第十四章 唇歯輔車(7)
古参で信任厚い永倉たちに非難されるような行いは、しているはずがない。
伊織はそう自らに言い聞かせた。
「それに、これはそもそも、ここまで名の知れるようになった今、公にすべきではないと思います」
「こちらとしても、それは同意、と言いたいな」
長く黙していた梶原が、伊織の締め括る一言に頷いた。
「新選組は以前より何かと問題が多いが、池田屋の一件を境に、そち等の名は広く知れている。今や朝敵となった長州からも、我々は酷く怨まれてもいるであろうしな。今仲間割れを起こされれば、そのほうらを預かる会津の威信にも傷が付く」
同様に、新選組という組織を単体として見ても、隊内部の紛争で隙が出来ては不逞浪士取締りの任務にも支障が出るのではないか。
と、梶原はやおら眉間を狭めた。
その険しい眼差しは、こちらへの厳しい戒めのようにも見えた。
新選組がまだ浪士隊を名乗っていた頃、幕臣である佐々木只三郎の取り計らいで会津藩御預りとなった。
とはいえ、会津藩にとってみれば、素性も知れぬならず者の集団を、半ば無理矢理に押し付けられたも同然なのだ。
今でこそ、池田屋の件および禁門の変などで功を成した新選組だが、依然として隊を組織する隊士たちの殆どは士分でない者ばかり。
武勲で功を上げたとして、それが真っ直ぐに信頼に繋がるわけではない。
そんな経緯を思えば、梶原などの会津藩士が多少険しい目でこちらを見たとしても、なんら不思議ではない。
京の人々に「壬生狼」と呼ばれるように、外から見れば未だ粗野な狼の集団なのかもしれない。
それが信頼を得るか否かも、やはり局長たる近藤にかかっている。
その重要な存在が内部からの告発によって瓦解することは、断じて阻止せねばならないことであろう。
「梶原様、お言葉を返すようで申し訳ありませんが」
伊織は口を開いた。
そうと分かった上で、斎藤もこの件にいち早く手立てを打ったのだろう。
阻止するには、永倉などの動きにつぶさに目を配らねばならない。
そこまで考えて、斎藤が何故建白書に名を連ねたのかが分かった気がした。
「局長は、会津の御名を汚すような行いは、一切なさらないと思います」
すると、梶原は徐に眇めるように目を細めた。
「そち等を避難しているわけではない。我等会津としても、新選組には一目置いているが故に申しておる」
「まぁよさぬか梶原。此度は余も突然のことで驚いたが、この件は一つ、余に任せてはもらえまいか?」
ほんの一時険悪な空気を発した伊織と梶原の間に入り、容保がやんわりと窘めた。
その上、任せて欲しい、とは。
梶原と共に、伊織も咄嗟に容保を振り仰いだ。
「建白書に連名した者たちと、近藤との間の仲裁役を、余が引き受けようと申すのだ。余では不満か?」
「いえ、そのようなことは……」
咄嗟のことで思わず曖昧な返答をしてしまった伊織に、容保は一つ微笑を向ける。
「伊織、とか申したな。今、そのほうが申した意見も、並べて双方に聞かせてやろう」
ほんの僅かに恐縮の素振りを見せたものの、願ってもない容保の提案を前に、伊織は静かに頭を垂れた。
会津公直々に取り計らってくれるならば、永倉や原田も憤りを鎮めてくれるかもしれない。
近藤にしてみても同じだろう。
会津公の仲介に寄るところならば、今回の騒動を引き起こした者たちへの咎めも最低限に留め、素直にその諫言を聞き入れてやるに違いない。
「出来れば」
と、斎藤が徐に口を開いた。
「これに加担した者たちへの処罰を減じるよう、公にはお願い申し上げたいのですが」
一国の藩主相手に、何とも堂々とした口振りである。
それに驚いて、伊織もさすがに舌を巻いたが、斎藤のその発言には賛同するところもある。
「うむ、まあそうだな、仲間内でそうそう亀裂を深め合うこともあるまい。相分かった。そのように申そう」
容保もまた斎藤の無遠慮な進言を咎める様子もなく、快諾の意を伝える。
するとすぐに、飼っている雛の様子が気になるからと早々に席を辞したのだった。
これで、一先ずは何とか穏便に収まることだろう。
隣の斎藤にも、どうやら一つ肩の荷を降ろした雰囲気が漂った。
と、伊織がそう安堵に胸を撫で下ろした矢先に。




