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新選組秘録―水鏡―  作者: 紫乃森統子
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第七章 速戦即決(3)


 早口に言いおくと、伊織は一つに結い上げた髪を大きく振って身を翻し、山南の前から去った。

 どこへ行くのか、と尋ねようとした時には、部屋にはもう山南一人であった。

 渡された物に再度目を通すと、山南はそれを携え、土方のいる土蔵へと急いだ。


     ***


 逆さ吊りにされた古高の両足の甲から裏へと、五寸釘がぷつりと貫通している。

 釘の先には百目蝋燭が立てられ、古高が苦痛に身を捩る度に、大きな炎の輪郭がゆらゆらと撓む。

 流れ落ちる蝋は膝の辺りまで滴り、じりじりと肌を灼きながら、やがて白く凝固していく。

 執拗なまでのその苦痛に、古高はようやく策謀を吐露し始めていた。

 強風の夜に御所に火を放ち、その混乱に乗じて孝明天皇を長州へと奪い去る。

 加えて、参内する中川宮朝彦親王、松平容保などの斬殺。

 その計画進行のため、今夜もどこかで密議が持たれるという。

 さすがの近藤も、蒼白になった。

 土方が躍起になって会合場所を吐かせようとしても、古高はそこまでは知らぬと通した。

「本当に知らねぇらしいな……」

 土方が口惜しげに舌打ちした。

「急ぎ会津公にお知らせせねば」

「ああ。援兵の要請もしなきゃならねえ」

 山南が土蔵に踏み込んだのは、その時であった。

 熱気で淀んだ蔵内部に、新しい空気が流れ込むよりも早く、山南は土方に駆け寄った。

「土方君、高宮君がこれを私に。この隊士だけで屯所を守れと言われたが、どういうことだね?」

「伊織が?」

 土方は件の書に目通し、ぴんと眉を跳ね上げた。

 山南敬助を筆頭に、六名の名が記されている。

「あいつ、また何か知ってやがるな……」

 近藤も横から覗き込み、一覧した。そうして、ほう、と感嘆する。

「留守を預かってもらうには最良の案じゃないか」

「そりゃあ確かにそうかもしれねえが、よく見てみな。伊織の名がねえ」

「さっき会った時には、既に着込みをしていたよ。土方君が指示をしたんじゃないのか?」

「ねぇよ。……山崎君や尾形君を留守隊に入れて、何で自分は出動する気になってんだ、あいつは!」

 監察方はあまり表舞台に出したくないと言った土方の意向を、極力取り入れた留守部隊編成は、近藤の言うとおり最良と思われる。

 だが、その中に含まれるべき伊織が、誰よりも先に出動体勢に入っているらしい。

 それが土方には合点がいかなかった。

「それで? 伊織はどこに?」

 土方が尋ねても、山南はさて、と首を横に振るだけ。

 引き留める間もなく、どこかへ行ってしまったという。

 伊織の行動は気がかりだが、今はそればかりに捕らわれている場合ではないことを思い出し、土方は即座に思考を切り替えた。

「とりあえず、会津藩へ連絡だ。それから全隊士を一ヶ所に集めて対策を練る!」


     ***


 近藤、土方の指示により、隊士は昼過ぎ頃からぱらぱらと時間を置いて、壬生の屯所を出始めた。

 出動と悟られないように、敵の目を欺くためだ。

 結局、屯所に残る部隊は、伊織の書き置いた案をそのまま反映した編成を取った。

 隊士たちがそれぞれに道順を変えて向かう場所は、祇園会所。

 そこで会津藩兵と合流する手筈になっていた。

 土方は会津藩本陣、金戒光明寺へと使いを出した後、副長室に山崎と尾形の両名を呼び出していた。

「君たち二人にも、屯所に残ってもらう。勿論、伊織も留守隊だ。……と、言いたいところだが、肝心の伊織が姿を眩ましやがった」

 土方がここまで言うと、山崎も尾形も、互いに顔を見合わせた。

「どこに行ったか知らねえか」

「どこに……って、庭に出てくるとしか聞いていませんでしたが……」

「副長のとこに行ったのと違いまんのか?」

「一人で先にどこかへ出動したらしい。留守隊の編成案だけ残してな」

 二人とも行方を知らぬと見ると、土方はやおら立ち上がり、大小を腰に差し直した。

「わかった、知らないならいい。俺はもう屯所を出るが、もし伊織が戻ったら、そのまま引き留めておいてくれ」


 

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