡すのではなく彼女たちの国で生産される商品を売って得てもらう事にした。
あの着る者の魔力に応じて重量が減る不思議なリフ毛で出来た服。見た目も美しく着心地もなかなか良い。
これを例によってオークションに出品させてみた。
オークションは常に1箇所で行われており、出品者はかなりの順番待ちになっていたのだが
正平の権限により割り込みで出品する事ができた。
権限は必要であれば躊躇なく使うのが正平である。もちろん誰も文句は言わない。
会場の商人たちも新しい商品を大いに気に入ったようだ。
闇絹に匹敵する高額で落札され三毛猫王女達は一気にたくさんのMP通貨を獲得した。
全て金貨で支払われた為に、銅貨に両替すべく銀行へ案内することに。
銀行前には警備兵が2人、なんと2人共獣人族である。
獣人族もだいぶ受け入れられ始めていた。
王女達が話しかけるとちゃんと言葉は通じた。獣人族は皆同じ言葉を使うようである。
警備の片方は同じ猫獣人の男性で彼は王女達に話しかられると困惑ししどろもどろになっている。
どうも王女達の美貌にクラッときたらしい。
もう一人の警備の獣人は苦笑しながら相棒を眺めていた。
中に入ると立派な服を着ている商人を見かける。彼らのきている服の素材には闇絹が使われていた。
今でも非常に高価な素材である。彼らが儲けていることが一目で分かった。
そのうち三毛猫王国産のリフ毛から作られた服も好んで着るようになるだろう。
王女は金貨を銀貨と銅貨と貝貨に両替した。
金貨も嵩張っていたのでいくつかを魔貨に両替した。
王女達はMP通貨の造形にそれなりに感心していたが、魔貨を見た時は流石に反応が違った。
秘められた魔力と美しい細工に当てられ恍惚とした表情でそれを暫しボーっと見つめる。
持っているだけでステータスUPする事を聞いて王女達は1人1枚ずつ分け合った。
その後この国で出回っている魔貨は全て正平の手製だと知って王女達はとても驚いていた。
食べられるらしい野獣の肉を厚手のパン生地で挟んだジャンクフードを売る店の前にくる。
王女達は匂いに惹かれて歩みを止める。
正平は左右の腕をそれぞれ王女達に引っ張り戻され通貨の利用方法を教えさせられることに。
実際に買ってみせ次いで王女達も同じように買った。
パン生地を食べるのは初めての様だがとても気に入ったらしい。
猫獣人の王女達は彼方此方に正平をひっぱりまわした。
彼女たちは外見に似合わず非常に腕力が強いので一度左右に引っ張られた正平は脱臼しかける。
実際に脱臼することはないが、結構痛かったので軽くキれた。
王女達はうなだれ耳もしっぽもシュンと下を向く。
湯気の立ち上る建物の前につく。
明らかに周りと違う造りの建物を見つけ猫獣人達はテンションが元に戻った。
猫獣人達があまりに興味を示すために風呂屋を利用することに。
もちろん風呂屋は男女別に分かれている。
猫獣人たちは女性の近衛に任せて正平も男性用へ入って行った。
中は天井が高く、分厚い衝立で男女が分けられている。
正平は久しぶりにゆっくり湯船につかった。
暫くのんびり顎まで浸かっていると、隣が急に騒がしくなる。
何気なしに女湯の方を見ると衝立の上に6つの手が掛っている。
次に見えたのはネコミミ。
次に顔が見えたかと思ったら体ごと乗り出してこちら側へ飛び出してきた。
ものすごい笑顔で正平の所へ殺到し思いっきり湯船にダイブした。
風呂は特に貸切り状態というわけではない。
正平の後の客は制限されたが、既に入っている客はそのままである。
まき散らされたお湯をかぶりながら呆気にとられる男性客。
3人とも抱きついて正平は身動きが取れなくなった。
正平は思考が完全に停止してしまったが、
抱きつく3人の手が徐々に下降していったため、
あわてて意識を取り戻し交渉の末に開放された。
流石に来た時と同じように衝立をよじ登らせて返すわけにはいかない。
仕方がないので正平は3人をつれて浴槽から外へ出た。
ニエルが早々風呂から上がり3人の服を持ってきてくれた。
冷静になった正平はルールを守る必要性を説くが猫獣人の王女3人は
好きあえば番いになっていいという正平の言葉を引用して反論した。
3人はそれぞれ正平と番いになったつもりだったらしい。
それで裸になったのに別々の場所へ行く事に納得がいかないという。
近衛の少女達は正平と王女達はそういう関係ではないと理解させる事に全力で努めた。
王女達はまた風呂屋を見つける前のテンションまで戻ってしまった。
その後も似たようなトラブルは何度か起きたが、
なんとか当初の目的である通貨の利用方法や大体の常識をなんとか理解し納得してくれたようだった。
3人の内1人がこの街の議会に常駐してくれることになり、1人は引き続き王国の統治、
そして最後の1人が新しく正平の近衛になる事が決まった。
3人はこれでも統治者であり、議会の役割を直に理解してくれた。
が、いざ役割分担を決める時に3人とも正平の近衛になりたがった為、
正平が3人の中から近衛を選ぶことに。
3人とも目を輝かせているが、1人を選ぼうとすると残りの2人の耳としっぽが項垂れて
しょんぼりする様がよくわかり選びにくいことこの上なかった。
結局選んだのは列車に乗っていた時正平の膝の上に収まっていた一番小さな体格のミケだった。
この瞬間、ドワーフのケットはライバルが出現したことを理解した。
のこり2人には偶に会いに行くことを伝えつつ
得意の耳裏を撫でる技術によって何とか笑顔を取り戻す事に成功した。
その後議会で調整した後、三毛猫王国との交流が始まる。
第一陣を迎えに正平の近衛が列車に乗り込み新しく延長された路線を直走る。
後の事は全て任せている為、正平は新たに加わったミケに他の駅も案内していた。
三毛猫王国に着いた車両には王国中から女性の猫獣人が集っており、
近衛の乗る車両はギュウギュウ詰めになった。
この迎えに来た近衛は人間の男性である。
明らかな人選ミスであった。
操作していた別の人間は気付かずに予定通り第二草原までノンストップで走り、男性の近衛に逃げ場は無かった。
女の子たちはこの時テンションが高すぎて歯止めがきかなかったのだろう。
第二草原に到着し猫獣人達が出て行った後には散乱した服とともに男性の抜けガラが横たわっていた。
一応王女からいろいろ教わっている為、彼女たちは街で無茶な事はしなかった。
と思ったが、いくつかのアベックの仲を引き裂いてしまった。
ただし腕力によるものではなく単純に男性側が誘惑に負けただけだったので不問とされた。
こうしてちょっとしたトラブルを交えながら新しく加わった三毛猫王国の住人との交流も進んで行った。
魔力で重さが変化する不思議なリフ毛素材も流通し始め、新しい食料品も第二草原で見かけるようになっていく。
入荷され始めた南国風の果物によって食料品店のワゴンの彩りに新たな色彩が加わった。
三毛猫王国自体はリゾート地として帝国住民に親しまれるようになる。
もともと女性が支配していた地域なので食べ物も風景も設備も女性好みな物が多く、
どちらかというと女性が快適に過ごせる地域である。
帝国との邂逅で幾らか文化や考え方にも変化が出てきたが、
まだまだ男性1人でここへ赴くにはリスクが大きい。
夜、このエリアを男性1人で出歩くのは危険である。
交流が進み、暫くして囚われの身となっていた男性の猫獣人もようやく開放された。