表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/16

■11 三年経過■

一部の地域で人口が爆発的に増えている。

生活が安定し子供が生まれるようになったと言うのも確かにあるのだが、

大きな原因は新しい種族がどんどん移住してきたためだ。


稲穂の駅前は本格的に田園が広がり始める。

海の駅エリアでは港の整備も進み、船の数も徐々に増えている。

温泉地への道にも少しずつ居住地や店舗が増えてきた。


草原の駅も畑が拡張されるにつれて雇われる人も増えていく。

牧場の家畜も順調に増えているようだ。


ダークエルフ街では洞穴のダークエルフとの交流が進み、何人かがそちらへ移住したようだ。

洞穴前エリアは、紙製造の拠点として紙の製造技術を学びに数多の人間がやってきた。

彼らは<冷気>MP4を習得した稀有な才能を持つ者達だ。


洞穴のダークエルフはずっと中で暮らしていた為、外に縄張りを持つという意識はなかった。

その為洞穴の外に家を建てても特に問題ないらしい。

ゴーレムも同じく縄張り意識は無い。新しく移住してきた者たちと綿花の栽培に励んでいた。


そしてあれから3000人くらい増加した第二草原の商業地。

幾らかの人間は他の街へ移住しているから、実際新たに加わった人数はもっと多い。

この町には何種類かの獣人種族が移住してきている。


獣人は猫耳や兎耳やしっぽを生やしており、なかなか可愛い容姿の種族である。


何人かがトレイン帝国と交流を持つ為に派遣されて来たが、

居心地が良かったらしくそのまま居着いて仲間を呼び、

徐々に増やしていった結果だという。


彼らのもと住む場所がどこにあるのか、どれぐらいの規模なのかは謎だが、

そこでもMP通貨が流通しているらしい。

見知らぬ国でMP通貨が使われているのは何とも不思議な気分である。


満月の夜はMPが増えるらしく、その日に獣人たちはやってくる。

新しくやってきた獣人は<造幣機械>が設置しある場所へ直行する。

溢れる魔力でMP通貨を製造し、それを元手に暮らし始めるという。


満月に照らされた明るい夜は、<造幣機械>前に獣人たちの行列ができる。

この日は近辺の食べ物屋や雑貨屋が夜通し開いており、獣人達で賑わう。

この光景は恒例化しており、満月の夜の風物詩となっている。




***




この3年間で新たに増えた施設で最も目を引くのは2つ。

図書館と闘技場だろう。


図書館を建てた理由は、技術や知識が失われるのを防ぐため。

生活環境も科学技術もいったん最低まで落ち込んでしまい、

現在何とか引き上げているところだが、かつての水準まで到達するのにどれぐらい掛るのか見当もつかない。


現在は環境が整えられない為に生かす事ができない技術を持った人もかなりいる。

そしてゲートを無生物が通過できなかった為に、その情報は記憶の中にしかない。


時とともに記憶は朧げになり、せっかくの技術もほとんどがこの代で消えてしまう。

製紙技術一つとっても世界の法則が違う為か上手くいかないため、

それらが役に立つ日が来るのかどうかは誰にもわからない。


だからと言って切り捨てることは、誰が考えても愚かな行為だろう。

ダークエルフとの邂逅によってもたらされたこの世界の紙製造により、

紙が徐々に普及し始めた。


正平は、A5判(148×210)学術書のサイズに揃えた紙を100枚と筆記用具を全ての人間に配り

持ってきた知識をそこへ書き込むことを命じる。内容は完全に自由である。

5ページ毎に銅貨1枚、例外なく図書委員会から支払われる。


かつての知識階級から図書委員を選出し、提出された文章を読ませる。

書かれた知識の価値や文章の完成度を評価させ、

クオリティに応じて執筆者に追加報酬、銀貨1枚~金貨10枚を払った。


その中でも委員会に高く評価された者は、新たに100枚の紙が配られ、

2冊目の製作ができるようにした。


提出された分は全て丁寧に製本され、

本によっては内容に釣り合わないほどの出来栄えになっているものもある。

何人かはやっと自分に合った仕事が見つかったと喜び、仕事を執筆のみに切り替える者もいた。


瞬く間に本は1万冊を超える。全て手書きの一品物である。

紙も書かれた知識も非常に貴重な物であることは疑いない。


まず重要なのがその本の保存方法。目的からして遥か未来まで残す必要がある。

しかし、一般に公開して役立てたいという思いもあり、

正平自身もかなり読書が好きな為に気軽に読みたいと思っていた。


かといって保存用と公開用をそろえるにはまだまだ技術が足りない。

その件を評議会の議題にあげたら、ドワーフの議員が解決できる者を知っていると言う。

正平はそのドワーフを紹介してもらった。


そのドワーフは、金属の性質を研究する家系の者であるという。

ドワーフは採掘と鍛冶、食糧調達が活動のほとんどで、彼は特別なドワーフと言えた。


合金の性質の一つ、熱で元の形に戻ろうとする形状記憶を研究している時に、

研究でたまたま側にあった魔石から<形状記憶>MP8の造形が閃いたという。


魔法の掛ったモノは、手にしている間には普通に時間が流れているが、

手を離すと徐々に時間が遡って行くという。

常に身につけるような物や、大きく形状が変化するようなものには向かない。


一度に本数十冊ぐらいの範囲を掛ける事が出来、効果は1年ぐらい。

重ね掛けで年数を延ばす事ができる。


正平は本の事、技術を後世に残す事を説明した。

ドワーフはこれ以上この魔法を有効に使う方法は無いだろうと、この魔法石の貸出を許可してくれた。

彼は、編み出した魔法がこのような事に使われることに名誉を感じていた。


次に図書館の場所である。

図書委員会は、知識を皆で共有するために大勢が利用できる場所、

即ち第二草原に建てるのが最も好ましいと考えていた。


しかし、駅前は広場と大通り以外は完全に埋まっている。

建てるとなると駅からかなり離れた場所に建てなければならない。

列車を拠点にしている正平としては、気軽に図書館を利用する為に路線の近くに置きたかった。


そこでゴーレムの砦から線路を伸ばして新たに駅を追加し、大図書館を作ることにした。


通常駅前から東西に最低30mの大きな道路を設定し、建て物を建てないというルールを設けていたが、

この大図書館駅に限って、駅前に図書館を設置し、駅からそのまま利用できるようにした。


さらに例外として、正平はなんとなく東西方向に線路を設けないというルールを定めていたが、

今回に限って、縦一直線の線路を分岐させて図書館の中に線路を通すという。

それを聞いた者は正平が途方もない規模の大図書館を計画しているということを知った。


正平は寿命が無限になった為に、スケールが人よりも大きい。

以降のあらゆる本を納めるつもりで建てようとしていたために、遠くまで移動するのが面倒だと思った。

その結果、図書館内に線路を通すことにしたと言う。


線路の分岐を作り東に伸ばす。

これを中心線にして大図書館の建造が始まった。


大図書館の近辺は、ゴーレムの砦エリアから始まる岩の大地で地盤は安定している。

ゴーレムの砦近辺よりもさらに岩肌の割合が格段に増えて、土がほとんど見えないような地形である。

僅かにのった腐葉土から草が疎らに、そして低い樹木が生えていた。


堅くて質の良さそうな岩がところどころに林立し、

建物の構造は当然この岩から切り出した石になる。

ゴーレムの砦と同じ素材である。


ゴーレムを幾人か雇い人間の技術者指導の元、大図書館の建設が始まった。

ある程度の規模が出来るまでは大勢を雇って一気に形作り、

数十万冊納まる規模まで進んだところで、人数を減らして長期的な計画に移行する。


図書館建設の予定地から外れた場所には既に新しい店が営業を始めていた。

水は、駅の西側、図書館の逆側に巨岩を流れる小川があり、ここで調達できた。


大図書館には、運営する者たちの居住スペースなども作られた。

彼らには<形状記憶>MP8で本の保守や管理を任される。

さらに利用料金の徴収も行われる。


この利用料金は、以後の本の買い取り代金、運営者達の給料、

足りない魔力の補助と図書委員会の運営費などに充てられる。


工事から約1年後に1区画が完成し、

集めた本1万5千冊全てに<形状記憶>MP8が掛けられて図書館に並べられた。

専属の従業員も雇われ、とうとう一般公開が始まる。


この日を待ちわびた人で第11番目へ向かう電車は人でごった返した。

普段第6の駅より先まで行く用の無い人は、移ろう景色を楽しんだ。


ゴーレムの砦を見てその構造に幾人かを感心させたが、

大図書館は見る者全てを感心させた。その大きさと美しい外見に。


初日は1000人を超える人が訪れ、大いににぎわった。

入館料は銅貨2枚(10MP通貨)で1日で銅貨2000枚以上集まった。


人々は知的な娯楽としてこの大図書館を利用した。

彼らは、娯楽に飢えていたのだ。


読書スペースの席は全て埋まり、大半が立って本を読んだ。


書かれた内容は技術的なモノや高度な内容のモノばかりではない。

生き残った人間全てに書かせたのだから、くだらない内容や、面白い内容、

なつかしい内容、どこかで見た物語、実際に童話をまとめた本など多岐にわたっている。


逆にそれが訪れた人を夢中にさせた。文字は手書きで読み辛いが、

紙質やカバーなどの作りも相まって非常に味があった。

活字が出来るまで暫く我慢しなければならないだろう。

奇麗な字を書いていた人を何人か雇い、人気のあった本を写させた。


内容がかつての地球についての事がほとんどであった為に、

みな郷愁の念にかられ幾人かは懐かしんで涙を流した。


日に日に薄れる地球での記憶に漠然とした不安を感じていた人が多くいたようで、

このように確固とした記録として残されることで不安を払拭できたようだ。

大図書館はどちらかというと大好評だった。


写本のサービスも開始しており、気に入った本の写しを購入することができる。

当然安いものではないが、忙しい商人には好評だった。

ちなみにレンタルサービスは無く、持ち出しは禁止されている。

出入り口で<マジックディテクト>MP20を使ったエルフが見張っている。


他の種族も巨大図書館に大いに惹かれ、日本語で書かれた本を読む為にと、

第二草原で開かれていた日本語学校に申し込みが殺到した。


ダークエルフの王が所持していた本を図書館へ寄贈してくれるという。

非常にありがたい事だがそれがどれほど貴重なものであるか理解していたので、

写し終えるまで借りると言うことにした。


もっとも人気があり複製された本は、日本語の教本であった。


大図書館は人間以外の種族にも利用されており、

挿絵も随所に入っているその本は単純に眺めるのも楽しいし、

他の簡単な本を読むのにも利用できる。


出来も非常に良く、後に日本語学校でも利用されることとなった。

ちなみに執筆者には追加報酬で金貨10枚贈呈されている。


正平も大図書館の出来に満足しており、たまに本を借りて帰ってくる。

もちろん、正平にのみ許された行為である。


大図書館の建設は今でも続いており、3区画目に入っている。

現在利用されているのはまだ1区画だけである。

今現在建造に携わっているのは二人のマテリアル種ゴーレムのみ。

彼らは永遠に図書館を拡張するという命令が与えられている。

二人はその使命に誇りを感じていた。




***




そしてもう一つは闘技場。


ダークエルフは本来、戦いに関する種族値は高く、

普通は他種族に負ける事はない。

なのに、ゴーレムに長い間一方的にやられていた為に、

種族としての誇りを失いかけていた。


外へ出る事が出来るようになり、

野生生物を相手に狩りをするなどしてその矜持を徐々に取り戻してきてはいるが、

なまじ紙を作る技術を持ったためにそれに掛りっきりになっている者が多い。


つまり、ダークエルフは戦いの場を心のどこかで求めているのだ。


その深奥を知った正平も心のどこかで娯楽を求めていた為に、

公式に戦う場所、即ち闘技場を建設する事を決めた。


場所は、ゴーレムの砦エリア。

図書館と並行して建設を開始した。

観衆は最大5000人を収容できる規模を想定している。

病院も隣接させて作った。


このとき正平は一つの決断をした。

超有用でありながら一般公開してこなかった魔法石、<治療>MP50である。

これを傷ついた選手の治療に充てさせることに決めた。


その魔法の威力は凄まじくどれほど瀕死の重傷を負っていても完全回復させてしまう。


魔法石は、ハート型に抱きついた天使の形状をしていた。

異常なほど精巧にできており、天使の表情は穏やかにほほ笑んでいる。

それはまるで生きているようで、虹色に光を反射する翼は動いているように錯覚する。


正平は、あまりの威力に出し惜しみしていた。

その理由の一つに医療技術の発展を阻害してしまうのではないかということ。

そもそも、この魔法があるなら必要ないのかもしれない。


正平には、それがいいとは思えなかった。

そのため使用場所はこの病院と闘技場に限定させる。

さらに、闘技場の戦闘による負傷以外の治療には膨大な料金を請求するという制約を設けた。



この役目はアルマーゼの妹と他数名のエルフが任命された。

みな女性で、かつての世界のナース服を着用している。

彼女たちは、魔法石<治療>MP50を見た時そのあまりの神々しさに思わず平伏してしまった。


正平は既に習得済みなので、この魔法石はアルマーゼの妹に管理を任せることにした。

くれぐれも外部へ持ち出したり私用で使ったりしないよう言いつけた。

彼女は病院と闘技場の責任者となった。


武道大会は3カ月に1回開催する事に決まった。

ゴーレムは強すぎる為に出場はフィギュア種から1体のみという制限が設けられた。

他の種族は何人でも参加できる。


参加費用は銀貨1枚。

好きな武器を持ち込むことができ、負傷を負っても完全回復して貰える。

そして、優勝者には名誉と魔貨3枚(15000MP通貨)が与えられる。


各種族から大勢の猛者が集まった。無謀にも人間からも何人か出場する模様。

ダークエルフからの参加者以外にも獣人種から多数の参加者が現れた。

彼らもまた腕に自信がある者たちなのだ。


大勢の参加者が集まった為に、予選と本選に分けられる。

すべてトーナメント形式である。

本選が1日で終わるように予選が組まれた。


本選は、公式に賭けが行われた。

これまで近衛達によって賭けごとは禁止されていたが、空気を読んで正平が許可したのだ。

これにより本選は大いに盛り上がった。


元の世界でこのような催しを見た事のない人達には、非常に刺激の強いものだった。

しかし、どれほどひどい怪我を負っても正平の作り出した魔法で命が保障されていると知った為に、

心の底から楽しむ事ができた。ファンタジーの世界ならではと言える。


殺しさえしなければ手加減する必要もなく、

相手が戦闘不能になるまで思いっきり戦いが繰り広げられる。

もとの世界での倫理観や技術では再現不可能な生の戦いを見る事が出来た。


激しい戦いの末に決勝まで勝ち残ったのは、

ダークエルフの若い男の剣士と兎獣人の女戦士であった。


激しく剣と剣をぶつけ合い火花を散らす事およそ20分。

激闘の末に第1回の優勝者という栄光を手にしたのはダークエルフの若い剣士となった。

鳴りやまない拍手の中、正平から賞金として3枚の魔貨が直接手渡された。


トレイン帝国中にそのダークエルフの強さが知れ渡り、一躍時の人となる。

ダークエルフ達は大いに矜持を取り戻し、彼はダークエルフの英雄となった。


娯楽に飢えに飢えていた為に、この催しは大盛況で、

これを見る事を生きる目的にしてしまう者まで出る始末である。

大会が近付くにつれて浮足立つ者も多く、この話題で持ち切りになる。


どちらかというと閑散としていたゴーレムの砦周辺のエリアも、

病院と闘技場の建設によって、徐々に人が住みはじめるようになっていった。


病院で<治療>MP50は滅多に使用されること無く、

徐々に発見され始めている薬草の調合で済ませたり、エルフの解毒系の魔法が稀に使われたりする程度であった。

<治療>MP50は、ナースのエルフ達全員が習得できたので、魔法石は正平に返還された。


大会の第2回目以降は発足した大会運営委員会が全てを担うことになった。

入場料や賭けの収益、ドワーフのスポンサー(武具の宣伝)などによって十分成り立った。


後に大会の噂はかなり遠方まで届き、遥々その日の為に参加しにやってくる異種族が現れ始める。


開催日には何処かにあるとされる獣人の国から大勢やってくる。

そしてどうやって手に入れたのか謎なMP通貨で入場料を支払う。

この日は明らかに帝国の人口が増えていた。


闘技場は普段貸し出しされておりその際に利用料を徴収している。

とある商人がここを利用して演劇などを企画しているらしい。




***




ある日、旅の途中でトレイン帝国の噂を聞き付けた羊獣人がいた。

彼は遥々旅を続けており、この辺りに同族は居ない。


ふらっと立ち寄り観光した後にまた何処かへ旅立つつもりだったが、

これまで見てきた集落と比べ物にならない規模の街に度肝を抜かれ、

そのまま気に入ってしまった為に定住する事にきめた。


そしていろいろ調べ、手っ取り早く生活資金を得る方法を発見する。

それは、駅前で常時開催されるオークションである。

掘り出し物が多い為に、常に大勢の商人が会場にいる。


羊獣人は、ここぞと言うときの為に取っておいた魔石を出品した。

質の良さは感じているが、どんな形状が合うのか思いつかなかった為、

失敗作の魔法石を作る位ならと加工せずに取っておいたのだ。


その日たまたま正平がオークションに参加していた。

魔石は非常に貴重であることは今やほとんどの人間も知っている。

久しぶりに大物出品に会場は大きく湧いた。


正平は、通常なら魔石を落札しようとは思わなかっただろう。

だが、出品された魔石を見た瞬間インスピレーションが湧いたのだ。


インスピレーションはその人が心のどこかで必要としている"魔法の効果"と

"魔石と相性のいい造形"がマッチした時に起こりやすい。

つまり、この魔石は正平が必要とする魔法をもたらす可能性があったのだ。


正平が競りに参加すると、皆が委縮する為に出品者が不利を被る可能性がある。

なので、近衛に代理で参加させる。もちろん落札金額の上限は設けない。


魔石は、7000MP通貨で落札された。かなりの高額である。

これには会場、そして誰よりも出品者である羊獣人が驚いた。


彼は、ある程度この通貨の価値を理解している。

しかしここまでの大金を手にする事ができるとは予想していなかった。


すぐにでも家を構えられる金額である。

彼は大金を手にし、ホクホク顔で会場を後にした。


正平がその魔石に思い浮かべた造形は一言でいえば本。

さっそく魔法石に加工し始めた。

桁はずれの魔力が渦巻いた後に現れたものは、

ミニチュアの分厚い本が中ほどで開かれた形を象った魔法石だった。


正平がカットしたにしては、シンプルに見える。

がよく見ると1ページごとにちゃんと切れ目の入った恐ろしく精巧な出来である。


<解読>MP4

僅かでもそれに対する知識があれば、

数倍の読解力で読み解く事が出来るようになる魔法。

ただし全く理解していないモノに対して効果は無い。


正平は、試しにこの魔法でダークエルフ語の本を読んでみたが、

その効果は絶大だと感じた。


早々習得し、図書館に寄贈した。

亜人種の人間に対する理解が少しでも深まればいいと思っての事だ。


もちろん、魔法屋として使用料を取るようにする。

その料金もまた図書館の運営費に充てることとなった。


誰にも告知せずひっそりと魔法屋は開店した。

大図書館に設けられたいくつかの多目的室の1つに魔法屋が入っており、

知らなければ目につかない。


しかし、気づいて利用した人がその効果のすごさを実感し徐々に噂は広まって行く。

図書館だけに静かなブームとなった。


当初、日本語を知らない人の為に設置した魔法屋なのだが、

人間にもこの魔法は大変喜ばれた。

なぜなら、どれも手書きの為にかなり読みづらいのだ。


この魔法を発動してから読むと、活字を読む以上にハッキリと読みとれた。

字が汚すぎて解読困難だった本も楽々読める。

図書館の利用する全ての人にとって素晴らしい魔法となった。


正平の側にいる近衛達も全員この魔法を習得しており、

正平が専用列車に持ち込んだ本を勝手に読んでいる。


生き残った人間の中に有名な漫画家がおり、

100枚の紙が配布された際に漫画を描いて提出した。

それが高く評価され、彼は執筆だけで生活できるようになった。


その漫画は正平はもとより近衛にも人気があった。

正平は職権乱用してその本を列車に持ち込んでいた。

現在3巻まで出ている。



***



娯楽を増やすためには、

娯楽に関わる人の分まで全体として食糧を稼がなければならない。


逆にいうなら、食糧の生産力が増えるほど、

食糧を調達すべき労力を他にまわせるということである。

そして、それが余暇や文化をもたらす。


現在この一助となっているのがゴーレムである。

彼らは食糧を消費せず、魔力を消費して大きな労働力を提供してくれる。

魔力はこの世界では、生物のだれもが生命活動とともに生み出しており、

<造幣機械>を介して間接的にゴーレムに流れて食糧に変わっているのである。


本来ならこの時期

人間は全ての労働力を食糧の獲得にささげても満足に食べられないはずだった。

正平は知らないが、他の世界のほとんどが実際にそういう状態である。

この世界は魔法の存在ももちろんだがあらゆる点で運が良かった。


現在設置された11の駅の内、5駅からは食糧をその場で消費するよりも多く獲得しており、

別の駅へ輸送されている。


草原の駅で大牧場は初期から大きな食糧供給源だったし、家畜の頭数も増え続けている。

探検家がこの地で発見した果物の木や作物の畑も順調に種類と農地を増やしている。


海の駅の湊も整い船も数を増やしている。

食べる事の出来る海産物の選別が進み、又調理方法も研究されている。


ありがたいのが新たに加わってきた獣人族達の存在。

彼らはエルフよりも狩りが得意のようで、

食べられる野獣を狩っては肉を市場に持ちかえって来る。


その皮や骨も貴重なもので、ドワーフが市場で買っては高価な商品に加工していった。

ドワーフとしても鍛冶や採掘に専念できるから有難いようだ。

最近めっきり狩りに出向くドワーフが減ったと危惧する声もあるほど。


そして突如爆発的な食糧を生み出し始めたのは稲穂の駅エリアである。


当初その形状や生息域から稲に似たような植物かと思われたが、

そのまま食べるより粉にして加工した方が適しているようで、

どちらかというと小麦に近いものであることがわかった。


この植物が最初沼に自生していたので沼小麦と名付けられた。

パンやうどん、パスタが新たに市場を賑わせている。

ゲートを渡ってからおよそ2年後の事である。


ほとんどの人間が日本人だった為に、どちらかというと先に米が見つかって欲しかっただろうが、

それでも2年ぶりのかつての主食に喜ばない人間はいなかった。


関係をもった他の種族はこの食物を食べる文化は持っていないようだった。

パンはエルフやダークエルフ、ドワーフが好んで食べるようになった。


彼らは正平だけでなく、徐々に人間達の持つ英知を認め始めている。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ