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新選組秘録―水鏡―  作者: 紫乃森統子
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第十章 並駕斉駆(6)



 食われてたまるか。

 さらに土方の背を一押しすると、伊織は傍に寄り添う尾形の懐に飛び込んだ。

「逃げましょう、尾形さん!!」

「ああ」

「ま、待て! これは違うのだ、伊織! 私はお前の見舞いにと思って……!!」

 尾形と共に手と手を取って逃走しようとする伊織の着物の裾を引っ掴み、佐々木は弁解する。

 その引き寄せる力の凄まじいこと。

 溺れる者は何たるや。

「ヒイイイ! 稽古は暫く休むって言ったじゃないですかァー!!」

「高宮」

 手を繋いでいた尾形が、そっとその手を放した。

「成仏しろよ……」

 微かに哀れみも籠る眼差しで別れを告げた後、尾形はすっと消えるようにその場を去った。

「は、薄情者め!!」

 着物の裾から這い上がるように引き止めている佐々木を足蹴にするが、それでも執拗にしがみ付いてくる。

「見舞いに来てみれば女子に戻っているし、私もつい、つるつるっと! すまぬ! 嫌わんでくれ!!」

 幾度も蹴りを入れられながら、捨て犬のような目で訴えかけてくる。

 しかし、その目が尚気持ち悪い。

 同情の余地、無し。

「池田屋で怪我をしたというし、その上倒れたそうではないか! 稽古に出られぬと文の一通あっただけ……。私がどれほど心を痛めていたか……!」

「要らん世話です! この通りぴんぴんしてますから、ご心配なく!!」

 何が何でも放すつもりはないようで、佐々木は着物の裾から這い蹲るように伊織に攀じ登る。

 ある意味で、池田屋よりも戦慄の光景。

「ほんの少し話をするぐらい、良いではないかッ! 私が可哀想だろう!?」

「わっかりましたよ、話を聞きゃあいいんでしょう!? 私のほうが可哀想ですよ!!」

 土方も既に逃走しており、尾形もその気配すら残していない。

 こと佐々木に関しては、誰も助けてはくれないのだ。

(なんでこうなる……)

 警戒心は解かずに抵抗の力だけを弛めると、佐々木はぱっと目を煌めかせた。

 何度も言うが、気持ち悪い。

 その絡みつく手を払い除けてもう一度副長室の中程に座り直すと、その正面に佐々木も落ち着いた。

「で、何の用ですか」

 非人道的なまでに冷たい声音で言うが、真向かいの佐々木はほんのりと頬を染めて嬉しそうである。

 多分、尻尾が付いていたなら、左右に大きく振っていることだろう。

 一体、どちらが弟子なのだか。

「会いたくなって来てしまった。ついでに怪我の具合も気になって……」

「へー。お見舞いは『ついで』でしたか。『ついで』ねえ……」

 けっ、とふてぶてしくぼやくと、佐々木の顔色がさっと蒼褪めるのが分かった。

 と、次の瞬間にはもう息のかかるほど近い位置に佐々木の顔があった。

「すすす、すまん!」

「オギャア! 近ッ!? 近すぎますよ佐々木さん!」

「だ、大丈夫なのか!? 腕を見せてみよ! 私が擦ってやればすぐに治る……」

「治るか!!」

「んなッ!? そんなに邪険にせずとも良かろう? これほど心配しているというのに……!!」

 ついさっき『ついで』だと言ったくせに、佐々木はなよと泣き崩れた。

「だからそれはもういいですから! 用件を言ってくださいよ、用件を!」

 このままでは何時まで経っても悪ふざけが済む様子もない。

 これが最後と、伊織はぴしゃりと申し付けた。

 すると佐々木もその厳つい体躯にしなを作りながら、やっとのことで話し出した。

「いやなに、お前は人を斬ったのは初めてだっただろう? それが少々気になってな……」

 ぴく、と伊織は眉根を引き寄せた。

 悔しいが、それは毎晩のように夢に見る。

 あの凄惨な光景が毎夜、甦る。

 魘されて目を覚ますこともしばしばあった。


 

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