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新選組秘録―水鏡―  作者: 紫乃森統子
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第六章 乾坤一擲(5)


「トシ、誰の隊が良かろう?」

「本隊は武田の隊にしよう。退路を絶つのにもう一隊。そうだな……斎藤に出てもらおう」

「討ち入るのは明日の朝にも……。早いほうが良いでしょう」

「よし。早速武田と斎藤に指示を出す。山崎君と尾形君は隊内の監視に務めてくれ。これを機に間者が動くかもしれねぇ」

 山崎と尾形はほぼ同じに肯いた。

「土方さん!」

 話がまとまろうというところで、伊織は思い切ったように声を上げた。

「おめぇは尾形君と……」

「私も討ち入りの隊に加えてください!」

 土方が言い終わる前に、伊織はやや早口で言い切った。

 その内容に唖然として、室内がしんと静まり返る。

 伊織がそんなことを申し出るとは、誰も夢にも思わなかったのだろう。

「さっきから気になっとったが、何やねんコイツは……」

 山崎が疑心に満ちた目で伊織を示す。

 これまで大阪方面での探索に出向いていた山崎は、伊織の存在を知る由もなかったのだから無理もない。

「監察の見習いをさせてもらってます、高宮伊織です!」

 伊織はまくし立てるような早口で簡単に自己紹介を済ませると、気迫を込めた視線で再び土方を見る。

「何言い出しやがる。おめぇは駄目だ。まずは監察の仕事を覚えるのに専念しろ」

「お言葉ですが、諜報活動や隊内部の取り締まりばかりが監察の役目だとは思いません! それに、人から教わるよりも、自らの経験こそ成長に繋がるのではないですか!?」

 教えてくれる者さえあれば、人から学ぶことは何時なりと出来る。

 自分にとってそれが如何に必要なことかも、分かっている。

 けれどそれでも、場数を踏むこと以上に成長は望めないのではないか。

 のんびりと悠長に構えていたのでは、自分ばかりが取り残されていってしまうのだ。

 今の自分に出来る限りのことをしようではないか。

 少なくとも、もう前回のように逃げ出したりはしない。

 そう決めたのだ。

「討ち入るのは朝を待たずに、明け方が良いと思います。桝屋の内部には、勤皇志士たちの居場所や行動を割り出すのに重要な文が多数保管されています。地下には武器や弾薬も隠されていると聞きました。それを処分する余裕を与えないよう、夜が明ける前に出動すべきです」

 伊織のこの進言に真っ先に驚いたのは、尾形だった。

「お前、いつの間にそんな情報を……」

「私も監察になったからには、それなりの仕事をしなければと思ったものですから」

「伊織。そいつは確かな情報なんだろうな?」

 土方は声音も険しく真偽を問う。

 伊織が大きく首を縦に振ると、山崎が再度口を挟んだ。

「おい。そら、どこから手に入れた情報や? 副長。コイツこそ、長州の間者と違いまっか?」

「……山崎君、それはまず無い」

「そうだなァ、俺もそれは違うと思うぞ。読み書きも金の使い方も剣術も分からない者を間者として送ってくるとは、思えんからなぁ」

 土方から委細聞き及んでいたらしい近藤までが、間者説を否定すると、山崎も釈然としないながらも引き下がる。

「高宮君の情報が本当なら、奴らめ、何を企むか……」

「確かに、夜明け前の出動が望ましいかもしれねえな」

 だが、と土方は伊織に言い渡す。

「今回の捕り物に同行することは認められねぇ」

「どうしてですか!?」

「おめぇの本分は、あくまで監察だ。よっぽどのことがねえ限りは、監察を表舞台に出したくはねえ」

「それは……解らなくもないですが……」

 土方には返す言葉もなかったが、それで伊織の考えが方向を変えることはなかった。

 この早朝の捕り物をきっかけに、その『よっぽどのこと』が起こるのだから。


     ***


 翌朝、伊織は一睡も出来ぬまま日の出を迎えた。

 土方もほんの少し仮眠をとった程度で、後は明け方の出動に向けての指示にあたっていた。

 指示を受けた武田と斎藤の隊もとっくに出ており、今はその帰隊を待つばかりだ。

「取り調べは俺と近藤さんが直々にやる。いいよな、近藤さん?」

「そうだな。巧くすればこれで潜伏している長州人を一掃できるかもしれん」

「ああ。武田にも、証拠の文や武器を全て持ち帰るように言ってある」

「高宮君もなかなかのものじゃないか。これから期待出来そうだなあ」

「ご期待に添えるよう、精進しますよ。局長」

 この朝は、伊織も二人と膳を並べて食事をとっていた。

 出動していた隊士たちが、桝屋・湯浅喜右衛門を捕らえて屯所に戻ったのは、その朝食も終わろうという頃のことだった。





【第六章 乾坤一擲】終

 第七章へ続く

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