第十章 並駕斉駆(3)
長州に近いとも言えないが、まあ自分のような東北の者に比べれば南方の訛りは範疇だろう。
よくよく耳を澄ませば、尾形の言うように京弁の中に混じって聞き慣れぬ語調がある。
それが長州の言葉なのかもしれない。
そこへようやっと注文していたうどんが二人前、差し出された。
「おまっとさんどす」
「あ、どうも」
にこやかに礼を言い、ぱちりと箸を割る。
空腹にこの出汁の香りがまた堪らなく食欲を掻き立てた。
尾形も同様にして箸を手に取るが、その顔はどうにも険しい。
「怪しいな」
「怪しいですね」
「ここは一応、アレだな」
「ええ、うどんが美味しすぎますね」
「……」
途端に尾形が口の端を引き吊り上げた。
「お前はどうしてそう……」
「駄目ですよー、そんな怖い顔しないで下さい。ほら、うどん、美味しいですよ!」
ずるずると啜りながら尾形にも勧める。
すると、尾形も渋面を作りつつ器に手をつけた。
「……美味しいでしょう?」
「まあな」
素直に美味しいと言えば良いのに、滅多に笑おうとしないのだから。
心中密かに思いやられるが、伊織は一口啜り上げると器の中に視線を落とした。
「そういえば」
「なんだ?」
「土方歳三うどん、一度は食べてみたかったなぁ……」
今より未来、東京は日野の限定で売り出されているらしい、土方歳三うどん。
前々から気になっていたのに、一度も拝むことのないまま幕末へ来てしまった。
ただそれだけが悔やまれた。
「……副長がうどんになるのか」
「ええ。つるつるとした喉越しの、日野にしか売られていないという、幻のうどんです。それが食べられなかったことだけが、もう心残りで……!」
一瞬怪訝そうな眼差しが向けられたが、尾形も妙に感心したように頷いた。
「……そうか、副長は意外と美味いんだな?」
「……そのようですよ」
できればそのたった一袋でもこちらに持ってくることが出来たなら、きっと良い記念になったのに。
しかし、ここで本物の土方の傍にいることを思えば、それは贅沢かもしれない。
再びずるずると昼餉のうどんを掻き込み、尾形と向き合って黙々と食す。
と、暫くして無言の食卓に、ぬっと手が滑り込んだ。
「……?」
目で追うと、手は座席の奥にある辛子入りの瓢箪を掴み、またするすると戻っていく。
「おッ! すまんにゃあ、ちくととんがらし貸してくれんがかぁ?」
「あー、どうぞ」
貸してくれ、と言っても既に持って行っている。
しかもどういうわけか、同じ卓に移り来て、尾形と伊織の間に落ち着いてしまった。
「……あのう?」
「なんじゃ? 別にわしんとこはかまんでええきに」
堂々と割り込んで、豪快にうどんを啜るこの男に、伊織も尾形も釘付けになった。
「と、土佐のお方か」
かまうなと言われても。
苦笑の上にも刺々しく声をかける尾形に、一抹の剣呑さを感じた。
「まあまあ、いいじゃないですか! 店も混んでるようですし、合席というのも、ねえ!」
土佐の人間ならば、特に警戒もする必要はないだろうし、うまくすれば何か話も聞けるかもしれない。
伊織が間を取り持つと、尾形も憮然としながら箸を進め出した。
「あのー。土佐のご家中なんですか?」
「あ? わしかぁ? んま、そんなもんじゃき」
「へー……。こちらにはよくいらっしゃるんで?」
とりあえず、会話のないままでも雰囲気が悪かろうと、努めて話を振る。
男は暫く夢中で食事を取っていたが、やがて器が空になると、徐に伊織と尾形の顔を交互に覗き込んだ。
「おまんら、逢瀬の途中がじゃったか?」
「え、いや、私たちはそういう……」




