第十一章 秋霜烈日(2)
そういつもいつも土方にばかり頼ってはいられないし、第一、男に着物を着付けてもらうのはかなり気恥ずかしいものがある。
結果、まあ完璧にとまではいかずとも、それなりに見られる出来栄えにはなったのだった。
「それで、今日はどこに行くんですか?」
「そうだな……」
ふと顔を上げ、尾形は少しの間黙り込む。
特にどこを探れと指示が出されたわけでもなく、範囲は京の都中なのだ。
出かける先は選り取り見取り。
今伊織に問われて初めて、尾形もそれを考えた様子である。
「まだ決まってないなら、もう一度東山に行きませんか?」
「あそこには巡察の隊が出ているだろう。俺たちが行く必要はもうない」
「でも、何か気にかかるんですよ。明保野って名前、前に聞いたことがあるような……」
「料亭の名だ、別に耳にしていたっておかしくはない」
「いや、そうじゃなくて……」
土方さえ相手にしないものを、尾形が相手にしてくれるわけはない。
これ以上は話しても無駄だろう。
そう気持ちを切り替えて、伊織は一つ息をつく。
「分かりましたよ。じゃあ結構です、私一人で行きますから!」
堅物相手に問答している間も惜しく、伊織はきりりと眦を吊り上げた。
考えても見れば、尾形と行動を共にするよりも、その方が余程動きやすい。
一方尾形は、やや蔑んだ眼差しを寄越したが、そんな視線ももう慣れたもの。
「副長の指示に背くつもりか。暫くは俺と一緒に……」
「すみませんが、私は私で一応考えるところもあるんです。そういつもいつも人に従うばかりでは、いざという時に出遅れますから」
尾形の話を遮り、伊織はぴしゃりと言ってのけた。
ぽかんと口を開ける尾形を上から見下ろし、少々尊大な言い方になったかもしれない。
自らの発言を伊織がそう省みたのは、踵を返した後になってからだった。
***
(土方さん、尾形さん、ごめんなさい!)
心で何度か詫び言を繰り返し、伊織は普段の小袖に義経袴という出で立ちで往来を急いだ。
先に出発した武田観柳斎らがどの道を東山へ向かったかは不明だが、伊織は兎に角後を追った。
堀川の辻より五条通りに出、一旦伊織は足を止める。
東西へ真っ直ぐに伸びた通りを東山方面に目を凝らすも、浅葱色の集団を見つけることは出来なかった。
空に薄く幕を張ったような、灰色の雲が出始め、どことなく伊織の心中も言い知れぬ焦燥が過ぎる。
(なんだろう……)
前髪を揺らす風も、いやに生温い。
出動隊が武田の隊であることが、気になるのだろうか。
隊の内部でも、あまり良い噂を聞かない人物である。
しかし。
それとも違う気がしてならなかった。
ただ、闇雲に心が急いた。
何か、あった気がする。
もうあと少しのところまで、答えは出掛かっている気がするのに、今何が起ころうとしているのか、それが何故か思い出されて来なかった。
(兎に角、行かなきゃ……)
伊織は腰の脇差を差し直し、人の波の間隙を縫って五条通りを駆け出した。
***
昨日、尾形に連れられて訪れた明保野亭へと、足の向くままに直走る。
しかしさすがに、東山の急勾配の坂道を走り続けることは出来ず、坂道の中ほどからは歩かざるを得なかった。
それでも歩むことは止めず、渇いた喉に詰まる生唾を、ごくりと呑み込んだ。
「――新選組である! 中を改める!!」
もうあと五、六間ほど先に、明保野亭の門構えが見えるだろうというところで、聞き覚えのあるいやに高飛車な声音が耳を突いた。
武田だ、とその一声で分かる。
だが。
門に近付こうにも、伊織の行く手には、群がる人々の背中が壁を作り出していた。
声音からも感じ取れる、武田の居丈高な振る舞いに、居合わせた通行人たちが遠巻きにしているのだ。