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新選組秘録―水鏡―  作者: 紫乃森統子
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第九章 旗幟鮮明(4)



「あー……、俺も見たかったなァ、高宮の大奮闘劇ィ」

「おーよ、凄かったぞー! 敵という敵をばっさばっさと右に左に斬り捨てて、さらに階段上から浪士一人蹴落としたんだからなー! 漢だよな!」

 額に分厚く包帯を巻きつけた藤堂と永倉の会話。

 永倉の傷は昨夜見た左手のものだけだったらしく、溌溂としているが、藤堂のほうは聞いた通りにかなりの重傷のようである。

 戸板の上に横たえられて運ばれて来たのだから、その程度は伺うまでもない。

「藤堂さん……、傷、早く治して下さいね?」

 どう声をかけて良いか、一時迷ったが、素直に口に出るまま話しかけた。

 血を流し過ぎたのか、顔色は蒼く唇の色も冴えない。

 元々が細面であるためか、より一層に具合が悪そうに見えてしまう。

 けれど、藤堂はそれでも笑った。

「なに深刻な顔してんのさー。大丈夫だよ、ホントはもう歩けるし。何なら起きて歩いて見せようか」

「いえ、そのまま寝ててください」

 不安げに顔を覗けば、藤堂は本当に身を起こそうとし、伊織は即座に止めにかかった。

「なに、信じてないでしょ!? 本当にもう大丈夫なんだって!」

「駄目です! 寝てないと血が出ますよ!!」

 戸板の上で揉み合うと前後を持つ隊士が大慌てでそれを力の限り支えようとする。

「それにしてもよー、総司と高宮がぶっ倒れた時の土方さん、見せてやりたかったよなァー!!」

 豪快な笑い声を上げつつ輪に加わるのは、原田だ。

 思い出し笑いのようだが、その笑い方が可笑しくて、伊織もつられてくくっと笑ってしまった。

 一体、自分が倒れたときの土方はどんな顔をしていたのだろう。

 原田がこんな風に爆笑するのだから、傑作だったに違いない。

 そこまでしっかと見届けておけばよかった。

 沖田にとっても興味深い話であったようで、横からにょっきりと顔を突っ込むと原田を問い詰め出した。

「なになに? 土方さん、どんなだったんです!?」

「死んじまった~! って泣いてやんの」

 思い出し笑いを続けつつも、原田はそこだけははっきりと真剣な声音で言う。

 原田を囲んで一同大爆笑だ。

「てめぇ、原田!!! 泣いてねえ! 嘘言ってんじゃねえよ! 汁粉なんか絶対奢ってやらねーからなッ!!」

「ええー、副長、俺には奢ってくださいよ! 俺はバラしてないじゃないですか」

 土方は炎が上がるほど顔を真っ赤に染めて叫び、島田は心底悲しそうに鬼副長に懇願する。

 島田もその証人であったらしいのだが、土方は厳しくもその異議申し立てを棄却した。

 原田のうっかり発言は、連帯責任である、と。

 屯所に盛大な笑い声が響くのは、随分と久しぶりに感じた。

 この隊士たちと肩を並べることの楽しさも、その厳しさも、ほんの少し理解出来た気がした。


     ***


「沖田さん、具合どうですか?」

 またその翌日になって、伊織は改めて沖田の寝起きする部屋を訪ねた。

 昨日皆が戻ったその後直ぐに、会津藩士らが多数押し掛けてきており、屯所内はいつもよりもやや手狭に感じる。

 報復に備えての警護だとか言う名目であるようなのだが、肝心の改めに遅刻しておいて何を今更、というのが伊織の本音だった。

 多分それは土方も同じだろうと思われる。

 しかし、それでも一応、伊織にとってみれば時代は違えど同郷の者たち。

 懐かしい会津の訛りが時たま耳に聞こえるのは、嬉しいような切ないような入り組んだ気持ちになった。

 訪ねた沖田の様子は、もう殆ど普段と変わらない。

「もうすっかり良いですよ!」

 と、本人も笑顔で言っている。

 その顔を見て、伊織はもう一度改めて安堵した。

 今は土方の厳命によって、伊織も沖田も揃って寝巻き姿だ。

 朝一番に下された命令が、「寝てろ」だった。

 その土方の隙をついてこうして沖田の部屋にまで忍んで来たのだ。

「本当に起きてて平気なんですか? 土方さんに怒られますよ?」

 全開になった縁側にだらだらと両足を投げ出す沖田の隣に、静かに腰を降ろす。

 気遣いのつもりで言ったのだが、沖田は片眉を上げて不本意そうにこちらを見た。

「それはお互い様じゃないですか。私よりも、副長室を脱走した高宮さんのほうが危険ですよ?」


 

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