第七章 速戦即決(5)
ぱん、と高い音が響いた。
「俺たちゃあ、これから人を斬りに行くんだよ! 俺が何のためにおめぇを監察にしたか、まだわからねえのか!? おめぇが人を斬らなくても済むようにだろうが!!」
怒鳴った土方の声が、わずかに上擦っていた。
伊織は平手打ちされた左の頬を押さえ、目を見張る。
手加減はあったらしいのだが、頬はひりひりと熱くなる。
一瞬、何が起こったかわからなくなるくらいに、驚いた。
近藤も驚いて、ぽかんと口を開けている。
伊織は顔を伏せたまま、土方に訴えた。
「私のことも、他の隊士と同様に扱うと言ったじゃないですか」
「同じに扱ってんだろ。副長の命に背けば、おめぇも処断する」
土方の冷たい声が、伊織の耳を突く。
「お、おい、何もそこまで……」
土方と伊織の間に張り詰める緊迫感には、近藤も当惑した様子である。
いつになく激昂した土方を宥めようとかけた声も、その意には介さないらしい。
すると、伊織が姿勢を取り直して土方に詰め寄った。
「私は土方さんについていくと決めたんです。その意志を全うするためには、守られるばかりでいたらいけない。ここにいれば、必ずいつかは人を斬る時が来るんじゃないでしょうか」
「まるで、そういう覚悟が出来てるような口振りじゃねえか」
「もう、出来てますよ」
伊織は仁王立ちになる土方の前に膝を折った。
「お願いします」
生まれて初めての土下座だった。
土方が厳しいのは、偏に伊織の身の安全を考えてのこと。
それは伊織も理解しているつもりだったし、その気持ちは素直に嬉しいと思う。
沖田が以前教えてくれたように、土方は守ろうとしてくれている。
しかし、それに甘えるのは嫌だと思った。
ついていくのなら、守られるよりも同じ道行きを望む。
それにやはり、守られている以上は、他の隊士と同等だとは言えないと思った。
暫時、三人は指の一本たりとも動かさぬまま沈黙した。
伊織も叩頭したまま、土方の返事を待った。
そして。
「──出せよ」
と、土方の右手が差し出され、伊織は顔を上げた。
「出す?」
「留守部隊の編成をしたんなら、出動隊の割り振りも考えてあるんだろ!」
「! あっ、はい。これです」
慌てて懐から残りの三通を取り出すと、土方に手渡した。
「出動隊は、全部で三隊に分けました」
会合が開かれる可能性の高い場所は、池田屋と丹虎が挙げられる。
この二ヶ所は、かねてより監察方の報告から怪しいと践んでいた場所である。
伊織の編成案は、局長近藤、副長土方、副長助勤井上源三郎をそれぞれ隊長とする、三隊に分ける案だった。
「近藤隊十名は鴨川西の木屋町通りを北上して池田屋へ。土方隊十二名は東側の縄手通りを北上して丹虎へ。残り井上隊は祇園周辺を担当します。浪士たちの居所が掴めれば、すぐに駆けつけられるように、各隊に連絡係を一人置くと良いかと……」
伊織の簡単な説明を聞きながら、土方と近藤はその編成案を確認する。
各隊に割り振られた隊士名をざっと見比べて、近藤は意気揚々と笑った。
「良い案じゃないか。これで各隊に会津藩兵が加われば、体勢は万全だな」
褒める近藤の言葉は有り難いと思ったが、それで伊織が得意気になることはない。
幹部隊士の割り振り以外はすべて伊織の独断によるものだが、本来知っていたことを思い出して当てはめただけのことである。
土方の手間を、少しでも軽減してやろうと思っただけのことなのだから。
伊織が土方の反応を待っていると、ふとその目がこちらに向いた。
「で。高宮伊織の名が見当たらねえが、おめぇはどの隊に加わるつもりなんだ」
手にした名簿をぱさりと伊織に突きつけ、土方は無表情に尋ねた。
その言葉に、伊織はぱっと顔を輝かせる。
直接的ではないものの、今の土方の言葉は伊織の参加を許可するものだ。
その問いに対する伊織の答えは、勿論
「土方隊」
であった。
***
やがて会所にほぼ全員が揃うと、早速隊割りが行われる運びとなった。